高田健の憲法問題国会ウォッチング
改憲論議を急ぐ憲法審査会に異議あり
昨年10月、両院で始動した憲法審査会の議論が、あまりにも改憲に前のめりで先を急いでいる感がある。
すでに衆院憲法審査会では憲法全文の各条章討議が毎週開催の頻度で進められつつある。
また参院憲法審査会では 「議論の加速化、深化」 のために 「3つの小委員会」 を設ける方向で民主・自民両党が合意したが、
少数会派の発言を奪うものとの抗議で撤回した。
参院審査会の小坂憲次会長は 「自民党などがまとめた憲法改正草案などを衆参両院で審査したい」 と主張、民主党などに提案している。
「決められる政治」 なる奇妙なフレーズが流行する中で、消費増税や原発再稼働がすすめられ、
総選挙後には 「大連立」 政権の実現すら正当化されつつある今日、憲法審査会が改憲の布石を打っていくことはきわめて危険である。
【憲法審査会の今日に至る経過】
2007年5月、明文改憲を急ぐ安部内閣のもとで 「改憲手続き法」が成立し、
2009年6月には麻生内閣の下で衆議院憲法審査会 「規程」 制定が自公両党で強行された。
しかし、歴代の自公政権への批判が2009年9月の政権交代を生み出し、明文改憲の風向きは大きく変化し、低調になったが、
わずか1年後の2010年7月、参院選で民主党が敗北し、衆参ねじれ国会が再現すると、憲法を巡る永田町の空気が変わった。
自民党は参院での第1党の立場を利用し、沙汰止みになっていた参院憲法審査会規程の制定を議会運営交渉の場で民主党に強く働きかけた。
これに屈して、参院民主党は2011年2月、参院憲法審査会規程の制定について、自民党との協議を始めることになった。
この経過から、3月11日に勃発した東日本大震災のわずか2ヶ月後には、参議院で憲法審査会 「規程」 が民主、自民、
公明などの賛成によって強行制定された。同年の5月の憲法記念日には 「読売」 や 「産経」 などのメディアが東日本大震災の惨事に便乗して、
「緊急事態条項改憲」 主張した。8月には中山太郎・元憲法調査会会長が 「緊急事態に関する憲法改正試案」 発表し、全国会議員などに働きかけを強めた。
こうしたなかで、10月、改憲手続き法制定以来、事実上、凍結状態にあった両院憲法審査会の委員が社民・共産などの反対を押し切って選出され、
翌月11月から憲法審査会の審議が始まった。
この6月はじめまでに衆議院11回、参議院10回(実質審議は9回と8回)の憲法審査会が開かれた。
審議の内容は、衆議院が @ 「憲法調査会以来の経過の参考人質疑」、A 改憲手続き法が残した 「3つの宿題」 についての関係省庁からの聴取、
B 日本国憲法の各条章についての審査であり、参議院は @ 「憲法調査会以来の経過の参考人質疑」、A 「改憲手続き法が残した宿題」 について、
B 「東日本大震災と憲法」 についての参考人質疑であった。
今後の運営については、いまのところ、衆議院は 「改憲を前提としない」 で憲法の条章討議を続ける、とし、「3つの宿題」 の解決については、
幹事懇談会で並行して協議する、としている。
参院は冒頭に指摘したように、小委員会形式で民・自が合意し、「国家緊急権」 「人権保障」 「統治機構」 の3小委員会を設けるとしているが、
審査会を構成する各政党の合意に至っていない。小坂参院審査会会長(自民)は 「各党の改憲案を両院で審査したい。
衆院の大畠会長や各党の審査会幹事との懇談会を開き、協議したい。会期にとらわれず審査を続行したい」 などと主張している。
【この間の憲法審査会の審議で浮かんできた問題点】
@ 改憲手続き法によって、憲法審査会始動の前提となっていた 「3つの宿題(投票年齢、公務員の政治的活動の制限、
一般的国民投票)」 は全く解決されていない。投票年齢の問題をどうするかについては、総務省と法務省など、
政府部内に置いても理解と判断の相違が生じており、解決は容易ではない。
また、投票年齢問題の法的解決なしに憲法審査会を始動させたことについては、
当時の立法提案者の船田元・参考人が 「3年間の凍結期間と18歳投票権をめぐって改憲手続き法が想定していなかった事態が生じている」 と発言したように、
同法の運営上の問題も存在することが明らかになった。
A それだけではない。改憲手続き法の 「附則」 と、参議院での同法採択に際しての 「18項目の付帯決議」 が課した 「宿題」 は 「3つ」 だけではない。
最低投票率、有料広告、国民投票運動における罰則、などなど、いくつもの重要問題が未解決であり、このままでは 「国民投票」 などの実施は不可能である。
「3つの宿題」 について両院の審査会では、ひととおり、現状が報告されたが、具体的解決のめどは全く立っていない。
上記のように、審査会の議論と 「並行して協議する」 としか言われていない。
B 憲法調査会以来の経過の参考人質疑の中で、参考人の中山太郎氏をはじめ、
自民党の委員などから 「惨事便乗改憲論」 ともいうべき 「緊急事態条項」 改憲論が相次ぎ、その後、
参議院の 「東日本大震災と憲法」 の審議の中でも繰り返された。あわせて一部マスメディアなどが呼応して唱え、
改憲の空気の醸成を謀ったのは見逃せない。
C 両院での憲法審査会の議論の開始に呼応して、自民党など改憲派各党が特に今年の4月28日(サンフランシスコ講和条約発効60周年)を期して、
一斉にそれぞれの改憲草案や改憲要綱を発表し、改憲の空気の盛り上げを謀ったことは重大である。
衆議院憲法審査会の憲法の各条章討議では 「改憲を前提としない」 (公明)という申し合わせで各条章の検討がはじまったが、
審議の中で自民党などは申し合わせを破って自党の改憲案の説明を繰り返している。
D 審議の中身とは別に、審査会の運営の問題もある。5月31日は衆議院憲法審査会で、憲法の各条章ごとの検討の2回目、第2章(9条)についてだった。
衆議院の審査会はこのところ毎週木曜の午前に開催している。委員は50人、うち自民党は13人で構成されている。
自民党席には開会時は半数ぐらいいたが、1時間も過ぎると3〜4人になってしまった。
この日の議題での 「9条」 の改正をあれほど叫んできた自民党の委員の出席率がなぜこうもおそまつなのか。
実は審査会の出席委員全体の数も、終了近くには半数ギリギリの26人だった。
おそらく委員は他の国会の委員会と重なるなど、様々なやむをえない政務があって退席したり、欠席するのだろう。
それならなぜ毎週開催などと強行日程を決めるのか。こんな出席率のもと、憲法審査会の審議を急いでどうするのか。
くわえて言えば、これは少数会派から抗議を受けて撤回されたが、参議院で提案された 「3つの小委員会方式」 は、これだと大勢委員がいる党派は別として、
委員を1人ずつしか出せない護憲派の社民党、共産党にはきわめて不利なものだった。
E 憲法審査会の議論は改憲派が圧倒的多数を占める委員会や幹事会で、前のめりに改憲論議が繰り返されているが、
一方、民主党内はばらばらで必ずしも改憲積極論者が大勢を占めているのではなく、リベラル、「護憲派」 の存在もあきらかになった。
この問題は、東日本大震災が緊急に要求する憲法問題はなにかの議論や、憲法にどう向き合うかの議論での立憲主義の認識などを巡って明らかになった。
【9条の旗を高く掲げて】
憲法審査会で改憲派が前のめりで改憲論を展開する背景には、
東アジアの緊張と米国オバマ政権による世界戦略の転換とそのもとでの対日要求に対応して、集団的自衛権を行使できる日本、日米同盟の強化、
一昨年の防衛大綱と先の野田・オバマ会談での 「未来に向けた共通のビジョン」 などが打ち出した路線への対応を保障しようとするねらいがある。
このなかで石原都知事による 「尖閣諸島の購入」 や北朝鮮のロケット打ち上げへの対抗キャンペーンなど、
中国や北朝鮮をターゲットにしたナショナリズムが鼓吹され、日米韓豪などの軍事的連携の強化と集団的自衛権の行使の既成事実化などが企てられている。
憲法第9条をはじめとする平和憲法が掲げる理想を擁護し、こうした東アジアの軍事的緊張を増大させる改憲論を打ち破る課題は、
目下、きわめて重要な政治的課題である。
(高田 健 「私と憲法」 134号6月25日号所収)