憲法9条と日本の安全を考える
憲法改正を狙う自民党提言 (2)
1、 提言はこれからの日米同盟をどのように見ているのでしょうか。わが国の安全保障政策、防衛政策が 「日米同盟基軸論」 に立ち、
米国への従属の度合いを深めているだけに、提言を検討する上で一番の関心事になります。
提言は、米国の力が相対的に弱まるという認識と自主防衛論を色濃くにじませるものとなっています。提言のどこにもこのような表現はありませんが、
提言が述べる安全保障環境への認識とそれに対する防衛政策の内容などから、私はこのように理解しました。
2、 提言が述べている安全保障環境への認識は、以下のような内容です。提言は、我が国を取り巻く安全保障環境の最近の変化として、
北朝鮮・中国・ロシアの脅威とともに、「米国オバマ政権の誕生や米国の金融問題から発した世界経済の急落」 を挙げます。
オバマ政権の安全保障戦略、軍事戦略に強い関心を持っています。
提言は、「周辺国に対する抑止体制において、打撃力については、米国に大きく依存している。
今後は、オバマ政権の米国の拡大抑止戦略やスマートパワー重視政策などを考慮し、米国との役割分担に柔軟性の確保が必要となる。」 と述べ、
オバマ政権の下での日米同盟の運用 (日米の役割分担) に柔軟性を持たせようと提案します。この記述に続くのが 「敵ミサイル基地攻撃論」 です。
この点は後で詳しく述べます。
3、 提言は、新たな脅威 (テロ、大量破壊兵器と弾道ミサイル拡散等) から在来型の脅威(北朝鮮、中国、ロシアの脅威)を強調し、
国際協力重視から国益防衛重視へと安全保障戦略、軍事政策をシフトさせようとしています。
提言は、わが国への脅威として、「三正面 (北、西北、南西) と海洋国家としての海上交通路を通じてわが国に及ぶ」 地政学的脅威を挙げています。
「三正面 (北、西北、南西)+1脅威論」 (これは私のネーミングです) は私が初めて接した言葉です。
三正面とは、北=ロシア、西北=北朝鮮、南西=中国、台湾海峡であることは、「三正面+1脅威論」 を述べた直ぐ後で、
これら三カ国の脅威に言及していることからも明らかです。在来型脅威を強調する提言は、提言が見直そうとする16大綱の脅威認識とは大きく異なっています。
16大綱は、わが国に対する本格的な武力侵攻の可能性は低下している反面、新たな脅威として、
国際テロ組織などの非国家的主体や大量破壊兵器と弾道ミサイルの拡散の脅威を強調しました。
その上で、16年大綱は、新たな脅威がわが国の安全保障戦略の主要な対象になること、新たな脅威に対しては抑止が効かないこと等から、
国際協力が重要であるとして、国際的安全保障環境の改善活動 (国際平和協力活動) を安全保障戦略、軍事政策の主要な柱とし、
そのための海外派遣を自衛隊の本来任務としたのでした。
4、 提言は、16大綱が強調した新たな脅威に全く関心を持っていないかというとそうではありません。国家の平和と独立に及ぼす危機・脅威として、
北朝鮮・中国・ロシア・シーレーン周辺諸国の不安定 (三正面+1) を挙げ、「海賊行為、テロの発生」 がシーレーンへの大きな脅威と位置づけているのです。
16大綱ではわが国の安全に及ぼす主要な脅威と位置づけられていたものが、「我が国の生命線」 であるシーレーンへの脅威であると、位置づけが大きく変えられたのです。
提言が 「海賊行為」 を挙げたことに注目しなければなりません。提言は明らかに、ソマリア沖海賊対策で自衛隊を派遣したことに対して、
国民の支持が過半数に達したことに味をしめたのです。北朝鮮脅威論の強調といい、海賊対策といい、提言が打ち出そうとするわが国の安全保障政策、軍事政策は、
真剣に我が国の将来を検討して作成されたものではなく、大衆受けを狙った際物というほかありません。
5、 提言は、日米同盟の運用において、日米の役割分担を見直そうとしています。これまでの日米同盟における日米の役割分担は、米国が 「矛」、
日本が 「盾」 の役割という枠組みを一貫て維持してきました。この枠組みの維持の基本には憲法9条があるのです。
この役割分担は我が国の (少なくとも最近までは) 不動の防衛政策であった 「専守防衛政策」 から出ています。
「専守防衛政策」 は政府の9条解釈を実行する防衛政策であり、
自衛隊が憲法9条に違反しないと説明できる前提となっていました (詳細は 「『敵基地攻撃論』 が狙う9条改憲」 をお読み下さい。)
6、 では、どのように見直そうとするのでしょうか。提言は、日米同盟での日米の役割分担見直しを踏まえて、来年の日米安保条約改訂50周年を記念して、
「新安保共同宣言」 を締結すべきであると提案しています。「安保共同宣言」 は、94年以降の日米同盟再定義プロセスのなかで、
当時の橋本総理大臣とクリントン大統領が東京での首脳会談の後、共同で発表したものですから、提言の意気込みは相当なものです。
見直しの方向は、北朝鮮・中国・ロシアの脅威に対して、我が国が独自に又はより積極的な役割を果たそうとする方向です。
7、 「日米役割分担の柔軟性確保のための我が国の防衛力の方向性」 という項目の中で、提言は、「周辺諸国に対する抑止態勢において、打撃力については、
米国に大きく依存している。今後は、オバマ政権の米国の拡大抑止戦略やスマートパワー重視政策などを考慮し、米国との役割分担の柔軟性が必要となる。
また、米国の打撃力に対する自衛隊の支援・補完能力を向上するため、打撃部隊の援護 (対艦・対空・対地・対潜攻撃能力) や情報収集支援、
後方支援機能の強化が必要である。」 と述べています。
8、 これまでの対米支援は、集団的自衛権行使が禁止されることから、周辺事態法では、(他国の武力行使と一体化しないため) 後方での支援に限定され、
(自らが武力行使をしないため) 自衛隊が攻撃されるおそれが出れば、支援活動は中止し、場合によっては撤退するというものでした。
集団的自衛権行使を禁止する憲法解釈を見直そうとした試みが、安倍内閣での 「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」 (安保法制懇と略、
いわゆる安倍懇談会) でした。安保法制懇が提言した集団的自衛権行使すべしとする事例は、
ミサイル防衛のための共同作戦行動中の米イージス艦が攻撃を受けた場合の援護や、米国を狙っている弾道ミサイルの迎撃だけでした。
これに比べ提言は、無限定な打撃部隊への援護を行おうとするのです。これは、ズバリ前線での共同作戦です。米強襲揚陸艦隊が強襲揚陸作戦を行い、
攻撃型空母が対地支援を行っている作戦で、護衛艦が艦砲などで対地攻撃を行ったり、これに反撃する敵水上艦艇、敵航空機や潜水艦を攻撃するということです。
この作戦には、全面的な集団的自衛権行使が必要となることは明らかでしょう。
安保法制懇の提言を大きく超えた9条解釈全面的見直しか、9条改憲を迫るものです。
9、 日米同盟における日米の役割分担見直しのもう一つの方向は、我が国独自の軍事的対処です。「敵ミサイル基地攻撃論」 がその典型的なものですが、
提言はより広範な防衛政策の見直しを要求しています。
10、 「敵ミサイル基地攻撃論」 は、敵国が我が国への攻撃を着手 (例えば、我が国を標的にした弾道ミサイルが発射台へ屹立) した時点での反撃を許容する意味で、
「理論的には」 自衛権行使の三要件や国連憲章51条と整合性があるかもしれません (国際法上の一つの解釈として)。
しかし実際には、敵国が攻撃を着手した時点というものの判断は極めてファジー
(発射台に取り付けられた弾道ミサイルがどうして我が国を標的にしていると判断できるのか微妙) であり、
「敵基地攻撃論」 が軍事的合理性に裏打ちされた考えであることから、万一の事態を考えて先制攻撃になってしまうでしょう。
提言は 「予防的先制攻撃を行わない」 と但し書きを付していますが、予防的先制攻撃とは明白な国際法違反なので当然です。
むしろ、この但し書きを付けたということは、敵基地攻撃が現実的には予防的先制攻撃になりやすいことを自ら告白したようなものでしょう。
11、 敵ミサイル基地攻撃のため我が国が保有すべき攻撃能力として、提言が提案するものは、
「ダメージコントロール可能な通常弾頭程度の威力と被害極限を追究できる高精度の着弾と効果確認可能な敵ミサイル攻撃能力の保有」 です。
その攻撃能力とは具体的には、「宇宙利用による情報収集衛星と通信衛星システムによる目標情報のダウンリンクと、
巡航ミサイルや小型ロケット技術を組み合わせた飛翔体 (即応性よりも秘匿性を重視した巡航型長射程ミサイル、
又は迅速な即応性を重視した弾道型長射程個体ロケット) への指令により正確に着弾させる能力」だとします。
12、具体的な兵器システムでは、秘匿性と迅速性の相反する能力を求めています。
秘匿性では、これまでよく議論になっていた巡航ミサイル (海上・陸上・空中発射) 保有を挙げています。
ところが、巡航ミサイルほど敵ミサイル基地攻撃に不向きな兵器はないのです。
巡航ミサイルは、亜音速で飛行するジェット旅客機とほぼ同速度です。千数百キロの飛行時間は2時間くらいでしょう。
敵ミサイル基地攻撃が、発射台に据え付けてから何時間もかけて液体燃料を注入するテポドンミサイルを想定しているとすれば、これは破壊が可能でしょう。
しかし、戦争で使用される弾道ミサイルは移動式ランチャーや堅固な地下基地に格納されたミサイルです。
巡航ミサイルが着弾するまでに、敵国は弾道ミサイルを発射し終わっているし、移動式ランチャーは既に遠くに移動しています。
しかし、秘匿性が高いため、予防的先制攻撃兵器として使用すれば効果的でしょう。
巡航ミサイルが実戦で初めて使用された湾岸戦争やイラク攻撃では、先端を開いたのが海上発射巡航ミサイルでした。まさに先制攻撃用の兵器なのです。
迅速即応性を追求した兵器として、「弾道型長射程固体ロケット」 を提唱しています。聞き慣れない言葉 (小委員会提言の造語か?) ですが、
固体燃料推進の中距離弾道ミサイルと翻訳すればすぐに理解できるでしょう。提言がわざわざ一般には使用されない言葉を使った意味は、
おそらく北朝鮮の中距離弾道ミサイルの脅威をさんざん煽りながら、自分たちもそれを保有することのジレンマを誤魔化すためなのではないかと思います。
自民党がもし本気で中距離弾道ミサイル保有を考えているなら、これは極めて重大な国際問題となるでしょう。
なぜなら、我が国は一部の先進国が自主的に組織している 「ミサイル技術輸出管理機構 (MTCR)」 へ参加しているからです。
MTCRは、大量破壊兵器の運搬手段である弾道ミサイル技術の拡散を阻止するための国際レジュームです。
射程300キロを超える弾道ミサイルとその部品や技術の輸出を厳しく管理し、我が国はそのために外国為替管理法で罰則付きで禁止しています。
その我が国が新たに弾道ミサイルを開発することは、イランや北朝鮮の弾道ミサイル開発を非難することはできなくなります。
弾道ミサイルを規制する軍備管理条約は現在までないだけに、弾道ミサイルの拡散を禁止するMTCRを基礎を弱めることになります。
その上、極めて外交的リスクの高い政策選択となります。我が国周辺諸国 (韓国・中国・北朝鮮・ロシア) との軍拡競争になるかもしれません。
典型的な安全保障のジレンマとなります。安全保障のジレンマとは、自らの安全のためと称して軍事力を強化することで、周辺諸国の軍拡を呼び、
かえって安全を損なうことになるというものです。
13、提言は、「敵ミサイル基地攻撃」 能力のための情報能力の強化と共に、官邸と自衛隊を含む国家の情報能力の強化、
平時から有事まで間隙のない戦争国家体制づくり、海外軍事活動強化のための自衛隊統合運用態勢の強化、
自衛隊三軍それぞれの海外軍事任務に重要な位置づけを与える、軍拡の提言など、将来の自主防衛能力の獲得を目指そうとする意図がにじみ出るものになっています。
この点は、次回に述べることにします。
2009.7.10
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