2012.8.27

高田健の憲法問題国会ウォッチング


「日米同盟」 強化の流れの下で
再起動した改憲と対決する運動の構築を

  【集団的自衛権行使への解釈・明文両面からの改憲策動】
  「敗戦記念日」 の8月15日、アーミテージ元米国務副長官やナイ国防次官補ら、 米国の超党派の外交・安保専門家グループによる対日戦略報告書 「日米同盟〜アジア安定の支え」(第3次アーミテージレポート)が発表された。 このレポートは2000年と2007年の 「報告書」 につづくもので、日米共に迫る 「政権交代」 期において、同盟関係の政策の一貫性の確立をめざす目的がある。 この報告書では、日米両国は中国の台頭と核武装した北朝鮮の脅威に直面しており、特に日本はこの地域で2流国家に没落する危機にあること、 これに対して、集団的自衛権の行使を念頭に、米軍の 「統合エアシーバトル(統合空海戦闘)」 と自衛隊の 「動的防衛力」 構想の連携で、 米軍と自衛隊の相互運用能力を高めるべきだとした。
  このグループは第1次報告書以来、日本に対して一貫して 「集団的自衛権の行使」 を要求してきた。 今回の報告書では 「東日本大震災後の “トモダチ作戦” では共同作戦が奏功したが、日本は依然として有事に集団的自衛権を行使できず、 共同対処の大きな障害となっている」 と指摘し、現状に不満を表明した。 あわせて、日米韓の連携の強化、原発再稼働、普天間基地移設の早期打開などが強調されている。

  冷戦終焉後の改憲論の特徴はそれが明文改憲論であるか、解釈改憲論であるかを問わず、 ターゲットがアーミテージレポートに代表されるように米国の強い要求である日本の 「集団的自衛権の行使」 に向けられていることだ。 9条改憲論もこれとの関連で展開されてきた。90年代からの9条明文改憲運動の台頭は、 1981年の鈴木善幸内閣によって 「憲法第9条の下では集団的自衛権は権利としては有していても、行使することはできない」 という政府解釈の定式化が行われたことによる。 この政府解釈の下では9条の改憲なくして、米国が要求する集団的自衛権を行使することは出来ないことになるからだ。

  この9条改憲の野望は2000年代の安倍晋三内閣を頂点として強まったが、 教育基本法の改悪や9条改憲の動きに危機感を強くした全国の市民運動の高揚が世論の変化を作り出し、そのなかで安倍内閣の自壊を招き、 明文改憲は頓挫した。しかし、9条改憲の困難さから、明文改憲を目指した安倍内閣の時代においても、 並行して集団的自衛権に関する政府解釈の変更の模索が強まっていたことは見逃すことができない。

  今日、民主党野田内閣の下ですすんでいるのは、米国の要求に応えて、政府解釈の変更による集団的自衛権の行使に道を開く動きだ。 野田佳彦自身が従来からの 「集団的自衛権の行使合憲論」(著書 「民主の敵」)者であるばかりか、 野田首相は同様の見解を持つ森本敏を防衛相に任命し、 また野田内閣の国家戦略フロンティア分科会(平和のフロンティア分科会)報告書が同様の報告をだすと、それを積極的に評価した。 呼応するかのように自民党も作成したばかりの 「国家安全基本法案」 で集団的自衛権の行使をうたい、これと改憲を次期衆院選の公約とすると発表した。 これは与党・民主党が提起する消費税増税を、野党第1党の自民党が後押しした構図と同様、事実上の大連立政権による合意形成の様相だ。

  それだけではない。野田政権の下で、自民党政権すら突破困難であったような、 原子力規制委員会設置法の修正が与野党合意であっという間に 「わが国の安全保障に資する」 という条文を挿入して成立したり、 従来、「宇宙開発は平和目的に限る」 としてきた宇宙航空研究開発機構の設置法の規定を削除し、 軍事利用を可能とするよう改正したりするという荒技もやってのけた。 武器輸出3原則は緩和され、今回は時間切れで見送りになったとはいえPKO5原則の緩和(駆けつけ警護の合憲解釈化)などを画策し、 イランをめぐる緊張の激化にともない米国主導の合同軍事訓練に際してホルムズ海峡への自衛艦派遣も実施された。 沖縄が一丸となって反対しているオスプレイの導入も、東アジア情勢の緊張対処を口実にして強行されつつある。大飯原発の再稼働も強行された。

  【第3次アーミテージレポートと日米安保ガイドラインの再々改定】
  8月15日の第3次アーミテージレポートはこれらの野田政権の動きを、米国の世界戦略の高みからながめ、督励している図だ。 アーミテージや米国にとって、総選挙後に成立するのが民主党中心の政権か、自民中心の政権か、はたまた維新新党第3極の台頭による連立かは別として、 肝心なことは日本の国内政局が多少揺れ動こうとも、事実上の大連立の政治のなかに、これらの 「日米同盟」 路線を貫くことである。

  野田政権とオバマ政権は先の森本防衛相とバネッタ長官による日米防衛首脳会談(8月3日)で合意した、 近いうちの 「日米安保のガイドラインの再々改定」 によってこれを担保しようとしている(ガイドラインは英文では 「War Manual」)。 今年の4月28日はサンフランシスコ講和条約発効60周年(日米安保条約は、この講和条約第6条で義務付けられた)だった。 様々な論者によってしばしば指摘されるように、以降の日本は平和憲法体系と日米安保の法体系の並立と、 安保体系による絶え間ない平和憲法体系の蚕食、それを拒否する民衆の闘いの歴史だった。 日米安保条約は1960年に改定され、さらに1978年 「日米防衛協力の指針(ガイドライン)」 によってその役割が拡大され、 1997年に再改定された 「新ガイドライン」 で60年安保とはかけ離れた 「アジア太平洋安保」 にまで変質したが、 いままたこの第3次アーミテージレポートの方向で 「ガイドラインの再々改定」 がされようとしている。 明らかなことは、この60年にわたって、改憲の要請は 「安保」 による 「平和憲法」 の蚕食として行われてきた。

  今日の改憲動向の特徴は、直ちに実現することが困難な9条明文改憲に依拠せず、憲法解釈で集団的自衛権の行使への道を打開することとあわせて、 それで取り繕うだけでは不十分な集団的自衛権の全面的な行使に向けてひきつづき明文改憲の準備を急ごうとするところにある。 改憲派はこの明文・解釈の両面で憲法への攻撃を強めてきている。

  民主党政権の下で昨年秋、憲法審査会が明文改憲の不可欠の布石として始動したことに加えて、 今年のサンフランシスコ講和条約発効60周年を契機にして自民党、立ち上がれ日本、 みんなの党などの改憲派諸政党が相次いで改憲草案を発表したことは重要だ。 一方、橋下徹大阪市長らの維新新党もその政策要項(維新8策)に9条改憲を掲げ、安倍晋三元首相ら改憲派との連携を強めている。 自民党などの改憲草案は、天皇の元首化や国防軍の設置、改憲発議要件の緩和、 憲法遵守義務の国家から国民への転倒(立憲主義の否定)などにおいて、軸足を大きく右に寄せる点で共通している。 そればかりか、いま民主党が準備している綱領の検討委員会では 「天皇制の下で古今東西の文化を融合・発展させてきたわが国の特性にさらに磨きをかける」 ことなどが確認されている。 これが石原慎太郎都知事らの挑発に応じた尖閣諸島国有化、 あるいは竹島や北方領土問題などの動きにみられるような偏狭なナショナリズムの扇動とあわせて行われている。 まさに好戦的で、復古主義的ナショナリズムを鼓吹する方向での大連立状況が与野党の中で形成されつつある。

  【脱原発と憲法改悪反対運動の結合】
  一方、3・11東日本大震災とそれにともなう東電福島第一原発の未曾有の爆発事故を経て、原発震災に対する危機感のもとで、 ことしの7・16代々木公園の17万人集会や、800万に到達しようとしている 「さようなら原発」 署名運動、 首都圏反原連の呼びかける官邸前金曜日抗議行動の高揚など、全国各地で脱原発の運動がかつてない規模で盛り上がっている。 多くの市民が全国各地の街頭で民主主義の行動を展開し始めている。新しく台頭してきた脱原発社会の実現をめざす、 ポスト 「3.11」 を自任する広範な若者やお母さんたち、中高年世代の運動は民主主義の具現化だ。この市民運動の高揚は、 閉塞と混迷の政治のもとでの力強い希望の光となっている。この動きが憲法改悪反対・反安保・反戦平和の運動と合流できるかどうかが大きな課題だ。

  確認すべきことは原発問題と憲法問題は不可分の課題だということだ。
  それは今日の改憲論が、第1に、東日本大震災に便乗して 「緊急事態条項導入論」 を振りかざしていることだ。 改憲派は憲法審査会での議論や、あらたな改憲草案の作成に於いて、一部マスメディアをも利用して、平和憲法と相容れない国家緊急権規定を、 震災に便乗して憲法に導入することを主張している。

  第2に、政財界の原発再稼働論、原発保持論のなかに根強く存在する原発の 「潜在的核抑止」 効果論だ。 まさにこの点で、原発と戦争が結びつけられている。 たとえば読売新聞の2011年9月7日の社説は 「日本は原子力の平和利用を通じて核拡散防止条約(NPT)体制の強化に努め、 核兵器の材料になり得るプルトニウムの利用が認められている。 こうした現状が、外交的には、潜在的な核抑止力として機能していることも事実だ」 と語っている。 また石破茂・自民党政調会長は雑誌 『SAPIO』 2011年10月5日号で 「核の潜在的抑止力を維持するために、原発をやめるべきとは思いません」 「核の基礎研究から始めれば、実際に核を持つまで5年や10年かかる。 しかし、原発の技術があることで、数か月から1年といった比較的短期間で核を持ちうる。加えて我が国は世界有数のロケット技術を持っている。 この2つを組み合わせれば、かなり短い期間で効果的な核保有を現実化できる」 と危険な核抑止論を展開している。

  これらの点から見ても第9条と脱原発は不可分の課題だ。 そして主権在民と、平和的生存権や基本的人権を生かし実現する改憲反対の運動は脱原発の運動の政治的思想的背骨となって、 その発展を保障するものにほかならない。再起動した改憲に対抗するあらたな憲法運動の可能性が広がっている。
(「私と憲法」 8月25日号所収)