2013.1.4

高田健の憲法問題国会ウォッチング


2013年、新年は反改憲、脱原発、ここからが正念場だ
総選挙と東京都知事選挙を終えて


  総選挙の結果、3年4ヶ月前に下野した自民党と公明党が政権に復帰した。 有権者はマニフェスト破り、約束破りの悪政に終始した民主党政権を拒否し、惨敗に追い込んだ。
  改憲と究極の解釈改憲である集団的自衛権の行使を主張した自民党と日本維新の会は348議席を確保し、 憲法第96条が規定する改憲発議要件の3分の2以上を衆議院で確保した。 また原発の持続・延命の立場をとった自民党は単独で294議席と、過半数を大きく超えた。

  今後、自民党はまず第96条の改憲発議要件を3分の2から過半数への緩和すること主張しながら、13年夏の参院選で改憲派(自民党、日本維新の会、 みんなの党が96条改憲を主張)の議席数、3分の2議席の確保を実現しようとしている。 あわせて現行第9条のもとでも日本を 「戦争をする国」 にする集団的自衛権の行使を立法によって合憲とするための 「国家安全保障基本法」 の制定に着手しようとしている。改憲派のねらう本丸の 「国防軍」 の創設など第9条の改定はこれに続いて想定されている。

  今回の選挙で明らかになったことは、第一に、有権者の投票動向の基準が憲法や原発など各党の政策の選択であるより、 民主党政権の裏切りへの懲罰と生活の不安が優先したしたことであり、 第二に小選挙区制という悪法による得票率と獲得議席数の大きな差が如実に表れたことだ。

  今日なお脱原発の世論は圧倒的多数であり、おおかたの世論調査でも9条改憲反対の声はほぼ半数を超えている。 ここには民意と選挙結果との重大な乖離がある。予想される安倍政権の悪政への私たちの反撃の手がかりはここにある。
  2月16日、17日、大阪で開催される第16回許すな!憲法改悪・市民運動全国交流集会、 および全国各地で開かれる2013年5・3憲法集会などのもつ意義は従来にもまして重大になった。

@ 民主党の裏切りにより、真の争点が後景に下げられてしまった
  自民党が議席数で大勝した総選挙の結果を、自民党の安倍晋三総裁は 「自民党に信任が戻ったのではなく、 民主党政治の混乱に終止符を打つべきだという国民の判断だった」 と言わざるを得なかった。 ここに今回の総選挙の結果の重大な特徴がある。 有権者が自民党を積極的に支持したのではなく、民主党への怒り、いわば “敵失” が消去法で自民党に有利に働いたにすぎない。

  今回の総選挙の投票率は小選挙区で戦後最低だった1996年の59.65%よりも低率の59.32%で、前回の69.28%を大きく下回りった。 比例代表は59.31%(前回69.27%)だった。
  投票者数でも前回より1000万人もの人々が棄権した。小選挙区で、白票や候補者以外の名前が書かれた 「無効票」 は約204万票もあった。 これらの人びとにとって積極的に支持する政党がなかったのである。

  今回の総選挙で争点として闘われるべき重要課題はいくつもあったが、それは必ずしも有権者にとっての重要な選択肢にはならなかった。 自民党があいまいな主張でごまかした脱原発、オスプレイをはじめとする米軍基地問題、TPP、領土問題の解決などなどに加え、 自民党が積極的に掲げた集団的自衛権問題と改憲なども論戦の現場ではほとんど主張されなかった。 消費税の増税は与野党3党の合意で行われたことにより、争点化されなかった。 これらはいずれも重要な問題であった。つまり選挙戦の過程でこれらの政策が激しく争われ、有権者の審判が下されたという状況ではなく、 後景に引き下げられた感がある。折からの生活不安のなかで、まさに安倍総裁自身がいうように、民主党政治の継続か、 否かに有権者の関心が絞られた結果である。

A 小選挙区制がもたらした最悪の結果としての自民党の勝利
  自民党は下野を余儀なくされた2009年の総選挙に比べても、比例区で219万票減の1662万票、小選挙区で166万票減の2564万票だった。 しかし獲得議席は、比例区57(前回 55)、小選挙区237(前回 119)、合計で294議席になった。 小選挙区では自民党は43%の得票で79%の議席を獲得した。まさに小選挙区制がもたらした民意のゆがみの結果である。

  一方、民主党は比例区30、小選挙区27で、計57議席(公示前230。得票は09年に比べて、比例区で2021万票減の963万票、 小選挙区で1987万票減の1359万票だった。民主党は得票率は小選挙区で22.8%だったが、獲得議席は9%にすぎなかった。

  日本維新の会は、比例区40、小選挙区14で、54議席。得票数は比例区で1226万票だった。

  公明党は議席数が比例区で22(前回21)、小選挙区で9(前回0)、得票数は比例区711万票(前回805万票)で94万票を減らした。

  みんなの党は比例 14、小選挙区4で、計18議席。得票数は524万票(前回300万票)で、224万票を増やした。

  日本未来の党は比例7、小選挙区2で計9議席。得票数は342万票。

  共産党は比例区8、小選挙区0。共産党は小選挙区で得票率が7.9%あったが獲得議席はゼロだった。 比例区の得票数は369万票(前回494万票)で125万票を減らした。

  社民党は比例1、小選挙区1で計2議席。比例区の得票数は142万票(前回301万票)で、159万票減らした。

B 安倍自民党による96条改憲の企て
  自民党の安倍総裁は選挙後の17日の記者会見で、「(前回)私が首相になって国民投票法(改憲手続き法)を作った。 憲法を変えるための橋を架けたので、いよいよ国民みんなで橋を渡り、最初に行うことは改正要件を定めた96条の改正だ。 憲法改正は逐条的にしかできないからだ。3分の1をちょっと超える国会議員が反対すれば、 国民が指一本触れることができないというのはあまりにもハードルが高すぎる。 変えるべきだ。今の段階では(憲法改正の発議には)3分の2は必要だ。参院では(現有議席は)程遠い。 次の参院選で果たして(3分の2の議席確保を)達成できるかどうかわからないが、努力を進めていく。 日本維新の会やみんなの党も基本的には96条(改正)については一致できるのではないか」 と述べて、改憲をまず96条から始める考えを明らかにした。
  安倍は総選挙につづいて、次の参議院選挙で96条改憲賛成派議員を3分の2確保し、改憲の発議に向かおうとしている。

  安倍が変えようとしている憲法第96条1項は以下の通りである。
  第96条 この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。 この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

  これに対して、自民党の 「憲法改正草案」 ではこうなっている。
  この憲法の改正は、衆議院又は参議院の議員の発議に基づき、各議院の総議員の過半数の賛成で国会が議決し、 国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票において、その過半数の賛成を必要とする。

  改憲派にとっての本丸の第9条改憲に着手する前に、まず第96条を変えようという企ては以前からあった。 96条の改憲も両院の総議員の3分の2の賛成による発議と、国民投票による過半数の支持という過程が必要なのであるが、 改憲派はまず一般的に抵抗感が少なく、支持が多く集められそうな96条から着手することにより、改憲に馴れさせようという狙いがある。

  2011年6月7日、民主党、自民党などの超党派の国会議員が 「憲法96条改正を目指す議員連盟」(96条改憲議連)の設立総会を開いた。 結成総会には民主、自民のほか、みんなの党、たちあがれ日本、国民新党の各党から約100人が出席し、西岡武夫参院議長や安倍晋三元首相も出席した。 役員として、顧問には森 喜朗、麻生太郎、安倍らの元首相が就任、各党のよびかけ人代表には民主党の小澤鋭仁前環境相、自民党の古屋圭司、 みんなの党の水野賢一、たちあがれ日本の中山恭子、国民新党の森田 高、などがそれぞれ就任、 幹事長に民主党の長島昭久、自民党の下村博文らが就任した。 総会で民主党の小澤前環境相は 「憲法の個別の話に入るまえに、96条を見直し、憲法改正に向かいやすい環境をつくった方がいい」 とあいさつ。 自民党の古屋圭司衆院議員は 「多くの人が日本政界の枠組みがこのままで良いのか疑問を持っている。 憲法が政界再編の大義、契機になる」 などと主張した。安倍晋三は 「いよいよ厚い壁に穴があく」 と高揚して述べた。 総選挙を前後して政党の構成が再編されたが、議連参加者から見て、自民、維新の会、みんなの党に加えて、 民主党内にも96条改憲に賛成する議員が少なからず存在すると見られる。

  この96条改憲の危険な狙いについて、2012年11月2日に東京・日比谷で開かれた 「秋の憲法集会」 で憲法研究者の山内敏弘さんは以下のように指摘した。

  従来日本国憲法96条による改正のハードルは非常に厳しいと言われてきました。厳しいことは確かにそうです。 しかしそのくらい厳しくしなかったならば、自民党政権の下で日本国憲法はとっくの昔に改悪されていたかも知れないということを考えると、 この厳しさがあってよかったと思います。また日本国憲法が諸外国の憲法に比して飛びぬけて、格段に厳しいというわけではありません。 アメリカの憲法は、連邦議会上下両院の3分の2の多数で改正案が可決された上で、 アメリカは連邦制をとっていることに基くわけですが全州の4分の3の賛成がなければ憲法改正はできません。 アメリカの憲法改正手続きは日本国憲法よりはるかに厳しいものです。
  日本国憲法の改正手続き規定の厳しさは、公権力の担い手がややもすればくるくると憲法を変えて、 明治憲法への回帰的な改憲を提案するということを考えれば、このくらいの厳しさがあって当然だろうと思います。 しかもこれは憲法の大本である人権を確保していく上で、人権は侵害してはならないという考え方からすれば、このくらいの厳しさは当然です。 (以上 「私と憲法」 139号より)

  安倍晋三は政権への復帰でいよいよチャンスが到来したと勇んでいるに違いない。 一方、議連には加入していない公明党の山口那津男代表は12月8日の記者会見で、「自民党はまず憲法96条を変えようとしているようだが、 これが憲法9条の改正に直接つながるのなら応じることはできない」 と述べた。 しかし、自民、公明両党の連立政権樹立に向けた政策合意文書案では、 憲法 「改正」 についての踏み込んだ表現を求めた自民党の意向を反映し 「憲法審査会の審議を促進し、改憲に向けた国民の議論を深める」 と明記されており、 公明党の姿勢は定まっていない。8日の山口発言での 「これが憲法9条の改正に直接つながるのなら応じることはできない」 と述べているところは 「直接つながらなければよい」 とも読めるので危惧されるところである。

  96条改憲は9条改憲への一里塚である。私たちは次期参院選にいたる過程で安倍ら改憲派の狙いを広範に暴露して、必ずこれを阻止しなくてはならない。

C 国家安全基本法による集団的自衛権が行使できる日本へ
  こうして改憲派の安倍首相のもとでも、9条改憲への道のりは容易ではないことが明らかである。 しかし、「集団的自衛権行使」 についての米国からの要求は厳しい。
  たとえば2012年8月15日に発表された 「アーミテージレポート3」 はこう述べている。

  「日米両国は中国の台頭と核武装した北朝鮮の脅威に直面しており、特に日本はこの地域で2流国家に没落する危機にあること、 これに対して、集団的自衛権の行使を念頭に、米軍の 『統合エアシーバトル(統合空海戦闘)』 と自衛隊の 『動的防衛力』 構想の連携で、 米軍と自衛隊の相互運用能力を高めるべきだ」 「東日本大震災後の “トモダチ作戦” では共同作戦が奏功したが、 日本は依然として有事に集団的自衛権を行使できず、共同対処の大きな障害となっている」 と。

  安倍自民党の認識では、尖閣諸島問題などわが国の安保・防衛上の危機が迫っているのに、 3年4ヶ月の民主党政権によって日米関係はギクシャクしている。 これを正常化するための特効薬は米国の要求する集団的自衛権の行使を実現する以外にない、と考えられている。 1月下旬に予定されている安倍晋三の訪米にさいしても、日米ガイドラインの再々見直しへの合意がされるに違いないし、 その際に米国は強く要求してくるに違いない。

  自民党はこれを国家安全保障基本法を成立させることで解決しようとしている。この基本法は1981年の鈴木善幸内閣以来、 歴代政府が確認してきた集団的自衛権についての政府見解を変え、9条の下でもそれが行使できるとするものだ。 総選挙の政策で、集団的自衛権の行使について、公約の原案では 「一部を行使可能にする」 とあったが、のちに 「行使を可能」 とするとされ、 「必要最小限度の自衛権の行使」 という言葉は付けたものの安倍前内閣当時の4類型(一部行使)に限定していた議論の枠を外したことも重大である。

  第一次安倍内閣が2007年5月に発足させた 「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」 (座長・柳井俊二駐米大使)が合憲との答申を出した集団的自衛権行使の4類型とは、@ 公海上の米艦防護、A 米国向けの可能性のあるミサイルの迎撃、 B PKOなどで他国軍が攻撃されたときの駆け付け警護、C 海外での後方支援活動の拡大、の4類型に該当する場合となっていた。

  もしも集団的自衛権の行使が9条の下でも許されるとの憲法解釈を行うなら、 まがりなりにも専守防衛の立場をとってきた自衛隊法など従来の日本政府の基本的立場の変更であり、 海外で行われる米国の戦争への積極的参戦が合憲解釈されることであり、憲法第9条の精神の究極の解釈改憲であり、破壊である。 私たちは過去に 「有事法制」 に反対する運動で、それは 「戦争のできる国」 への変質だと指摘してきたが、 集団的自衛権の行使はまさに 「戦争をする国」、自衛隊が海外で人殺しの戦争を行い、あるいは戦死する国への変質である。

  もし、この国家安全保障基本法を成立させるなら、東アジアの緊張は格段に高まり、平和への収拾がつかなくなるおそれがある。 国内ではこれにともない、社会の軍事化が進み、徴用制(飯島滋明氏)など戦争遂行体制が推進され、 社会の広範な分野で人びとの基本的人権が抑圧されざるをえない。

  そして、このあと、安倍晋三が企てているのが 「国防軍」 の創設など第9条の改悪である。
  私たちはアジアの人びとと連携しながら、 国内の大多数の民衆運動の共通課題としての集団的自衛権の行使=戦争をする国への変質に反対する運動を展開しなくてはならない。

D 東京都知事選について
  総選挙とあわせて、私たちが取り組んできた東京都知事選挙についても付記しておきたい。
  私たちは石原慎太郎前知事が突然投げ出した都政の転換をめざして、宇都宮けんじさん(前日本弁護士会会長)を擁立して都知事選にのぞんだ。 結果は石原後継候補の猪瀬前副知事が4338936票、宇都宮候補が968960票で、敗北した。

  しかし、この都知事選は重要な特徴があった。各界の40氏による 「人にやさしい都政(のちに東京に改名)をつくる会」 が 「東京を変える4つの柱」 (@ 誰もが人らしく、自分らしく生きられるまち、東京をつくります。A 原発のない社会へ――東京から脱原発を進めます。 B 子どもたちのための教育を再建します。C 憲法のいきる東京をめざします)という政策を掲げ、宇都宮けんじさんを擁立し、各政党、各団体、 都民に支持を求めた。「人に優しい東京をつくる政策集・完成版」 は早稲田大学マニフェスト研究所の高い評価を獲得するなど、 従来行われた地方自治体選挙の政策集の中でもきわめて優れた部類に属するものと評価できる。

  宇都宮候補に対して、政党では 「国民の生活が第一」(のちに 「日本未来の党」)、共産党、社民党、生活者ネット(東京の地域政党)、新社会党、 緑の党が支持を表明し、弁護士グループをはじめ多くの民主団体、労組、市民個人が推薦や支持を表明した。 短期間の内にボランティアの若者たちを中心にした事務局が奮闘し、準備を整えながら、 都内約50の地域や職場・分野などに宇都宮候補を支持する勝手連がつくられた。

  こうした広範で大規模な統一候補の擁立は都知事選においては30年ぶりのことであった。 私たちの選挙は、敗北したものの約100万人の都民の支持を得た。共同して闘って勝ち取ったこの得票の意義は強調されるべきものである。

  敗北の原因は、自民・維新がのびた衆院選と同日選になり、マスメディアの対応など、宇都宮選対は宣伝戦に於いて圧倒的な劣勢におかれたこと、 副知事の知名度に対抗するための新人候補擁立の準備期間が圧倒的に足りなかったこと、総選挙と重なって私たちが掲げた脱原発や反貧困、 憲法などが、必ずしも有権者の選択基準にならなかったことなどがあげられる。

  ともあれ私たちはほとんど徒手空拳で東京都知事選挙という巨大な選挙に果敢に挑戦し、闘った。
  反改憲、脱原発の運動の正念場はこれからだ。
(「私と憲法」 140号所収 高田健)