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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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ホタルの宿る森からのメッセージ~アフリカ熱帯林・存亡との戦い
第9回 「ゴリラとの遭遇(その4)~『木星』の旋律は届かず」

2014年6月2日

先住民であるガイドと森を歩いていたときのことである。何かの走る地面に響く足音。のち、ヴァー!2頭のシルバーバックがものすごい勢いで迫ってくる。思わずひるむ。ぼくの足は逃げようとしている。だが、ガイドの彼は強く、ありがたい。「逃げてはいけない!」と繰り返しぼくに言い聞かせながら、ぼくの腕をつかむ。そうだ。逃げたらやられるのだ!

湿地性草原“バイ”でのゴリラの家族;左側にいるのが家族の長シルバーバック;他はそのメスと子供たち © 西原智昭・撮影

湿地性草原“バイ”でのゴリラの家族;左側にいるのが家族の長シルバーバック;他はそのメスと子供たち © 西原智昭・撮影

確かにゴリラを間近に見ると、その顔の大きさに驚く。その上偶然ゴリラと鉢合わせた場合など、近距離で咆哮を受けると腰を抜かしそうになる。それぐらい迫力があるのは確かだ。しかしそこで弱気になって背中を向けて走ったりすると噛みつかれるらしい。そうした過去の話はよく聞く。秘訣は、逃げるな、ということに尽きる。

こんな状況は頻繁にあるわけではないが、そうしたゴリラにいかに近づけるようになるのか?それは試行錯誤の連続であった。

ゴリラは基本的に地上を移動していく。森の中を歩いていればそのゴリラに出会えることはある。平均すれば2日に1回のペースだった。しかし多くの観察は一瞬で、ゴリラはぼくの前から去って行った。ただでさえ森林内は見通しがよくない。しかも原生林で下生えが豊かでないので、ゴリラの通った痕跡も明瞭でない。マウンテンゴリラの生息地のように下生えが多ければ、その草のなぎ倒された方向などからゴリラを追跡することが可能になってくる。しかしンドキのニシローランドゴリラの場合、まれにフンや食痕が点々と落ちていて追跡ができないこともないが、原則的には手がかりが少ないので、一度ゴリラが去ってしまうと直接追跡は容易でなくなる。

別の日、猛然と藪の中へとゴリラを追いかけていく。痕跡が多いとまれにではあるが、追跡も可能になる。次第に激しい藪に覆われてくる。ンドキの藪を構成しているツル性の草本植物“バセレ”(注:現地語名;クズウコン科ハウマニア属)が絡み合っている。

この植物にはトゲがあるのだ。茎に小さいが鋭いトゲがいくつも付いている。うっかり服がひっかかってそのまま前進すると、服が破れることはあるし、皮膚なら必ず擦り傷を負う。しかしゴリラにとってバセレの新芽は大好物。確かにゴリラはそのブッシュの中を進み、トゲなどものともせずスルリと入って行ったようだ。しかしこちらは限界だった。トゲの藪の中を分け入るのは全くにして容易ではない。一度はそのトゲが目に刺さりそうになったことすらある。ゴリラの追跡は一筋縄ではいかなかった。

森の藪の中の草本類“バセレ”の葉と茎;右下方の茎に無数の小さいが鋭いトゲがあるのがわかる © 西原恵美子・撮影

森の藪の中の草本類“バセレ”の葉と茎;右下方の茎に無数の小さいが鋭いトゲがあるのがわかる © 西原恵美子・撮影

その点、森の中に存在する「バイ」と呼ばれる湿地性草原なら見通しはよかった。ゴリラはそこに頻繁に現れるため、よく観察することができたのである。無論われわれは、沼地であるバイの中へ入っていってゴリラを追跡するのは不可能に近い。ゴリラは水草の根などを四足でうまく利用して巧みにバイの中を移動できるが、われわれはそれをまねすることができない。二足歩行のわれわれはただ沼地に沈んでいくだけである。ただ、その後、バイでのゴリラ研究は進んだ。直接追跡はできなくても、観察台から、観察台にいる人間の存在に慣れたバイの中のゴリラをつぶさに観察し、一頭一頭個体識別し、各グループのライフ・ヒストリーを明らかにすることができるようになり、現在に至っている。

人間の存在に慣れてもらう重要な条件は、ゴリラと高頻度に近距離での遭遇が可能になることである。何度でも観察できるように、根気よく続ける。逃げられても痕跡などを頼りに追跡していく。その結果、こちらの存在を受け入れられるようにする。これを、人工的に野生動物にえさを与えて人間の存在を慣れさせる「餌付け」に対して、「人付け」という。「餌付け」はサル研究で従来からの手法であったが、その餌による人工的な影響がサルの行動に見られ、自然界の行動を観察するには「人付け」が必要とされている。そんなときにぼくはモイワという先住民に出会った。

ホッホッホッホッホッホーと聞こえるその声は、モイワによれば、ゴリラのメスのまねだという。見通しの悪い森の中でグループが行動しているとき、うっかりメスがはぐれるときがあるという。そのときこの音声を発するとグループの他の個体が心配してその個体を見に来るらしい。果たしてその通りであった。モイワが藪に身を隠してこの音声をまねると、一頭一頭こちらにやってくる。そして10mくらい先からその声の持ち主を確認しようと首を伸ばす。他のメスだけでない。コドモも、果てはシルバーバックもやってくる。ゴリラもこちらのただならぬ雰囲気に気付いてか、それ以上はこちらに近付いてこない。やがてその声の主が自分らのグループの個体でないことを確認したのだろうか、またやおらその場から去っていった。

この手法を繰り返せば、われわれがゴリラを観察する機会だけでなく、ゴリラとわれわれがお互い認知する回数も増えるのではないか。ぼくはそう思った。森の中での直接観察や痕跡を頼りにした追跡のむずかしさ、そうした状況の中で、バイでの観察と呼び出しによる観察は、ニシローランドゴリラ研究への糸口になるかもしれない、と思わないでいられなかった。

そんなある日、森の中に一人でいたぼくは、5mほどの高さの樹上にいるシルバーバックに出会った。このオスにぼくのことをなんとか覚えてほしかった。樹上からこちらをみているシルバーバックにぼくはハミングをする。ホルスト作曲の『木星』の旋律を口ずさむ。その曲は、ちょうど人間が異星人と初めて出会ったときにコンタクトを試みるような旋律にふさわしいとずっと思っていたからであった。少しでも覚えておいてほしい、という思いを込めて。次に出会ったとき、ぼくがこの旋律をもう一度繰り返し、もし先方がそれを覚えてくれれば、ぼくのことを思い出し、お互いもっと接近できるようになれるかもしれないと祈りつつ…。

木の上のシルバーバック © 西原智昭・撮影

木の上のシルバーバック © 西原智昭・撮影

しかしながら、結局、モイワのゴリラの鳴きまねも、「木星」の旋律も、ゴリラには届かなかった。「人付け」作業には役に立たなかったのである。やはり、地道に森の中を追跡するしかなかったのだ。後年、別の研究者の5年以上に渡る努力の結果、ようやく、ゴリラの一グループが「人付け」され得た。今では、二グループが人付けされ、ゴリラを近距離で観察することが可能になり、その自然状態での日常の生活や行動を知ることができるようになったのである。キーは、先住民による特殊なゴリラの追跡能力であった。それは一体どのようなものなのであろうか?  (続く)

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