2012.10.20

アラスカ ベア・ビューイングの旅
クマと人の共生をめざして 1
榛田敦行


干潟で、親子が遊んでいる。けんかではない。
  秋が深まるにつれ、日本各地でクマ出没のニュースが増えている。WWF JAPANによると、今年はクマの出没が多いと予想されている。 事故が少ないように、そして、この機会に私たちがクマとの共存について大いに学び、 クマとヒトが共生できる社会へと変わっていくことを願わずにはいられない。

  クマはこわいだけの生きものか
  私は今から20年ほど前に札幌でくらし、北海道の山登りをはじめた。そのとき、クマという生きものを初めて意識するようになった。 当初、クマはこわいだけの存在だったが、クマに出会わないように学ぶにつれ、クマへの関心が芽生えた。 こわかったはずのクマだが、いつのまにか好きになってしまった。
  クマのことを学んでいてもっとも驚かされたのは、アメリカのアラスカ州にあるマクニール川自然保護区のとりくみだ。 そこでは、人間の行動をきびしく管理することで、クマたちは人間を襲っても食べ物が手に入るなど 「いいこと」 があるなどとはまったく知ることがない。 そのため、人間にたいして無関心であり、至近距離から柵もなしに人がクマを観察することができる。

  はたして、北海道はともかく、日本のように山深いところにも人が住み、クマと鼻をつきあわせて暮らしているような地域で、 アラスカ州のような大自然で得られたクマの知見がそのまま役に立つのかはわからない。 しかし、大自然における 「ありのまま」 のクマの姿を知ることは、日本におけるクマと人との共生のとりくみにも示唆を与えてくれると思う。

  その思いから、マクニール川自然保護区には、いちど行きたいと思ってきた。 しかし、1日に滞在できる人間の数を10人(+キャンセル待ちの数人)と限定しているマクニール川には、世界中からの訪問希望者が殺到している。 毎年春におこなわれる抽選の倍率は20倍をゆうにこえる。 今年の春、またしても落選した私に、アラスカ州で民間企業がおこなっているクマ観察(ベア・ビューイング)キャンプに参加しないか、という声がかかった。 いろいろ調べてみると、マクニール川自然保護区以外でも、アラスカにはベア・ビューイングができるところがあり、人気もあるらしい。 誘いをうけたキャンプに参加することにした。

  「ようこそラスト・フロンティアへ」
  7月中旬。まず、にぎやかなアンカレッジ空港から、飛行機でホーマーという小さな町へ飛ぶ。 アンカレッジ空港の待合室から、飛行機につみこまれていく荷物を見ていると、大きなスーツケースとならんで、大事な釣り竿が入っているのだろう、 細長い筒が何本も並んでいる。乗客を見わたすと裕福そうな高齢者とマッチョなスポーツマンが目立つ。 高齢者は夏を涼しい北の地ですごすのだろうか。空港には 「ようこそラスト・フロンティアへ」 という看板。 多くのアメリカ人にとって、アラスカは入植・建国以来の開拓のロマンをかきたてられる土地であるらしい。

  アラスカのアウトドア・スポーツとしては釣りが有名だ。しかし、ベア・ビューイング(クマの観察)の人気も高まっている。 アラスカの自然や生活を美しい写真で紹介している 「アラスカマガジン」 は、すでに2003年7月号でベア・ビューイング・ブームを特集。 たとえば、ウルヴァリン川というベア・ビューイングのスポットは、アンカレッジからでも飛行機で1時間と近く、近いゆえにツアー料金も安くて人気が出た。 その結果、ウルヴァリン川を訪れる人は3年間で2千人から9千人以上へと激増。 経済効果も相当で、2002年のウルヴァリン川におけるベア・ビューイングは、ガイドとエア・タクシー(訪問に必要な小型飛行機の料金)だけで、 270万ドル(=3億2千万円 ※当時の1ドル=120円の換算)のビジネスを生んだという。 アラスカにおいて、ベア・ビューイングの経済効果は、釣りと比較されるほどに大きくなっている。 実際に、ホーマー空港に降り立つと、観光パンフレットがならべられた棚には、「釣り」 や 「カヌー」 などとならんで、 「ベア・ビューイング」 のコーナーがあった。


ホーマー空港の観光パンフレットの棚には 「Bear Viewing」 のコーナーがある。

  ベア・ビューイングの人気が出るにつれ、新規参入の業者もふえ、最近では、ベア・ビューイングの参加者と、 釣り人やハンターとのトラブルも増えているらしい。また、残念なことに、参加者がクマの良い写真を撮れるようにと、 ツアー業者が餌づけでクマをおびきよせるといった、ひとつ間違うとかなり危険なことも行われているらしい。 しかし、ベア・ビューイングにかかわる規制を強化しようという意見は、まじめなツアー主催者をふくめて、必ずしも共感を得られているようではない。 そのあたりには、良くも悪くも 「自由」 を好むアメリカという国の 「らしさ」 が感じられる。

  今回、私の目的地は、アラスカ南西部にあるカトマイ国立公園だ。 ホーマーの街からキャンプがチャーターした6人乗りの小型飛行機でさらに南西へ1時間。 最初に紹介したマクニール川自然保護区の南側に広がる広大な国立公園である。 有名で人気もあるのは、ブルックス滝でサケをとるクマだ。しかし、私はカトマイ国立公園のなかでも、もっと海岸沿いのキャンプに行くことにした。 そこもまた食べ物が豊富で、クマが集まるポイントのひとつだ。 (つづく)

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(はりたのぶゆき)
  1971年生まれ。 東京都在住。 北海道大学大学院在学中から北海道の山登りをはじめる。 最近は小学生の息子と山登りを楽しみ、今年の夏は大雪山トムラウシ縦走を親子ではたした。 ナキウサギふぁんくらぶ会員。現在開催中のナキウサギ写真展にも出展。