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【NPJ通信・連載記事】メディア傍見/前澤 猛

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メディア傍見39 
原発職員は「退避した」のか「逃げた」のか ―続・記事の信頼性を保証する「直接引用」―

2014年6月28日

朝日新聞が5月20日朝刊に掲載した吉田調書(政府事故調査・検証委員会による福島第一原発・吉田昌郎所長の聴取記録)のスクープは、大きな衝撃を内外にもたらした。しかし、反面、その報道が公正で正確だったかどうか、すなわちジャーナリズムの本質について、大きな疑問が投げかけられた。

一面の大半を埋めた記事は「所長命令に違反 原発撤退」「福島第一所員の9割」という大きな見出しをつけ、本記前文で次のように書いていた。

「(吉田調書によると)大震災4日後の11年3月15日朝、第一原発にいた所員の9割に当たる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10㌔南の福島第二原発へ撤退していた」

「東電はこの命令違反による現場離脱を3年以上伏せてきた」

このニュースは、海外のメディアでも大きく取り上げられた。そして「調書」で述べられていた「退避」が、朝日の記事では「撤退」と表現され、さらに海外では「逃げた」と訳された。例えば、ニューヨーク・タイムズ(5月20日、Web版)は「朝日新聞によれば…」として、次のように報じた。

Fukushima Workers Fled Plant After Accident Despite Orders

Tokyo―….Mr. Yoshida told investigators that 650 workers and even midlevel managers fled to another nearby nuclear plant, leaving just him and 68 other employees behind…

…he said, Tepco did not view the fleeing employees as actually having violated an order…

【福島の従業員は命令に反して事故原発から逃げた 「吉田氏は調査員に対して、『中間管理者を含む650人の従業員は、所長と68人の所員を残して隣接する原発に逃げた』と述べた」「東電は、逃げた従業員が、実際には命令に反したとは見ていない、と吉田氏は言った」】

この朝日の報道について、当初、私が投げかけた問題は、海外のメディアの反応と対比して、日本の主要メディアはあまりにも冷淡過ぎないか、という点だった。同日、Facebookに次のメッセージを載せた。

日本では、これだけの重要なニュースなのに、朝日新聞の記事を毎日も読売もNHKも無視(同日夕刊段階)です。日本のメディアには「〇〇新聞の報道によれば…」と、他紙の記事を転載・転電する度量がないのです。政府も早速「機密保護法」を先取りしたように、「(調書は)公開しない」(菅官房長官)と、この情報を秘匿するつもりです。国民(読者)不在のメディアや政府を抱える日本に本当の表現の自由があるのでしょうか。

ところが、この報道は、SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)では大きな反響を起こしていた。中でも、福島の現場を踏んだ二人のジャーナリストが、朝日の報道を「事実の歪曲」と批判して注目された。

布施祐仁氏は、ツイッター(5月20日)で、こう訴えた。

「そこまで危機的な状況ではないと吉田所長は判断し、避難指示を『福島第二』から『すぐに戻れる第一原発構内の線量の低いエリアに退避』に修正したのだろう。しかし、実際には、約650人の所員が免震棟を出て乗り込んだバスは第二原発に向かった」

「なぜ吉田所長の指示の修正がきちんと伝わらなかったのかは不明だが、これをもってあの時、第二原発に避難した人たちが、命令に背いて“逃げた”などと捉えるべきではないと思う」

続いて門田隆将氏が自身のブログ(5月31日)に<お粗末な朝日新聞「吉田調書」のキャンペーン記事>という長文の反論を載せ、次のように「誤報」「捻じ曲げ」と断定した

「私は、吉田氏に直接取材した人間として、さらには100名近い関係者から実名証言を得た人間として、朝日新聞が『所長命令に違反』して9割の人間が「撤退した」と書いているのは『誤報』である、ということを言わせていただきたい」

「肝心の記事を読んでも、所員が『自分の命令に違反』して『撤退した』とは、吉田氏は発言していない。それが『意図的な』『事実の捻じ曲げ』と、私が言う所以だ」

二人の批判は厳しい。日本のメディアは、朝日の報道を黙殺できなくなったはずだ。私は、次のような感想をFacebookに載せた。

日本を代表するメディアと、それを愛好する読者が、以下の願いに耳を傾けてくださることを切望しています。

…(朝日の報道は)国際的に大きな影響を持つ、きわめて微妙な事実を含んでいます。これらが意図的な「誤報」だったとしたら、そしてもしそうであって、それを訂正したり、釈明したりしなかったら、そして批判を無視したら、日本のジャーナリズムの信頼は地に墜ちてしまいます。

 日本に真の「事実に基づく報道の自由」が存在することを証明するためにも、この「事実」に関して、当該メディアと関係者が、「真実が何か」についての資料と見解と、そして相互批判を、十分率直に私たちに伝えて欲しいのです。

それでも、主要メディアは沈黙を守っていたが、「週刊ポスト」(6月20日号。6月9日発売)が、門田氏のこの見解を記事にした。すると、朝日がこれに抗議する次のような記事を載せた(6月10日朝刊)。

朝日新聞社は9日、週刊ポスト(小学館)が6月20日号に掲載したノンフィクション作家門田隆将氏による記事「朝日新聞『吉田調書』スクープは従軍慰安婦虚報と同じだ」について、報道機関としての朝日新聞社の名誉と信用を著しく毀損(きそん)するとして厳重に抗議し、訂正と謝罪の記事の掲載を求める文書を送った。

これに門田氏はブログ(6月10日)で再反論したが、それによると「朝日新聞から私の記事に対して、『当社の名誉と信用を著しく毀損している。法的措置を検討している』との抗議書が来た」という。しかし、朝日の記事は「法的措置」云々には触れていない。

このあと、「FLASH」(6月24日号。6月10日発売)が「朝日新聞一面スクープのウソ」を掲載し、朝日新聞は直ちに出版元の光文社に、小学館と同様の抗議文を送った(同紙6月11日朝刊)。

続いて「サンデー毎日」(6月29日号。同17日発売)が、上記布施氏のレポートによる「朝日新聞『吉田調書』報道 異議あり!」を掲載した。これには抗議したという記事は出ていない。

朝日の「吉田調書」報道にかかわる経過は、以上の通りだが、他の新聞がこのニュースを追わなかった疑問については、春海二郎氏(元在日英国大使館広報、日本記者クラブ勤務)のWebサイト「むささびジャーナル」(294号。 6月1日付)が、元神戸新聞編集長・佐藤公彦氏の次のような見解を紹介している。

佐藤 前澤さんの指摘は今の日本のマスコミの現実だと思う。神戸新聞もその件についてはまったく報道がない。僕が編集局長だとしても同じ結果だと思う。

MJ(「むささびジャーナル」) なぜ報道しないのか?

佐藤  事実の確認が取れないからだ。朝日新聞に取材に行っても何も答えてくれない。「紙面に載ったことがすべてです」これで終わりだったはずだ。政府に取材しても「私どもに聞かれても分かりません。朝日さんに聞いて下さい」で終わり。結局朝日の記事をなぞるだけになる。そんな記事を出稿しても「何も新しい事実がない」「吉田調書の存在の確認も取れないのか」とボツになるだけだ。

MJ  つまり日本人全員が知るべき情報も一社の独占で終わってしまう?

佐藤  日本のマスコミ同士では他紙の報道よりも一歩進むか、それに疑問を挟むか、否定するか、何か異なる視点がなければ「後追い報道」はしない。吉田調書の件もマスコミがよってたかって報道し、政府に全文公表させればよいと思うけれど、そうすると第一報を報じた朝日の際立った手柄になるので抵抗があるのだろう。敵に塩を送るという度量がないということだ。

このあと、朝日報道の真実性の裏付けが問題になった経過を見ると、佐藤氏の見解は実に含蓄と先見の明に富んでいた。しかし、朝日は、「誤報」だとした「週刊ポスト」と門田氏に抗議し、報道は「確かな取材」に基づいていると、次のように明言している。

門田氏は…記事について「『誤報』である、ということを言わせていただきたい」などと批判した。これに対し朝日新聞社は「記事は確かな取材に基づいており、『虚報』『誤報』との指摘は誤っている」と指摘した。(上記9日の記事。光文社への抗議でも「確かな取材に基づいており」と同様の記述)

その後も、ほぼ傍観の姿勢をとっていた新聞、放送のうち、毎日新聞が、やっと6月23日付朝刊の「雑誌批評」で、「何のための批判か」(見出し)として、この論争の功罪を論じた。筆者の山田健太・専修大教授は「結果としてジャーナリズム活動の幅を狭めることにつながりかねず、まさに自分たちの首を絞めることにほかあるまい」と懸念している。確かに、論争にマイナス面があることは否定できない。

しかし、私は、この問題の争点は、ジャーナリズムの初歩的なルール違反の有無にあるのではないかと受け止めている。つまり、少なくとも報道が主張や意見ではなく、「事件」や「資料(記録や発言)」に基づく「客観報道」の場合には、その対象を鵜呑みにするのではなく、補足や裏付けの取材を尽くして、「客観的な事実」に接近しなければならないはずだ。さらに、資料や文言を引用する場合には、できる限り「直接引用」を原則とし、日本語の特性(拙稿「38」参照)として文脈がとらえにくい場合には、正確、公正に文意をとらえるのがジャーナリストとしての基本的な技能や倫理ではないだろうか。少なくとも、文言を、記者の主観や先入観で解釈してはならないだろう。

朝日は取材源を守りつつも、まず「確かな取材」の概要を公表すべきだろう。同時に現段階では、「吉田調書」に関する記事が「確かな取材」や「直接引用」に基づく真実の報道か、あるいは記者の意向や曲解による「誤報」か―その判定は、この文末に掲載した「吉田調書」の問題部分(出典は朝日新聞社の「朝日デジタル」)を読んでいただいて、ジャーナリストや読者の判断に委ねるほかはない。

もしこの調書部分を読んで、所員が「命令に違反して撤退し」、あるいは海外メディアが翻訳報道したたように「命令に反して逃げた」と受け止めるならば、朝日の報道は「真実」であったか、あるいは少なくとも「真実と信じる相当な理由」があったことになり、ジャーナリズムとして正しい。

しかし、どうだろうか。私の読んだ限りでは、朝日の「吉田調書」の読み方には、意図的とまでは言えないにしても、誇張や誤解があるように見える。言い換えれば、「客観報道」の形をとってはいるが、客観的事実の報道からは離れているのではないだろうか。少なくとも、記事には、事実を誤解させるような「記者の主観」や「思い込み」が介在しているように見える。

「吉田調書」の文言の解釈についての論争は、真実追求のために歓迎される。しかし、率直に言って、今回の外部からの批判に対して、朝日新聞が「名誉・信用を毀損された」として法的措置にまで進み、そして勝訴するのは難しいのではないだろうか。また、そうした道を選ぶべきではないと私は思う。

参考記録:「吉田調書」の問題部分

【本当は私、2Fに行けと言っていないんですよ。ここがまた伝言ゲームのあれのところで、行くとしたら2Fかという話をやっていて、退避をして、車を用意してという話をしたら、伝言した人間は、運転手に、福島第二に行けという指示をしたんです。私は、福島第一の近辺で、所内に関わらず、線量の低いようなところに一回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに行ってしまいましたと言うんで、しようがないなと。2Fに着いた後、連絡をして、まずGMクラスは帰って来てくれという話をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです。】(注:2F=第二原発。GM=グループマネジャー)

【線量が落ち着いているところで一回退避してくれというつもりで言ったんですが、確かに考えてみれば、みんな全面マスクしているわけです。それで何時間も退避していて、死んでしまうよねとなって、よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです。】

(2014年6月28日記)

 

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