憲法改正手続法案の慎重審議を求める緊急声明

兵庫県弁護士会

  本年4月13日,自民党提案の 「日本国憲法の改正手続に関する法律案」 の併合修正案 (以下 「与党修正案」 という) が衆議院本会議で可決され,参議院に送られた。

  この法案は,2006年5月26日第164国会ではじめて提案されその後2度の継続審議を経た法案ではなく,本年3月27日に新たに自民党から提案された与党修正案が, 前日の4月12日に自民,公明の与党両党によって日本国憲法の調査特別委員会で強行採決されたものである。

  当会は,日本国憲法の改正手続を定める法律案(いわゆる憲法改正国民投票法案)のような国家体制の基本にかかわる重要な法案が, 充分な国民的論議を経ることなく,短期間の審議で強行可決されたことを遺憾に思うとともに,この法案の内容にも大きな危惧を持っていることを表明せざるを得ない。

  すなわち,与党修正案の内容は, 当会がこれまで憲法改正国民投票法案のあり方について2度にわたって表明してきた意見などを充分考慮したものとは到底言えない極めて問題のあるものである。

  当会の意見書でも指摘したとおり,立憲主義国家における憲法は,主権者である国民が国家権力を規制することを目的とするものであるから, 憲法改正国民投票法は,何よりも国民の意思を正確に反映する投票制度であること,国民が的確な意思決定を行うために多様な政治的意見に自由に接し, 広く深く国民的議論がなされるために自由で公正な国民投票運動を保障すること,が重要である。 そして,これらの要請は,国民主権及び基本的人権の保障という憲法の基本理念から導かれるものである。

  当会は,この憲法の基本理念に基づき,次の6点について意見を述べてきた。

1.憲法改正の国民投票に当たっては,個別の改正点ごと,少なくとも条文ごとに賛否の意思表示ができる投票方式とすること

2.国民投票運動の自由が最大限保障されること

3.国民投票公報には, 憲法改正案の趣旨・効果 ・適用例などの提案理由及び国会審議における主な反対意見が掲載されるとともにその他の方法でも国民の判断資料となる情報提供が充分に行われること

4.国会の発議から国民投票までの期間を少なくとも6か月程度とすること

5.過半数の決し方や最低投票率の問題では国民の過半数の賛成による承認という趣旨が実現されるような措置がとられること

6.国民投票に対する無効訴訟の訴訟要件は過度に厳格にしないこと

  与党修正案は,これらの観点から見た場合にいずれも従前の原案と同様の問題点を抱えたままである。

  すなわち,憲法改正の 「発議」 の単位 (投票方式) については,条文毎の個別投票方式の保障がないままである。 また,「国民の承認」 の要件とされる「過半数の決し方」についても,従前の 「有効投票総数」 を 「投票総数」 と用語を置き換えただけで, 実際の投票総数のうちで,賛成票と反対票だけを 「投票総数」 と扱い, 積極的に賛成とも反対ともいえないとする白票ないし棄権票を排除した単なる 「相対多数」 を 「過半数」 としているうえに, 世論調査で多くの国民が必要としている 「最低投票率」 も定めていない。 その結果,ごく少数の賛成票が反対票を1票でも上回れば 「憲法改正」 が成立してしまうという制度上の欠陥を有しているといわざるをえない。

  しかも,国会の発議から国民投票日までの期間についても,「60日ないし180日」 の間と決して十分な期間ではない上に, 国民運動に対する相当数の罰則規定は温存しつつ, 刑事罰の対象からは除外したものの公務員や教育者の地位や影響力を利用した国民投票運動の規制も残していることから, 憲法改正案に対する幅広い自由な国民的論議を萎縮させるおそれも強い。これに対して, 国会に議席を占める政党等だけが無料で放送や新聞を利用した広告を出せる点は依然としてバランスを欠いている。 与党修正案では,それら政党等は国民投票広報協議会による憲法改正案の広報と同時に, 賛成の政党等と反対の政党等が 「双方に・・・・同等の利便」 の下で意見広告を放送あるいは掲載させることができることになっているが, 「双方に・・・・同等の利便」 の運用は定かではなく, 国民投票広報協議会も構成委員を各議院における各会派の所属議員数の比率によって割り当てて選任するものとしているため,そ の広報が憲法改正の支持に偏ったものとなる危険性がある。こうした状況のもとでは, はたして国民の賛否の判断資料となる情報や各界各層の意見が十分に提供されることになるかを危惧せざるをえない。

  憲法改正手続法は,憲法の大原則からみて,真に国民の大多数が十分な情報のもとに幅広い論議に参加して改正の是非を決することを保障すべきものであり, 時の政権党や多数政党が憲法改正をし易くするための法律であってならない。 参議院では,このような観点から,当会が指摘した問題点を十分に慎重審議した上で,適切な結論を出すことを期待したい。

    2007年 (平成19年) 4月24日
兵 庫 県 弁 護 士 会
会 長  道 上  明