公安情報流出事件
イスラム国家賠償訴訟第1回開かれる
2011.8.25 弁護団 梓澤 和幸
イスラム教徒違法捜査・情報漏洩国賠事件の第1回口頭弁論期日が行われた。訴状陳述のあと、国と東京都の答弁書陳述があった。
原告には外国人ムスリムもいるが、出身国によっては国賠法の規定がないこともある。その場合には要件が立たないから、
出身国と国籍を明らかにせよ、との求釈明があった。
警察はムスリムの個人情報を調べ抜いたのだから、こんな釈明はおかしい。
裁判官は自分たちが調べた情報のなかでそんなことは分かるのではないか、と被告側に突っ込んだ。
この情報が警察のものかどうかも答えていないから、その点は即答できない、というのが国と都の応答だった。
原告弁護団長と、原稿一号からの口頭の意見陳述があった。
その要旨を掲載する。
写真は記者会見の模様である。
記者会見 2011.8.24 (撮影:NPJ)
メディアの関心は高かった。
2011年8月24日・弁護団長陳述要旨
梓 澤 和 幸
本件は、警察と政府がイスラム教徒の根源的平等性と尊厳、信教の自由を踏みにじる捜査活動を行ったこと、
そして収集した情報を国内外のインターネット上に結果として漏洩させ、原告や家族を、
そしてたくさんのイスラム教徒を塗炭の苦しみに陥れたことの意味を問う裁判です。
警察と政府はいまだ謝罪も慰謝の言葉の一つもかけていない、このことの意味もまた問われなければなりません。
警視庁公安部は何をしたのか。毎週金曜日モスクに集まる信徒を自宅まで尾行し、氏名と住所を突き止めイスラム教徒のデータベースを作りました。
流出資料によれば名簿を作成された信徒は、平成20年5月31日時点において東京都内では1万4254人中の1万2677人(約89%)に及んでいます。
さらに信徒の経営する自動車販売店、食料品店、飲食店ほかあらゆる事業所を調べ上げ、取引先と顧客の動向を掴み、
関連する銀行口座の取引履歴を令状もなく任意捜査として評価しても問題のある方法により調査をしました。
警視庁公安部が勝手にテロリズム危険分子として嫌疑を向けた特定の人物については、家族関係、
友人関係の履歴のほか肖像写真のファイルをもデータベースに編入しました。
1974年、世界で初めて制定されたスウェーデンの個人情報保護法は、公権力が個人識別情報を恣意的に収集し、恣意的に運用するとき、
個人は裸にされ、公権力によって像を作り上げられ、檻の中の動物のように監視と支配の客体とされるという危機感が出発点となりました。
公権力により、ある集団が監視の対象とされたとき、どれだけ無惨・無慈悲に個人がその尊厳を蹂躙されるか。
スウェーデンで鋭く問題とされ、その後OECD8原則に発展した個人情報保護の思想に照らして明らかであります。
しかも、違法な個人情報収集の標的は、宗教という精神的営為に向けられ、信教の自由に侵入し、それを余すところなく蹂躙しています。
イスラム教は、1400年の歴史を持ち、15億人の信徒を擁する世界宗教ですが、日本ではその信徒たちはマイノリティです。
残酷な宗教弾圧と深刻な宗派間対立の歴史を経て、フランス人権宣言、ヴァージニア権利章典ほか立憲主義各国の憲法、
そして日本国憲法は、信教の自由の保障を精神的自由の核心に据えてきました。
保障趣旨の中核は、多数派が擁する政府は、特定の宗教、特定の生き方は間違っているとして宗教という精神的営為に侵入したり、
不利益を与えたりすることを厳重に禁止していることです。この禁止に背くならば、その公権力と政府は正統性を問われるのであります。
警視庁公安部は、それをあえてやってのけ、
イスラム教徒は9・11のテロリストと同じ災厄をもたらす蓋然性があるとの認識のもとに違法な個人情報データベースを作り上げたのです。
加えて、杜撰この上ない情報管理のもとで、この個人情報は、世界中のインターネット上に拡散されたのです。
このことにより、原告らは、生計の途を失い、極端な営業不振に陥れられ、近隣の視線に怯えることを余儀なくされました。
また、アメリカなどから入国を拒否されたり、故国の警察・情報機関等による拷問、投獄、殺害を怖れ、海外渡航、
帰国をも断念せざるを得ない状況に追い込まれた人もいます。しかし、原告らに向けた直接の謝罪の言葉、慰謝の言葉の何一つも与えられていません。
これは、警察・政府という強大な公権力の過ちであり、憲法と国家賠償法の精神により直ちに正されなければなりません。
原告のイスラム教徒たちは、人間の尊厳をかけて立ち上がりました。日本の首都東京の裁判所で行われるこの訴訟における政府側の答弁、
原告一人ひとりの陳述、そして裁判所の一挙手一投足にイスラム諸国のみならず立憲主義を標榜する全ての国々の良心が見守っています。
裁判所におかれて、行われた巨大な不正義を明確に断ずることを心から希望いたします。
以上
2011年8月24日・原告陳述
裁判長ならびに裁判官の皆様
原告たる被害者の一人として申し上げます。
早いもので事件が発覚して以来、十か月が経とうとしております。
世間ではすでに事件は風化され、私たち当の被害者にとってもあの悪夢に苛まされたのがもはや遠い過去の事との錯覚すら覚えるほどです。
しかしながら、では果たして私たちの名誉は回復されたのか、私たちの不安は完全に解消されたのか、
私たちへの責任当局からの誠実な謝罪はなされたのかと言えば、残念ながらいずれも否、一つも改善されてはおりません。
被害者は皆、それぞれプライバシーの侵害に加えて様々な傷を負わされました。
私自身は愛する妻がテロリスト容疑者にされ、お粗末な誤認調査によって不誠実な人間であるかのような報告が私たちの祖国によってなされ、
海外の公安にまで通達されました。
子どもたちの情報までが世界中の不特定多数のもとへ流され、
事件発覚後の善後策がなにもなされなかったがゆえにレッテルを貼られたままの虚偽情報は今後も永遠にさまよい続けます。
愛する者の名誉を蹂躙された悔しさ、終わりなき不安、祖国に裏切られたに等しい憤りと悲しみ、
両親に無用な心配をかけざるを得ない状況に追い込まれた悲しみ…事件で受けた精神的な被害は甚大です。
被害者の中には、風評被害で経営するお店から客足が遠のくという損害を被った人、家族の安全を気にして離れ離れで暮らすことを余儀なくされた人、
職場を解雇された人、祖国に帰れなくなった人、子どもの将来に不安を覚える人、事件がゆえに夫婦別居等家庭内不和を被った人など、様々です。
世間では公安警察部の機密情報が流出したことが関心を呼びましたが、
私たち当の被害者にとってはそもそもなぜ私たち善良な一市民があからさまな無知と不勉強、
偏見に基づく違法捜査の対象にならなければいけなかったのかということのほうが重大です。
つまり、言われもなきレッテルを貼られ名誉を汚されたまま、
責任当局からは謝罪はおろか被害を最小限に食い止めるためのなんの善後策も取られないまま捨て置かれ、
二次被害、三次被害の傷を負わせられて放置されているという理不尽な現実を前に、司法の賢明な裁きを仰ぎたいという次第です。
イスラーム教徒だからテロ捜査の対象とすべしという意図的な間違いが間違いとして是正されず、違法行為の責任の所在が明らかにされないままでは、
私たち被害者は決して救われません。
今や密接な関係にある多くのムスリム諸国へ日本が信頼に足る国であることを証し、
善良な一市民として日本で生活を営んできた国内外出身の被害者が失ったこの国への信頼を取り戻すためにも、
どうか公平な法の裁きをお願い申し上げます。
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