【談話】 2013年度小学校教科書の検定について

2014年4月4日 俵 義文(子どもと教科書全国ネット21事務局長)

  文部科学省は、4月4日、2013年度の小学校教科書の検定を公開した。 今回の小学校教科書の検定は、2008年の学習指導要領に基づく教科書の2回目の検定である。 したがって、各社ともに現行版(2010年3月に検定合格し2011年〜14年に使用の教科書)を基にした改訂版を検定申請したものである。 以下、社会と理科教科書について見解を表明する。

J.検定姿勢の後退・悪化
1.「アジア・太平洋戦争」 の表記についての検定は大きな問題がある。日本文教出版 「社会」 6年上は、「イギリス・アメリカとも戦争をはじめ、 戦場は中国から東南アジア・太平洋にまで広がっていきました(アジア・太平洋戦争)。」 と記述したところ、 「理解し難い表現である」 との検定意見が付され、年表、索引などもふくむ関連個所すべて(13個所)の表記を 「太平洋戦争」 に改めた。 最近の検定では、少なくとも1か所に 「アジア・太平洋戦争(太平洋戦争)」 または 「太平洋戦争(アジア・太平洋戦争)」 とどちらかをカッコ内に付記すれば 「アジア・太平洋戦争」 の表記が認められている。 従来の例に従うならば、「(太平洋戦争)」 と付記すれば認められたはずであるのに、日本文教出版は何故そうしなかったのか、大きな疑問が残る。 しかも同書の現行版は 「このアジア・太平洋戦争(太平洋戦争)では、戦場が中国から東南アジア・太平洋にまで広がっていきました。」 と記述して検定に合格しているのである。教科書調査官が 「(太平洋戦争)」 を付記させるのではなく、 「アジア・太平洋戦争」 の表記そのものを嫌ってそれを抹消するよう示唆したのではないかと疑われる。
  また、帝国書院版 「地図」 は現行版の 「太平洋戦争」 を 「アジア・太平洋戦争」 に表記を変えて検定申請したが、これも同様の検定意見が付され、 「太平洋戦争(アジア・太平洋戦争)」 と修正させられた。この修正も前記の従来の例からすれば、括弧の中と外が逆である。 文科省はどのような理由によって、従来の例とは異なる修正をさせたのか説明すべきである。

2.光村図書 「社会」 6年(公民部分)の尖閣諸島に関する記述への検定意見も異常といわなければならない。 同書は、世界の中の日本の役割について調べ話し合うというテーマのもとに 「日本は、アジアの国々の一員として、隣国の中国や韓国、 ロシアなどとの友好関係を保ち、……たがいの理解をより深める努力をしています。」 という本文と関連させつつ、 日本と朝鮮半島、中国、ロシア、アメリカとの間の課題を述べた4つの小コラムを設けているが、そのなかの中国との間の課題に関するコラムのなかで、 「日本の領土である尖閣諸島に対して、中国が領有を主張しており、政府は、その解決にむけて努力を続けています。」 と述べたところ、 「尖閣諸島をめぐる状況について誤解するおそれのある表現である。」 との検定意見が付され、 記述の後半部分を削除して 「日本の領土である尖閣諸島に対して、中国が領有を主張しています。」 と修正させた。 この検定意見による修正は、隣国との友好と相互理解という全体の文脈をまったく無視して、 隣国との対話の必要性を無視する記述に変更させた点で極めて異常なものである。 この検定意見は、尖閣諸島に関して領土(領有権)問題は存在せず中国との対話は必要ないとする政府見解にもとづいている。 それは今年1月に告示された 「政府の統一的な見解に基づいた記述」 を求める改定教科書検定基準を先取りしたものでもある。

3.従来も地球温暖化の原因をあいまいにしたり、自然エネルギーの役割の評価を低めたりして、 化石燃料や原子力の使用を肯定する方向に導くような検定意見がしばしば付されてきたが、今回も、日本文教出版 「社会」 5年下で、 「酸性雨でかれた木々」 との写真キャプションに対して 「酸性雨と森林枯死との関連が断定的に過ぎ誤解するおそれのある表現である。」 との検定意見が付された。
  また、教育出版 「社会」 3・4年下では、「火力や原子力とくらべ、小さなしせつで電気をつくることができる。」 との記述に対し、 「風力・地熱・太陽光発電について誤解するおそれのある表現である。」 との検定意見が付された。
  この点でも、原子力発電から脱却して再生可能エネルギーに期待する多数の国民世論に敵対し、 原発再稼働・輸出に固執する政府見解だけを子どもたちに刷り込もうとする政府・文科省の姿勢があらわである。

K.領土問題で政府見解の記述が増加した
  韓国、中国がそれぞれ領有権を主張する島根県・竹島と沖縄県・尖閣諸島について、現行本では1点だけだったが、 社会科を発行する4社全てが5年か6年で記述している。竹島について、東京書籍 「社会」 5年上は 「日本固有の領土ですが、 韓国が不法に占領しています。」、光村図書 「社会」 5年は 「日本固有の領土ですが、韓国が不法に占拠し、日本政府は強く抗議しています。」、 教育出版5年上は 「日本の領土でありながら、1954(昭和29)年から韓国が不法な占拠を続けています。」 と政府見解を明記した教科書や、 尖閣周辺の日本の領海で中国船が違法操業していることに触れたものもある。 政府見解を一方的に子どもに教え込むことがはたして教育的といえるのか、むしろ隣国との対立をあおる効果しかなく、大きな疑問である。 領土問題の扱いは教科書発行者が安倍政権を意識したものと思われる。

L.教科書発行者の 「自主規制」 か、危惧される重大な問題
  次に、検定意見による修正ではないが、 近代日本の侵略戦争と植民地支配をより肯定的にとらえさせようとする方向での記述の修正が出版社側によって自主的に行われた例がいくつかみられる。

4.日本文教出版 「社会」 6年上では、現行版でナンキン事件について 「ナンキン事件 日本軍は占領したナンキンで、ほりょにした兵士をはじめ、 女性や子どもをふくむ多くの人々の生命をうばいました。この事件は、すぐに外国に報じられ、非難を受けましたが、日本の国民には知らされませんでした。」 と記述されていたにもかかわらず、それを 「ナンキン占領 日本軍が、占領したナンキンで、ほりょにした兵士をはじめ、 多くの人々の生命をうばったと外国に報じられ、非難を受けました。 (ナンキン事件)戦後、このできごとについてさまざまな調査や研究がおこなわれてきましたが、その全体像については、今もなお議論が続けられています。」 と書き換えて検定に提出した。前段のナンキン事件が事実であることをあいまいにし、 あたかも事実でないことが外国で報じられたために非難を受けたとするかのような前述の記述については、当然のことながら、 検定基準の近隣諸国条項を背景に、「つくる会」 系教科書などと同様、「『ナンキン事件』 について、誤解するおそれのある表現である。」 との検定意見が付され、「日本軍は、占領したナンキンで、ほりょにした兵士をはじめ、多くの人々の生命をうばいました(ナンキン事件)。 この事件は、外国に報じられ、非難を受けました。戦後、このできごとについてさまざまな調査や研究がおこなわれてきましたが、その全体像については、 今もなお議論が続けられています。」 と修正された。しかし、これまでの南京事件の研究成果の積み重ねをまったく無視して、 南京事件の実態がまだ何も確定しておらず、事件の存在そのものを疑問視させるような後段の新記述はそのまま残った。 日本文教出版が、育鵬社・自由社版以外の他社にはみられないこのような新記述に、なぜ踏み切ったのかは不明であるが、 これも、学問的根拠が薄弱でも南京虐殺はなかったとの主張があれば、それも一つの説として教科書に書かせようとする改定検定基準の先取りといえる。

  ※育鵬社版は南京事件について 「この事件の犠牲者数などの実態については、さまざまな見解があり、今日でも論争が続いている」 と記述している。 また、日本会議の明成社版 『最新日本史』 は、「なお、犠牲者数とその実態については、今日でもさまざまな議論がある」 としている。

5.南京事件記述については、東京書籍 「社会」 6年上でも若干の記述の後退がみられる。 現行版では 「首都ナンキン(南京)を占領したとき、武器を捨てた兵士や、女性や子どもをふくむ多くの中国人が殺害された。 このことは、日本の国民には知らされなかった。」 としていたのを、新版では、「このことは、日本の国民には知らされなかった。」 を削除している。

6.教育出版 「社会」 6年上は、日露戦争に関して 「アジアの人々の中にも、日本が大国のロシアに勝利したことを喜ぶ声もありました。」 との記述を新たに付け加えた。それ自体は事実だとしても、それに対する批判的な注釈を加えることなしに述べるならば、 日露戦争の一面的な肯定論を印象づけることになりかねない。

7.光村図書 「社会」 6年は、日清・日露戦争の項の欄外の子どもの声で、現行版では 「二つの戦争では、満州や朝鮮半島が戦場になったんだね。」 と語らせ、アジア侵略の戦争だったという本質を示す事実に着目させようとしているのに、新版では 「こんなに激しい戦争だったのに、 日露戦争で日本が得たものは少なかったんだな。」 と語らせている。 他国から領土を奪うのを当然視し、その後のさらなる日本の侵略の拡大さえも当然視する考え方を身に付けさせ、 子どもを今日の世界の到達点と正反対の時代錯誤の考え方に陥らせるものである。

8.東京書籍 「社会」 6年上は、日露戦争、韓国併合後の条約改正と科学研究の発展を 「日本の国際的地位の向上」 としてまとめる記述を行った。 日本近代のあゆみを無批判に肯定することに流れないかが危惧される。
  教育出版 「社会」 6年上は、韓国併合に関し、「歌人の石川啄木は、これに疑問をいだくうたを残しています。」 との本文と、啄木の写真、 短歌 「地図の上 朝鮮国に くろぐろと すみをぬりつつ 秋風をきく」 を削除した。 日本国内にも併合を批判した人がいたことをしめす重要な事実だけに残念である。

9.日本文教出版 「社会」 6年上現行版は、沖縄戦で 「日本軍は、アメリカ軍の日本本土上陸を1日でも送らせるために、 ガマと呼ばれる自然にできた洞窟の中にひそむなどして抵抗しました。」 と本文で記述していたが、新版ではこれをそのまま 「側注」 に移している。 沖縄戦がアメリカ軍の本土上陸を送らせるための持久作戦・捨て石作戦だった記述をうすめるものであり、なぜこのようなあつかいにしたのか疑問である。

10.日本文教出版 「社会」 6年上現行版は、日本の敗戦のところで 「日本からの解放を喜ぶ朝鮮の人々」 の写真を掲載していたが、新版では削除した。 日本の戦争をアジアの視点からも考えるための重要な教材といえるものだっただけに残念である。

M.理科教科書検定の問題点
1.ますます重箱の隅をつつくような検定が多くなった
・ 「イラストのレイアウトを変更します」 「記述を追加します」 などがいろいろなところにでてくる。
・ 「地球のかんきょうを大切にしていきたいですね」 を 「地球の自然を大切にしていきたいですね」 に修正させる。 「5年生段階で 『かんきょう』 の言葉を使用することをやめたため」 がその理由である。 他にも 「かんきょう」 という言葉が使われた個所には、削除→別の用語に書き換えという例が非常に多い。
・ レイアウトや用語の使用は基本的に教科書編集者の仕事であるはずなのに、そこまで教科書調査官が指示することなのか。 無限定に検定の権限を拡大解釈することで、教科書内容を不正確にし、ますます子どもたちにとっておもしろくないものにしている。

2.「発展」 か 「本文」 か区別させる
・ 今回も含め、理科ではここ何回かの検定で、「発展」 として書かれたものを本文に直したり、 逆に本文にあったものを 「発展」 に直したりする書き換えを求めた例が非常に多い。
・ 「学習指導要領に示す内容と区別されていない」 「発展的な内容であることが区別されていない」 「学習指導要領に示す内容を 『発展的な学習内容』 として扱っている」 という意見が付けられているが、なぜそうした本文と 「発展」 の区別をしているのか、 その基準が不明確であることにそうしたことが繰り返されている原因がある。
・ 結果として、本文に書かれるべき重要な内容が 「発展」 扱いにされたり、本質的な内容ではないものが本文に移ったりして、 教科書としての信頼性を失わせている。また、このような区別ばかりを強調することは、ゆたかな教科書内容を作ろうとしている編集者の努力を殺ぎ、 無味乾燥な教科書にしてしまうばかりである。

3.やりにくくなる授業
・ 「動物をさわった後は、必ず手を洗う」 とあったものが、「さわる前に洗わなくてもよいかのように誤解するおそれのある表現である」 という検定意見によって、 「動物をさわる前と、さわった後は、必ず手を洗う」 と修正された。
・ 実験について、「作業の安全について考慮されていない」 という意見によって、書き換えが求められている。 その結果、どう見ても危険ではない実験であっても、「手についたら水で洗い流す」 「安全めがねを使用する」 「やけどに気をつける」 といった注意書きがやたらと多くなった。理科の授業にとって実験はつきものであり、実験上の安全は配慮しなければならないことは当然だが、 実験内容とは無関係に杓子定規のような指示によって、もともとそうした配慮が必要のない実験まで注記が書かれ、 実験そのものよりも細々したことに神経を使わなければならなくなれば、教師にとってますます理科の実験は苦手という印象を持たざるをえなくなる。

4.科学的に不正確な表現を押しつける
・ 「積らん雲が発達して発生した台風」 を 「不正確である」 という意見で 「積らん雲が集まってできた台風」 に修正させる。 台風ができるメカニズムから言えば 「集まってできた」 という表現のほうがよほど不正確であり、「発達して発生した」 とするほうが正確である。
・ 教科書調査官の恣意的な判断で、表現を変えさせることはやめるべきである。

N.安倍 「教育再生」 政策による検定制度改悪を許さない世論を
  以上に示した今回の小学校教科書検定にかかわる事実は、安倍政権の歴史認識が教科書内容を強く規制しつつあることを示している。 それは今年1月に告示された改定検定基準を先取りする形で教科書づくりと検定が行われつつあることも示している。 改定検定基準と改定検定審査要項が本格的に適用される2014年度の中学校教科書検定では、今回の小学校検定以上に、 政権の歴史認識と政府見解をきわめて一面的一方的に教科書に押し付けられるようになること、それによって、子どもたちの自由な思考が妨げられ、 一つの考え方に染め上げられていく結果となることを、危惧せざるをえない。 検定基準の 「近隣諸国条項」 は残っているが、今回の検定でもこれを骨抜き・無効にする実態が伺える。 それらは安倍政権がめざす 「戦争する国」 づくりへ、さらに憲法改悪へと、子どもたちや国民を誘導するものでもある。 そうした事態になることを許さないために、安倍政権の教育・教科書統制を批判する国内外の世論をいっそう大きくすることをよびかける。