2010.10.26

高田健の憲法問題国会ウォッチング


70年代以来の安保・防衛政策大転換の企て
    〜「新安保防衛懇報告」 から
「防衛大綱」 策定の動きにみる重大な危険性

【武器輸出3原則の緩和へと舵を切った菅内閣】
  菅直人政権のもとで、従来、事実上の 「国是」 とされてきた 「武器輸出3原則」 の見直し=緩和の動きが、政府閣僚の相次ぐ発言や、 与党民主党の 「外交・安保調査会」 の議論などのなかで、相次いでいる。 これは年末に予定されている、国の安保防衛政策全般に関わる基本方針=「防衛計画の大綱」 の改定をにらんで、それを先取りし、既成事実化する動きだ。

  この間、私たちが再三にわたって指摘してきたように、新 「防衛計画大綱」 策定のためのたたき台として、 8月に菅首相に提出された 「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」 (座長・佐藤茂雄京阪電鉄代表取締役CEO)による報告集= 「新たな時代における日本の安全保障と防衛力の将来構想−『平和創造国家』 を目指して」 は、 70年代に三木武夫元首相らによって固められた国の安保・防衛政策の根本的な転換をめざすものであり、極めて危険な内容を持っている。

  その諸問題のひとつが 「武器輸出3原則」 の緩和だ。武器輸出3原則は、その後、米国などを例外とする措置が講じられたとはいえ、 憲法第9条を持つ国として、諸外国への武器輸出や武器技術供与を禁じてきたものだ。 これは従来から軍需産業を抱える財界や、永田町の防衛族議員、防衛官僚などが執拗に要求してきた問題だ。 とりわけ、防衛産業は外国との技術交流なしには最新技術開発から後れを取るとか、自衛隊のみを対象にした生産では防衛産業がなりたたないなどを理由に、 3原則の緩和を求めてきた。また防衛省はミサイル開発や次期戦闘機FXの導入などをめぐって、国際共同開発を要求してきた。

  あれこれの議論がかまびすしい中で、菅内閣は10月22日、「3原則を取り巻く状況の変化を考慮しつつ、その扱いについて議論する」 という答弁書を閣議決定した。日本が米ロ中などと同様に、世界的な武器輸出国 「死の商人」 になる道へ一歩踏み出すための議論を開始するというのである。 従来、自民党政権ですら躊躇してきたこの問題の 「突破」 が菅内閣のもとで進められようとしていることは極めて危険な動きだ。

【新安保懇報告書の危険性】
  それだけではない。このところ、安保防衛問題をめぐる防衛省などの動きには極めて危険なものがある。
  全体として 「新安保防衛懇報告」 の認識は、世界的な範囲での米国の相対的地位の低下と、東アジアにおいて中国が台頭し、 日本を取りまく国際情勢が大きく変化しているという 「中国脅威論」 を土台にして展開されている。

  この考え方にそって、防衛省は来年1月に行われる日米共同方面隊指揮所演習(ヤマサクラ)に南西諸島防衛を初めて盛り込むことを決めた。 これはまさに安保防衛懇報告書が主張していることそのものだ。演習では中国海軍を東シナ海に封じ込める 「南西の壁」 概念を打ち出し、 陸自などを南西諸島に機動展開する訓練を行う。対応して防衛省は76年以来初めて陸自の定員の大幅増を構想し、 現在の15万5千から16万6千人体制とし、沖縄では現在2千人の陸自を20年には2万人規模に増員しようとしている。 また海上自衛隊保有の潜水艦も76年以来初めて、現在の16隻体制から22隻体制へと増強する構想が浮上した。

  自公政権に代わった民主党政権下で、このような大幅な軍備増強が企てられている。
  新安保懇報告書はこのほか、「PKO5原則」 の見直しと「自衛隊海外派兵恒久法」 の検討、「集団的自衛権行使」 の憲法解釈の見直し、 「非核3原則」 の将来的な見直し(当初の原案ではこの見直しに取り組むとしていたが、世論の反発を考慮し、先延ばしした)等を提起し、 76年以来、日本の防衛政策の基調となってきた 「基盤的防衛力構想」 の全面的否定を主張している。 「基盤的防衛力構想」 が憲法9条の下で妥当か否かはさておき、 これが日本の軍事力の際限のない拡大の動きに対して一定の歯止めとしての役割を果たしてきたことは否めないだろう。

  そして、報告書にはわざわざ 「(北朝鮮などの)弾道ミサイルおよび巡航ミサイルに対しては、防御に加えて、 打撃力による抑止を担保しておくことが重要である」 などと指摘することで、 ブッシュ米国前大統領の 「先制攻撃論」 にも通じる 「敵基地攻撃論」 を示唆までしている箇所すらある。

  報告書はこれを 「受動的な平和国家から能動的な 『平和創造国家』」 への転換だと主張し、憲法9条のしばりを振り払う方向を、 「政権交代」 を 「絶好の機会」 として実現しようとしている。 このままでは、この 「報告書」 の考え方が、年末に策定される 「防衛大綱」 に盛り込まれる可能性が濃厚だ。

  このような動きとあわせて、参議院で 「憲法審査会規程」 を策定する方向で自民党と民主党の参議院執行部が合意したことは、 容認できない。先の参院選で過半数を失った与党が、自民党の要求に屈した形だが、憲法にかかわる重大問題を党利党略で取り扱うことは言語道断だ。

【軍事同盟による抑止ではなく、
     真の 「東アジア共同体」 実現への道を】

  鳩山首相は今年3月に朝鮮半島沖で発生した韓国の哨戒艦 「天安号」 の沈没事件を奇貨として、 北東アジアの軍事的緊張に対応する在沖縄米軍の 「抑止力」 の重要性を語り、普天間基地の 「県内移設」 の 「日米合意」 を作った。 沖縄県民が県民世論あげて反対する辺野古 「移設」 の日米合意を無批判に継承する菅内閣は、11月の沖縄県知事選挙を前にして、 今回発生した 「尖閣列島」 における中国漁船の領海侵犯事件とその拿捕をめぐる日中間の紛争を絶好の機会として、利用した。 この方向を積極的にすすめているのが民主党内の仙谷官房長官や前原誠司外相などの 「凌雲会」 グループに代表される右派潮流だ。

  これを契機に中国でも偏狭なナショナリズムによるデモなどが勃発し、日本でも一部メディアに呼応して、 田母神俊雄元航空幕僚長らの右翼が組織したデモが行われて、偏狭なナショナリズムを煽っている。 一部からは尖閣問題で、「一戦交えても領土を守れ」 などというトンデモの議論まで起きている。

  憲法第9条を持つ日本がすすめることのできる道は、こうした緊張と対立を煽る道ではない。多くの東アジアの諸国と民衆もそうした 「解決」 を望んでいない。 朝鮮半島の非核化を目指す 「6カ国協議」 の再開など、軍事力によらない東アジアの平和が追求されなくてはならない。 先の政権交代によって、民主党がまがりなりにも掲げた 「東アジア共同体」 はいまこそ真剣に追求されなくてはならない。 日本の憲法9条はこうした動きの中でこそ、その真価を発揮するに違いない。

  「新安保防衛懇報告書」 とそれによるさまざまな動きはこの道への逆流だ。
  いま、この動きとの闘いが緊急の課題になっている。
  私たちは当面する沖縄県知事選挙での勝利に全力をあげ、日米政府に普天間基地の辺野古移設を断念させ、その即時撤去を実現しなくてはならない。 中国や北朝鮮敵視など、東アジアの緊張を激化させるさまざまな動きに反対し、平和と友好、共生のアジアを目指す世論を強めなくてはならない。 そして、新防衛大綱策定の作業の監視と、そのなかで企てられている憲法9条をないがしろにする動き、武器輸出3原則の緩和など、 軍事力と日米軍事同盟の強化の動きに反対しなくてはならない。 参議院憲法審査会規程の制定など、憲法改悪のための憲法審査会始動の動きに反対しなくてはならない。
(高田 健 「私と憲法・114号」 10月25日発行所収)