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【NPJ通信・連載記事】メディア傍見/前澤 猛

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メディア傍見51
〈小田尚氏に国家公安委員の辞任を勧める〉

2020年7月11日


 「法務・検察の不都合な真実」?

 久しぶりに筆を執ります。ジャーナリズムを真っ向から踏みにじった出来事が起きたためです。これは、ジャーナリストとして看過できないのは当然ですが、メディアの読者・視聴者をも欺くに等しい、メディアの不祥事です。

  6 月20日の読売新聞朝刊に「法務・検察の不都合な真実」という見出しで、小田尚署名のコラムが掲載されました。このコラムは、「検事長の定年延長・黒川東京高検検事長辞任」問題を取り上げています。これが記事か解説か、あるいは読売新聞の社論に添う論説かどうか、判然としませんが、一応「小田論文」と名付けます。内容については後で触れますが、極めて政治色の濃い異色な論調です。政府や安倍首相の内側に食い込んだ興味深い事実や情報を列記し、そうした「事実」を「真実」と断定した形で提示し、その上で私見を述べています。

 ここで、とくに触れておきたいことは、一般に報道される「事実」は「真実」とは限らず、ある「事実」を「真実」と確定させるためには、納得できる相当な裏付けや立証が必要だということです。それは、ジャーナリズムの「いろは」で、ジャーナリストにとっての常識でしょう。ところが、小田論文は、この常識を無視して、情報の出所 (ニュース・ソース) を明示しないままに、「法務・検察の不都合な真実」を書き並べています。

 しかし、ここで取り上げる最重要の問題は、そうした記事で述べられている事実や解釈や論調そのものではありません。どんな記事でも、仮に誇張や誤認や誤報が含まれていても、それらは、表現や思想・信条が自由に呼吸するためのゆとりとして、ある程度許容されるからです。

 記者、そして国家公安委員

 問題は筆者の職業や職務についてです。小田氏は添付したカットのように「読売新聞調査研究本部客員研究員」として執筆掲載しています。つまり、新聞社のシンク・タンクともいうべき重要な職域に属するジャーナリストです。ところが、実は小田氏は、現職の国家公安委員なのです。それを知ったら、読者はこの小田論文をどう読むでしょうか。

 同氏は 2 年前まで「日本記者クラブ」の理事長でした。このクラブは日本のジャーナリストが個人として参加している取材のための組織ですから、そのトップの理事長には、ジャーナリストのリーダーとしての重い責任、つまり社会を動かす諸権力をメディア人として監視する役割があります。しかし、2018年 1 月20日、突然「一身上の都合」とだけ理由を述べて辞任しました。ところが、 3 日後の23日、政府が、衆参両院の議院運営委員会理事会に「国家公安委員会委員に読売新聞グループ本社取締役論説主幹の小田尚氏を充てる」という人事案を提示したのです。このニュースには、クラブの会員は唖然としました。小田氏は、政府を監視するジャーナリストの重責より政府側の一員になることを選んだのです。そして、衆院の同意を経て、 3 月 5 日に、安倍首相から国家公安委員に任命されました。

 政府擁護の小田論文

 さて、小田論文の書き出しは「検事長の『定年延長』問題は、法務・検察当局のご都合主義の面もいなめないが・・・」です。社会から強い批判を浴びている検察トップの異例の人事問題について、その責任を、もっぱら法務・検察に負わせています。東京高検検事長の黒川弘務氏の定年を延長し、次期検事総長への就任を可能にした人事について、「メディアは・・・『官邸が黒川氏を処遇するよう求めた』などと報じていた」と、メディアの誤報で、政府に責任が転嫁された――という筋書きで書いています。その上で、これが真実だとして、次のように安倍首相を助ける「裏話」を書いています。

 「だが、首相官邸関係者から見えた景色は、これとは異なる。安倍首相も『私は、むしろ林さん (注 : 稲田伸夫検事総長の後任候補から外された林真琴名古屋高検検事長) と親しい。黒川さんはよく知らないんだ』と当惑していた」

 小田氏が「景色」と表現した政府内の事実描写が「真実」かどうか、その客観的な裏付けはありません。このように、小田論文は全編、検事長の定年延長問題は、法務・検察の「横やり」でこじれたのであって、安倍政権は「とばっちりを受けた」かのように描き、そして最後を「検察当局は (河井元法相の選挙違反事件捜査について) 稲田氏ならではの指揮が必要らしい」と冷笑のニュアンスで締めています。

 ジャーナリストとしての「利益相反」

 さて、問題の本質に入ります。まず、再確認すべきことは国家公安委員会と委員の責務です。委員会は、警察のお目付け役で、警察行政の民主的な管理と政治的中立性の確保を図ります。その委員は特別職の国家公務員であって、「厳正公平に職務を行い、積極的な政治活動が制限され、秘密を守る義務」を有します。言うまでもなく、警察は法務・検察とは密接な関係を持っています。つまり、国家公安委員会の委員としては、「法務・検察の不都合な真実」は書けないでしょう。

 では、民間の新聞社に在籍する記者、つまりジャーナリストとしてなら、書けるのでしょうか。いいえ、書けません。ジャーナリストの職業倫理である公正さに反します。因みに新聞社の調査研究本部研究員は、「客員」や「特別」という肩書が付いたとしても、論説委員や編集委員、そして編集局の部長やデスクと同様に記者職でありジャーナリストです。

 そうした記者の職務にある者、言い換えれば「書く立場」のポストにいる人物、その一方では、記者から取材される側、言い換えれば「書かれる立場」のポストにいる人物――その二つのポストや役割を同一人が担うことはできません。それは「二足の草鞋」を履くようなもので、至難と言うより、記者としての「けじめ」がつきません。たとえて言えば、刑事裁判で検事役と弁護士役をひとりで演ずるようなものです。それはありえないでしょう。

 ジャーナリズムからいえば、そうした二重人格のような人物は、職務上の「利益相反」を犯すことになるのです。とくに、今回の小田論文は、もっぱら安倍内閣を擁護し、法務・検察にとって「不都合な真実」とする事実を公表したのです。それはジャーナリストとしての執筆としては許されたとしても、国家公安委員会の委員としては、明らかに忠実義務に違反し、ひいては国民の信頼を失うでしょう。

 以上の経緯、理由から、小田氏は国家公安委員の職に留まることはできず、自ら速やかに辞任すべきでしょう。

 次回は、このジャ―ナリストにとっての「利益相反」、つまり「利害の衝突」 (Conflict of interest) について詳述したいと思います。

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