保育園民営化住民訴訟 (練馬) 意見陳述

   2008年9月12日
   原告 宮下 智行

1 はじめに
  最後にこうした機会を与えてくださった裁判所に感謝とお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございます。
  光八の委託化が発表されてから、委託対象に指名された当該園の保護者たちからは 「まるで子どもが人質に取られているようだ」 という表現をよく聞きました。 この裁判の中でも、37回にも及ぶ光八保護者と練馬区実務担当者の協議会の一端があきらかになりました。 光八の保護者が練馬区と被告志村区長に対して怒り、ピジョンに対して憤りを表明しながらも、 子どもたちを守り保育の現場を安定させるために必死の努力をしてきたのがおわかりいただけたかと思います。
  裁判を始めてから、全国の保護者や保育者と情報や意見の交換をする機会ができました。「練馬の・・」 と自己紹介すれば、「ああ、ピジョンですか。 全国で一番大変な例ですね」 と返事がきます。「私の保育園が最初の民営化対象にされましたが、行政は練馬のようにはしないと言っています」 という話も聞きます。
  全国で保護者たちが悲鳴を上げ、子どもたちの心に (時には肉体的な) 傷を負わせるような、ルールのない状態がまかりとおってきましたが、 練馬区の特に光八の例は、この問題に関わらざるを得なくなった、保育園関係者・行政関係者にとって今や避けて通らずにはいられない “失敗例” となっています。 こんなやり方が適法であるとまかり通るなら、日本の公立保育所の未来はないと言っても過言ではないと考えています。 裁判所におかれましてはどうぞ、本件委託の社会的位置の重大性を鑑みての判断をされるようお願いいたします。

2 運営業務委託というあり方
  さて、たくさんの公立保育園民営化・委託化をめぐる裁判の中でも、本件は運営業務委託という側面と、営利企業への委託という特長的な二つの側面があると思います。
  しかし私たち練馬区民からすれば、他の施設の指定管理者による 「管理の委託」 と、 練馬区がすすめてきた保育園の 「運営業務の委託」 のどこが違うのかひとつもわかりません。練馬区もきちんと説明したことがありません。 あえて言えば後者は議会の手続や条例化などを経ない区長室というブラックボックスの中で進められてきていることです。
  光八の実態は区立保育園ではありながら、実体的には周囲の直営園と切断されたまったく従前の光八とは別の保育園になってしまっています。
  園長会、主任会、保健連絡会、栄養士連絡会、献立連絡会・・・直営園の時にはあたりまえに成立していたこうした職員の情報と意見交換の場、人的交流の場。
  他の区立保育園の園児たちの明るい声で満ちあふれている都立光が丘公園に散歩に行くのに勇気とマニュアルがいる保育園。 地域の学校や学童クラブのことが相談できない保育園。 そして現場で委託に関わった人たちすべてが傷ついています。
  練馬区のいう 「受託事業者の指導・監督」 とか 「責任も練馬区が負う」 というのは法的根拠もなく、はなはだ抽象的で主観的で曖昧なものです。
  ○○さん (光八を転園した保護者の証人) に対する 「大きな怪我というのもなかったわけですね」 との反対尋問で理解できた気がします。 「練馬区の責任」 なるものは過失責任が問われるような事故があったときだけです。あとは、毎年の大量退職も大量転園者も、 被告自身の名による改善勧告も 「責任」 なるものの範囲ではなく、引継ぎを経験した職員がいなくなって引継ぎが無駄になっても財政的損失はなかったのだと。 議会の手続や条例などを根拠とすることもなく、こういうどうとでも恣意的に解釈しうる脱法的な裁量権を最初から振りまわし、それが今も続いているのが光八の委託です。 しかもそれは一件2億円を超す随意契約です。

3 企業の保育
  企業の保育がすべて悪いとは思いませんが、光八の委託計画発表時点で、認可園を運営する企業はほんの10社程度にすぎませんでした。 現在においても20程度ではないでしょうか。
  ○○さん (証人採用には至らなかった光八の現保護者) の陳述書でのピジョン運営園の例をみるまでもなく、 公立保育園と同規模の大規模園を実際に運営している企業は数えるほどです。この点、営利企業に過大な幻想を抱いた被告は間違っていました。
  ピジョンの光八と多摩福祉会の向山の職員の定着度をみれば結果は一目瞭然です。委託園での安定した保育環境の確保を前提とするなら、 職員は安定した労働環境のもとで定着しなければならず、人件費は必然的に毎年上昇し、数年のうちに直営園運営経費に追いついていきます。
  問題は、多摩福祉会とピジョンの職員の一人あたり年間100万円近い賃金の差も、同じ委託園でありながら継続していくということです。 そしてこの100万円の差は同じ区民の税金を投入しながら企業の 「利潤」 となります。
  委託園対象園の親子は行政との交渉ごとなど、貴重な親子の時間が奪われていくという意味で直営園の利用者にくらべ大きな不利益を被ります。 そして、子どもたちは傷ついていきます。その上、同じ委託園でありながら、職員の待遇が大きく違い、 職員の定着率や日常の保育の安定性安全性もかけ離れていっている現状からすれば、光八の親子は被告によって格段の不利益を強制されているといえます。 特定の区民集団に対する差別であると言ってもいいと思います。
  さらに重大なのは、光八の一連を見てしまった練馬区立保育園保護者と多くの区民が 「企業の保育だけはごめん」 と強く感じ、 営利企業に固執し続ける練馬区の姿勢に根本的な不信をもったまま次の委託化計画を突きつけられていることです。 この不信感は被告が積極的に作り出しています。そもそも被告がこんなに乱暴なすすめ方をしなければ、 光八の親子も多摩福祉会のような法人に出会えていたかもしれないのです。

4 16園委託化への拡大
  息子のお世話になった光が丘第四保育園は、被告志村区長の報復を受けるように第二次委託計画の1号園に指名されました。
  ちょうど一年少し前の6月下旬に一方的に園名の発表があり、保護者の圧倒的な疑問や不安の声を無視して半年後の12月には公募が強行されました。 結果はたった2事業者の応募であり、そのうちの1事業者の準備してきた園長候補は幼稚園の主任経験と保育園での2年足らずの担任経験しかない方でした。 この方や、その事業者を非難したいわけではありません。ピジョンにあわせた歪みがでてきているのです。
  光四の選定委員会の結論は 「受託予定の事業者なし」 つまり 「該当なし」 でした。そして、光四は委託そのものが一年延期となりました。 被告が政治的な介入さえしなければ、選定委員会でこういう結論はあり得るし、一年延期も可能だということが証明されたのだと思います。
  光四の保護者たちは、保護者の中で無用な分裂をしないように、民間委託反対とも賛成とも態度決定はあえてしませんでしたが、 光八からの転園者を含む親子への区長の理不尽な扱いに対する強い怒りと、企業の受託だけは阻止するという強い意志だけはまとまっていました。
  そして 「選定なし」 の結論は、光四保護者が 「光八と同じことをするなら子どもたちのために裁判も辞さない」 という強い姿勢で練馬区に立ち向かっていったことが一番大きいと私は考えています。

5 まとめ
  私は、他の市区町村の状況を聞くにつれ、練馬区の委託は動機も経過も政治的すぎるという印象を強くしてきました。 とりわけ、本件光八のケースでは、区長の 「政治判断」 が何度も顔を覗かせ、状況を歪ませていっています。
  07年9月6日の 「ともに地域を築く 区長と区民の集い」 という集まりに私は参加していました。 その日は台風で、区長も防災服で参加していましたが、第二次の委託化の対象にされた北町・光四などの保護者も子どもに雨合羽を着せ、 あるいはベビーカーにビニールシートをかぶせて集まってきていました。 この問題で区民と直接対話することを拒否してきた志村区長と直接やりとりができる唯一の機会だったからです。 被告志村区長は光八保護者に対してさえ今に至るまで一度も直接やりとりを行っていません。
  私は在園の保護者の発言を優先してもらおうと、発言はしないつもりでいました。ところが、被告志村区長は私を逆指名して、こう言い放ちました。

  「5人に1人が転園していると。こんな大きな計画、そんなに簡単に決めてよろしいのか、もっと意見をたくさんもらえばいいじゃないかと。 毎年、2園ずつ、機械的にやっていく、これはけしからんじゃないかと。」 「ただ、私、今、ここで何がいいか悪いかということは避けたいと思っているんです。 というのは、練馬区の光第八保育園ですね、これに関して訴訟が提起されているんですよ。
  私が被告ですよね。そして、この無謀な委託、けしからんということで、司法の場で決着をつけようじゃないかと、こういうふうに言われているわけでありまして、 私は、決して逃げも隠れもいたしませんけれども、この司法の場に委ねられた問題ですから、 私は何も裁判所で言うようなことをここで申し上げなくてもいいのではないかと、こんなふうに思います。
  私は行政の長として、執行者として、一つの確信というか、そういったものに支えられて、そして、多くの意見を聞き、そして進めてきた行政改革でありますから、 私は私なりの信念でやっているんですね。また、「そうでないよ」 とおっしゃる方は、それぞれの信念でまた行動されておる。 つまり信念と信念の闘いでありますから、私は司法で決着をつけてもらう、これが一番正しいと思いますので、ここでの私の意見は差し控えたいと、こういうふうに思います。」

  私は、「信念と信念の闘い」 などというカッコのいいものだとは少しも思っていなく、保育園が嫌いでコンプライアンス意識の低い首長が、 区民の貴重な財産である区立保育園を自分の思い通りにしようとして失敗し、未就学児を含むたくさんの人を傷つけて平然としていることを断罪してほしいだけです。
  そもそも、被告にとって一園目はどうしてもピジョンでなければならなかった理由があり、 年度途中委託という常軌を逸した計画もピジョンが 「できる」 と答えたからなのだろうと、多くの区民はそう思っています。 しかも途中で引き返すチャンスはたくさんありました。本件は、混乱が指摘され予想されていたにも関わらずあえて委託を強行して意図的に保育園を不安定化してしまい、 今なお開き直っている被告志村区長の執行責任を司法がどう判断されるか、ということだと思っています。
  光八の親子と、新旧職員・・・志村区長に傷つけられてきたたくさんの人たちと、委託の対象にされている16園の親子・職員にどうぞ正義を与えてください。