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いまも生きる92年前の“警告”

寄稿:飯室勝彦

2015年1月22日

「防衛大臣っ、中谷元っ、ただいまから飛びます!防衛省自衛隊、頑張ろうっ」――2015年1月11日、防衛大臣の中谷元はこう叫んで高さ11メートルのパラシュート降下訓練塔から飛び降りた。陸上自衛隊唯一のパラシュート部隊である第一空挺団の「降下訓練始め」でのことである。前年末の内閣改造で大臣になった中谷にとってこの日が実質的な「仕事始め」のようなものだった。

防衛大学校を卒業して短期間とはいえ幹部自衛官を務めた中谷には自衛隊はいわば“ホームグラウンド”である。大臣の降下訓練参加という異例の行動は、最高指揮官として部下との一体感、仲間意識を示したかったのだろう。追い風に恵まれている防衛省のトップとしてはしゃいでしまったのかもしれない。

文民の政治家が軍隊を統制する「シビリアンコントロール」の原則に照らすと、防衛大臣は現場とは一定の距離を保ち、自衛隊を冷静に見られる人物でなければならない。職業軍人を目指して人格形成期にそのための教育を受け、一時的にしろ軍人だった人物が、自衛隊の最高の地位に立つことには法的にはともかく違和感がある。

しかし、そんなことは無視して「中谷防衛相」と指名したところに軍事化路線を突き進む第3次安倍内閣の体質が表れている。ほぼ同じ頃、固まった2015年度予算案の大枠にもその体質は明確だ。防衛関係費は3年連続増えて過去最高の4兆9千8百億円。離島奪還作戦を担う部隊を新設し、垂直離着陸機や水陸両用車を装備することになった。

基地負担軽減を願う沖縄県民の声をよそに、米軍の普天間飛行場を名護市辺野古に移して基地を維持する工事費は当初予定に積み増し、逆に沖縄振興費は3千億円も減額した。基地の維持に反対する翁長雄志氏を知事に選んだ県民に対する嫌がらせだ。

 中谷の降下訓練参加、予算案確定から間もなく阪神大震災から20年の節目を迎え、救助、復旧などに貢献した自衛隊の活動が人々の胸によみがえった。2011年に起きた東日本大震災の時の記憶はもっと生々しい。

災害時の活動で自衛隊の存在感は高まり、市民の親近感は格段に増している。かつてのように日陰者扱いされることはない。尖閣諸島をめぐる中国との対立、中国漁船の珊瑚密漁で多くの国民のいらだちが募っていることも、自衛隊にとって追い風だ。中谷は2001年成立の第1次小泉内閣でも史上最年少の防衛庁長官に抜擢されたが、自衛隊を取り巻く環境は大きく変わっている。

そこで思い起こしたいのが、大正から昭和にかけての法学者、末弘厳太郎が1923年の関東大震災の際に発した警告である。法社会学の先駆者でリベラリストの彼は震災の翌月、「震災についての感想」(冨山房百科文庫『嘘の効用・上』所収)を発表して当時の社会的雰囲気に懸念を表明した。

関東大震災では、死者・行方不明者14万3千人、全半壊、焼失家屋72万戸の被害が出たほか悪質なデマが広がり治安が乱れた。政府は戒厳令を敷き、軍を治安回復活動の前面に出して対応した。軍の工兵部隊などは橋や道路、鉄道の復旧活動にも当たった。

末弘は「(短期間での治安回復は)専ら秩序と活力を備えた軍隊警備のお陰」「軍隊はわれわれ市民のためにいろいろのよいことをしてくれた」と軍の活動を高く評価しながらも、市民の反応に疑問を投げかけた。

「多数市民の口から自然と軍隊賛美の声が漏るるに至った」「それはやがてミリタリズム賛美の声とさえも変わってゆきつつある」

 ここで「軍国主義」という言葉を使わなかったのは時代情況から軍や警察に配慮したためと言われる。前後の文脈から「軍事力の過度の強化」「国政における軍人グループの支配力強化」をさしていることがわかる。

末弘は続ける。「世の中には一時の恐怖にからるるのあまり、また軍隊の力によって目の前の不安と不便とを除かれたるを感謝するのあまり、ややともすれば常備軍要否の問題とミリタリズム是非の問題を混同せんとしている」「われわれが今後いかほどの軍力を備うべきかは、四囲の事情に鑑みて充分に考慮されねばならぬ問題である」

  結びはこうである。

「目の当たりの不安と不便とを除かれたることを感謝するのあまり、自失してみだりにミリタリズムを賛美する者あらば、そは最も笑うべき愚挙なりと言わねばならぬ」

彼の不安、懸念が的外れではなかったことはその後の日本の歴史を振り返れば明らかだが、翻っていまの情況はどうか。

防衛関連費は歯止めなく増大し、元自衛隊幹部が国政に進出し、自衛官が制服で総理大臣官邸に堂々と出入りできる雰囲気になっている。防衛省内でいわゆる制服組をコントロールしてきた背広組の影響力が低下している。背景に大震災での自衛隊の活動、中国などとの緊張関係があることは間違いない。

末弘の警告を昔話ではすませられない。92年経ったいまも新鮮である。

 

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