ブックレビュー 

『検証 福島原発事故・記者会見2
――「収束」 の虚妄』 刊行される
木野龍逸 岩波書店
海渡 雄一(弁護士)



  「検証 福島原発事故・記者会見」 の続編刊行
  ジャーナリストの木野龍逸さんによる 「検証 福島原発事故・記者会見2――「収束」 の虚妄」 が、2月末に岩波書店から刊行された。 2012年1月に同じ著者が私の事務所の同僚だった日隅一雄弁護士と共に書いた 「検証 福島原発事故・記者会見――東電・政府は何を隠したのか」 の続編と言える内容だ。
  まずは、出版案内では、つぎのように案内されている。
  「二〇一一年一二月一六日、政府は原発事故 「収束」 宣言を出した。それから一年余り。事故現場では過酷な作業が続き、 被災者たちは苦しい生活を余儀なくされている。東電・政府はこの一年、何をやってきたのか。マスコミは何をどう報じてきたのか。 記者会見、そして、現地での取材を重ねた著者が、欺瞞に満ちた 「収束」 の虚妄を、明らかにする。」

  隠された情報をあぶり出す営為の数々
  なかなかの力作である。事故後二年目の、隠された情報をめぐる市民・ジャーナリストと東電・政府間の攻防第二ラウンドが綴られている。
  冒頭から7章までに取り上げられているテーマを拾い出してみよう。

・ 野田首相による収束宣言
・ 東京電力による汚染水の漏洩と海洋放出
・ 朝日新聞がスクープした線量計の鉛カバー事件をめぐる深層
・ 東京電力下請け作業員死亡の事実の隠蔽
・ 事故直後のテレビ会議システムの録画をめぐる記者会見・株主代表訴訟原告らによる証拠保全・マスコミ限定の公開への一連の経過
・ 原子力委員会の核燃料サイクル検討小委員会や大綱検討会議についてのウラ会議
・ 市民から強く批判されている福島県県民健康管理調査委員会についての事前に秘密会議が開かれていたことが毎日新聞のスクープで公表されたこと
・ 自主避難者をはじめとする被災現地の苦境と避難する権利をめぐる攻防
・ ストレステストと大飯原発再稼働をめぐる政治判断

  このように、福島原発事故後二年目の重要課題が広く検討の対象とされている。
  細切れの新聞記事を読んでいただけではわからない事態の深層を掘り下げていく手法は、前著にもまして冴えている。
  また、間に挟まれたコラムでは、国会事故調の作業員からのアンケートを読み込んで、 事故直後に、東電の下請けの作業員数千人が東電からの避難の指示もないままに放置され、 一次、二次協力会社からの指示がなければ数千人の作業員が津波によって水没していたかもしれないという戦慄すべき事実が報告されている。 これなどは、ジャーナリストにとって公開資料を読み込むことの重要性を教えてくれる。

  テレビ会議システムの録画をめぐる事件には、私は株主代表訴訟の証拠保全の代理人として関わったが、この事件について、 東電記者会見から証拠保全そして報道機関への公開までの過程をきちんとまとめた報道はない。 これを読めば、東京電力が如何に市民を真実から遠ざけようとしていたかがわかるだろう。

  木野さん自身が正確にもともとのデータの引用元として明らかにしているが、 この本に取り上げられている問題の多くは既成の報道機関の中の記者がスクープしたものも多い。 既成の報道機関の中の良質な記者がスクープした記事をもとに、それを掘り下げて、その問題の真相に迫っていくというジャーナリズム手法は、 ここでは大きな成功をおさめているように思う。

  日隅さんのこと
  第8章は、前著の共著者である日隅さんの亡くなる前後のことがまとめられている。 あとがきで、木野さんは日隅さんの最期を 「全力で走り切り、前のめりに倒れ込んだまま、力尽きたような最期だった」 と振り返り、 日隅さんの死によって、多くの人とつながり、そのつながりの中での活動によって本書は書かれたことを述べ、 「その意味で本書は、日隅が私に書かせたものと感じている」 と書いている。本当にその通りだ。 私にとっては読むのもつらい章ではあるが、盟友の死を、きちんと書き留めておきたいという木野さんの精神力の強さに心から拍手を送りたい。

  生前の日隅・木野コンビの仕事ぶりを見ていて常に感じていたことがある。日隅さんはつっこみ役で木野さんはボケ役の漫才コンビのようであった。 常に前のめりになろうとする日隅さんを励ましながらも引き留めて、 木野さんは一歩引いて事実を確実にとらえて客観的にレポートを書こうとしていたように見える。 日隅さんという相棒を失い、木野さんは自分の心の中で前のめりになろうとする日隅さんの役割と引き留める方の役割の葛藤を繰り返しながら、 この本を書いたのだろう。結果として生み出されたこの本を読むと、隠された情報の確実な形での公開を求めてやまなかった日隅さんの霊が、 木野さんに完全に乗り移ったかのように感ずるのは私だけではあるまい。

  代議制民主主義の限界を乗りこえるために
  最後の第9章は、「いま何をなすべきか」 と題されたまとめの章である。2012年12月の衆院選の惨敗を踏まえて、いま何をなすべきかについて、 木野さんの意見がまとめられている。ここでも、市民こそが主権であることを強く訴えた日隅さんの考え方を出発点として、 代議制民主主義の限界を乗りこえるため、選挙以外の回路が必要だとし、 デモや国民投票、公聴会や市民立法など市民が選挙以外の方法で政治に関わる重要性を指摘している。 ここでは、子ども被災者支援法についても取り上げられている。小選挙区などの選挙制度の改革や選挙運動制限なども今後の課題であろう。

  震災と事故からまもなく2年が経過する。市民の多くが震災と原発事故の記憶を徐々に風化させ、 むしろ忘れたいと願っているかのような絶望的とも言える状況の中で、安倍政権が生まれ、原発再稼働への圧力は日増しに強まっている。 我々が主権者としてメディアリテラシーを高め、次の政治選択を誤りなく遂行していくために、この本は必読文献である。 木野さんの勇気あるジャーナリズム活動を支えるためにも、多くの皆さんに読んでいただきたい。