2012.6.1

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

米軍再編計画見直しと憲法9条

 5月1日、野田首相はオバマ大統領との共同記者会見で、「日米同盟は新たな高みに達した。」 と、高揚気味に語った。 民主党政権となって初の内閣である鳩山内閣が、東アジア共同体構想を打ち上げ、普天間基地を国外、最低でも県外移設と公約したことで、 反米政権のレッテルを貼られ、その後の日米関係が閉塞状況となったのであるから、 三代目の民主党内閣でやっと 「正常な日米関係」 の振り出しに戻ったという思いがあったのかもしれない。 野田首相がこの言葉の意味をどこまで理解して語ったのかは分からない。しかし、文字どおり日米同盟は新たな高みに達したのだ。

 5月1日発表された日米共同声明は、4月27日2+2共同発表文と一体のものだ。 共同声明は、「われわれは両国の安全保障・防衛協力のさらなる強化を目指す。」、 「われわれが見直した米軍再編計画は、地域の多様な緊急事態に日米同盟が対応する能力をさらに高めるものである。」 と述べている。
  日米同盟の 「さらなる強化」 とは何だろうか。「地域の多様な緊急事態」 とは何だろうか。 米軍再編見直しがなぜ 「地域の多様な緊急事態」 に対応する能力を更に高めるのだろうか。この疑問を解く鍵は2+2共同発表文にあるはずだ。

 共同発表文を読み解くキーワードは 「動的防衛力」、「動的防衛協力」 にあると思う。 共同発表文では三回登場する。最初の二カ所は次のセンテンスである。
  「閣僚は、同盟の抑止力が、動的防衛力の発展 及び及び南西諸島を含む地域における防衛態勢の強化といった日本の取り組みによって強化されることを強調した。 また、閣僚は、適時且つ効果的な共同訓練、 共同の警戒監視・偵察活動および施設の共同使用を含む2国間の動的防衛協力が抑止力を強化することに留意した。」
  三カ所目のセンテンスは、「両政府は、・・・地域における2国間の動的防衛協力を促進する新たな取り組みを探求する考えである。 両政府は、グァムおよび米自治領・北マリアナ諸島における自衛隊および米軍が共同使用する施設としての訓練場の整備につき協力することを検討する。」

  「動的防衛力」 は新防衛計画大綱が打ち出した防衛構想である。南西諸島有事に備え、平素から、情報収集、警戒監視、偵察(ISR)を行い、 不測の事態の兆候があると、素早く軍事的抑止力を行使し、抑止が効かないとなれば、先制的にでも武力行使を行う態勢である。 しかし、「動的防衛力」 は個別的自衛権行使の態勢であるはずだ。それがなぜ日米同盟の抑止力が強化されるのであろうか。 米軍の軍事行動と密接な関連があるからであろう。南西諸島有事では、日本単独の有事を想定しているのではない。 台湾海峡を巡る中国と台湾との武力紛争に、米国が軍事介入する事態で発生するものだ。 新防衛計画大綱は、それでもまだ、南西諸島有事は個別的自衛権行使と位置づけている。

 では、同盟の抑止力を強化すると位置づけられている 「動的防衛協力」 とはどのようなものであろうか。 最初のセンテンスでは、「適時且つ効果的な共同訓練、共同の警戒監視・偵察活動および施設の共同使用を含む2国間の動的防衛協力」 と述べている。 もう一つのセンテンスでは、動的防衛協力として、 「グァムおよび米自治領・北マリアナ諸島における自衛隊および米軍が共同使用する施設としての訓練場の整備につき協力すること」 と述べている。 この二カ所の 「動的防衛協力」 は、同じことを述べているのだ。

  つまり、「動的防衛協力」 とは、新防衛計画大綱の 「動的防衛力」 を、アジア太平洋にまで拡大したものなのだ。

 「動的防衛協力」 では、日米の軍事力はどのような関係になるのであろうか。 まず、「適時且つ効果的な共同訓練、共同の警戒監視・偵察活動および施設の共同使用」 は、有事でのものではない。 平素から日米両軍が行うものであることに留意すべきである。 平素から共同で警戒監視、共同で偵察活動を行い、グァムや北マリアナ(具体的にはテニアン)で共同訓練を行うという意味は、 有事やその前段階である情勢緊迫時に至る以前から、不測の事態に備えて、共同軍事行動を取ることを意味する。 言い換えれば、平素から集団防衛の態勢にあるということだ。 おそらく将来的には、グァムやテニアンが日本と米国の共同防衛区域にはいるのではないかと思う。

 共同発表文と共同声明が、日米同盟を新たな高みに押し上げたことの意味を理解するため、 冷戦崩壊後の日米同盟の変化を簡単に振り返っておこう。
  90年代の前半に取り組まれた日米安保再定義は、日米安保体制をアジア太平洋に拡大したと言われた。 そのもとで具体的に行われたことは、周辺事態法の制定であった。 日本が武力攻撃を受けるより前の段階(周辺事態)で、米軍の軍事行動に自衛隊が、非戦闘地域での後方支援を行うものであった。 この軍事支援は、安保条約6条の極東の平和と安全のための基地提供でもなく、はたまた、安保条約5条の共同防衛でもない事態で、 事実上の安保条約の改正とも言われた。 しかし、周辺事態は日本の平和と安全に重大な影響を与える事態であるから、拡大されたと言いつつも、 これはあくまでも日本の個別的自衛権行使の範囲内であり、米軍の武力行使とは一体化しないので、集団的自衛権行使ではないとされた。

  21世紀に入り取り組まれた日米防衛政策見直し協議(いわゆる米軍再編協議)では、それまでに成立していた有事法制を基盤として、 より実効的な米軍への軍事支援の態勢を確立させるものであった。 しかしそれでも、周辺事態=武力攻撃予測事態での、周辺事態法による自衛隊の米軍支援と、米軍支援法や特定公共施設利用法による、 日本国内インフラ(空港・港湾・道路・空域・海域・周波数帯)の提供と自衛隊による物品役務の支援に止まっていた。 これも個別的自衛権行使の枠組みに止まっていたのだ。

 では、共同発表文と共同声明はどうであろうか。平素からの共同での警戒監視、共同での偵察活動、 グァム・テニアンでの共同訓練であるから、もはや日本の個別的自衛権ではとうてい説明は不可能である。 平素からアジア太平洋地域で集団防衛の態勢をとるのである。アジア太平洋地域で不測の事態が発生した場合、迅速に共同軍事行動をとることは、 まさしく集団的自衛権行使である。共同での警戒監視や偵察活動中に、米艦船が攻撃されれば、自衛隊は米艦船を防護する。その逆もある。 平素から自衛隊がこのような集団防衛態勢をとることは、自衛隊法、周辺事態法、有事法制でも想定されていない活動である。

  つまり、日米同盟が新たな高みに達した、日米の安全保障・防衛協力の更なる強化とは、これまで拡大されてきた日米安保体制、日米防衛協力を、 これまで乗り越えられなかった個別的自衛権の枠組みから、さらに踏み越えようとしているということだ。 これは当然のことながら、現行の防衛法制では説明できない活動になる。

 では、この新たな高みに達した日米同盟は、何のため、何を対象にするのか。 共同声明は 「地域の多様な緊急事態」 へ対応するためだと述べている。 何が 「地域の多様な緊急事態」 なのか。共同声明も共同発表文も具体的なことは述べていない。 共同声明は、「伝統的な脅威と共に新たに生じる脅威」 とさりげなく述べている。新たな脅威として共同声明は、テロ、大量破壊兵器の拡散、海賊を挙げている。 「伝統的な脅威」 とは、主権国家からの脅威のことであるが、具体的には中国の軍事的脅威である。 今年1月に発表されたオバマ政権の新しいアジア太平洋戦略は、中国の軍事的脅威に対応するものだ。 沖縄から海兵隊をグァムやハワイに分散させ、オーストラリアのダーゥインの基地へローテーション配備するのは、 中国からの攻撃に対する脆弱性をなくする意味がある。 共同発表文、共同声明で、「地理的により分散し、運用面で抗堪性があり」 というのはこのことを意味している。

 米国は新しいアジア太平洋戦略のもとで、海洋の安全保障を強調するようになってきた。 それは主として中国の海洋進出に対する対抗戦略であるが、海賊など新たな脅威も視野に入れている。 そのため、米国は今頃になって国連海洋法条約を批准しようと、議会へ働きかけ始めた。国連海洋法条約は、海の国連憲章として、 最も普遍的な国際法である。実は米国はこれを批准していないのである。 国連海洋法条約を批准していない米国が、中国を念頭にして、海洋の安全保障を主張しても、説得力はない。また、米国はオバマ政権になって、 東南アジア友好協力条約を批准し、EASへも初めて参加し、先日沖縄で開かれた 「太平洋島サミット」 にも初めて参加した。 「太平洋島サミット」 は日本が提唱し、太平洋の島嶼国の経済発展などを進めるフォーラムであり、トンガ、パラオ、フィジー、 バヌアツなどの小国が多く参加している。 しかし、今回は米国を参加させた。会議では海洋の安全保障がメインテーマとなった。中国に対する軍事的政治的な牽制である。 「太平洋島サミット」 の性格が大きく変質したと言える。

  国連海洋法条約批准の意図は、中国の海洋進出に対して、米国として軍事的政治的影響力を行使し、アジア太平洋地域での覇権を維持することだ。 アセアン諸国は中国との南シナ海を巡る紛争を、国連海洋法条約により解決を図ろうとしているのであるから、米国がこれを批准していなければ、 影響力を行使できないであろう。

  米国は、国連海洋法条約の締結交渉段階から、これに強く反発していた。特に米海軍は、国連海洋法条約により、領海が12海里に拡大されると、 核兵器を搭載した原子力潜水艦の作戦行動の自由が阻害されることから、強く反対し、同盟国に圧力をかけた。 これまで沿岸から3海里時代の国際海峡が、12海里となれば他国の領海に組み込まれ、潜水艦は浮上航行(無害航行)が必要になるからだ。 日本政府は、国連海洋法条約が発効する前に、それを前提に領海法を制定した。 ところが、宗谷海峡、対馬東・西水道、津軽海峡、大隅海峡の5海峡は、領海法附則で3海里と定めたのである。米国の圧力であった。

10 新たな高みに達した日米同盟は、憲法9条とは相容れないものとなった。 このままでは遠からず、9条改正が政治日程に上る事態となるであろう。私達は、このような国の進路を容認してもよいのであろうか。 共同発表文も共同声明も、新しいアジアの情勢の進展を全く反映していない。台頭する中国とどのように向き合うか、新しい戦略思考が求められる。 日本は常に日米同盟を基軸にし、「日米同盟の窓」 からしか情勢を眺めていない。 その様な目で見れば、「閣僚は、同盟の抑止力が、 動的防衛力の発展及び及び南西諸島を含む地域における防衛態勢の強化といった日本の取り組みによって強化されることを強調した。 また、閣僚は、適時且つ効果的な共同訓練、 共同の警戒監視・偵察活動および施設の共同使用を含む2国間の動的防衛協力が抑止力を強化することに留意した。」 というような、 脅威に対してはひたすら軍事的抑止力で対抗するという戦略しか出てこないのだろう。

11 しかし、米国はもっとしたたかだ。米国は決して中国封じ込めを考えているのではない。 経済的には互いになくてはならないパートナーであり、冷戦時代の米ソ関係とは本質的に異なる関係である。 これまでの歴史で経験したことのない新しい関係といってよいと思う。米国は国益のためなら変わり身が早い国だ。 日本は日米同盟基軸で、いつまでたっても米国の軍事的補完の役割、もっと言えば 「槍の穂先」 の役割しか担わされていない。 ある意味では、一番損な役割を引き受けることになるであろう。 私達は、日米同盟に代わる新しい戦略を採用しなければ、アジアでの発展と繁栄から取り残されてしまうであろう。 その意味では、日米同盟は今日では日本にとって有害な役割を果たしている。 日米同盟に代わる新しい戦略は、9条を具体化した共通の安全保障、 協調的安全保障戦略である(2009年12月9日掲載 「私たちが目指すのも(実憲のすすめ)」 参照)。

  今回の共同発表文と共同声明は、将来の日本の平和と安全を賭けた路線の選択を私達に迫っていると言える。