『本当は憲法より大切な 日米地位協定入門』 (創元社)の薦め
木村 朗(鹿児島大学教員、平和学専攻)
昨年10月に、世界一危険な米軍基地といわれる沖縄の普天間基地に重大な欠陥があるとされるオスプレイが強行配備される過程で明らかになったのは、
現地沖縄からの抗議の声には一切耳を貸さずに、米国政府の理不尽な要求に唯々諾々と従うだけの民主党政権の姿であった。
その後に登場した安倍自民党政権もまた同じように、オスプレイ追加配備を従順に受け入れようとしている。
そこから、日本は本当に独立国家なのか、あるいは法治主義国家なのかという疑念が国民に生じた。
この根源的な問いに真っ向から答えてくれるのが、今年2月に発刊された 『本当は憲法より大切な 日米地位協定入門』 という本だ。
この本は、前泊博盛・沖縄国際大学大学院教授を中心に、明田川融・法政大学非常勤講師、石山永一郎・共同通信社編集委員、
矢部宏治・書籍情報社代表の4人の著者によって作られた。
大阪に本社を置く創元社が世に問う戦後史発見シリーズの第2作目の作品(第一作目が孫崎 享氏の 『戦後史の正体』)である。
本書は、編者・前泊らの琉球新報の日米地位協定取材班が04年に大スクープした外務省機密文書である 「日米地位協定の考え方・増補版」
を解説した入門書であり、日米安保条約という不平等条約を実質的に規定する日米地位協定についての本格的な解説書である。
高校生や大学生でも理解しうるように 「一問一答形式」 で書かれているだけでなく、日米地位協定の誕生の背景、地位協定の個別具体的な内容、
それを運用する米軍や外務官僚の思惑などを、米軍が関与した沖縄や本土での具体的な事件を取り上げながら解説を行っている。
2004年8月13日沖縄国際大学に隣接する普天間基地所属の米軍ヘリが墜落した。
幸い死傷者は出なかったものの、墜落現場では墜落直後に駆けつけた数十人の米兵が事故現場を封鎖し、すべての日本人を排除した。
地元の沖縄警察の立ち入りを拒否したばかりでなく、現場を撮影したテレビ局の取材ビデオさえ力づくで取り上げようとするなど、
信じられないような出来事が起こった。しかし、まさに 「植民地同然の事故処理」(本文の引用)が行われたにも拘わらず、日本政府は沈黙したままであった。
東京を中心とした首都圏(一都八県)の航空管制を所管しているのは米軍・横田基地であり、
その通称 「横田ラプコン」 と呼ばれる米軍最優先の空域は日本の空であっても日本の主権が及ばない。
こうした空域は嘉手納・岩国など全国各所にあり、日本の民間機は、米軍の許可を得なければ日本の上空を飛ぶことはできず、
危険でかつコスト高にもなる迂回路を飛ぶことを強いられている。
本書で明らかにされた、在日米軍が戦後一貫して日本の制空権を支配し続けているという事実は、
現在でも日本が米国の属国であり沖縄が日米両国の二重の植民地・構造的差別に置かれ続けていることを示している。
それでは、なぜ日本国内でこのような米軍の無法行為が容認されているのであろうか。
本書によれば、そのようなきわめて不平等かつ理不尽な支配・隷属関係をもたらしている根本の理由は、
旧安保条約と同時に発効した日米行政協定(その後の、日米地位協定)に求められる。
その日米地位協定とは、「アメリカが占領期と同じように日本に軍隊を配備し続けるためのとり決め」 であり、
@ 日本の全土基地化、A 在日米軍基地の自由使用、を最大の目的としている。
交渉時のダレス国務長官の 「われわれの望む数の兵力を、望む場所に、望む期間 だけ駐留する権利を確保する」 という言葉が、
協定の本質、すなわち日本の属国化をよく表わしている。そして、この日米地位協定やその他に付随した密約・合意事項の存在によって、
在日米軍は、憲法を含む日本の法体系から 「適用除外」 された特権を持つことになったという解説には納得できる。
この日米地位協定がイラク、フィリピン、韓国、ドイツ、イタリアなどと米軍の関係と比べてみて、
いかに異常な二国間協定であるかも本書を一読すればよく分かる。
こうした米軍による事実上の占領支配の継続と植民地状態をもたらしたもう一つの根拠が、1959年12月16日に最高裁判所で出された砂川判決である。
この判決は、「第三者行為論」 ・ 「統治行為論」 などに基づいて、日米安保条約や地位協定が憲法の上位にあることを事実上認めた。
その背後に、アメリカの介入とそれに迎合した日本政府と最高裁との 「ウラ側の権力チャンネル」 の存在があったとの指摘は注目される。
その結果、日本は独立した主権国家であることも、法治主義国家であることも放棄したのも同然となった。
その意味で、砂川判決は 「戦後日本の転換点」 となったのである。
オスプレイが強行配備される際に、当時の野田首相が、「米軍にどうしろ、こうしろとは言えない」 と述べたが、
「実は法的には、野田首相が言っていることが正しい」 のである。オスプレイは、すでに沖縄全島だけでなく、日本本土でも危険な低空飛行を繰り返している。
しかしオスプレイだけでなく、米軍機は 「基地間移動」 という名目や 「接受国通達」 で日本の航空法を守る義務がないからである。
たとえ東京大学で米軍機が墜落するような事故が実際に起きても、
沖縄国際大学の場合と同じような 「植民地同然の事故処理」 が行われることは確実である、
「以前から囁かれていた “本土の沖縄化” が、ついに仕上げの時期に入った」 との指摘は重い。
本書を一読された読者は、これまで隠されてきた数々の事実に驚愕すると同時に、
本書が 「戦後日本最大の闇に迫る」 と銘打った理由にも納得するに違いない。
今日の日本で焦点になっているTPP交渉参加や原発再稼働といった問題を考えるためにも本書は国民必読の書といってよい。
日本の最大課題は、日本が真の独立した主権国家、民主的な法治国家となることであり、その問題解決の鍵は、
「国民の無知と無関心」 という病根をどう克服するかにかかっている。本書の根源的な問いかけに私たちは真摯に向き合うことが求められている。
(『図書新聞』 3125号、2013年9月7日付に掲載)