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全権委任状は渡せない

寄稿:飯室勝彦

2014年12月8日

解釈改憲で集団的自衛権の行使容認に踏み切った安倍晋三首相は、関連諸法案を提示しないまま衆議院を解散して総選挙に突入した。法案は来年の通常国会に出すという。

大きな反発が予想される「戦争ができる普通の国」像、そこへの道筋を隠したまま、国民から白紙委任状を得ようとしている。真意を糊塗しようと打ち出した解散の大義は「消費税率再引き上げ延期の是非を問う」だ。

それでも不安だったのだろう、朝日新聞とのインタビューでこんな発言をしている(2014年11月27日付け同紙朝刊)。

「憲法解釈の変更については、それは憲法改正をしなければ、これ以上できないということだろうと思う」

「現時点で、国民の命を守るためにやらなくてはならない解釈変更は、今回の変更で十分だろうと考えている」

この発言には、総選挙で「集団的自衛権の行使容認が国民から信任された」と主張する伏線にしたい思惑がにじみ出ている。改憲への一見柔軟な姿勢は、平和主義を否定する安倍氏の憲法観や政治行動に対する警戒感を和らげるのが狙いだろう。

一方で、自民党は地方再生、女性の活躍など公約を総花的に並べ、安倍政治が目指す軍事国家化というゴールを覆い隠している。「公平・公正」を盾にマスメディアの選挙報道に釘を刺すことも忘れない。

多くのメディアはこの作戦にはまり、隠された、そして最も大事な論点に切り込まず、当たり障りのない報道を続けている。「再引き上げ」、「延期」のどちらに重点を置くかによって有権者の判断が分かれる消費税についても踏み込んだ報道はあまり見られない。

公選法には自由な報道を保障する明文規定があるのに、選挙戦が始まると過度に自粛し、ひるんだ報道で国民の目を曇らせている。ジャーナリズムとして求められる主体性はいずこへ、である。

選挙情勢、世論調査の報道も没主体性の一つだ。今回も各新聞が12月4日に「自民だけ、あるいは自民と公明の与党で300議席を超える勢い」と一斉に報じた。憲法問題を表向きの争点に据えていなかった選挙で「両院の3分の2」という改憲のための基盤が固まりかねないことを示す数字である。

世論調査報道は「その時点における有権者、社会の雰囲気や傾向などを把握し、有権者の判断材料として伝えることに意義がある」とされてきた。その報道の効果については、いわゆる勝ち馬に乗る人が増え報道内容が増幅される“バンドワゴン効果”と、逆方向の動きを生む“アンダードッグ効果”が指摘されるが、いずれが正しいか結論は出ていない。

しかし、小泉郵政選挙と言われた05年選挙、政権交代を実現した09年選挙、自民党が政権を奪還した12年選挙とバンドワゴン効果が続いている。人々が安定を好み、“風”に敏感な大勢順応社会であることの反映だろう。この経験に照らすと、惰性のように世論調査を伝えるのはメディアのあるべき姿勢として再検討の余地があるのではないか。

ジャーナリズムにはもっと重要な使命がある。世論を尊びながらも世論の顔色をうかがうのではなく、主体性を持って課題を設定することである。何をどう考え、どのように対応すべきなのか、自ら追究して選択肢を有権者に提示してこそ存在価値がある。

日本と多くの国の人々に悲劇をもたらした太平洋戦争の開戦日を挟んだ今度の選挙戦で、政権が隠している、真実の、そして最大の争点が軍事化の是非であることは象徴的だ。

ヒトラーのナチスは、革命やクーデターではなく、議会で成立したいわゆる全権委任法により合法的に独裁権を握った。戦争参加を容認する法案を示さず選挙を仕掛けた安倍氏は、ヒトラーにならって事前に全権白紙委任状を入手しようとしているかのようだ。

各紙の世論調査によると30から50%近い人々がまだ態度を決めていない。多くは政権によって血を流すことが期待されている若い世代のようだ。安倍内閣に全権委任状を渡さずにすむかどうか、この人たちの動向が極めて重い意味を持ってくる。

イラク戦争の際、非戦闘地域とされたサマーワの自衛隊駐屯地にはロケット弾が何発も撃ち込まれた。派遣隊員から自殺者が28人も出て、いまも隊員の1割が精神的に不安定だという。戦争は決して他人事ではない。

1931年の満州事変に始まった15年戦争も、当初は一部軍人の暴走で国民には他人事だったが、しだいに国民総ぐるみで巻き込まれていった。戦後最大の危機と言われる現状を我がことととらえないと重大な結果を招きかねない。

日本の歴史を振り返ると「あの時が……」と思い当たる転換点がいくつもある。その場面ではいつもジャーナリズムが機能していなかった。後世の人々がこんどの選挙を振り返ることになるかどうか、ジャーナリズムの存在意義と有権者の見識が問われている。

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