憲法9条と日本の安全を考える
ここまで来た集団的自衛権憲法解釈見直しJ
1 なぜ憲法9条の政府解釈で
集団的自衛権行使が禁止されたのか
平成24年度防衛白書は、集団的自衛権について次のように述べています。
「わが国は、主権国家である以上、国際法上、当然に集団的自衛権を有しているが、これを行使して、
わが国が直接攻撃されていないにもかかわらず他国に加えられた武力攻撃を実力で阻止することは、
憲法第9条のもとで許容される実力の行使の範囲を超えるものであり、許されないと考えている。」(108頁)
この9条の政府解釈は一貫して変わっていません。ではいつからこのような解釈をとっているのでしょうか。
ルーツを探ると、自衛隊創設と不可分な解釈であることが理解されると思います。
朝鮮戦争勃発の約2ヶ月後、マッカーサー指令により警察予備隊が創設され、サンフランシスコ条約と旧安保条約が発効した半年後に、
保安隊が創設されました。1954年6月2日参議院本会議で自衛隊法が可決成立しました。
同じ日に参議院では、有名な以下の 「自衛隊の海外出動禁止決議」 がなされました。
「本院は、自衛隊の創設に際し、現行憲法の条章と、我が国民の熾烈なる平和愛好精神に照らし、海外出動はこれを行わないことを、茲に更めて確認する。」
1954年6月3日衆議院外務委員会で、下田外務省条約局長(当時)は、次のような答弁を行いました。
「(自衛権を)憲法が禁止していない以上、持っていると推定されるが、
そのような特別の集団的自衛権までも憲法は禁止していないから持ち得るのだという結論は出し得ない。」
1981年5月29日政府答弁書では
「わが国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、
憲法9条の下において許容されている自衛権の行使は、わが国を防衛するため必要最小限度の範囲に止まるべきものであると解釈しており、
集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されない。」
と述べて、遅くともこの時期までには現在まで続く政府解釈が確立したと考えられます。
2 自衛権行使の三要件と専守防衛
平成24年度防衛白書では、9条の下で認められる自衛権行使の要件として、次の3点を上げています。
@ わが国に対する急迫不正の侵害があること A この場合にこれを排除するためにはほかの適当な手段がないこと
B 必要最小限度の実力行使に止まるべきこと
専守防衛政策につき平成24年度防衛白書は次のように説明しています。
「相手から武力攻撃を受けたときに初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限度にとどめ、
また、保持する防衛力も必要最小限どのものに限るなど、憲法の精神に則った受動的な防衛戦略の姿勢をいう。」
自衛隊の憲法適合性について、平成24年度防衛白書は次のように述べています。
「わが国の自衛権が否定されない以上、その行使を裏付ける自衛のための必要最小限度の実力を保持することは、憲法上認められると解している。
このような考えに立ち、わが国は、憲法のもと、専守防衛をわが国の防衛の基本的な方針として実力組織としての自衛隊を保持し、その整備を推進し、
運用を図ってきている。」
3 集団的自衛権行使の禁止は、自衛隊合憲解釈と表裏一体
以上のような憲法9条の政府解釈を眺めてみると、自衛権行使の要件も、自衛隊の合憲性も、集団的自衛権行使禁止も、専守防衛政策も、
憲法9条の政府解釈の共通の核心に基づくものであることが分かると思います。
それは、自衛権を保有する、そのための実力組織(戦力とは言えない)保有も認められるが、わが国防衛のための必要最小限度に止まるべき、というものです。
つまり、集団的自衛権行使禁止と自衛隊合憲解釈は表裏一体であり、集団的自衛権を行使するようになった自衛隊は憲法に違反するということになります。
この点はいくら強調しても強調しすぎることはないと思います。国会でも、国民の間でも、自衛隊の憲法適合性についての議論は、昨今ほとんど聞きませんが、
わが国が日米同盟の下で、集団的自衛権行使をしようとしているとき、もう一度自衛隊の憲法適合性の議論をすべきです。
集団的自衛権行使禁止の憲法解釈見直しは、政府解釈でも維持されてきた憲法9条の最も中心部分を無くしてしまおうというものです。
これがなされれば、もはや憲法9条の意義=政府の安保防衛政策の歯止めの機能は失われてしまうでしょう。
4 集団的自衛権行使禁止の憲法解釈見直し
2001年4月小泉内閣発足直後、小泉首相は 「集団的自衛権行使の憲法解釈を転換し、米軍後方支援で武力行使ができるようにするため、
官邸内に検討チームを設置する」 との方針を表明しました。ただ実際に検討チームが結成されたのか、検討作業が行われたのかは不明です。
その後発生した9・11同時多発テロと、アフガン攻撃、イラク攻撃に対応して、テロ特措法、イラク特措法、有事法制の法制化があり、
集団的自衛権行使禁止の憲法解釈見直しは、政治の表舞台から消えました。
2003年6月6日に武力攻撃事態法等の有事法制が可決成立しますが、安倍内閣官房長官(当時)は、6月5日、
有事法制三法案成立後の政治課題として、集団的自衛権行使の憲法解釈見直しを挙げました。
2006年9月に安倍内閣が発足し、安倍首相は発足時から、集団的自衛権行使禁止の憲法解釈見直しを内閣の最重要課題と位置づけました。
そのために、首相直属の有識者懇談会 「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」 を設置しました。
有識者懇談会は2008年6月24日に報告書を提出しましたが、安倍総理大臣は、これを待つことなく、2007年9月に辞任しました。
報告書は、海外での武力行使を容認する内容と、集団的自衛権行使を容認する内容とが含まれていますが、米国を狙った弾道ミサイルの迎撃と、
公海上での米艦船の防護は集団的自衛権の場面です。報告書を受け取った福田総理大臣は、この報告書の提言を無視した形になりました。
これと同時に、自民党内で集団的自衛権行使のための法案検討作業が進められました。
自民党防衛政策検討小委員会(石破 茂委員長 当時)は、2006年10月から12月に掛けて、使用されたレジュメや資料の日付をたどると、
9回にわたり、本格的でかなり専門的な検討を行いました。資料の中には石破 茂氏が講師をしたと思われるレジュメもあります。
9回開かれたと思われる小委員会では、第8回において、集団的自衛権行使を前提にした日米安保条約の具体的な改正案を検討しています。
これによると、太平洋地域においていずれかの国が攻撃されれば、日米双方は互いに共同防衛を行う(5条)、5条の適用地域は、
いずれかの国の本国領域、太平洋地域の諸島、同地域内の軍隊などを含むとされています(第6条)。
すなわち、日米安保条約をNATO同盟と同じ攻守同盟にするというものです。
それに伴い、自衛隊法第76条の防衛出動規定の後に、第76条の2として、集団自衛出動ができる具体的な改正案を検討しています。
第9回目には、集団的自衛権行使を規定する安全保障基本法案、個別的自衛権行使が前提である武力攻撃事態法とは別に、
集団自衛事態法案を具体的に検討しています。これらの検討の成果は、次回に述べる予定の国家安全保障基本法案(概要)に取り込まれています。
5 日米防衛政策見直し協議、
米軍再編見直し協議と集団的自衛権
いわゆる米軍再編協議と言われている日米防衛政策見直し協議は、わが国の防衛政策を大きく変質させました。
日米同盟はグローバルな軍事同盟となり、日米の軍事一体化が、政府の防衛政策レベルから部隊レベルに至るまで強化されることが合意されたのです。
その結果、強化された日米同盟では、日本政府の役割や任務を遂行する上で、集団的自衛権行使は当然の前提となったのです。
2005年10月29日2+2共同発表文書 「日米同盟:未来のための変革と再編」 では、周辺事態への対応として、
「日本は、日本の有事法制に基づく支援を含め、米軍の活動に対して、事態の進展に応じて切れ目のない支援を提供するために適切な措置をとる。」
ことを合意しました。
これは何を意味しているでしょうか。それまでの日本の周辺事態に対する米軍支援には 「切れ目」 があったというのです。
周辺事態法では、非戦闘地域での後方支援活動しかできません。戦闘に巻き込まれそうになれば、自衛隊は米軍支援活動を中止し、
場合によっては撤退することもあるのです。米軍にとっては、一番必要なときに自衛隊は頼りにならないということです。
これが 「切れ目」 の意味と思われます。では、周辺事態法ではなぜこのような米軍支援しかできないのでしょうか。
周辺事態で想定されている武力紛争は、朝鮮半島での米韓連合軍と北朝鮮との戦闘、台湾海峡を巡る中台武力紛争へ、
米国が台湾関係法を発動して台湾を支援するため軍事介入し、米中の武力紛争になる事態です。
この周辺事態において、自衛隊が米軍の後方支援をする際、米軍の軍事行動と一体化するような活動を行えば、集団的自衛権の行使となります。
周辺事態法はあくまでも個別的自衛権行使の軍事法制ですから、米軍の軍事行動と一体化するような支援は憲法上できません。
それでこのような法制となったのです。言い換えれば、「切れ目」 とは、個別的自衛権行使と集団的自衛権行使の間の越えがたい壁であったのです。
これをなくそうという合意をしたのが、この共同発表文書であったのです。
民主党政権となってから取り組まれた、米軍再編見直し協議は、更に一層集団的自衛権行為へと踏み込みました。
詳しくは2012年6月1日にこのコーナーにアップした 「米軍再編計画見直しと憲法9条」 をお読み下さい。
6 第三次アーミテージレポートと集団的自衛権行使
2012年8月16日米国のシンクタンク 「戦略国際問題研究所」 は、「日米同盟」 というレポートを発表しました。
リチャード・アーミテージとジョセフ・ナイの共同執筆です。今年11月の大統領選挙で決まる次期米国の政権に対する対日政策の提言であると同時に、
日本政府に対する重要な勧告を含み、日本のこれからの政治過程に影響力を行使しようとしています。
これまで、2000年10月、2007年2月に同趣旨の報告書が発表されていますので、今回のものを第三次アーミテージレポートと略称しています。
この報告書は、極めて率直に集団的自衛権行使を日本政府に勧告しています。集団的自衛権行使の禁止は、日米同盟の障害物となっているとし、
日本政府に対する勧告として、「(日本は)地域紛争で米国と共に行う防衛について、自らの責任範囲を拡大すべきである。
両同盟国は、日本の領域をはるかに越えて、より強固で、共有する相互運用性のある ISR(情報、監視、偵察活動)の能力と作戦を求められている。
平時、緊張段階、危機、戦時といった安全保障上の各段階を通じて、米軍と自衛隊の全面的な協力を認めることは、日本の責任ある権限の一部である。」
と述べて、集団的自衛権行使に踏み切れと、日本政府にボールを投げているのです。では、どの地域を想定しているのでしょうか。
報告書を読めば、南シナ海、東シナ海、西太平洋であることが分かります。
集団的自衛権を行使しようとすれば、専守防衛政策は放棄せざるを得ません。この点も報告書は明確に述べています。
専守防衛のことを比喩的に、自衛隊は盾で米軍が槍という任務分担と説明することがあります。報告書はこのことを次のように述べています。
「かつて言いつのっていた剣と盾の比喩(専守防衛政策のこと 井上注)は、現在の安全保障上の動きを、過度に単純化しすぎており、
国の防衛のためにより攻撃的責任が求められているという事実を曲解している。」
つまり、もはや専守防衛政策は捨て去りなさいと言うのです。
このレポートを読めば、米軍再編見直しで合意された2012年4月27日2+2共同発表文と、5月1日日米共同声明の意味が明確になります。
民主党も自民党も、投げられたボールを投げ変えそうとしている点では、変わりありません。
次回では、自民党が提案している国家安全保障基本法案(概要)について、もう少し詳しく説明したいと思っています。
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