訴  状

仙台地方裁判所民事部 御中

2007(平成19)年10月5日
原告ら訴訟代理人 弁護士 勅使河原  安  夫
同        弁護士 吉  岡  和  弘

当事者の表示

  別紙当事者目録、代理人目録記載のとおり。

国家賠償請求事件

 訴訟物の価額   400万円
 貼用印紙額  2万5000円

請 求 の 趣 旨

1 被告は、原告らに対する陸上自衛隊保全隊によるイラク自衛隊派遣に対する国内勢力の反対動向による情報収集、活動監視活動をはじめ、「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」(平成15年法律第137号)及び同法4条に基づき定められた「イラク人道復興支援特措法に基づく対応措置に関する基本計画」に基づいて自衛隊をイラク並びにその周辺地域及び海域に派遣し、同法及び同計画に基づく活動を行っていることに関する意見表明、集会、デモ行進その他の一切の表現活動、思想活動に対する情報収集、活動監視活動を行ってはならない。

2 被告は、原告後藤東陽こと後藤信に対し、金100万円及び本訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 被告は、原告山形孝夫に対し、金100万円及び本訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 被告は、原告戸枝慶に対し、金100万円及び本訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5 被告は、原告小野寺義象に対し、金100万円及び本訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに第2項から第5項につき仮執行宣言を求める。

請 求 の 原 因

第一点 はじめに

第1 大義なきイラク戦争

1 イラク戦争の大義であった「大量破壊兵器の存在」や、「国際テロ組織アルカイダとフセイン政権との結びつき」は存在せず、イラク戦争は侵略戦争であったことが明らかになってきた。従って、わが国自衛隊の復興支援活動なるものは、米英国らによるイラク侵略戦争に加担する違憲・違法な行為であることもまた公知の事実になった。にもかかわらず、わが国自衛隊は、バクダッドにまで輸送地域を拡大し、多国籍軍の兵士や物資を輸送し続けている。

2 かかる事実は、米軍等との武力行使を一体として遂行する明らかな戦争加担行為であり、平和憲法を守るために半生を投じてきた原告らにとって、その精神的苦痛の度合いはより一層深刻かつ重大なものになっている。

第2 情報保全隊の監視活動と人権侵害

1 そのうえ、今般、後述のとおり、「陸上自衛隊情報保全隊による組織的・系統的・日常的な監視活動」を記した資料の一端が明るみに出た。同資料から、原告後藤が代表を勤める団体「戦争法反対宮城県民連絡会」(以下、「連絡会」という。ちなみに、「連絡会」の前身は「有事法制に反対する宮城県民連絡会」と称し、また更にその前身は「新ガイドラインの発動に反対する宮城県民連絡会」と称する団体である)が監視の対象になっており、同連絡会に参加する原告小野寺もまた同監視の対象になっていることが明らかになった。

2 従ってまた、後述のとおり、原告山形、同戸枝もまた、情報保全隊の監視対象になっていることは必定である。

3 国による戦争遂行・加担行為は、必然的に国による組織的・系統的・日常的な監視活動が不可欠となる。自衛隊がイラクへ派兵されるという事実は、必然的にイラク派兵に反対する原告らを対象とした監視活動や情報収集活動を中心とした思想言論弾圧を伴う。その結果、国の監視行為により、原告らの人格権、プライバシーの権利、知る権利、言論表現の自由、集会結社の自由、思想良心の自由をそれぞれ侵害され著しい精神的苦痛を被ったばかりか、現在も引き続き情報保全隊による監視活動が繰り返され多大な苦痛を味わっている。

4 原告らは被告によるこうした国家的違憲違法の不法行為の差止めと損害賠償を求め、本件訴訟を提起するものである。

第二点 当事者

第1 原告ら

1 原告後藤東陽こと後藤信(以下、原告後藤という)、同山形孝夫(以下、原告山形という)及び同戸枝慶(以下、原告戸枝という)、原告小野寺義象(以下、原告小野寺という)に関する詳細は、別紙「原告個人票」記載のとおりである。

2 原告後藤は、今般、陸上自衛隊の情報保全隊による監視活動の対象となった「連絡会」の代表を務める者であり、後述のとおり、同団体が監視の対象になったことにより著しい精神的苦痛を被ったばかりか、現在もなお監視の対象とされ、同苦痛が継続している者である。

3 原告山形及び同戸枝は、原告後藤とともに、平成16年12月8日、自衛隊のイラク派遣が違憲違法であるとして、自衛隊のイラク派遣の差し止め、違憲確認、慰謝料請求を求める訴訟(事件名・自衛隊イラク派遣差止等請求事件。一審・仙台地裁平成16年(ワ)第1447号、二審・仙台高裁平成19年(ネ)第33号(現在、審理中)。以下、単に「別訴」という)を提起した者らである。同別訴を提起する以前から、上記のとおり原告後藤が代表を務める「連絡会」らが監視の対象とされていた以上、イラク派遣に反対し同別訴を提起した原告山形、同戸枝もまた監視の対象とされていたことは必定であり、同人らもまた著しい精神的苦痛を被っているばかりか、現在もなお監視の対象とされ、同苦痛が継続している者らである。

4 原告小野寺は、連絡会の運営委員会団体である宮城憲法会議の事務局長として、毎月1回程度開催される連絡会の運営委員会にほぼ毎回出席し、連絡会の企画の立案・企画の具体化・遂行を行ない、連絡会の開催する集会・シンポジウム・デモ、各種要請行動、街頭宣伝等の多くに自ら参加し、憲法問題や平和問題の学習会講師なども行ってきた者であり、また、別訴の訴訟代理人事務局次長として、イラクへの自衛隊派遣違憲差止め等を実現するための諸活動に従事してきた者であるところ、後述のとおり、同団体が監視の対象になったことにより、同「連絡会」らによる集会に参加した原告小野寺もまた同情報保全隊による監視を受け、その後も監視の対象とされ、著しい精神的苦痛を被ったばかりか、現在もなお同苦痛が継続している者である。

第2 被告

1 被告は、平成15年7月26日、第156回国会において「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」(以下「イラク特措法」と言う。)を成立させ、同年8月1日公布、施行した。

2 同年12月19日、防衛庁長官は、航空自衛隊に準備命令・同先遣隊に派遣命令を、陸上自衛隊及び海上自衛隊に準備命令を発し、これらの命令に基づき、航空自衛隊先遣隊がクウェート及びカタールに派遣された。また、平成16年1月9日、防衛庁長官は、航空自衛隊輸送部隊及び陸上自衛隊先遣隊に派遣命令を発し、同月26日には陸上自衛隊本隊、海上自衛隊に派遣命令を発した。

3 同年7月9日、米上院情報特別委員会(パット・ロバーツ委員長)は、報告書を公表し、「(大量破壊兵器開発を続けているとした)米CIAの『国家情報評価書』は、誇張か根本的な情報の裏づけを欠いていた」として、大量破壊兵器の保有と開発計画を否定し、フセイン政権による「核開発計画の再編成」や「生物・化学兵器の保有」「攻撃用生物兵器計画の実施」の情報が誤っていたと指摘した。また、もう一つの開戦理由だった国際テロ組織アルカイダとフセイン政権の結びつきも否定した。また、同年7月14日、英独立調査委員会(バトラー委員長)も報告書を公表し、大量破壊兵器情報に「重大な欠陥があった」と指摘し、特に、2002年9月の英政府文書にあった「イラクは45分で大量破壊兵器の配備が可能」とする情報について「根拠がなく、盛り込まれるべきではなかった」と報告し、開戦の道を開いた個々の情報の信憑性を否定した。そして、平成17年12月14日、ブッシュ米大統領は、ワシントン市内での演説で、「(イラクの大量破壊兵器疑惑に関する)情報の多くが結果として誤っていたのは事実」「イラク戦争に踏み切った決断に責任をもっている」と述べるに至った。

4 にもかかわらず、被告は、平成18年7月17日、サマワ駐留の陸上自衛隊を撤兵させたものの、同年7月31日、航空自衛隊C130H輸送機がクウェートのアリ・アルサレム空軍基地からバグダッド国際空港へ多国籍軍の兵士等をはじめて輸送するなど、更に戦争加担行為に従事しはじめ、今日に至っている。

5 そうした一方で、被告は、後述のとおり、陸上自衛隊情報保全隊による国民監視活動を行い、今日に至っているものである。

第三点 陸上自衛隊情報保全隊による国民監視活動の違法性

第1 陸上自衛隊情報保全隊による国民監視活動

1 陸上自衛隊情報保全隊の内部文書の公表

(1) 平成19(2007)年6月6日、日本共産党は、陸上自衛隊情報保全隊作成の2種類の内部文書(A4版で合計166頁。以下、「本件内部文書」という)を公表した。

(2) 第1の文書は「情報資料について(通知)」と題する文書(以下、「第1内部文書」という)で、16−2(「平成16年の第2号文書」と解される)ないし16−4、16−6及び16−8の5つの文書があり、これらは、陸上自衛隊・東北方面情報保全隊が作成した文書で、東北方面情報保全隊が収集した情報を、週間単位で一覧表にまとめ分析を加えたものである。

(3) 第2の文書は、「イラク自衛隊派遣に対する国内勢力の反対動向」と題する文書(以下、「第2内部文書」という)で、平成15年12月2日付け、平成16年1月20日付け、同年2月4日付け、同月10日付け、同月24日付け及び同年3月3日付けの6つの文書があり、これらは、陸上自衛隊情報保全隊本部が作成した文書で、「イラク自衛隊派遣に対する国内勢力の反対動向」を「週間単位及び月単位でまとめ」、「今後の国内勢力の動向についての分析の資とするもの」とされている。

(4) これら本件内部文書を陸上自衛隊情報保全隊が作成したことについては、政府・防衛省は否定しておらず、作成したことを事実上認めている。

2 本件内部文書の内容

(1) 第1内部文書は、本文と添付資料からなっている。

@ 本文には、監視対象期間内の情報が「1全般」「2一般情勢」、3「反自衛隊活動」「4外事」「5対象期間以前の事象」「6国内勢力の今後の取組予定」に整理され、また、対象個人・団体は、P、NL、S、GL、CV、諸派という「セクト」に分析・分類されている。例えば、「1全般」には、「本週間(16.1.7〜1.14)、国内勢力による取組が26件(青森県13件、岩手県4件、秋田県3件、宮城県・山形県・福島県各2件)認められた。これらの取組のほとんどは、自衛隊のイラク派遣に反対する宣伝行動であり、青森、岩手、宮城及び福島の各県内では成人式の場に絡めた主に新成人者の獲得を企図したものと思われるP系の宣伝活動が認められた。(略)また、地方自治体の動向として、イラクへの自衛隊派遣に反対する陳情書の採択等が2件確認された。引き続き、国内勢力による隊員(家族等を含む)工作並びに隊員及び地方自治体の動向に注目する必要がある。」等との記載がなされている。

A 添付資料の「一般情勢」は、東北方面情報保全隊が東北6県の市民・団体の運動を監視の対象にして収集した事実が「番号、発生年月日、発生場所、件名、関係団体、関係者、内容、勢力等」を内容とする一覧表にまとめられている。記載内容の多くは、東北各県での自衛隊イラク派遣に反対する取組みであるが、それ以外にも、青森市内での「年金改悪反対」の街頭宣伝、秋田市内での「秋田小林多喜二祭生誕100年記念小林多喜二展」の展示会等の記載もあり、情報収集は自衛隊の活動領域をも超える広い範囲に及んでいる。

(2) 第2内部文書には、文字どおり、全国のイラク自衛隊派遣に対するあらゆる反対動向が、本文、添付書類に記載されている。

@ 本文には、「1趣旨」、「2期間」、「3国内勢力の動向に関するコメント(「ア全般」、「イ革新政党」、「ウ新左翼等」、「エ労組」、「オその他」)、等の記載がある。

A 添付書類には、「駐屯地・官舎・米軍施設に対する反対動向」及び「市街地等における反対動向」が「区分(セクト)、名称(主催団体)、行動形態、年月日、時間、場所、動員数、行動の概要、備考」を内容とする一覧表にまとめられているだけでなく、諸行動が一覧できる全国地図、総合件数、週毎の推移、セクト・動態別件数、方面セクト別件数、方面動態別件数に分析整理されたの棒グラフが「総括」として記載されている。

B 具体的には、監視対象とされた団体・個人は、全国約41都道府県、約289団体・個人に及び、高校生まで監視対象にされている。また、情報保全隊が撮影したと思われる集会・デモ参加者が特定できる写真も添付されている。更に、情報保全隊は、社会的に著名な映画監督、画家、写真家、ジャーナリスト、さらに沖縄弁護士会等の活動も監視の対象としている。

C マスメディアの動向も監視の対象とし、後述のとおり、マスメディアとの「懇親会」の席上で、誰がどういう質問をしたかまで、肩書付きの実名で記録し、中には、メディアの取材活動を「反自衛隊活動」と分類しているものもある。

D また、全国各地の市町村議会の「イラク派遣反対決議」についても、その発議者、賛否議員数、議会構成などについて詳細に記載している。国会議員についても、民主党の国会議員によるイラク派兵への批判的発言とそれへの対応が記載されている。宗教活動についても、仏教徒やキリスト教関係団体の行った平和運動が監視の対象となり記載されている。

E しかも、その監視対象は、自衛隊イラク派兵反対運動等にとどまらず、医療費問題や消費税値上げ問題など、極めて広い範囲に及んでいる。

3 このように陸上自衛隊情報保全隊は、全国の市民・団体の動向を組織的・系統的・日常的に監視し、その情報を収集、分析・管理保管していることが理解される。

(1) とりわけ、本件内部文書で明らかとなった東北方面情報保全隊による情報収集は、東北地方の多くの個人・団体を監視の対象とし、集会・街頭宣伝・ビラ配布等の諸活動に対する監視活動がなされている。

(2) また、東北地方の市町村議会やテレビ・新聞等のマスコミの記者の取材活動までも監視対象となっており、情報保全隊は、これら表現行為を「反自衛隊活動」などと分類している。

(3) さらに、本件内部文書の書式をみれば、情報保全隊は、今回資料が公表された平成16年以後も、組織的・系統的、日常的に国民監視活動を行い情報の収集・分析・管理をし続けていることは間違いなく、その資料は少なくとも数千頁に達していると推測される。

(4) 本件内部文書中、原告ら宮城県内の県民らに対する監視活動は、別紙「原告ら国民監視一覧表」記載のとおりである。即ち、

@ 被告の宮城県民らに対する情報監視活動は、平成15年10月1日から平成16年2月22日までの約4カ月の間、少なくとも25回にも及んでいる。

A 監視対象先には、個人(反戦活動家)、自称男某(地域住民)のほか、古川市議会、新日本婦人の会、多賀城市議、戦争法反対宮城県連絡会、憲法9条を守る会柴田郡連絡会、日の丸・君が代の法制化に反対する市民会議、1.17ワールドアクションIN仙台、森住卓写真店イン古川実行委員会、自衛隊のイラク派兵やめよ、憲法を守れ1.29県民集会(戦争法反対宮城県民連連絡会、自衛隊イラク派遣の中止を求める署名活動(百万人署名運動宮城県連絡会)、米軍移転・日米共同演習反対宮城県連絡会、安保破棄諸要求貫徹塩釜実行委員会、2.7塩竃地域緊急集会(安保破棄諸要求貫徹塩竃実行委員会)、イラク派兵反対昼デモ(イラク派兵反対仙台東部地域連絡会)、米軍によるイラク占領と自衛隊のイラク派遣に反対するAS、DS(春闘共闘会議宮城県連絡会などの団体が記述されている。

B その内容も、
ア 古川市議会が自衛隊のイラク派遣に反対する意見書を採択した際の議会監視
イ 亘理町内の歌手が「イラクに自衛隊を行かせないライブ」と題するライブ活動及び署名活動を実施した際の模様の監視
ウ 古川市内の写真家が「イラク戦争とこどもたち」と題する反戦を主張する内容の写真展を実施した際の監視
エ 多賀城市内でP市議が成人式会場で新成人者等に対し、Pの宣伝活動を実施した際の監視
オ 王城寺演習場の地域住民が同演習場管理隊に対し、「射撃で家が震動する。射撃を中止してもらいたい」等の射撃騒音苦情電話を実施した際の監視
カ 新日本婦人の会大河原支部が町内の成人式会場で憲法前文及び第9条が記載されたビラ配布を実施した際の監視した
 など、写真展やライブ、成人式などという、市民がごく通常に行っている活動や集会にも及ぶものであった。

C また、報道機関については、別紙「報道機関監視一覧表」記載のとおりである。即ち、
ア 秋田さきがけ新報の記者(某記者と表示)は、秋田県防衛懇談会会長に対し、自衛隊のイラク派遣についての取材を要請する電話を実施した際の監視(同会会長は取材を拒否、駐屯地広報室長に連絡)、
イ (記者名黒塗り)東北放送記者は、総監部広報室に対し、日米共同実動訓練(積雪寒冷地)状況等の取材の申し込みを実施した際の監視(取材日の決定等じ後の対応については6Dとする)、
ウ (記者名黒塗り)福島民報新聞記者は、駐屯地を訪問し、応対した44iexo及び駐屯地広報室長等5名に対し、自衛隊のイラク派遣に関する取材を実施した際の監視(NAで先遣部隊が派遣されたことに対する所属隊員の心境、派遣時期等の取材)
エ 盛岡市内で実施された「第2回報道支局長等との交流会」の懇親会会場において、
a (報道社名は黒塗り)支局長(盛岡市)は、岩手駐屯地指令に対し、海外勤務時での現地の自衛隊に対する見解を問う質問を実施した際の監視
b (報道社名は黒塗り)編集局次長(盛岡市)は、岩手駐屯地業務隊長に対し、自衛隊での職務にするやりがい、満足感等を問う質問を実施した際の監視
c (報道社名は黒塗り)報道局長(盛岡市)は、駐屯指令に対し、自衛隊での情報収集能力等を問う質問を実施した際の監視
d (報道社名は黒塗り)総局長(盛岡市)は、9特連5大隊長に対し、FH70の性能等を問う質問を実施した際の監視
などと、報道機関としては、ごく当たり前の取材や会話に過ぎないものまでが克明に記述されているものであった。

第2 憲法違反・自衛隊法違反

1 知る権利への侵害行為

(1) 報道の自由は、原告ら国民の知る権利が確保されるための欠かせない重要な自由である。

(2) とりわけ、原告ら一般私人にとって、社会の出来事が正確に把握でき、そして正しい意見を表明して真の民主主義社会を実現するためには、報道機関が自由な取材を行い、自由な報道を行う環境が整っていることが前提となる。けだし、時の権力からの圧力を受け、不正確な報道や誤った報道がなされるならば、原告ら国民もまた誤った判断に陥ることは必至だからである。

(3) しかしながら、上記自衛隊の監視活動の様は、異常極まりないものがある。こうした監視活動が継続されるならば、必ずや報道機関と記者らは萎縮し、自衛隊に関する一切の報道を回避することになろうことは戦前の大本営発表を例に引くまでもなく明らかである。

(4) 上記のとおり、「報道機関との交流会」の懇親会会場という場における報道関係者の日常会話的発言が反自衛隊活動とみなされチェックされたり、自衛隊広報部を通じた取材申入れさえも、反自衛隊活動をしている記者の取材活動と看做されるということになれば、記者の多くは自衛隊への取材を回避することになることは必至である。

(5) その結果、原告らは、自衛隊の情報をほとんど入手できない状況に陥るなど、知る権利を侵害されることは当然である。

2 表現の自由を侵害する違憲行為

(1) 日本国憲法は、国家権力の濫用を抑制し国民の権利自由を保障するという近代立憲主義に立脚している。なかでも表現の自由は、自己を実現し民主主義を支える権利であって、憲法21条は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と規定し強く保障している。

(2) ところが、今回明らかとなった陸上自衛隊情報保全隊による監視活動は、自衛隊という強大な国家権力が組織的・系統的・日常的に広範な国民(個人・団体)の表現活動を監視して情報を収集し、その情報を「反自衛隊勢力」等と分析整理し、膨大な情報を保管・管理してきたものである。この情報保全隊の行為は、本来自由で国家権力による干渉を受けることのない原告らの表現の自由に対する不当な干渉であり、今後の表現活動にも重大な萎縮効果をもたらすものであるから憲法21条に違反する。

(3) とりわけ、今回明らかとなった陸上自衛隊情報保全隊による監視活動は、報道機関の取材活動にまで及んでいる点は、きわめて重大である。本来自由で国家権力による干渉を受けることのない報道機関に対する不当な干渉であり、今後の報道にも重大な萎縮効果をもたらすことにより、原告らの知る権利を奪うことになるから憲法21条に違反する。

3 プライバシーの権利を侵害する違憲行為

(1) プライバシーの権利は、私事又は私生活上の事実について、本人の承諾なしに収集されたり公表されたり利用されたりすることがない権利(自己情報コントロール権)として、憲法13条により保障されると解される。この点は、以下のとおり、憲法学説及び下級審裁判例で既に承認されているところである。

@ 個人情報の伝播につき、最高裁平成15年9月12日判決(早稲田大学江沢民講演会名簿提出事件)は、警察に早稲田大学が講演会出席予定者の個人情報を提供したことがプライバシ−侵害になるとしている。

A また、新潟地裁平成18年5月11日判決は、正当な理由もなく個人情報を同一省庁内で伝播することにつきプライバシー侵害と認めている。

B さらに、住民基本台帳ネットワークシステムに関し、大阪高裁平成18年11月30日判決及び名古屋高裁金沢支部平成18年12月11日判決(判時1962号11頁)も同旨である。

(2) 本件自衛隊情報保全隊による原告らに対する監視及びこれによる個人情報の収集・分析・管理行為は、国家が自己情報を本人の同意を得ずに取得・管理等を行ったものである。これは、プライバシーの権利の重大な制約に該当し、その制約の目的及び手段も合理性を欠くものである以上、正当化することはできず、憲法13条に反する行為である。

4 肖像権を侵害する違憲行為

(1) みだりに容ぼう等を撮影されない自由(以下、「肖像権」という)が憲法13条で保障されている。最高裁も京都府学連デモ隊事件(昭和44年12月24日大法廷判決刑集23巻12号1625頁)において、「憲法13条は、・・・国民の私生活上の自由が、警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものということができる。そして、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。」と判示し明確にこれを認めている。

(2) また、前記最高裁判決は、前記みだりに容ぼう等を撮影されない自由の制約が許容される限度について、「現に犯罪が行われもしくは行われたのち間がないと認められる場合であって、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもって行われるとき」には撮影される本人の同意がなくても容ぼう等の撮影が許容されると判示している。

(3) 本件では、そもそも法令上の権限すらない陸上自衛隊情報保全隊が、「反自衛隊活動」の監視という一定の意図のもと、何ら犯罪性のない原告らの正当な表現活動・政治活動である集会・デモ等に参加している市民の容ぼう等を、その承諾なしに撮影している。この行為は、前記最高裁判例の基準に照らしても、肖像権を侵害する憲法13条に違反する行為であることは明らかである。

(4) しかも、情報保全隊の写真撮影行為は、組織的・系統的・日常的に全国で広範な個人を対象に行われていたものであり、なおのこと、人権侵害の程度は重大である。

5 思想良心の自由(憲法19条違反)

(1) 憲法19条は、思想及び良心の自由を保障している。

(2) 東京高裁昭和43年6月12日判決(いわゆる三菱樹脂事件)は、民間企業が入社試験に応募した者の政治的思想に関する情報を取得することが公序良俗に反すると判示する。民対民の関係ですら個人の政治的思想に関する情報の取得が禁止される以上、なおのこと、憲法遵守義務を負担する公務員らが個人の政治的思想に関する情報を取得することは厳しく禁止されることは当然すぎるほど当然のことである。

(3) 原告が自衛隊イラク派遣に反対し、集会等に参加し発言することに関する情報は特定の市民の政治的思想と関わる情報であることは明らかである。そして、後述のとおり、自衛隊が原告らの情報を取得する正当目的はない以上、上記監視活動は、憲法19条に違反する。

6 平和的生存権を侵害する違憲行為

(1) 2007(平成19)年3月23日、名古屋地方裁判所民事第6部において下された判決(以下「田近判決」という。)は、「憲法第3章の基本的人権の各規定の解釈においても平和的生存権の保障の趣旨が最大限に活かされるよう解釈すべきことはもちろんであって」、「憲法9条に違反する国の行為によって個人の生命、自由が害されず、また侵害の危機にさらされない権利、同条に違反する戦争の遂行ないし武力の行使の目的のために個人の基本的人権が制約されない権利が、憲法上保障されているものと解すべきであり、その限度では、他の人権規定を相まって具体的権利性を有する場面がある」とし、平和的生存権(憲法前文、9条、13条)の具体的権利性を限定的ではあるがこれを認めた。同田近判決によれば、本件においても以下に述べるとおり、平和的生存権の侵害が認められる。

(2) 「憲法9条に違反する国の行為によって個人の生命、自由が害されず、また侵害の危機にさらされない権利」の侵害

@ 情報保全隊の監視活動の対象は、憲法9条に違反するイラク派兵に反対する原告ら国民である。そして、原告ら国民を監視・統制をすることにより、自衛隊のイラク派兵遂行を容易ならしめている。

A そして、情報保全隊員自らがイラク派兵に反対する原告ら国民の中に直接潜入し、あるいは外部から監視して個人情報を違法に取得し、前述した表現の自由やプライバシー権、肖像権等の「個人の自由」を侵害している。従って、情報保全隊の監視活動の対象となった国民は、自衛隊イラク派兵及びそれに伴う本件監視活動という「憲法9条に違反する国の行為」によって様々な「個人の生命、自由」が侵害され、または少なくとも侵害の危機にさらされたものと認められる。

 (3)「憲法9条に違反する戦争の遂行ないし武力の行使の目的のために個人の基本的人権が制約されない権利」の侵害
@ 情報保全隊による本件監視活動は後述するように自衛隊イラク派兵と表裏をなすものであり、イラク派兵を遂行する目的でなされていることは明らかである。そして、自衛隊イラク派兵は米英軍を中心とする違法なイラク戦争及びそれに続く占領行為に加担するものであって、憲法9条に違反することは明らかである。

A 従って、本件監視活動は憲法9条に違反する戦争の遂行ないし武力の行使の目的のために、原告らの表現の自由、プライバシー権等を制約するものであることは疑いのない事実であり、「憲法9条に違反する戦争の遂行ないし武力の行使の目的のために個人の基本的人権が制約されない権利」の侵害と認められる。

7 法的根拠の不存在

(1)自衛隊法その他の法令上の根拠の不存在

@ 自衛隊法には、情報保全隊が自衛隊イラク派遣反対運動や消費税増税、医療費問題等の運動を監視・情報収集する根拠規定は存しない。自衛隊法上、情報収集活動が定められているのは治安出動下令前に行う情報収集のみである(79条の2)。しかもその要件は、
ア 事態が緊迫していること
イ 治安出動命令(78条)が発せられること及び機関銃等による不法行為が予測されること
ウ 内閣総理大臣の承認であるところ、
本件監視活動はかかる要件のいずれもが満たされていないことは明白である。

A 自衛隊法23条、自衛隊法施行令32条に基づく陸上自衛隊情報保全隊に関する訓令(平成15年3月24日、陸上自衛隊訓令第7号)もまた、本件監視活動の正当化根拠とはならない。関連しうる条文は次のものである。
ア 自衛隊法23条・・本章に定めるもののほか、自衛隊の部隊の組織、編成及び警備区域に関し必要な事項は、政令で定める。
イ 自衛隊法施行令32条・・本章に定めるもののほか、自衛隊の部隊の組織、編成及び警備区域に関し必要な事項は、防衛大臣が定める。
ウ 陸上自衛隊保全隊に関する訓令第2条1号・・情報保全業務 秘密保全、隊員保全、組織・行動等の保全及び施設・装備品等の保全並びにこれらに関連する業務をいう。
エ 陸上自衛隊保全隊に関する訓令第3条・・情報保全隊は、陸上幕僚監部、陸上幕僚長の監督を受ける部隊及び機関並びに別に定めるところにより支援する施設等機関等の情報保全業務のために必要な資料及び情報の収集整理及び配布を行うことを任務とする。

B そもそも、情報保全隊は、平成12年9月の秘密漏洩事件を契機に、その再発防止の一環として設立されたものであり(平成14年4月4日衆議院安全保障委員会における中谷元防衛庁長官答弁)、その任務は前記訓令に限られ、具体的には「自衛隊に対して不当に秘密を探知しようとする行動、基地、施設等に対する襲撃、自衛隊の業務に対する妨害、職員を不法な目的に利用するための行動等・・のような外部からの働きかけなどから部隊の秘密、規律、施設等を防護するために必要な資料及び情報を収集、整理し、所要の部隊に配布」がこれに当たる(前記中谷元防衛庁長官答弁)。また、民間人を対象とする情報収集は「あらかじめ防衛秘密を取り扱う者として指定した関係者のみに限定する」と国会で答弁している(前記中谷元防衛庁長官答弁)。

C しかるに、本件監視活動は、これら情報保全隊に認められている任務の範囲内であるとは到底言えず、監視対象となった民間人も予め指定された関係者であったとは認められない。よって、上記訓令を根拠に正当化することもできない。

D 防衛省設置法4条4号及び18号を根拠とする向きもある。しかし、同法4条各号は防衛省の所掌事務を定めたものであって、当然に部隊の活動に準用することはできない。現に、同法5条では「自衛隊の任務、自衛隊の部隊及び機関の組織及び編成、自衛隊に関する指揮監督、自衛隊の行動及び権限等は、自衛隊法(これに基づく命令を含む。)の定めるところによる。」と規定しており、自衛隊の部隊の活動の法的根拠は自衛隊法以外に存しないことは明らかである。

E よって、防衛省設置法を根拠とすることはできない。

(2)行政機関個人情報保護法違反

@ 行政機関個人情報保護法は、行政機関が個人情報を保有する場合につき、以下のとおり規定する。即ち、行政機関個人情報保護法第3条は「行政機関は、個人情報を保有するに当たっては、法令の定める所掌事務を遂行するため必要な場合に限り、かつ、その利用の目的をできる限り特定しなければならない。」とし、同2項は「行政機関は、前項の規定により特定された利用の目的(以下「利用目的」という。)の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を保有してはならない。」、同第8条は「行政機関の長は、法令に基づく場合を除き、利用目的以外の目的のために保有個人情報を自ら利用し、又は提供してはならない。」と規定する。つまり、
ア 所掌事務を遂行する場合に必要なこと
イ 利用目的をできる限り特定すること
ウ 利用目的の達成に必要な範囲で個人情報を保有・利用すること
を義務づけている。しかるに、本件監視活動による情報収集には個人情報も含まれているところ、
ア 当該情報収集は前述のとおり情報保全隊の所掌事務には含まれておらず、所掌事務の遂行のための必要性は認められず、
イ 利用目的も漠然不明確であり、「できる限り特定」しておらず、
ウ 利用目的に必要な情報収集とも認められない。

A 本件内部文書に関連して、防衛省守屋武昌事務次官は、本年6月6日、記者会見の席上、「情報収集は隊員やその家族を動揺させないことが目的」と述べた。しかし、上記「目的」の内容は不明確であり、自衛隊員及び家族と国民(国民の表現活動)との接触を問題にするのであれば、目的自体が問題である。また、上記「目的」と情報保全隊が実際に行った監視行動(その対象はイラクへの自衛隊派遣問題に限らず消費税引上げ問題や医療費・年金問題等に及んでいる)との具体的関係も不明である。

B 従って、本件監視活動による個人情報の収集・保有は行政機関個人情報保護法に違反する。

8 立憲主義に対する背反−「憲兵政治」復活の危機

(1) 日本国憲法は、国家権力の濫用を抑制し国民の権利自由を保障するという近代立憲主義に立脚している。

(2) しかし、上記のとおり、自衛隊の原告らに対する監視活動は、法的根拠すらなく行われた情報保全隊による監視活動は、国民の基本的人権を侵害するものであるばかりか、憲法の基本原理である立憲主義をも侵害するものである。

(3) わが国では、戦時下において、軍隊内の「憲兵組織」が強大化し思想弾圧など国民生活全体を監視するようになった悪しき歴史を有している。今回の自衛隊の国民監視活動がこのような「憲兵」による国民監視の復活さえ危惧させるものであり、歴史的反省を踏まえた行為とはおよそ認められない。

第3 小括

 以上、今般の自衛隊情報保全隊の組織的・系統的・日常的監視活動・その情報の収集・分析・管理保管活動は、違憲違法なものである。

第四点 監視活動と情報収集活動を中心とした思想言論弾圧の必然性

第1 戦争と言論思想弾圧は表裏一体の関係にある

1 戦争行為を遂行するには自国民の戦争反対活動や報道を抑圧・監視することが不可欠であることは戦前の国家総動員法の立法や国民精神総動員体勢による特高警察・憲兵・隣組等による思想弾圧・言論抑圧等の教訓からして明らかなことである。

2 もしも大義なき戦争行為の無益有害性が指摘され、戦地最前線へ送られ無駄死にする兵士の無念さと遺族らの悲しみ・怒りと不満等々が声高に唱えられ、多額の軍事予算のしわ寄せが生活必需予算を切り詰めている不満等が世論となることは、兵士や家族の士気を低下させ、戦争遂行予算の承認を困難化させ、戦争相手国の戦意を奮い起こさせることになるからである。

3 従って、戦争遂行権力にとって「戦争」を行うためには「言論・思想弾圧」が必然・不可避の要請であり、そのための情報収集活動や監視活動は戦争を行うための欠かせない重要な支柱とされる。

第2 イラク派兵と思想言論弾圧の必然性

1 自衛隊のイラク人道支援派遣の実態は、米英等のイラク侵略戦争に日本国として戦争に加担する行為であった。

2 日本国として戦争加担行為を円滑に遂行するためには、自国民の思想言論を弾圧し情報を統制する必要が生じる。原告らイラク派兵に反対する訴訟や活動を行う人々が大義なきイラク戦争の実態を暴き、報道人がイラク戦争の無益・有害性を報道すれば、「イラクへの人道支援活動を行う自衛隊」という虚像が露呈し、世論は反発し、派兵された隊員と家族の士気は低下するからである。

3 そこで、思想言論を弾圧し情報を統制するためには、なによりもまず、自衛隊のイラク派遣に反対する原告らの活動がどれだけの勢力を持ち、どれだけの世論の支持を獲得し、今後、どのような活動を展開しようとしているのか、また別訴裁判の担当裁判官は法廷でどのような発言をなし、別訴裁判は今後どのような展開となるかなどの情勢等を正確に把握する必要がある。

4 また、報道関係者らが、原告らの活動等に対しどのような報道姿勢に立ってどのような報道を行うかをも把握しておかなければならない。

5 このように「自衛隊のイラク戦争加担行為」に伴い、国の「監視活動と情報収集活動を中心とした思想言論弾圧」は必然的表裏の関係として位置付けられることになる。今般、存在が明らかになった「陸上自衛隊情報保全隊による組織的・系統的・日常的な監視活動」を記した資料は、まさにこの表裏の関係を如実に証明する資料なのである。

第3 陸上自衛隊情報保全隊の監視活動は国家的不法行為である

1 以上のとおり、「自衛隊のイラク派遣行為」は必然的に原告らを対象とした「監視活動と情報収集活動を中心とした思想言論弾圧」を伴う結果、原告らイラク派遣に反対する者らは、人格権、プライバシーの権利、言論表現の自由、集会結社の自由、思想良心の自由及び平和的生存権を侵害する国家的不法行為により著しい精神的苦痛を被ることが常である。

2 しかし、通常、こうした原告らに対する「監視活動と情報収集活動を中心とした思想言論弾圧」は、原告らに極秘で遂行されるのが常であり、原告らとしては、これら国家的不法行為により、原告らの人格権、プライバシーの権利、言論表現の自由、集会結社の自由、思想良心の自由が明確に侵害されたという事実を裁判の場で明確に主張・立証することは困難を強いられる。

3 とりわけ、戦前の特高、憲兵等による言論思想弾圧を体験した生き証人たる原告後藤、同山形、同戸枝にとっては、「戦争」と「言論・思想弾圧」は表裏の一体関係にあることは肌身に染みて体感してきた者らであるだけに、なおのこと、その見えざる監視活動や情報収集活動からの恐怖と苦痛は計り知れないものがあった。しかし、原告らは、戦前の経験だけをもって抽象的に上記国家的不法行為を主張するわけにもいかず、明確な具体的主張をなしえずにいたところ、今般、まさに、この監視活動の必然性を如実に証明する「陸上自衛隊情報保全隊による組織的・系統的・日常的な監視活動」を記した資料の一端が示され、被告による原告らに対する国家的不法行為による権利侵害の事実が明るみに出た。

4 これによって、原告らは通常一般人からの権利侵害とは全く比較にならないほどの甚大なる精神的苦痛を被ったことを証明しうることになった。国家が無断で国民の写真撮影をしたり、個人の発言内容を収集することは、マスコミが情報収集するのと異なり、国家権力、特に武力をもった軍隊が戦争遂行という意図を持って行っている点で明らかに質的に異なり、肖像権や表現の自由などの侵害に当たることは過去の判例からも明らかである。

第五点 原告らの精神的損害

第1 原告後藤について

1 原告後藤は、連絡会の代表者であるところ、同連絡会が自衛隊情報保全隊の監視対象となっていたことは明らかである。即ち、
(1) 平成16年1月14日、仙台市で開催された「1.14イラク自衛隊派兵反対県民集会」に「連絡会」も協力して参加したところ、このことが上記資料に記録されている。注目すべきは、同県民集会を主催したのが同連絡会でないにもかかわらず、同連絡会が「関係者又は団体」として特定されていることである。これは、同連絡会が自衛隊情報保全隊から恒常的に監視されていたことを推認させる事実である。

(2) また、同年1月29日、仙台市で開催された「自衛隊のイラク派兵やめよ、憲法守れ、1.29県民集会」を同連絡会が主催したところ、このことが上記資料にしっかりと記録されている。

(3) さらに、同年2月19日、仙台市で開催された「自衛隊のイラク派遣に反対するデモ」を同連絡会が主催したところ、このことも上記資料にしっかりと記録されている。同連絡会が恒常的に監視されていたことを示すものである。

(4) このような同連絡会に対する恒常的な監視によって、同連絡会の代表者たる原告後藤は甚大な精神的苦痛を被った。

第2 原告後藤、原告山形及び原告戸枝について

1 前述のとおり、原告後藤、原告山形及び原告戸枝は、平成16年12月8日、自衛隊のイラク派遣の差し止め、違憲確認、慰謝料請求を求める別訴を提起した。

2 同提訴行為は、被告にとっては「反自衛隊活動」であったから、原告後藤、原告山形及び原告戸枝を「反自衛隊勢力」として組織的・系統的・日常的な監視活動・情報収集活動の対象にすることは必定である。けだし、本件訴訟提起前の、未だ国を被告として訴訟を交える以前の連絡会の集会参加や、こどもの写真展、歌手のライブ演奏、成人式の憲法配布行為さえをも監視していた陸上自衛隊情報保全隊が、自衛隊のイラク派遣に関する別訴を提起し、明確に国に対し派兵差止めと損害賠償を求める行動に出た原告らにつき、その言動等を監視しないはずもないことは容易に推認されることであるからである。

3 もしも、仮に、被告が別訴提起後は、同種監視活動等は中止したとでも主張するというなら、何ゆえ、以後の監視活動を中止したのかについて、それなりの合理的根拠を示して裁判官に説明しない限り、上記推定は破られず、従ってまた、今日に至るも、原告らに対する同種監視活動は継続していることが高度の蓋然性をもって基礎付けられる。

4 今回、明らかになった本件内部文書は、東北方面情報保全隊が平成15年11月24日から平成16年2月26日までの約4カ月間に収集した資料に過ぎず、原告らは、後述のとおり、本件審理の場において、それ以外の監視活動資料を提出するよう求め、同資料が提出されるならば、直ちに原告らに対する更なる違憲違法な監視活動が明らかになる。

5 原告原告後藤、原告山形及び原告戸枝は、こうした国による違憲違法な監視行為の対象とされ、各々の人格権、プライバシーの権利、知る権利、言論表現の自由、集会結社の自由、思想良心の自由をそれぞれ侵害され著しい精神的苦痛を被ったばかりか、現在も引き続き情報保全隊による監視活動が繰り返され多大な苦痛を味わっている。

6 そしてまた、自衛隊の監視活動は現在も続いていることからして、原告らとしては、一日も早く、こうした監視活動を停止さたく、本差止請求に及ぶものである。

第3 原告小野寺について

1 原告小野寺は、「連絡会」の一員として監視の対象とされた。即ち、
(1) 連絡会は、平和憲法を擁護するための諸活動に取り組んできた宮城県内の中心的団体の1つであり、原告小野寺は、その運営委員会団体の宮城憲法会議の事務局長として、毎月1回程度開催される連絡会の運営委員会にほぼ毎回出席し、連絡会の企画の立案・企画の具体化・遂行を行ない、連絡会の開催する集会・シンポジウム・デモ、各種要請行動、街頭宣伝等の多くに自ら参加し、憲法問題や平和問題の学習会講師なども行ってきた。

(2) そして、平成16年1月14日、仙台市で開催された「1.14イラク自衛隊派兵反対県民集会」を開催するに際し、原告小野寺は、連絡会の一員として、同集会の企画・進行に関与し、集会当日もまた、同集会に臨んで同集会の進行の一部始終を差配する一員として活動していた。

(3) また、原告小野寺は、原告後藤、同山形、同戸枝による別訴提起の際、同人らの代理人となり、同人らとともに自衛隊のイラク派遣の違憲性を主張するなどしていた弁護士である。

(4) これらの行為は、被告にとって「反自衛隊活動」と看做され、他の原告らとともに、「反自衛隊勢力」として組織的・系統的・日常的な監視活動・情報収集活動の対象にされたことは必定であることは他の原告らと同様の推定が働く。

(5) とりわけ、少なくとも、原告小野寺は、上記「1.14イラク自衛隊派兵反対県民集会」に参加し、集会の運営に関与し活動していたのだから、情報保全隊により、当日、直接、監視されていた。

2 こうした国の監視行為の対象とされた原告小野寺は、自らの人格権、プライバシーの権利、知る権利、言論表現の自由、集会結社の自由、思想良心の自由をそれぞれ侵害され著しい精神的苦痛を被ったばかりか、現在も引き続き情報保全隊による監視活動が繰り返され多大な苦痛を味わっている。

3 そしてまた、自衛隊の監視活動は現在も続いていることからして、一日も早く、こうした監視活動を停止さたく、本差止請求に及ぶものである。

第4 原告らの損害

1 原告らの平和に対する考えやこれまでの生い立ちや活動歴は別紙「原告個人票第1ないし第4」記載のとおりである。

2 上記の情報保全隊による監視活動・情報収集活動によって被った人権侵害とその精神的苦痛は計り知れないものがある。しかも、現在もなお、同監視活動は続いており、原告らの同苦痛は益々増大している。

3 これを、あえて金銭的に評価すれば各金100万円はくだらない。

第六点 差止の必要性

第1 被告の本件違憲・違法な監視活動の目的、同監視活動の手法、監視活動に関する今日までの被告らの言動等に鑑みれば、イラク派遣が継続されている現時点において原告らに対する監視活動は現在もなお継続されていることは疑いなく、かかる違憲・違法な監視活動が継続されていることにより、原告らには、回復し難い人格権、プライバシーの権利、知る権利、言論表現の自由、集会結社の自由、思想良心の自由の侵害とその著しい精神的苦痛が生じ、今日も日々増大し続けている。

第2 原告らは、上記各基本的人権を確保するために、被告による原告らに対する本件違憲・違法な監視活動を直ちに差し止めるよう請求する権利を保持する者らである。よって、被告は原告らに対する違憲・違法な監視活動を直ちに差し止められたい。

第七点 求釈明及び文書の提出要請

 被告は、速やかに他の同種文書を提出されたい。

1 今般、示された本件内部文書には、原告後藤が代表を勤める「連絡会」の平成16年1月14日から21日までの間の集会や取組みを「国内勢力」と把握して監視する実態が記されている。これにより、原告後藤は同「連絡会」の代表を務める人物として、原告小野寺は、同「連絡会」の主要な一員として、それぞれ被告国から継続的に監視されていた事実が明らかになった。

2 そして、その後も、原告後藤は、同山形、同戸枝とともに本件訴訟を提起したり、イラク派遣に反対し、平和憲法を守るための集会等の諸活動を執り行ったりする行動を起こっている。また、原告山形、同戸枝、同小野寺もまた、原告後藤と同旨の活動をなし、監視の対象となっている。

3 だとすれば、本件訴訟提起前の、未だ国を被告として訴訟を交える以前の諸集会さえ監視していた陸上自衛隊情報保全隊が、本件訴訟を提起し、明確に国に派兵差止めと損害賠償を求める行動に出た原告らにつき、その言動等を監視しないはずもない。もしも、国が上記期限以後は、同種監視活動等は中止したと主張するというなら、何ゆえ、上記期限以後の監視活動を中止したのかについて、それなりの合理的根拠を示して裁判官に説明しない限り、上記推定は破られない。

4 そこで、原告らは、後日、文書提出命令申立書をもって、陸上自衛隊情報保全隊のその後の監視活動を記した資料の提出を求める予定である。同提出を求める資料は、上記のとおり、原告らの本件における精神的苦痛の一内容となる事実を明確に基礎づける最有力証拠であり、同書類の不提出は本件主要事実の認定を妨げる行為と看做されるべきものだからである。

5 また、被告が同書類の不提出にこだわると云う不誠実、不正義の行動をとるならば、原告らとしては、陸上自衛隊情報保全隊隊長の証人尋問を求め、同隊長から、何ゆえ、監視活動を行ったか、その後、今日までの資料は存在するか、存在しないという場合はその合理的理由等を尋問する予定である。

第八点 結論

第1 以上、被告国の公務員である陸上自衛隊情報保全隊の原告らに対する監視活動及び情報収集活動は、日本国による原告らに対する明らかなる人権侵害であり、国家的不法行為である。また、報道機関に対する監視活動もまた原告らの知る権利への重大なる侵害行為である。そして、これら国家的不法行為は、明確に原告らや報道機関に対して向けられていたことも明らかである以上、原告らの知る権利をはじめ上記各基本的人権侵害による精神的苦痛は単なる不安感や焦燥感とは異質のものであるばかりか、一日も早くこうした違憲違法の状態から脱却し、原告らの精神的苦痛を解消すべく、法が保護すべき権利侵害状態に置かれていることは明らかである。

第2 また、被告国の公務員である陸上自衛隊情報保全隊の原告らに対する監視活動及び情報収集活動が今後も引き続き継続されるとなれば、原告らは、回復し難い上記人権侵害と精神的苦痛を被るなど、重大な損害が生じることは明らかである。よって、原告らは、請求の趣旨記載の判決を求め、本訴を提起する。
以上

証 拠 方 法

 追って提出する

附 属 書 類

1 訴状副本          1通
2 訴訟委任状         4通

 (別紙)          原告個人票

第1 原告後藤東陽

1 原告後藤東陽(以下、「原告後藤」と言う。)は、1925(大正14)年に岩切村(現仙台市宮城野区岩切)で出生し、少年時代から青年時代にかけて満州事変(1931年)、盧溝橋事件(1937年)、太平洋戦争、敗戦を経験してきた。敗戦後は、写真家として活動し、現在X東陽写場の代表取締役会長である。

2 人格の形成と平和的生存権との結実
(1) 原告後藤は、尋常小学校入学時(1932(昭和7)年)から教育勅語に基づく軍国主義教育を受けてきた。例えば、国語読本には「ススメ ススメヘイタイススメ」と書かれており、校長訓話では、「忠孝は徳の始め。日本は万世一系の天皇を戴く神国である。世界一の優秀民族に生まれたお前たちは、陛下の赤子。支那(中国)は劣等人の分際で毎日抗日を叫んでいる。けしからん。お前たちも早く大人になって、支那人を殺しに行け。天皇のご高恩に報い、新しい世界平和を作るために名誉の戦死をせよ。」と諭されていた。つまり、支那人を殺害するという加害者になることが世界平和につながり、個人の生命の尊重よりも名誉ある戦死が美化されていたのである。

(2) 原告後藤は、尋常小学校4年生のとき、天皇が「神」であることに疑問を持ち、友人に「天皇は神ではない」と話したことがあった。そうしたところ、その発言が学校に知れるところとなり、駐在に届けられた。原告後藤は、子ども心にも、本当のことを言っても「不忠者」として扱われることの理不尽さを覚え、自己の人格を踏みにじられた思いをした。そして、そのような社会で生きることに絶望し、鉄道自殺を図ったこともあった。

(3) 原告後藤の思いを裏切るかのように戦局は拡大していき、1945(昭和20)年、ついに原告後藤のもとにも召集令状が届いた。原告後藤は、対戦車砲中隊に配属され、戦地では、「相手の4人乗りの戦車を一人で爆破すれば戦死者は4対1になり、日本が勝てる。」という無謀な作戦を命じられた。この自爆攻撃により先輩兵士が犠牲になったが、原告後藤は足を負傷したのみで辛うじて生き残ることができた。

(4) 原告後藤は日本の敗戦を玉音放送で知った。原告後藤は、自己の戦争体験を通じて、戦争は人間が引き起こす愚行であり、兵隊同士が殺し合うだけではなく、時には加害者として非戦闘員である一般市民の生命をも奪い、時には被害者として生命を奪われる悲惨なものであることを深く痛感した。また、原告後藤は、終戦後まもなくして、戦時中に朝鮮人女性が日本兵のための従軍慰安婦として扱われていた事実を知り、日本人にとって、戦争は被害を生み出すだけではなく、加害者として外国人の人権や生命を著しく踏みにじったものでもあったことを改めて思い知らされた。

(5) 戦後、原告後藤は、日中友好運動に関わってきた。それは、心ならずも中国侵略戦争に加担した旧日本軍の一員としての責任と贖罪の念からであり、同時に新しく生まれ変わった日本を中国の人々に理解してもらうためであった。すなわち、原告後藤は、過去の悲惨な戦争に自分自身も加担したことを恥じ後悔し、将来にわたり、加害者として被害者として戦争や武力行使、武力による威嚇に一切関わることなく、平和な世界で生き、その平和な世界を子孫に承継していこうという決意を持って戦後59年間生活してきたのである。

(6) そして、少年時代からの経験を経て生まれた原告後藤の上記決意は、正に日本国憲法が、戦争放棄、非武装を制度として保障するとともに、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやう決意し」、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免がれ、平和のうちに生存する権利」を保障していることとして結実しているのである。

3 被告の自衛隊イラク派遣による原告後藤の精神的苦痛

(1) ところが、被告は後述するような違憲違法な自衛隊イラク派遣を断行することにより、原告後藤の平和的生存権を踏みにじったことは、後述(第五点)するとおりであるが、その概要は以下のとおりである。自衛隊がイラクに派遣されたことにより、日本は違法で残虐なイラク戦争を断行した米英に加担したとみなされ、攻撃の標的にもなった。実際、イラクにおいて日本人が武装集団に拉致された事実も複数存し、殺害までされている。日本国内でのテロの可能性も自衛隊派遣前に比較して著しく高くなり、宮城県内の自衛隊駐屯地からも自衛隊員がイラクに派遣されていることに鑑みれば、宮城県内でテロが発生する危険も存する。このような被害発生の危険性が増大する一方、イラクでは日本人が米英軍の武力行使に加担することとなり、それ故日本人自身もイラク市民を殺傷する加害者となる危険性も増大している。自衛隊のイラク派遣に伴うこれらの事実は、平和的生存権とは相容れないものであり、平和的生存権の侵害である。

(2) そして、これらの平和的生存権の侵害により、原告後藤は、二度と戦争、武力行使、及び武力による威嚇(以下、「戦争等」と言う。)の加害者にも被害者にもなりたくない、女性や子ども、老人が戦争等により犠牲になるのを目の当たりした経験は二度としたくない、未来を担う若者を戦場に送りたくない、という平和への思いを踏みにじられ、戦後日本が武力行使に加担しない国として世界の国々から信頼を得、かつ原告後藤自身そのことを人生の糧として日中友好活動等に尽力してきたことが無に帰するのではないかという多大な精神的苦痛を受けた。

(3) 原告後藤は、2003年3月19日に「イラク攻撃に反対」の意見広告を、さらに同年11月25日にも「自衛隊のイラク派兵に反対」する意見広告を、それぞれ自費により河北新報夕刊に掲載した。にもかかわらず、イラク戦争、自衛隊のイラク派遣は強行されてしまったため、自衛隊のイラク派遣の差し止め、違憲確認、慰謝料請求を求める別訴を提起したのである。

第2 原告山形孝夫

1 原告山形孝夫(以下、「原告山形」と言う。)は、1932(昭和7)年に仙台市で出生し、盧溝橋事件(1937年)、太平洋戦争(1941年〜45年)、敗戦を経験してきた。敗戦後はキリスト教の洗礼を受け、東北大学に進学後文化人類学を専攻し、宮城学院女子大学教授、同大学キリスト教文化研究所所長、同大学学長を歴任し、現在は同大学名誉教授である。

2 人格の形成と平和的生存権との結実
(1) 原告山形が小学校3年生の1941(昭和16)年12月8日に、日本軍による真珠湾攻撃が起こった。原告山形はその日の朝のことを克明に覚えている。小学校の校庭に全校生徒が集められた中で、校長が、日本軍がハワイ真珠湾を攻撃し赫々たる成果を戦果をあげたことや、日本軍兵士9名が特殊潜航艇に乗り魚雷を抱いて敵艦に体当たりして爆死したことを話し、最後に「9軍神のあとに続け。」と発した声が涙で潤んでいたような印象を今でも忘れられない。

(2) 真珠湾攻撃後しばらくは、大本営の赫々たる戦果発表が毎日のニュースを飾っていた。しかし、翌1942(昭和17)年、ガダルカナル島での敗北を境に戦況は悪化していった。ガダルカナルでの敗戦も原告山形の印象に強く残っている。というのも、ガダルカナルは仙台第二師団の主力部隊の主戦場であると聞かされていたためであった。白い骨箱に収められた戦死者の無言の帰還を、仙台中の小学生が駅頭に立って迎えた。原告山形もその一員であった。遺骨の行列は、仙台駅から愛宕橋を渡り、大手門をくぐって青葉城址内の護国神社まで延々と続いた。

(3) その後も大本営発表は、相変わらず赫々たる戦果を発表し続けていた。しかし、原告山形らの生活も次第に窮迫し、1945(昭和20)年になるとB29の空襲が激化し、東京、大阪をはじめ全国中小都市の大半が焼夷弾攻撃に曝され、灰燼と帰した。

(4) 仙台空襲は、1945年7月10日午前0時3分から2時間にわたりに仙台市民を襲った。123機以上のB29が仙台に飛来し、市の中心部及び第二師団司令部の所在地(川内地区)を中心に焼夷弾を投下した。仙台の中心部は火の海であり、被災戸数2万戸、死者・行方不明者1400名という大被害であった。焼夷弾は原告山形の居住する地区にも落下し、うち一発の大型焼夷弾が原告山形宅の天井と床をぶち抜いて轟音とともに落ちてきた。幸い不発弾だったため焼損するには至らなかったが、原告山形らが寝ているわずか3メートルほどの距離に焼夷弾が落下したのであった。その夜、原告山形は火の海の中を逃げ回ったが、その間に見た黒こげの焼死体は今も原告山形の脳裏に焼きついている。原告山形はこのときほど死が日常化してしまったことをあとにも先にも経験していない。

(5) 敗戦後、原告山形は、沖縄戦や広島・長崎への原爆投下の話を聞き、自分が仙台空襲で体験した以上のことが沖縄、広島、長崎で起きていたことを知り、計り知れない衝撃を受けた。

(6) 原告山形は、以上のような戦争経験を経て、戦争により犠牲となった日本人、また日本軍による侵略行為により犠牲となった何百万というアジアの人々のことを忘れてはならないと決意し、またこれらの人々への償いのためには何百万という日本人が十字架にかからねばならないと思い、キリスト教の洗礼を受け、以後、アジアの人々に対する贖罪の念、今後二度と戦争等による惨禍を生じさせないという思いで生きてきた。かかる原告山形の決意・思いは、正に日本国憲法が、戦争放棄、非武装を制度として保障するとともに、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやう決意し」、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免がれ、平和のうちに生存する権利」を保障していることとして結実しているのである。

3 被告の自衛隊イラク派遣による原告山形の精神的苦痛
(1)ところが、被告は後述するような違憲違法な自衛隊イラク派遣を断行することにより、原告山形の平和的生存権を踏みにじった。このことは後述(第五点)するとおりであるが、以下に概略を述べる。

(2)自衛隊がイラクに派遣されたことにより、日本は違法で残虐なイラク戦争を断行した米英に加担したとみなされ、攻撃の標的にもなった。実際、イラクにおいて日本人が武装集団に拉致された事実も複数存し、殺害までされている。日本国内でのテロの可能性も自衛隊派遣前に比較して著しく高くなり、宮城県内の自衛隊駐屯地からも自衛隊員がイラクに派遣されていることに鑑みれば、宮城県内でテロが発生する危険も存する。このような被害発生の危険性が増大する一方、イラクでは日本人が米英軍の武力行使に加担することとなり、それ故日本人自身もイラク市民を殺傷する加害者となる危険性も増大している。自衛隊のイラク派遣に伴うこれらの事実は、平和的生存権とは相容れないものであり、平和的生存権の侵害である。

(6)そして、これらの平和的生存権の侵害により、原告山形は、二度と戦争等の加害者にも被害者にもなりたくない、女性や子ども、老人が戦争等により犠牲になるのを目の当たりした経験は二度としたくない、未来を担う若者を戦場に送りたくない、という平和への思いを踏みにじられ、戦後日本が武力行使に加担しない国として世界の国々から信頼を得、かつ原告山形自身憲法9条を人間が生きるための「希望の原理」として、学生等に広く平和の大切さ、戦争の悲惨さを語ってきたことが無に帰するのではないかという多大な精神的苦痛を受けた。また、戦時中、日本軍による犯罪行為は全く隠蔽されていた。そして、現在もイラクにおける占領軍・多国籍軍の犯罪行為、自衛隊の活動内容を被告から報告されることはなく、ジャーナリズム等の活動によりようやくその一部を知ることができる程度である。原告山形は、この状態は正に太平洋戦争中と同じであり、原告山形を含む国民が知らず知らずのうちに戦争、武力行使、武力による威嚇の加害者となっていく危惧感を現実的具体的感覚として抱き、平和憲法との矛盾に心を痛めている。

(4)にもかかわらず、イラク戦争、自衛隊のイラク派遣は強行されてしまったため、原告山形は自衛隊のイラク派遣の差し止め、違憲確認、慰謝料請求を求める別訴を提起したのである。

第3 原告戸枝慶

1 原告戸枝慶(以下、「原告戸枝」と言う。)は、1923(大正12)年に北海道小樽市で出生し、盧溝橋事件、太平洋戦争、敗戦を経験してきた。敗戦後は、世界YWCA、日本YWCA、仙台YWCAの一員として、留学生支援、心の平和を考える自殺防止の「いのちの電話」等の活動を行い、仙台YWCAの会長も務めた。

2 人格の形成と平和的生存権との結実
(1) 原告戸枝は、戦時中、軍国主義教育を受け、天皇のご真影の入った奉安殿に深々と頭を下げたり、神社の前では最敬礼をして出征中の兵隊を祈る一方、キリスト教の礼拝に通うという軍国少女時代を過ごした。

(2) 原告戸枝は、幼少時代こそ軍国主義とキリスト教の矛盾をあまり考えることなく、双方の行為をしていた。しかし、女学校を卒業し、東京の学校へ進学した頃になると軍国主義に異を唱えることは許されなくなり、自分がキリスト教信徒であることに非常に肩身の狭い思いをした。

(3) また、原告戸枝は、戦争から戻ってきたら結婚しようと約束していた最愛の婚約者が戦死するという辛く、悲しい経験もした。

(4) 敗戦を知った1945(昭和20)年8月15日の夜、原告戸枝は家中の明かりをつけて周りに気兼ねすることなく、モーツアルトの「レクイエム」を響き渡らせた。原告戸枝にとって敗戦は、戦争が終わったという喜びがある一方、最愛の人を失ったことの悲しみも存するものであり、「レクイエム」を聴きながら原告戸枝はこの感情をしみじみとかみしめていた。

(5)戦後、しばらく物がない苦しい生活が続いた。しかし、1947(昭和22)年5月の新憲法制定は原告戸枝にとって今後の人生の希望の光であった。原告戸枝は、日本国憲法は長い戦争の時代に幾多の戦火に倒れた兵隊、激しい空襲で消えた多くの生命の上に生まれた不戦の誓いであることに感動した。また、憲法が戦争放棄、非武装を制度として保障するとともに、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやう決意し」、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免がれ、平和のうちに生存する権利」を保障していることは、正に原告戸枝自身の辛く悲しい経験と二度とこのような惨禍が起こってはならないという思いと一致するものであった。

3 被告の自衛隊イラク派遣による原告戸枝の精神的苦痛
(1) ところが、被告は後述するような違憲違法な自衛隊イラク派遣を断行することにより、原告戸枝の平和的生存権を踏みにじった。このことは、後述(第五点)するとおりであるが、以下に概要を述べる。

(2) 自衛隊がイラクに派遣されたことにより、日本は違法で残虐なイラク戦争を断行した米英に加担したとみなされ、攻撃の標的にもなった。実際、イラクにおいて日本人が武装集団に拉致された事実も複数存し、殺害までされている。日本国内でのテロの可能性も自衛隊派遣前に比較して著しく高くなり、宮城県内の自衛隊駐屯地からも自衛隊員がイラクに派遣されていることに鑑みれば、宮城県内でテロが発生する危険も存する。

(3) このような被害発生の危険性が増大する一方、イラクでは日本人が米英軍の武力行使に加担することとなり、それ故日本人自身もイラク市民を殺傷する加害者となる危険性も増大している。自衛隊のイラク派遣に伴うこれらの事実は、平和的生存権とは相容れないものであり、平和的生存権の侵害である。

(4) そして、これらの平和的生存権の侵害により、原告戸枝は、二度と戦争等の加害者にも被害者にもなりたくない、女性や子ども、老人が戦争等により犠牲になるのを目の当たりした経験は二度としたくない、未来を担う若者を戦場に送りたくない、という平和への思いを踏みにじられ、戦後日本が武力行使に加担しない国として世界の国々から信頼を得、かつ原告戸枝自身憲法9条を心のよりどころとし、自己の戦争経験を通して世界の人々が平和のうちに生きることができるようにと願い活動してきたことが無に帰するのではないかという多大な精神的苦痛を受けた。

(5) 原告戸枝は、過去の戦争経験を踏まえ、武力による平和はありえないと確信し、戦争、武力行使及び武力による威嚇に日本が加担することは日本が再び戦争加害者となり、また犠牲者も生じることとなり、決して許されるべきではないという憲法の理念を人生の基礎に据えていた。

(6) にもかかわらず、イラク戦争、自衛隊のイラク派遣は強行されてしまったため、原告戸枝は自衛隊のイラク派遣の差し止め、違憲確認、慰謝料請求を求める別訴を提起したのである。 第4 原告小野寺義象

1 原告小野寺義象(以下、「原告小野寺」と言う。)は、1955(昭和30)年に宮城県本吉郡本吉町で出生し、1974(昭和49)年早稲田大学法学部に入学し、翌1975年、同大学において憲法改悪阻止早稲田大学学生連絡会議(略称:早大学生憲法会議)を設立させ、その事務局長として学生時代から平和憲法擁護の運動に関与してきた。

2 原告小野寺は、1988(昭和63)年、仙台弁護士会に弁護士登録するとともに、憲法改悪阻止宮城県各界連絡会議(略称:宮城憲法会議)の幹事として、宮城県内における平和憲法擁護の運動を開始し、現在は、宮城憲法会議の事務局長として活動している。また、原告小野寺は、自衛隊が海外派兵されることにより、戦前の軍事国家が再現することを憂慮し、1992(平成4)年には自衛隊の海外派兵の先駆けであるPKO法制定反対の活動を行った。さらに、1996(平成8)年のいわゆる日米安保共同宣言に反対し、以後これに関連する日米新ガイドライン(1997(平成9)年)、周辺事態法及び憲法調査会設置に関する国会法改正(1999(平成11)年)、テロ対策特別措置法(2001(平成13)年)、有事関連3法案及びイラク特別措置法(2003(平成15)年)、有事関連7法案等(2004年(平成16)年)の制定に反対する運動に積極的に取組んできた。

3 連絡会は、上記諸活動に取り組んできた宮城県内の中心的団体の1つであるが、原告小野寺は、その運営委員会団体の宮城憲法会議の事務局長として、毎月1回程度開催される連絡会の運営委員会にほぼ毎回出席し、連絡会の企画の立案・企画の具体化・遂行を行ない、連絡会の開催する集会・シンポジウム・デモ、各種要請行動、街頭宣伝等の多くに自ら参加し、憲法問題や平和問題の学習会講師なども行ってきた。また、原告小野寺は別訴の訴訟代理人事務局次長として、イラクへの自衛隊派遣違憲訴訟の活動に従事し今日に至っている者である。
以上