2008.6.16

【マスメディアをどう読むか】

関東学院大学教授・日本ジャーナリスト会議
 丸山 重威
目次 連載に当たって

◎国会質問の意味するもの─「偏向番組」とは何か
2008年5月、マスメディア概観(3)

  5月20日の参院総務委員会で自民党の磯崎陽輔議員は、5月11日に放送されたNHKスペシャル 「セーフティネット・クライシス 日本の社会保障が危ない」 について、 NHKの福地会長らに質問した。「特定の番組について質問することは避けるべきだ」 と言いつつ、番組をヤリ玉に挙げ、スタッフについてまで言及したもので、 かなり 「異例」 な質問だった。   もちろん本人は 「圧力を加える意図などない」 というだろうが、現場で仕事をした経験を持つ立場から言えば、こんな質問について気にしなかったら、むしろおかしい。 もしかしたら、こういうのを 「圧力」 というのではないか? 最も恐れなければならないのは、職場の 「萎縮」。 そんなことがないように、NHK首脳部や、労組の毅然たる姿勢を改めて願うばかりだ。

  ▼「社会保障が危ない」は偏向番組なのか
  磯崎議員は、「昨年12月20日に、ワーキングプアの放送の政治的公平性について、質問した。しかし、改善されていない。 今度はよりセンセーショナルだ」 と前置きして、@ 健康保険証がなく手当を受けられなかった人について、医療費が支払えないため亡くなったというが、 なぜ滞納が起きたのか放送されていない。死亡との因果関係について検証がなく、いい加減だ A 民医連の病院を2つも冒頭に取り上げており、 深い関係があると地元ではいわれている病院だ。特定の政党と関係が深い病院だとすれば、政治的公平の観点から問題がある  B スタッフにその方面に詳しい人がいて、番組に影響を与えているのではないか、調査すべきだ−と、NHKの福地会長、今井副会長らに質問した。

  礒崎議員は 「保険証がなくなり、手当を受けられなかった人については、市町村には保険料の減免制度もあれば、生活保護の医療扶助もある。 日本の制度は 『国民皆保険』 であり、医療を受けられないことは絶対ないように配慮されている。保険証の取り上げと死亡の因果関係を検証したのか。 2年間に475人が死亡した、と放送し、『ほとんどが10割負担を恐れて、病院にかからなかったものと見られる』 などと、 『ほとんど何とかかんとかみられる』 という言い方で解説し、きわめていい加減だ」 と述べた。
  問題はその先だ。

  磯崎氏は、番組が堺市の耳原総合病院と倉敷の水島協同病院を取り上げていることを問題にし、2つの病院は民医連に加盟している病院で、 「地元では日本共産党と関係が深いとされている」 と発言、民医連を攻撃し、「そういう病院であることを知っていたか」 と日向英実専務理事に迫った。 専務は 「私自身は知らなかった。ただ、多くの病院があり取材に協力を得られるところから選んでいる」 と答えた。
  磯崎議員はさらに、NHKスペシャルのスタッフの中に、「そうした方面の情報に詳しい人」 がいるのではないか、と述べ、 「放送の政治的公平性に影響を与えているという疑念を抱く」 と述べ、「NHK内部の調査をしてみる必要がある」 と主張した。
  今井義典副会長は、「この番組が政治的に公平性に欠けているとはいえない」 と答弁したが、ここでもう一度考えてみなければいけないのは、 一般メディアがこうした攻撃を恐れて 「自己規制」 をしてしまいがちなことについてだ。

  ▼取材先の選別、スタッフへの攻撃
  つまり、この追求の仕方は、取材先を活動の中身や、そこでの実態で判断するのではなく、「ある特定の政党と関係があるかどうか」 で選別せよ、 といっているもので、要するに 「アカ攻撃」 だ。
  しかし、こうしたことへの反応は、いまもメディアの内部に残っているものではないか。「そうか、あの病院も民医連か…。どこか違うところないかなあ…」 と、 レッテル張りを警戒して必要な取材先まで変えてしまうこともあるかもしれない。その 「危うさ」 を見事に衝いて、そうした風潮に乗った卑劣な質問だと言っていい。

  そしてもっとひどいのは、「その方面に詳しいスタッフが居るのではないか。居て悪いとは言わない。しかしその影響が強くあるというのだったら問題だ」 という言い方だ。 「その方面に詳しいスタッフ」 というのは何を意味しているのだろうか。
  言葉通りに受け取れば、こうした社会問題に詳しいスタッフが居ることこそ、NHKが誇るべき事柄であり、そうした人が、積極的に主導権を取って、 いい報道をしていくことこそ、「皆さまのNHK」 にふさわしい。
  民医連の病院が、共産党と深い関係があるかどうか、私は知らない。共産党の党員だったり支持者だったりするスタッフが多いかもしれないとは思うが、 恐らくそれも決めつけだろう。しかも、この番組は、病院の医療方針やその在り方を紹介した番組ではなく、 たまたま患者対応の実態について取材に協力してもらったにすぎないのだ。

  最初の部分の質問についても、この番組を聞き直した人によると、 番組は 「無保険だったから死亡した」 と言ってはおらず、 「無保険の状態で死亡した人が475人いた」 と、客観的事実を紹介していた、という。 磯崎質問のことで言えば、その人たちには、「なぜ市町村の救済措置や、生活保護を受けなかったのか。 それをしないで保険証が取り上げられても仕方がない、そういう人がまじっていないか。 とすればそれはその人の責任だ」 と言っているように聞こえる。「それを調べたのか」 というNHKへの追求は、どこかおかしいのではないだろうか。

  気になることを付け加えておこう。福地茂雄会長は、磯崎議員への答弁で、「私は現場主義だ。だから、Nスペやいろんな番組の企画をしているところ、 編集をしているところに突然行ってみた。20数人のスタッフが議論しながら実に熱心に問題を議論していた。編集のところもそうだった」 と答弁した。
  かつて、共同通信にも 「偏向攻撃」 の流れの中で、福島慎太郎氏が社長に乗り込んできた。 現場はピリピリしたが、労組の団結と職場の積極的な動きに、現実にはほとんど何もできなかった。「報道の自由」 とはそういうものである。

  ▼「議会質問の限界」の常識
  もともと、磯崎議員自身が言っているとおり、メディアの個々の番組について、直接自身のことに言及されて、間違いがあったとか、 被害を受けたとか言うのならともかく、国会の委員会というような場で追求し、意図や手法、出演者や内容までをチェックしていこうというのは、明らかに適当ではない。
  まして政権政党の議員が政治的な力をバックに、干渉的な発言をすることなど許されていいはずはない。
  自民党は2001年4月、「テレビ報道番組の一部は公平、公正さを欠いている」 と、所属国会議員や顧問弁護団による 「報道番組検証委員会」 を設置し、 全国2000人のテレビ番組モニター制度を導入、定期的に報道内容をチェックしている、といわれている。
  言論には言論で、が原則であり、こうした問題を、国会や議会に持ち出すことこそ 「政治的」 であり、問題だ。

  NHKは安倍首相が古森重隆氏を経営委員長に任命して以来、「国益を考えた放送を」 との発言が飛び出したり、強引な外部からの会長任命があったり、 政府・権力からの露骨な締め付けが始まっている。
  放送法に言うように、「表現の自由」 を確保し、「健全な民主主義の発達」 に資するために、 NHKが、「あまねく日本全国」 で 「豊かで、かつ、良い放送番組による国内放送」 が提供するためには、こんなおかしな干渉ははねのけていかなければならない。
(了)


  *なお、この問題については、参議院のホームページから、磯崎議員の質問の全文を視聴できるようになっている。 (下記アドレス) なお、同じ委員会で共産党の山下芳生議員がこの質問に対して 「反論」 している。
   ※ 磯崎議員の質問

  また、 「放送を語る会」 は、この問題について、磯崎議員に抗議文を出している。

2008.6.16