「iPS細胞移植、臨床応用」 の大誤報
ジャーナリスト 池田龍夫 2012.10.15
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  読売新聞10月11日付朝刊は、1面トップで 「日本人研究者、iPS細胞を移植。初の臨床応用」 と報じた。 山中伸弥京大教授ノーベル賞受賞の直後だけに、誇らしいニュースと反響は大きかった。 共同通信も同様記事を配信し、東京新聞・北海道新聞・西日本新聞など10紙以上が11日付朝夕刊に1面トップ級で掲載した。 ニュース源の森口尚史氏(48歳)は、メディア各社に事前に取材要請していたが、毎日・朝日日経3紙は 「森口氏に取材したところ、不審な点がある」 と、 記事化を見送った。産経は12日朝刊に共同電を使ったものの、対社面2段の控えめな扱いだった

  ハーバード大学など 「真っ赤なウソ」 と糾弾
  ところが、ハーバード大学当局者は12日朝、同大学 「客員講師」 を名乗っている森口氏の在籍は1999年11月から2000年1月初旬までの1カ月余りで、 「森口氏の移植手術はウソ」 と全面否定。 「森口氏の研究に関するいかなる臨床研究もハーバード大学及びマサチューセッツ総合病院は倫理委員会によって承認されていない」 との声明を発表した。 また、森口氏は 「東大医学部iPS細胞バンク研究室長」 と名乗っているが、 東大当局は12日、「医学部にそのような機関はなく、室長の役職もない」 と述べている。

  余りにもズサンな取材に驚く
  経歴を詐称して 「iPS細胞移植」 のニセ発表したことが歴然となり、読売・東京新聞などは誤報を認めて、 13日付朝刊1面で 「お侘び」 せざるを得ない羽目に追い込まれた。
  何ともみっともない誤報騒動で、世界にも醜態をさらした責任は重い

  それにしても、「裏取り」 の原則をないがしろにして、森口氏の口車に騙されてしまった安易な取材には呆れる。 米側のいち早い対応で、「ニセ移植」 が暴かれたが、それよりも問題なのは、不思議な経歴の持ち主だったことが念頭になかったことだ。 事件後の報道によると、森口氏は東京医科歯科大学・医学部保健衛生学科を卒業、看護士の資格はあるが、 医師国家試験の資格は取ってなかったとは驚きだ。名門ハーバード大や東大勤務との肩書きを、メディア側が調べもせず信じ込んでしまったのだろう。

  朝日の 「サンゴを傷つけた」 事件では社長が引責辞任
  本稿を書きながら、朝日新聞1989年4月20日付夕刊で、沖縄のサンゴ礁を潜水取材した記者がサンゴ礁に自ら 「KY」 とストロボの柄で傷つけ、 環境保護キャンペーン紙面に使った忌まわしい事件を思い出した。地元ダイバーに目撃されており、「弁明の余地ない捏造」 と、全面謝罪を余儀なくされた。 今回の誤報は捏造ではないが、誤報責任の罪はサンゴ事件より重大な気がする。 当時の朝日新聞・一柳東一郎社長の引責辞任にまで発展してしまったが、読売新聞などが誤報責任についてどう対処するか、注目される。

  ともかく、誤報した新聞・テレビだけでなく、マスコミ全体が事態を深刻に受け止め、綿密な取材態勢の再構築を図ってもらいたいと願っている。

(いけだ・たつお)
1930年生まれ、毎日新聞社整理本部長、中部本社編集局長などを歴任。
著書に 『新聞の虚報と誤報』 『崖っぷちの新聞』、共著に 『沖縄と日米安保』。