ブックレビュー 

木村 朗編 『九州原発ゼロへ、48の視点
〜玄海・川内原発の廃炉をめざして』
(南方新社、2013年1月刊行)の薦め
谷 久光(元朝日新聞社会部記者)



  この書評を書いているとき、東電が国会事故調に対し、地震が原因で壊れたと推測される福島第一原子力発電所1号機の非常用復水器の現場調査を、 ウソ報告で妨害していたことが判明した。

  理科年表2006年版の世界の地震分布図を見ると、M4以上、深さ 100km以下で1975〜1994年の20年間に起きた地点に黒点をつけた場合、 日本列島は国土全体がの形が分からなくなるほど、真っ黒に覆われる。 世界でも例を見ないこの島国の地震多発列島に、54基の原子力発電所がこれまでに構築された。

  2011年3月11日、東日本大震災と津波によって東京電力福島第一原子力発電所で、原子炉の安全装置の複合的な破壊が起き、 炉心溶融に至るという深刻な事故が発生した。

  『九州原発ゼロへ、48の視点〜玄海・川内原発の廃炉をめざして』(南方新社刊)の編者、 鹿児島大学法文学部教授(平和学)・木村朗氏の立脚点の根源には、「福島原発事故直後に繰り返された、 『(今回の巨大地震・大津波は)想定外の事態であった』」 「…原因は地震ではなく津波である」…「がいかに欺瞞的なものであったか…」 との視点がある。

  編者の本をまとめるに当たっての問題意識は、本の 「はじめに」 で述べていることを要約すると次の三つの柱からなっている。
  第一に、2012年5月5日に 「『原発(稼働)ゼロ』 がついに日本全国で実現するにいたった」 にもかかわらず、 「そうした流れを…断固許さないという…『原子力ムラ』(原発維持・推進勢力)の反撃・巻き返しに直面…巨大な利権に群がる多くの人々の存在と、 『潜在的核保有能力』 を維持しようとする国家…の思惑がある」、その底力を思い知らされ、これに対抗しようとの市民の活動が本格的に始まった。

  第二に、これが極めて重要だが、「地震・津波大国である被爆国日本が、なぜ…世界三位の 『原発大国』 になるにいたったか… すべての日本人が真剣に反省・再考する必要がある…政府・東電側の無責任・無能力だけが問題とされているのではなく、 私たち市民の側の無知と無関心、すなわち 『騙される者の責任』 も問われている」。それがいまようやく、騙しの 「安全神話」 から脱却して、 「相次ぐ数万人規模の東京や各地での 『さようなら原発集会』 や、官邸前デモ、 1000万署名運動や各種世論調査に示された 『脱原発』 『原発ゼロ』 を切実に求める国民の声に押されるように、 『脱原発の流れ』 が次第に強まって」 いることを、目覚めた国民の新たな動きとして積極的にとらえたい。

  第三に、編者の出身地でもあり、現在の仕事の舞台でもある九州が抱える玄海と川内原発の再稼働阻止と廃炉めざし、 「3・11以後に全国にあるすべての原発に対して差し止め訴訟が起こされる中で、 ここ九州からも 『原発いらない! 九州玄海・川内原発訴訟』 が市民有志によって提訴された(2012・1・31に玄海原発差し止め訴訟、 5・30に川内原発差し止め訴訟が第一次提訴)ことがきっかけで」、この本を編集・出版することになった。

  編者の指摘するところでは、「玄海原発一号機は1965年にできてから四〇年近くになる老朽炉であり、…MOX燃料が使用されている玄海三号機とともに、 その危険性は多くの識者・専門家によって指摘されて」 おり、「また、川内原発の周辺には活断層があることが分かって」 おり、 「ここにアジアで最大級となる三号機…を増設するという計画はあまりにも非常識」 としている。 また、「この二つの原発が過酷事故を起こした場合、…偏西風の関係から、…関東地域を含む日本全体が放射能に汚染される」 と警告している。

  本書は四部作で構成されており、第一部=川内・玄海原発の再稼働阻止、廃炉に向けた闘い。 第二部=ひろがる連帯の輪。第三部=フクシマの教訓と原発問題の本質を問う。第四部=九州各地からの原発ゼロを訴える声。

  ここに収録されている 「48の視点」 は、「九州在住でこれまで脱原発運動や原発問題に取り組まれてきた研究者、ジャーナリストや弁護士、 市民運動家、また 『原発をなくそう! 九州玄海・川内訴訟』 にかかわっている人々(原告団・弁護団)だけでなく、 全国各地で原発ゼロをめざして闘われている仲間・オピニオン・リーダーのみなさんから寄せられた連帯・応援のメッセージも掲載」 されており、 「寄稿…の中には、福島や関東から家族で九州に避難されている」 方からのもある。

  いま、この書評を書いている私も、3・11以降、各地で各種開かれた関連シンポジウムのいくつかに聴衆として参加したが、 パネラーのある弁護士が 「今までに私が係わった原発反対に関する訴訟は全敗。世間の私を見る眼は、反体制者か、でなければ変人だった。 それが、フクシマ以降、周りの人たちが私の眼を正面から見るようになり、今までの主張を改めて聞こうではないかというように変わった」 と言うのを聞いて、 元新聞記者だった身としても、グサッと来るものがあった。この本を読んで、この弁護士に似た多くの体験が、 つまりフクシマ以前のマイノリティーが今初めて文章になって世に訴えかける場が作られている、と先ず思った。 また、九州を舞台にした動きではあるが、寄稿者が著名人も含めて多面的で、質的にも奥深いケーススタディーの役割を担っており、 全国各地での市民による反原発の活動にとって参考書の役割を果たし得ると考えている。 さらにいえば、原発の是非をめぐって日本社会で進行している現実の質的な変化を知る上で多くの市民に一読を薦めたい。

  そのことを基本に踏まえて、先述の編者の三つの問題意識に沿って、本書の内容から項目のいくつかを紹介しておきたい。
  「原発、もう一つの反社会性」 「すべての場所で反原発を」 「福島事故で思うこと」 「原発の温排水で破壊される海」 「暗闇の思想に自然の灯を」 「すべての原発を廃炉に追い込むために!」 「フクシマからの警告」 「福島原発事故をふまえて原発問題を再考する」 「原発産業のカネとヒト」 「原発と集団就職列車〜原発が過疎地につくられる構造」 「大震災と原発事故は予測されていた〜福島 “原発震災” はなぜ起きたのか」

  「レイチェル・カーソンが示した道標へ」 「九電本店前に座り込みを続けて」 「ミツバチ革命始まる」 「ブラックホールの闇を暴く〜原発犯罪を裁くために」 「地域から脱原発社会を創る」 「川内原発立地市に住み、脱原発を願って二四年」 「安心して子どもを産み、育てられる社会へ」 「『子供たちを守れ』 を最優先課題に」 「自主避難して思うこと」 「『持たざる者』 の反原発」

  「『九州川内訴訟』 の意義・目的と訴状の概要」 「始まった九州玄海訴訟、現状と課題」

  割愛した他項の寄稿も含めて貫かれている原点は 「原子力と人類はいかなる意味でも共存できない」 にあることを本書は如実に示している。

  最後に 「『適性技術』 『オルタナティヴなテクノロジー』 の復権」 の項で示されている原発に取って代わる多様で地域分散型のエネルギーに向けての提言や行動も、市民関与の課題となってくる必然を指摘しておく。
  本書の最後に収録されている 「原発関連書籍一覧」 も大いに役立つ。

※ 【評者プロフィール】
  1934年東京生まれ。57年学習院大学政経学部卒。同年朝日新聞社入社、名古屋スタートで主に社会部畑を歩き、東京社会部次長、名古屋社会部長、 東京企画報道室長、企画総務、編集委員などを歴任。退職後は2003年まで故平山郁夫氏が主宰する(財)文化財保護振興財団専務理事。 新聞の連載企画 「企業都市」 でJCJ賞、同 「兵器生産の現場」 でJCJ奨励賞を取材班として受賞。 現在、日本記者クラブ会員。近著に 『朝日新聞の危機と 「調査報道」―原発事故取材の失態』(同時代社)