裁判員制度の半年を検証:裁判員制度市民モニター報告より

裁判員ネット理事・坂上暢幸

  裁判員ネットでは、 裁判員制度市民モニター報告会 「フォーラム:検証、裁判員制度の半年」 を2009年11月29日、東京・渋谷で開催しました。
  裁判員ネットでは裁判員裁判を市民の皆さんが傍聴して考える 「裁判員制度市民モニター」 を実施しています。 11月20日までに71件の裁判員裁判が全国で実施されましたが、このうち裁判員ネットでモニタリングできた裁判は13件。 それを33名の方が傍聴しました。また1人の人が複数の裁判を傍聴したこともあり、トータルでモニタリング件数は39件にのぼりました。
  このフォーラムでは、各地の市民モニターのみなさんから集まったデータをもとに、「裁判員制度の半年間」 をテーマにその検証を報告しましたので、 ここではいくつかの特徴的なデータや意見について読者のみなさんにご報告致します。

  これまでの裁判員裁判の概観
  まず、これまでの全国の裁判員裁判を概観してみましょう。これまで(11月20日まで)に全国で行われた裁判員裁判は71件です。 裁判員裁判の実施状況を地域別に見てみると、関東20件、近畿17件であり、この2地域で全体の約52.1%を占めています。 一方北海道や四国はまだ件数が少ない状況です。地裁・支部別に裁判員裁判の実施状況を見てみると、大阪地裁が8件と、全体の11.2%を占めています。 続いて東京6件、さいたま5件、千葉4件の首都圏の地裁が続いております。

  これまでの控訴の状況は?
  裁判員裁判71件中、これまで(11月20日現在)に控訴されたのは12件(16.9%)です。そのうち1件が取り下げられたので11件となります。 確定したものが36件(50.7%)、控訴未定のものが23件(32.3%)となります。 この控訴の内訳を見てみますと、12件全てが弁護側からの控訴であり、検察側からの控訴はまだ11件もありません。

  「わかりやすい裁判」 とは?
  さて、裁判員ネットでは、市民モニターのみなさんにいくつかのテーマで設問を設定し実際の裁判についてチェックしていただいておりますが、 そのひとつが 「わかりやすさ」 を問うものでした。ご存知の通り、裁判員裁判では法律の専門家ではない、私たち一般の市民が判決を考えます。 したがって、その裁判で示される証言や証拠物、データなどは 「わかりやすく」 提示されていなければならない…。というのが、裁判員裁判の大きな特徴です。 そこでその 「わかりやすさ」 についての検証を行いました。

  検察の主張は 「わかりやすい」
  ここで、特徴的なデータとして検察側と弁護側、それぞれの「冒頭陳述」の内容のわかりやすさについての回答結果が挙げられます。 裁判はその公判初日に検察側、弁護側双方から 「冒頭陳述」 というものを行います。また、裁判の終盤には検察側は 「論告・求刑」、弁護側は 「最終弁論」 を行います。 これらついて、それぞれの 「理解度」 を訊ねてみました。
  まず 「検察官の冒頭陳述はわかりやすかったですか?」 という質問を行いました。これ対して91.6%のモニターが 「よくわかった」 と回答し、 9.4%が 「まあまあわかった」 と回答しました。「ややわからない」 「わからない」 はそれぞれ0名であり、 検察の冒頭陳述を見た全てのモニターが 「わかった」 と回答しました。 また、「検察官の論告・求刑において主張したいことは理解できましたか?」 という設問に対しては 「よくわかった」 と全員が回答し、 「わからない」 と回答した人は1人もいませんでした。

  弁護側の 「わかりやすさ」 にはバラつきが…
  一方、「弁護人の冒頭陳述はわかりやすかったですか?」 という質問に対しては 「よくわかった」 が41.6%、「まあまあわかった」 が25.0%、 「ややわからなかった」 が33.3%でした。さらに、「弁護人の最終弁論において主張したいことは理解できましたか?」 という質問に対しても 「よくわかった」 が31.2%、 「まあまあわかった」 が25.0%、「ややわからなかった」 が43.7%となり、弁護側の評価は検察側に比べてバラつきのある結果となりました。 「わからなかった」 と感じた人からは、
・ 声の大きさがやや小さかったことと、言葉が難しく感じたため。(20代・男性)
・ 用意した原稿を読み上げるだけで、どこを強調したいのか、何をどう弁護したいのかが伝わらないままだった。(30代・男性)
などの声が寄せられ、「わかりやすさ」 という面では、弁護人によってその評価が大きく分かれた結果となりました。 このようなことから、「検察側の方がわかりやすい」 と受け取った人が多い結果となりました。

  「わかりやすさ」 の追求が、真実の追究になっているのか?
  こうした検察側、弁護側双方の 「わかりやすさ」 の評価がなされた一方で、 モニターからは 「『わかりやすい』 ことが本当に真実の追求になっているのか?」 といった疑問や指摘の声がありました。

・ 検察官の方はホワイトボードや写真などを使っていて、反対に弁護人は口頭だけだったのが大きな違いだと感じました。 裁判員の事を考えると、分かりやすい方に流れてしまわないかという事が気になりました。(女性・20代)
・ 犯行の大筋を自白している本件では、弁護側の量刑を軽くする事情の立証が困難な印象。プレゼン技術も相対的になる。 検察側の主張の方が、印象が強いので量刑が今までより過重になるのでは?(30代・男性)
・ 画像や映像がセンセーショナルになりすぎてはいないか?(30代・男性)

  このような指摘、懸念は裁判員裁判が始まる前からあったものです。 例えば伊東 乾氏はその著書 『ニッポンの岐路裁判員制度―脳から考える 「感情と刑事裁判」』 の中で、 「法廷メディアのマインドコントロール・ガイドライン」 を提言しており、 過度な印象操作によって法廷が混乱に陥らないようにするためのルール作りの必要性を唱えております。 今後は、こうしたガイドラインの整備も含めた、より具体的な議論が必要だと考えます。

  モニターによる 「模擬評議」 報告
  また裁判員ネットでは、裁判員裁判では傍聴席からも裁判員とほとんど同じ情報を得られることから、 「自分が裁判員だったらどう考えるか」 という観点で 「模擬評議」 を行っています。
  裁判員の評議は非公開であり、その内容も守秘義務の対象となっております。 したがって、「模擬評議」 は 「どのようなポイントで実際の評議がされたか」 を探る手がかりとなると同時に、 これから 「裁判員になるかもしれない市民」 が 「自分が判決を考える」 ことができる機会でもあります。 フォーラムではその模擬評議に参加した人から、感想や気がついた課題などを報告してもらいました。 あるモニターからは 「最初は 『被告は反省していない』 と思っていたから重い刑罰を与えるべきと考えたが、 模擬評議の過程で 『事実に基づき判断するべき』 との意見に共感するようになり、主張を変えるようになった」 との報告がされました。 このようにどういったポイントで議論がされ、また主張を変えた人はどういうポイントで主張が変わったのか、といったことが示されました。

  モニターによるディスカッション
  また裁判員ネットでは、裁判を傍聴した上での感想や意見を交換する 「ディスカッション活動」 も行っております。 これらのディスカッション活動を通して見えてきた課題点などを踏まえた上で、 このフォーラムの後半は学生や社会人のモニター経験者による裁判員制度についてのパネルディスカッションを行いました。
  テーマは 「市民感覚とは何か」 で、それぞれ裁判員裁判を傍聴した経験がある上での、率直な感想、意見を出し合いました。 その中で、「裁判員をやりたいか、やりたくないか」 という話になり、「実際にやってどんなものか経験してみたい。ぜひやりたい」 という意見がある一方で、 「やりたくない。精神鑑定など難しい証拠にもとづいて判断しなければならないこともある。知識が乏しい中で判断するのは、怖い」 といった意見交換がなされました。

  裁判員ネットでは、今後も裁判員制度市民モニターを継続していきます。 そして定期的にこのようなフォーラムを開催し、モニターから集まりました声を、みなさんにお伝えしていく予定です。
(裁判員ネット理事・坂上暢幸)