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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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我が国の安全保障防衛政策の根本的転換を求める自民党提言を読む 1

2022年5月17日


1 2022年 4月21日、自民党安全保障調査会の提言案が 自民党政務調査会と安全保障調査会において了承され、 4月27日に岸田総理大臣へ提出されました。

 まず一読して、提言は「 (ロシアによる) ウクライナ侵略」との単語を17箇所も多用して、これを絶好の機会としていることに強い違和感を覚えたのです。

 ロシアによるウクライナ侵略は、現在激しい戦闘が繰り広げられており、その帰趨は見えていません。またこの事態がどのような形で終息するかいまだ予断を許さない状況です。ましてや終息後のロシアを含むヨーロッパの安全保障状況や国際安全保障環境へどのような影響をもたらすのかも予想できる段階ではありません。

 仮にロシアによるウクライナ侵略を我が国の安全保障・防衛戦略へ反映させようとすれば、ロシアによるウクライナ侵略とその影響を客観的に総括し、それが我が国の平和と安全に及ぼす影響を冷静に分析しなければならないはずです。然し今はその段階でもありません。

 もしこのような冷静な総括を抜きにしてわが国の安全保障・防衛戦略の根本にかかわる提言をするなら、この異常な事態に右往左往周章狼狽し、冷静さを欠いた「独りよがり」な安全保障・防衛戦略を定めることになり、取り返しのつかない歴史的失敗をもたらすのではないかと思われます。
 私の目には、この提言は以上の意味で「真面目さ」を欠いた、いわば悪徳商法の一種である「不安商法」まがいの「脅威」の押し売りと同類に写るのです。

 提言は、本年末には閣議決定される新しい国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防衛力整備計画 (以下安全保障関連三文書) に対する自民党の要求を示すものです。これまで自民党は、防衛大綱の改定のたびに同種の提言を行ってきました。

 防衛大綱については、「脅威対抗型の防衛戦略」に焦点を置いた文書にすべきと提案しています。「脅威対抗型の防衛戦略」こそが、この提言のキーワードとしてこの提言全体を貫く考え方であろうと判断しました。この提言では 2頁の 1箇所しか登場していないので、読み落とさないよう注意を要します。
 「脅威対抗型の防衛戦略」という用語はこれまで自民党のこの種提言では一度も登場してこなかった新しい用語です。

 提言は「はじめに」で、「我が国を取り巻く安全保障環境は加速度的に厳しさを増している。」との安全保障環境への認識を示しています。
 このような安全保障環境認識を前提にする限り、「脅威対抗型の防衛戦略」が求める防衛力は、それこそ「加速度的な増大」となるでしょう。提言は 5年間という短期間での防衛予算の倍増 ( GDP 比 2%超) を求めており、それこそ「加速度的な増大」を提言しています。

 「脅威対抗型の防衛戦略」では、防衛力の限界を画するものは憲法上の制約ではなく、相手国の脅威度が物差しになります。この提言は直接憲法改正を求めたり、それを前提にするとは述べていませんが、明らかに憲法 9条の制約を受けない防衛戦略を求めているのです。

 我が国の防衛政策は、51防衛大綱で定式化された基盤的防衛力構想 を長年維持してきました。22防衛大綱において基盤的防衛力構想 ( * 1 ) を名実ともに排斥し、実効的な抑止と対処を求める動的防衛力構想を採用したのです。我が国が直面する脅威に対して実効的な抑止と対処をする防衛力構想は「所要防衛力構想」と称させるものです。しかしこの当時はいまだ敵基地攻撃能力保有論は主張されず、それを事実上否定するような装備の計画はない段階でした。

 ところが提言が求める「脅威対抗型の防衛戦略」は、所要防衛力構想を言い換えただけではなく、より攻撃的で能動的な内容に転換させるものと思われます。
 後で詳しく論じる予定ですが、提言が防衛予算の大幅で急速な増大を求め、敵基地攻撃能力の呼称を変えて攻撃対象を指揮統制機能等まで拡大した「反撃能力」を提案し、憲法 9条が求めているはずの専守防衛についても、規範的な制限を受けない融通無碍な内容としていることは、「脅威対抗型の防衛戦略」を具体化するものなのです。

2 では提言はどのような脅威に対抗しようとしているのでしょうか。「脅威対抗型の防衛戦略」を提案する以上、「対抗」すべき脅威を明らかにする必要があります。

 提言は真っ先に中国を挙げ、「我が国を含む地域と国際社会の安全保障上の重大な脅威」と述べています。30大綱と2021年度防衛白書は、中国を「我が国を含む地域と国際社会の安全保障上の強い懸念」、30大綱策定に対する自民党提言では「安全保障上の懸念」と述べていますので、この提言は中国の脅威度をツーランクアップさせたといえるでしょう。「懸念」を「脅威」に、「強い」を「重大」へと二段階アップしたからです。

 次に来るのが北朝鮮です。提言は「我が国の安全保障との関連で、より重大かつ差し迫った脅威」と述べます。30大綱と2021年度防衛白書は「重大かつ差し迫った脅威」と述べています。30大綱のこの表現は25大綱と変わりません。提言は「より重大かつ差し迫った脅威」と、幾分脅威度をアップさせたといえます。

 次はロシアです。「我が国を含む地域と国際社会にとって安全保障上の現実的な脅威」と述べています。これまでの防衛大綱や防衛白書では、2014年ウクライナ侵略、併合があったにもかかわらず、ロシアを「脅威」と定義したことはありませんでした。平和条約締結と北方領土返還交渉という対ロシア外交の最大の課題があることから、脅威と述べてこなかったのでしょう。ヨーロッパ諸国は冷戦終結後もロシアを脅威として対処してきましたが、極東に位置する我が国ではその必要すらなかったのかもしれません。

 提言が「懸念」でもなく一足飛びに「脅威」としたことは、ロシアの脅威度が一気に高まったとの認識を示しています。ウクライナ侵略を受けて、政府、外務省は北方領土交渉を望めなくなったため、このような脅威認識を述べるに至ったのでしょう。安全保障上の脅威と定義するかしないかの判断は、私にはかなり恣意的なものとの印象を受けるのです。

 提言は、中国、北朝鮮、ロシアの脅威を強調しますが、さらに驚いたことに、これらが同時に現実化する「複合事態」に備えなければならないと述べています ( 1 頁) 。
 およそ軍事戦略では、二正面作戦は避けなければなりません。戦力が分散され、作戦が複雑になり、敗北するリスクが高いからです。ところが提言は、二正面作戦のみならず、三正面作戦にも備えろというのです。軍事戦略としてはあり得ません。ここまで脅威を強調するのは、「反撃能力」、防衛予算GDP 2 %など、我が国を強大な軍事国家にしようとの提言の考え方を反映させたものなのでしょう。

3 提言は、三文書の位置づけと内容につき、米国に倣ったものにすることを求めています。米国にはホワイトハウスが作成する国家安全保障戦略 (NSS) とこれを軍事分野で実行するため国防総省が作成する国家防衛戦略 (NDS 提言は国家軍事戦略と述べるが、用語遣いの誤りであろう) があります。

 2022年 1月 7日の日米安全保障協議委員会 ( 2+ 2 ) 共同発表文において、「日米は、今後作成されるそれぞれの安全保障戦略に関する主要な文書を通じて、同盟としてのビジョンや優先事項の整合性を確保することを決意した。」と合意しています。

 米国は2022年 3月28日に国家防衛戦略を連邦議会へ提出しました。提言は日米の安全保障関連文書の内容だけではなく、それぞれの位置づけや文書の名称まで米国に倣おうとして、防衛大綱を「国家防衛戦略」と、米国のそれと同じ名称に変えることを求めていると思えます。

 もともと我が国では、2015年に安倍政権が国家安全保障戦略を作成するまで、それに類した文書はありませんでした。防衛計画大綱が我が国の安全保障戦略のようなものを兼ねるものになっていたのですが、あくまでも防衛戦略に限定したものでした。

 提言は、防衛大綱の内容を米国に倣って、防衛力の運用に焦点を置いたものにすることを求めています。30大綱でいえば、「Ⅱ我が国を取り巻く安全保障環境」を国家安全保障戦略文書へ移し、「Ⅲ我が国の防衛の基本方針」と「Ⅳ防衛力強化にあたっての優先事項」を「国家防衛戦略」として膨らませるというのでしょうか。

 提言は中期防についても、防衛大綱で述べられる自衛隊の体制と中期防衛力整備計画を一緒にした「防衛力整備計画」を策定するよう求めています。

4 提言は、現代戦闘の新しい様相につき特に詳細に記述しています。その内宇宙分野では、航空自衛隊を航空宇宙自衛隊に名称を変更するよう検討を求めています。名称変更にとどまらず、提言は航空宇宙自衛隊の任務も宇宙状況監視からさらに拡大することを求めています。

 現在自衛隊では、すでに航空自衛隊の中に 1個宇宙作戦隊が設置されていますが、今年度中に 2個目の宇宙作戦隊が組織されて全体を宇宙作戦群とし、司令部組織も作られる予定です。宇宙作戦隊の現在の任務は宇宙状況監視 (SSA) ( *2) です。

 提言は宇宙の戦場化を更に進めることを求めています。具体的には宇宙状況監視だけではなく、衛星コンステレーション等の宇宙システムを利用した警戒監視能力、ターゲッティング能力及び指揮通信能力の強化を求めるものです。

 宇宙空間を利用したこれらの軍事機能は、実は米国が衛星コンステレーションにより計画しているものです。米国宇宙開発庁が衛星コンステレーションについて2019年 7月に公表した「Next-Generation Space Architecture Request for Information」で述べていることの引き写しです。

 米国は陸・空・海兵・沿岸警備の 5軍に第 6番目の軍種としての宇宙軍を組織し、その元で宇宙コマンドを編成しており、航空自衛隊の二佐が連絡員として米宇宙コマンド (カルフォルニア) へ派遣されています。これにより宇宙状況監視情報を日米で共有しながら、日米共同した宇宙作戦をとる仕組みを作りつつあります。提言は現在の宇宙作戦隊の任務と人員・予算・組織を拡大して、米国宇宙軍と共同で宇宙作戦を遂行する航空宇宙自衛隊にすることを提案しているのです。

―――――――――――――――――――――――――――
* 1
基盤的防衛力構想
 わが国に対する軍事的脅威に直接対抗するよりも、自らが力の空白となってわが国周辺地域の不安定要因にならないよう、独立国としての必要最小限度の基盤的な防衛力を保持するもの。我が国最初の防衛計画大綱である51大綱で採用された防衛力構想。

 この考え方は、まず、日本に対する本格的大規模な侵略事態は可能性が低いと想定し、特定の仮想敵の軍事力に対抗する防衛力を保持する所要防衛力構想を排斥し、 (どの国からでもよいが) 小規模限定的武力攻撃という武力攻撃の絶対量を前提にした軍事的対応を想定し、日本の領域に薄い防衛の網をかぶせ、侵略に対する「拒否力」の範囲で防衛力を整備するもの。抑止力論では「拒否的抑止」に分類される。専守防衛と親和性が強い防衛力構想。

 22防衛大綱 (2010年12月閣議決定) は、基盤的防衛力構想を排斥して、これに代えて動的防衛力構想を採用した。

* 2
宇宙状況監視 (Space Situation Awareness SSA)
 宇宙空間の宇宙デブリ (人工衛星の破片など) を監視して、人工衛星への衝突を防ぐもの。すでに先進国は宇宙空間を戦場と位置付けている。宇宙配備の人工衛星は、ミサイルやスマート爆弾の精密誘導に使用する測位衛星、監視・偵察衛星、通信衛星により平時から戦時において、軍の指揮統制の戦闘情報ネットワークを構築している。無人機の遠隔コントロールにも使用される。

 このように宇宙利用は現代戦において不可欠で重要な役割を果たし、その優劣が戦争の帰趨を決するほどである。これらの衛星機能を維持することは、武力紛争において極めて重要であり、衛星機能を破壊する宇宙デブリを監視している。

 それだけではなく、一部の国家は他国の軍事衛星を破壊・機能阻害するキラー衛星を運用したり、地上からミサイルやレーザーにより他国の軍事衛星を破壊・機能阻害する軍事活動を行う。SSAは不審な動きをする他国の衛星を監視する機能もある。宇宙空間の戦争利用の基礎的なデータを収集するものがSSAである。

(つづく)

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