2011.9.25

高田健の憲法問題国会ウォッチング


野田新政権との対決〜その性格と政策について


1.危険な保守右派路線を歩み出した野田新内閣
  菅直人首相が辞職し、2009年の政権交代以来、民主党政権で3代目、野田佳彦政権が誕生した。
  13日からは臨時国会が開かれ、両院で首相の所信表明演説が行われた。私たちは 「5・3憲法集会実行委員会」 の各団体と共に、 この日、「憲法審査会を始動させるな、憲法を震災復興に生かせ! 9・13緊急院内集会」 を開催し、 「○全ての原発からの撤退を! 全ての大震災被災者の救援を! ○普天間基地即時撤去! 辺野古新基地建設反対! 南西諸島への自衛隊基地建設反対! ○国会議員の比例区定数削減反対! 増税反対!」 のスローガンを掲げて、 野田新政権に対決する立場を明らかにした。

  この日の院内集会をまえに、臨時国会初日の 「院の構成」 の協議にむけて、自民、 公明の要求に応えて民主党からも憲法審査会の委員名簿を提出するという動きがあった。 結局、参院民主党が委員名簿の提出が間に合わないということで、今国会では見送りになった。 しかし、民主党新執行部は9月5日の時点で、衆院憲法審査会長に大畠章宏前国土交通相を内定していた。 このことは、野田政権のもとでの憲法審査会の始動が、今後、予断を許さない情勢になったことを意味している。

  2009年の総選挙で、積年の自公政権による悪政を批判し、「国民の生活が第一」 というマニフェストを掲げて政権交代を実現した民主党は、 民主・社民・国民新の3党合意政策を掲げて出発したが、とりわけ 「県外移設」 を約束した普天間基地撤去の問題で、 米国・財界・官僚などの圧力によって、まもなく鳩山首相が腰砕けとなり、「普天間の名護移設の日米合意」 を結んだことで社民党の政権離脱をまねき、 連立政権が崩壊した。鳩山辞任のあとをついだ菅内閣は外交、内政の両面で自公政権時代への逆走を露わにした。 「3・11」 を経て、東日本大震災と原発震災への対応の不手際から退陣に追い込まれた菅首相に野田佳彦が取って代わった。 野田新首相は、最初の所信表明演説や、雑誌への論文などで、安保・原発・増税など重要政策でいっそうの右派シフトが目立つ政治姿勢を露わにしている。

  政調会長という民主党新執行部でのキーマンの位置に就いた前原誠司は就任後、ただちに訪米して、日米同盟深化、普天間の辺野古移設の推進、 武器輸出3原則の緩和、PKO5原則の緩和などを米国に約束して見せた。 また、前原民主党憲法調査会会長の意を呈して、前述のように民主党は憲法審査会の始動への動きも始めた。

2.野田新政権の政治路線
  政治家・野田佳彦の政治思想を見る上で、材料とすべき文書は4つある。この臨時国会冒頭における 「所信表明演説」、 2009年に新潮新書から出した著作 「民主の敵〜政権交代に大義あり」、雑誌 『文藝春秋』 9月号の論文 「わが政権構想」、 同じく雑誌 『Voice』 10月号の論文 「わが政治哲学」 だ。 「所信表明演説」 や 「Voice」 論文は首相就任後の発言でもあり、政治的配慮から、多少、他の文書から見れば主張があいまいになっているきらいがあるが、 これら4つの文書を中心に分析しておきたい。

  【歴史認識】 まだ菅内閣の財務大臣だったころの8月15日、 野田佳彦はかつて野党時代に提出した首相の靖国参拝に関する質問主意書で 「戦犯の名誉は回復されており、 『A級戦犯』 と呼ばれた人たちは戦争犯罪人ではない」 として、参拝は問題ないとしていた認識について 「基本的に考えは変わらない」 と述べ、 その立場を再確認した。この野田財務相の極めて反動的な 「歴史認識」 は中国や韓国など、東アジアの国々から厳しい批判をあびた。 その後、首相に就任するや 「私は政府の立場なので(政府の)答弁書を踏まえて対応したい」 (8月30日)、 「これまでの内閣の路線を継承して、首相、閣僚は公式参拝はしないようにしていきたい」 (9月2日)と軌道修正したが、 この靖国参拝に関する発言に、野田という保守タカ派的政治家の本質が現れていると見るべきだ。

  【大連立志向・民自公協調路線】 野田は 『文春』 9月号論文のなかで 「与野党の連立政権か閣外協力か、協力の形はともかく」 「国全体の統治機能の再構築」 の 「最大の課題は与野党の協力です」 とのべ、「特に自民党、公明党との合意、協力なしに、法案を成立させ、 政策を実行する野は非常に困難です」 と主張している。そして彼は首相になるや旧政権の 「民自公3党合意」 の尊重をくりかえし確認した。 この点は著書 「民主の敵」 で非自民の保守の立場を強調しながらも 「大連立」 を拒否しているのとは大きく異なっている。 しかし、民主党新執行部は自公両党との協議を優先し、その密室協議によって重要課題の全てをきめ、 国会での審議を軽視するという反民主主義的姿勢を露わにしている。

  【大増税】 野田は 『文春』 論文で、「最大の危機は財政」 と言い、「税制抜本改革」 を主張し、持論である消費税増税などを正当化している。 「Voice」 の論文でも増税による財政再建が急務であることを強調している。 臨時国会でも早速 「復興増税」 に着手し、将来の財政再建を名目にした消費税増税に道を開いた。

  【原発維持・再稼働】 「文春」 論文では 「電力を安定的に供給する体制をつくる責任」 から 「安全性を徹底的に検証した原発」 の再稼働と、 原発の輸出の継続を主張、「原発の依存度を減らす方向を目指しながらも、少なくとも2030年までは、一定割合は既存の発電所を活用する、 原子力技術を蓄積する」 ことを訴えている。「所信表明演説」 では原発災害への具体的な救済施策には触れないままで、 2012年夏に新しいエネルギー戦略と計画の策定を主張、「『脱原発』 と 『推進』 という2項対立」 でなく、 「中長期的には、原発への依存度を可能な限り引き下げていく」 などと言い、「安全性が検証・確認された原発」 の再稼働推進を主張した。 9月20日、野田は米紙ウォールストリートジャーナルのインタビューで 「来年夏に向けて、できるものは再稼働しなければ、 電力不足になった場合には日本経済の足を引っ張る。きちんとやらなければならない」 などと語った。
  また菅内閣の外相としてベトナムなどへの原発輸出を推進した前原・民主党政調会長は21日、 記者会見で 「日本の原発の安全性に対する信頼は揺らいでいない。輸出はしっかりやるべきだ」 と語った。
  さらに、自民党の石破茂政調会長は雑誌 「SAPIO」 10月5日号で、あからさまに 「私は核兵器を持つべきだとは思っていませんが、 原発を維持するということは、核兵器を作ろうと思えば一定期間のうちに作れるという 『核の潜在的抑止力』 になっていると思っています。 逆に言えば、原発をなくすということはその潜在的抑止力をも放棄することになる、という点を問いたい」 と発言した。
  この人びとは本当に懲りない人びとだ。「さようなら原発 1000万人アクション」 など、脱原発・持続可能で平和な社会をめざす運動の強化が求められている。

  【「日米同盟」】 「日米同盟」 は、「(日本のみならず)アジア太平洋地域、更には世界の安定と平和のための 『国際公共財』」 だとして、 今後とも 「日米同盟を深める」 と強調しているのは文春論文も所信表明演説も同じだが、 特に文春論文は、大震災で 「米軍と自衛隊の共同オペレーションが成功した」 ことを 「大きな成果」 とまで踏み込んで評価した。 今回の米軍の 「トモダチ作戦」 が日米軍事共同作戦という側面を持っていた事への積極的評価だ。 特に文春論文では、中国を 「地域における最大の懸念材料」、北朝鮮を 「北東アジアにおけるもっとも深刻な不安定要因の一つ」 と規定し、 昨年末の 「防衛大綱」 の 「動的防衛力構想」 を積極的に評価した。また所信表明演説では 「普天間移設の日米合意継承」 を強調した。 「Voice」 論文では 「東アジア共同体などといった大ビジョンを打ち出す必要はない」 とのべて、米国に配慮して、 鳩山元首相が打ち出した同構想を棚上げした。
  沖縄の普天間基地撤去、辺野古・高江での新基地建設反対などの課題や、南西諸島での自衛隊配備強化、 基地建設に反対する課題はとりわけ重要になっている。

  【憲法改悪】 憲法に関しては他の論文では直接の言及はないが、「民主の敵」 で集団的自衛権を認める時期だ、派兵恒久法を作るべきだ、 9条と自衛隊の関係などをあげ、「解釈で問題をしのぐやり方は危ない」 「護憲か改憲かという紋切り型の議論ではダメ」 でそれゆえ 「私は新憲法制定論者だ」 などと言っている。 野田首相は9月15日の参院本会議で、憲法改正について自民党の中曽根参院議員会長に 「新憲法制定論者」 と自称していたことをただされると、 「政治家個人としての持論はあるが、首相の立場として憲法を順守し、現行憲法下で最善を尽くす」 「震災復興など喫緊の課題が山積し、 憲法改正が優先課題とは考えていない」 と答えた。
  野田は2002年の衆院選の際の野田氏の公約では 「一切の侵略戦争を放棄した上で、自衛隊の存在を憲法に明確に位置づけ、 有事への対応やシビリアンコントロールに万全を期す」 と述べ、第9条に自衛隊を明記する明文改憲を主張した。 また2009年衆院選の際の 「毎日新聞」 による 「候補者アンケート」 では 「9条改憲に賛成」 「集団的自衛権の行使に関する政府の憲法解釈」 の見直しなどを主張しており、北朝鮮に対しては 「圧力をかける」 を選択している。
  緊急の課題になりつつある憲法審査会の始動を許さない運動の強化に加えて、 野田首相が国連総会への出席に際して表明した 「自衛隊の南スーダンへの派兵」 の動きは見逃すことはできない。

  【国会議員の定数削減】 野田は 「民主の敵」 では 「(民主党では比例代表を80人削減しようというコンセンサスがあるが)私個人としては、 小選挙区300人だけでいいと思っています」 といっている。 この臨時国会では首相は 「議員の歳費やボーナスだけでなく、定数削減という大きな問題もあるので、与野党協議で具体的に詰めるため、 協議のテーブルにつくことを強く期待している」 と定数削減への意欲を示した。 民主党の藤井税調会長は 「国会議員の定数削減は増税と同じ次元で考えないといけない」 と主張している。 野田は 「定数削減とコストカットはイコールではない」 (民主の敵)などと言っているが、実際には一部メディアなどの論調に乗じて、 増税と歳出削減の議論と抱き合わせで、議員定数削減を論じている。

3.被災者支援、脱原発をはじめとする大衆運動の強化を
  これらをみても明らかなように、野田新政権の政治路線は菅前内閣にもまして、 従米路線と財界癒着の新自由主義路線に逆走する危険な内閣であることはあきらかだ。 今後、私たちは野田内閣が進める政治路線を注視し、その危険性に警鐘をならし、 東日本大震災と原発震災の被災者の復興・復旧の努力への全力をあげた支援と脱原発社会の実現をめざすたたかい最優先しながら、 合わせて憲法改悪に反対する運動、自衛隊の海外派兵に反対する運動など、さまざまな分野での政治的・大衆的な運動を強めなくてはならない。
  大江健三郎、鎌田慧氏ら著名な知識人9人の呼びかけによる 「9・19さようなら原発大集会」 の6万人を結集した大集会の成功と、 これにつづく 「1000万人アクション」 の署名運動は、従来の運動の幅を超えた新たな広範な共同の可能性への端緒を生み出した。 この集会が9氏の呼びかけに始まって、いわゆる 「原水禁」 系の人びとによって準備され、広範な市民団体が実行委員会に結集する過程で、 いわゆる 「共産党系」 と呼ばれる全労連や民医連などが参加して、幅広く取り組まれたことは、画期的なことだ。
  こうした共同行動をさらに大きく発展させ、逆流と闘いながら前進しよう。