2009.9.15更新

「時代の奔流を見据えて──危機の時代の平和学」

目次 プロフィール
木村 朗 (きむら あきら、鹿児島大学教員、平和学専攻)

第十七回 今回の選挙結果をどう見るか
−小選挙区制の恐ろしさと憲法改悪との連動の危険性を問う(下)

  前回の論評では 「地殻変動」 が生じたと評された総選挙の結果が持つ意味について論じたが、 今回の論評では、そうした結果をもたらした小選挙区制を柱とする現行の選挙制度がもつ本質的性格と深刻な問題点について、 迫りつつある憲法改悪への底流 (選挙制度のさらなる改悪と新たな政界再編の潮流) との関連で考えてみたい。

  今回の総選挙 (第45回衆議院選挙) の結果について、毎日洪水のように垂れ流される選挙関連のマスコミ報道では、 「政権交代」 「マニフェスト」 「二重権力状態」 への過度の注目と政策内容自体の評価よりも財源と絡ませた実現可能性について評価を先行させる言説ばかりが目につき、 今後生じる可能性がきわめて高くなった二大政党制の最終的確立、 すなわち完全な小選挙区制への移行と新たな政界再編という観点と結びつけて、 新しい連立政権の基本的性格とこれから果たすことになる真の役割について真正面から論じた批評・コメントは残念ながらそれほど多くはないように思われる。

  今回の選挙結果を少し詳しく調べると、民主党の 「地滑り的圧勝」 「歴史的大勝利」 の中身・実態は、 マスコミ報道が盛んに 「地殻変動」 と表現したほどの大きな変化が有権者の意識と行動にあらわれた (率直に言って、 最初は私にもそう感じられたが…) と本当に言えるのか、次第に怪しくなってくる。 確かに議席数だけを見れば、そのような評価になるのは当然であろう。なぜなら、「民主党は271人を擁立した小選挙区で221勝し、勝率は81%超と驚異的だった。 比例代表も87議席と、小選挙区比例代表並立制の導入後で最高となった。 それに対して自民党は、小選挙区の勝利が64にとどまり、愛知、静岡、長野、滋賀など13県で小選挙区の議席を失う壊滅的な敗北を喫した。 比例代表も前回比22議席減の55議席と低迷した。その結果、民主党は308議席を獲得し、一政党としては戦後最多の歴史的大勝で、初めて政権の座に就く。 自民党は結党以来、最少の119議席と惨敗し、下野する。」 ということになったのは紛れもない事実だからである。(「東京新聞」 2009年8月31日付/夕刊)。

  しかし、この総選挙の結果を、得票率という別の視点から見れば、その評価はかなり異なってくる (今回の小選挙区の平均投票率は推計69・29%。 小選挙区比例代表並立制が導入された96年以降、最高だった前回の67・51%を上回った)。 すなわち、「民主党は小選挙区で221議席 (議席占有率73・7%) を獲得しましたが、得票率は47・4% (3348万票) にすぎません。 同党の得票率で小選挙区定数を比例配分すると142議席となり、79議席も “水増し” されたことになります。 逆に、自民党は得票率38・6% (2730万票) で議席占有率21・3% (64議席)、日本共産党は得票率4・2% (298万票) で議席はゼロでした。 前回2005年の総選挙では、民主党が36・4%の得票率で52議席だったのに対し、自民党は47・8%で219議席を得ました。今回、両党の立場が入れ替わった形です。 一方、比例代表 (定数180) での得票率は民主党42・4%、自民党26・7%、日本共産党7%。これに対し議席占有率はそれぞれ48・3%、30・6%、5%となりました。 定数が少ないため、多様な民意を反映する比例代表制の利点が損なわれている形です」 と言えるからである (「しんぶん赤旗」 2009年9月3日付)。

  このように実際の得票率と獲得した議席数の間に大きなギャップが生じるのが小選挙区制を柱とする現行の選挙制度の基本的特徴である。 換言すれば、小選挙区制は国民による投票の圧倒的部分が死票 (落選者への投票) となるため国民の意思が選挙結果にそのまま反映せず、 そのため、大政党に有利に働いて小政党を排除するという特色を持っているということである (詳しくは、 小選挙区制廃止をめざす連絡会編 『小選挙区制NO! 二大政党制神話の罠』 ロゴス、2008年7月発行、石川真澄 『選挙制度』 岩波ブックレットNO.172、 1990年、同 『小選挙区制と政治改革』 岩波ブックレットNO.319、1993年、 石川真澄・渡辺 治・鷲野忠雄・水島朝穂共著 『日本の政治はどうかわる――小選挙区比例代表制』 労働旬報社、1991年、 平和への結集ブログ “小選挙区制の廃止へ向けて” 、 同 「中選挙区比例代表併用制を提案する」 などを参照)。

  憲法研究者の上脇博之氏は、今回の衆議院議員総選挙の選挙結果をデータに基づいて、 民主党の 「過剰代表」 と自民党の 「過少代表」 をもたらした小選挙区制の歪みを指摘し、「民意の反映」 という観点から、 「各政党の得票率と議席占有率の乖離があまりにも大きいので、私の従来の立場のとおり小選挙区選挙は廃止すべきである」 と明確に結論づけている (「民意を歪める小選挙区制はやはり廃止するしかない!」 上脇博之 ある憲法研究者の情報発信の場)。 さらに、「(6)真の民主主義のために政策選挙にしようとすれば、やはり小選挙区選挙を廃止して、比例代表選挙にするしかない。 (7)民主党が真の民主主義を肯定するのであれば、その提案をすべきである」 、 と比例代表選挙の導入を民主党に迫る提言を行っている (「09年総選挙の小選挙区選と比例代表選の各得票数の乖離と政策選挙」)。

  同じく憲法研究者の水島朝穂氏も、「日本の制度は、小選挙区制を基軸にした制度設計になっているため、 最も基本的な憲法的価値である “民意の反映” という面で大きな問題が存在しているのである」 ことを指摘し、「私は、“穏健な多党制” が日本には合うと考えているし、 そのための選挙制度は中選挙区制である」 と小選挙区制の代案としての中選挙区制を提起している (「“総理総裁” が死語になった日」 今週の 「直言」 2009年9月7日)。

  政治ジャーナリストの石川真澄 (故人) 氏は、「小選挙区制の大きな欠陥の一つが、少数派の代表を議会に送りにくいことであるのは間違いない。 小選挙区制で “二大政党” の得票率比と議席率比との間には “三乗の法則” が成り立つことも、少数意見が反映されにくいことの一つのあらわれであるが、 事態は 「二大政党」 の外側にある第三党以下の弱小勢力において深刻である」 と述べた後で、 「しかし、小選挙区制の欠陥は “少数意見が反映されにくい” ということだけであろうか。 実は、答申がその長所の第一に取り上げた “政権の選択について国民の意思が明確なかたちで示される” ように見えることに内在する問題こそが最大の欠陥なのである。 いわゆる “作られた多数派” の問題である」 という本質的な問題を指摘していた (前掲 『小選挙区制と政治改革』 23〜24頁)。 また、雑誌 『世界』 の1999年8月号では、「小選挙区制は、このように有権者の真の意思を歪めて、 第1党ではあっても絶対多数 (過半数) ではない党を絶対多数派に押し上げ、 その裏返しに第3党以下の議席を真の支持よりはるかに少ない数に押しつぶす」 と痛烈に批判していたことが記憶に新しい。

  この石川真澄氏とともに、1993年の政治改革で小選挙区制導入反対の論陣を張った政治学者の五十嵐仁氏は、 ご自身のブログ (「五十嵐仁の転成仁語」 2009年9月5日 選挙を歪める小選挙区制はただちに廃止するべきだ) のなかで、@ 有権者の選択と議席に大きなズレが出る、A 民意の逆転が起きる、 B 議席にむすびつかない票=「死票」 がゴマンと出る、C 小さな政党は排除される、D 政党阻止条項とは、E 政党と議員の固定化が進む、 F 投票率が低下する、という7つの視点から小選挙区制の問題点を指摘し、改めて、 「民主主義の基軸をなす選挙を歪める小選挙区制は、ただちに廃止されるべきです。民主党は、比例代表区の定員削減ではなく、 小選挙区制を廃止して比例代表的な選挙制度の導入を検討するべきでしょう」 と主張している (五十嵐 仁著 『一目でわかる小選挙区比例代表並立制―新しい選挙制度であなたの一票はどうなる 』 労働旬報社、1993年、を参照)。

  ジェラルド・カーチス氏 (米コロンビア大教授) は、東京都内の日本外国特派員協会での講演 (8月31日) で、 「選挙のたびに浮動票が一斉になびき政権交代が続けば、重要な政策が遂行できず日本は取り返しのつかない下り坂に入る」 と警告し、 さらに 「日本のように (右派や左派の) 固定票がなく、同質性の高い社会には小選挙区制度は合わない」 と述べたという。 世論の雰囲気に影響されにくい中選挙区のほうが日本の政治風土に適していると主張するカーチス氏の真意は不明だが、 これもまた興味深い (「日本経済新聞」 2009年9月1日付)。

  アメリカ政治学界の重鎮であるロバート・A・ダール氏が、「世界のモデル」 とされているアメリカ憲法が本当に民主政治を機能させる制度になっているかを問うなかで、 小選挙区制を前提とした二大政党制 (とそれを容認するアメリカ憲法) は必ずしも民主主義的なものではない、 という重要な指摘・問題提起を行っていることも紹介しておきたい (『アメリカ憲法は民主的か』 岩波書店/2003年、を参照)。

  そして、このような特徴をもった現行の選挙制度とそれを前提とした今回の総選挙の結果については、すでに各メディアや論者によって様々な意見が出されている。 それでは、今度の総選挙の結果をマスコミはどのように伝えたのであろうか。以下、新聞大手各社の選挙翌日の社説を挙げてみる。

  ☆ 「朝日新聞」 社説 (2009年8月31日付 ):「民主圧勝 政権交代―民意の雪崩を受け止めよ」 ≪今回の総選挙を、政権交代の可能性が常に開かれた 「2009年体制」 への第一歩にできるかどうか。それは、2大政党のこれからにかかっている。 自民党の党勢立て直しは容易ではあるまい。それでも、民主党がしくじれば交代できる 「政権準備党」 の態勢を早く整えることだ。 そのためには今回の敗因を正面から見据え、「新しい自民党」 へ脱皮する作業が欠かせない。≫

  ☆ 「毎日新聞」 社説 (2009年8月31日付 ):「衆院選、民主圧勝 国民が日本を変えた 政権交代、維新の気概で」 ≪政権選択を目指し小選挙区が導入されて5回目の衆院選で、その体制についに終止符が打たれた。投票による政権交代という民主主義本来の機能回復を、 私たちは政治の進歩として率直に評価したい。≫

  ☆ 「読売新聞」 社説 (2009年8月31日付 ):「政権移行始動 基本政策は継続性が重要だ」 ≪自民党政治に対する不満と、民主党政権誕生による 「変化」 への期待が歴史的な政権交代をもたらした。(中略) 小泉政権下の前回衆院選では、 「郵政民営化」 と刺客騒動で、自民党に強い追い風が吹いた。今回、風向きは一転、「政権交代」 を唱えた民主党側に変わり、圧勝への勢いを与えた。 この結果、自民党だけでなく、連立与党の公明党も大きな打撃を受けた。民主党政権に 「不安」 は感じつつも、一度は政権交代を、との有権者の意識が、 それだけ根強かったと見るべきだろう。≫

  ☆ 「日経新聞」 社説 (2009年8月31日付 ):「変化求め民意は鳩山民主政権に賭けた」 ≪政権交代可能な二大政党制を定着させるために、 自民は文字通りの 「解党的出直し」 に取り組む覚悟が求められている。≫

  ☆ 「産経新聞」 社説 (2009年8月31日付 ):「民主党政権 現実路線で国益を守れ 保守再生が自民生き残り策」 ≪第45回総選挙が投開票され、民主党は選挙区、比例代表ともに自民党を圧倒した。野党が単独で過半数を占め、政権を樹立するのは戦後初めてだ。 自民党主導政治を終焉 (しゅうえん) させるという歴史的な転換点になった。13年前の総選挙から導入された小選挙区制による政権交代を可能にする二大政党制が、 ようやく機能した意味は大きい。民主党が自民党批判の受け皿になったのである。≫

  ☆ 「東京新聞」 社説 (2009年8月31日付 ):「歴史の歯車が回った 民主が圧勝 自民落城」 ≪政権が代わる。 民意は自公政治の継続を許さず野党の政権を選択した。憲政史上初の出来事だ。歴史の歯車が回り、新たな時代の門口に、私たちは立つ。 大量議席に政権側がおごり、落城した側が混迷を続けるなら、政党政治は壊れ、二大政党体制も幻となる。監視が必要だ。有権者の仕事は投票だけで終わらない。≫

  上記の新聞大手各社の社説や経団連の声明を見れば、今度の総選挙の結果を 「55年体制の終焉」 という 「歴史的な転換点」 と位置づけて基本的に歓迎し、 それを今後の二大政党制の定着に率直な 「期待」 を表明していることが分かるであろう。 私が少し驚いたのは、東京新聞・毎日新聞、朝日新聞3社も含めて在京6社すべてが基本的に同じ論調であったこともそうであるが、 次の経済同友会の声明ともほとんど重なる内容だったからである。

  ☆ 経済同友会 (代表幹事 桜井正光) の 「衆議院総選挙の結果を受けて」 2009年8月30日より
  「有権者は歴史的変革を求めた。民主党が自由民主党以外の政党として、戦後初めて単独過半数の議席を獲得し、政権交代を実現した。 わが国の議会制民主主義にとって、まさに歴史的な政権選択選挙となった。」

  また、今回の総選挙の結果を歓迎する姿勢を明確にしながらも、 今後の小選挙区制の下での二大政党制による政権交代を通じた政治的安定に期待・注文する声も少なからぬ論者から上がっている。 日本政治外交史を専門とする五百旗頭真氏 (防衛大学校長) は、「日本にも一つではなく二つの政権担当可能な政党が必要である。 それが1994年に小選挙区制を採用した意図であり、15年を経てようやく今年実現を見るに至った。 健全な政権交代制は長い目で見て国益に適う」 と評価した上で、「今後に来たるべきものは、小選挙区下の二大政党制による政権交代制以外にないであろう。 (略) 新政権も、次の政権も、自らの特徴に沿ってよい仕事をし、国益を増進する。その蓄積を可能にするのが二大政党制のメリットであり、 国民益である」 (「朝日新聞」 2009年9月5日付) と結論づけている。 しかし、ここで述べられている 「国益」 と 「国民益」 のそれぞれの内容と相互の関連は曖昧で理解に苦しむと言わざるを得ない。

  政治学者の山口二郎氏は、総選挙直前に発表された記事 (「山口二郎の政治時評」 『週刊金曜日』 2009年8月28日 764号) の中で、 「小選挙区の一票は政権交代を起こすために、比例代表の一票は民主主義を守るために、有効に使おうではないか」 と読者に訴え、 「政権交代が常態となる時代には、市民の政治的な成熟も必要とされるのである」 と結んでいる。
  この山口氏は、かつて 「二大政党制による政権交代」 を唱導し、当時の中選挙区制選挙制度の変更を強く主張して 「政治改革」 をリードしたことがあるだけに、 この発言の意味をどのように受け取るかは人によって意見の分かれるところであろう。 少なくとも私にとっては、単に死票を出さないための有権者の知恵としてのみ評価することには違和感が残るというのが率直な感想である。 そのことは、総選挙後の山口氏のコメント 「国民自身の手によって政権交代が実現した。 民主党が結成されてから十数年、この党が軸となる政権交代こそ日本の民主政治に不可欠だと主張してきたものとしては、個人的にも感慨深い。」 「大勝したばかりの民主党にとって、自らが再び野党になった時のことを視野に入れて新しい政党政治の慣行、いわば21世紀の “憲政の常道” を作り出すことが、 むしろ急務なのである」 (「朝日新聞」 2009年9月4日付) にも共通していると思われる。

  それに対して、次のような意見も出されている (『週刊金曜日』 2009年9月4日 765号 の特集記事 「全編集委員が語る 新政権で日本はどうなる」 より)。
  作家の落合恵子氏は、「“二大政党制” というイメージのもとに、言うまでもなく “政権交代” の概念は成立するものだが、果たして “二大政党制の幕開け” 到来、 とわたしたちは手放しで歓迎していいものであろうか。(中略) “保・保” 体制の、二大政党制のもと、小さな声は次々に消されてはいかないか。 いままでそうであったように、そしてこれからも」 と選挙結果に対して懐疑的な意見を述べている。

  ジャーナリストの本多勝一氏も、日本共産党の票の伸び悩みに言及する中で、「もともと小選挙区制は小党に不利であって、多様性が失われやすい制度です。 かつて朝日新聞社編集委員室の同僚で、選挙制度の専門家だった故・石川真澄記者は、この制度の発足時から強い懸念を示し、反対していました。 その後の事態は彼の懸念どおりになったわけです」 と小党に不利な小選挙区制の制度的欠陥を指摘している。

  政治思想研究者の中島岳志氏は、「そもそも思想や理念を欠いた形で二大政党制が小選挙区制を戦うと、間違いなく政策が多数派にすり寄り、主張が似かよる。 票に結びつかない少数意見は排除され、国民受けする政策ばかりが打ち出される」 と述べて、小選挙区制に反対する姿勢を明らかにし、 「多様な意見が掬い上げられ、得票数と議席数が概ね対応する中選挙区制が、現在の日本には適している」 と結論づけている。

  経済評論家の佐高信氏は、「民主党に私が警戒感を抱く理由の一つに、この選挙制度がある。鳩山由紀夫、小沢一郎、 菅直人といった民主党の幹部はほとんど小選挙区制論者であり、むしろ、自民党の方に加藤紘一などの慎重論者が多かった。 つまりは政権交代だけに頭がいっていて、少数派の声を大事にすることにおろそかなのである」 と指摘して、 具体的に、共産党や社民党にあえて公明党や自民党を加えてでも中選挙区制に戻す運動を緊急に起こすべきであると問題提起している。私もこの意見に同感である。

  また、鳩山新政権の性格や今後の政局動向との関連で注目すべき発言を行っているのが、元自民党幹事長・官房長官の野中広務氏と政治評論家の森田実氏である。 野中氏は、『週刊ポスト』 2009年9月4日号に寄せた記事 「この国に “1930年代の不幸” をもたらす “小泉と小沢” 2人の戦犯」 において、 現代の政治状況と1930年代の日本と似ていること、小泉氏は 「政治のショー化・劇場化」 を招いたということ、 小沢氏は 「小選挙区制」 を導入して 「政治ショー」 に明け暮れる二大政党制をつくろうとしていることでの大きな罪がある、と指摘しています。 そして、自民・民主両党が分裂して新たな政界再編がおこることを期待・予測するとともに、民意を反映できる政治を進めるために 「中選挙区制」 (基本的には3人区だが、 4人区・5人区も許容) を導入することを提案している。

  森田氏は、自身のブログ 「森田実 時代を斬る 」 2009.9.7 (その1) 森田実の言わねばならぬ 【733】 の中で、 最近のマスコミによる鳩山新政権についての 「二重権力」 報道に関連して、「国会と党の人事について、小沢一郎氏が人事を含めてすべて一任されたのである。 鳩山氏が代表としての権力を放棄し、小沢氏にゆだねたのである。各紙の報道では、内閣の人事は鳩山氏が決めることになったようにみえるが、 小沢氏には拒否権がある。これは党内からの情報で確認している。このことは新政権の真の主人が小沢一郎氏になったことを意味する。 鳩山氏は首相という名の役柄を与えられたようなものである」 と述べて、 「新聞は真実を報道すべきだ。権力者におもねってはならない」 「国民は、鳩山首相の上に小沢幹事長という名の実力大統領がいることを知るべきである」 と主張している。 このお二人の意見には、微妙なニュアンスの違いはあるものの、私自身も基本的に賛同できる部分が多い。

  その他の論者としては、作家の大下英治氏が 「民主党圧勝の功労者は一に小泉純一郎元首相、二に小沢一郎民主党代表代行だ。 小泉さんは自民党を延命させたが、決定的に壊した。小沢さんは小泉さんがやったことがどういうマイナスになったか、よく理解してそこを見事に突いた。 民主党代表の小沢さんから鳩山さんへの交代もちょうどいいタイミングだった。自民党は麻生総裁・首相を代えたほうが良かったのではないか。 また、公明党を頼り過ぎた。立て直しは大変だ。公明党も深刻だが、執行部交代後は時間をおいて、いずれ民主党にすり寄っていくかもしれない。 小選挙区選挙の怖さを感じるが、二大政党制がしっかりできた。次の参院選は揺り戻しがあり得るので、大勝負になるだろう」 (時事ドットコム 2009年8月30日) とコメントしており、 小選挙区選挙の怖さを感じていながら、野中氏とは逆の立場で小泉・小沢両氏を高く評価しているのが目を引いた。

  最後に、現在、与野党逆転による政権交代の実現といった歴史的激動の渦中にある政党および政治家の動向に触れておきたい。 すでに外務大臣に内定している民主党の岡田克也幹事長は、9月6日に放映されたNHKスペシャル 「“政権交代” 政治はどう変わるか」 で各党代表が討論する中で、同党が衆院選マニフェスト (政権公約) に掲げた衆院議員の比例代表定数80削減について 「比例中心だと第3党が主導権を持ち、 かえって民意がゆがめられる。若干の比例を残し、ダイナミックに政権が代わる小選挙区を中心にした制度がいい」 「(削減は) 多くの国民の共感も得ており、 簡単には変えられない」 (時事ドットコム 2009年9月7日) と述べ、あくまで削減を目指す考えを示している。 また、同番組で、共産党の市田忠義書記局長が、「小選挙区制で人為的につくられる 『二大政党』 は国民の民意を反映しない」 と強調して、 民主党が衆院比例代表を80削減しようとしていることについて強い反対意見を述べると、自民党の細田博之幹事長は 「小選挙区制は問題点をはらんでいる。 検討する必要がある」と発言していることも注目される (「しんぶん赤旗」2009年9月7日付、 「村野瀬玲奈の秘書課広報室」「大脇道場!」 NO.1352 民主党 「上げ底政権」 による、 「比例定数80削減」 には断固として反対する。なども参照)。 その討論番組が終わった後、公明党と共産党の幹部が 「選挙制度改革をめざし、お互いに頑張りましょう」 と思わず握手する場面があったとも伝えられている (「朝日新聞」 2009年9月9日付)。

  このような小選挙区制見直しの動きが見られる一方で、完全小選挙区制への移行を思わせる重大な隠された潮流も浮上している。 『サンデー毎日』 (2009年9月13日号) の記事 「小沢一郎はこう動く!」 (情報源は匿名であるが、党内事情に詳しい民主党関係者とされている) によれば、 民主党内には、比例代表区180を公約通り80削減して100にするだけでなく、それを完全に廃止して300小選挙区だけにしてしまおうという構想があるというのだ。 しかも、300小選挙区に対して400人の衆院議員を、都市部において、「ひとつの選挙区で複数の当選者を認める 『2人区』 構想」を準備しているという話しである。 さらに驚くべきことに、「公明党の支持母体・創価学会との間で、『公明党は比例代表を含めて衆院から手を引き、“参院限定政党” として残す。 代わりに、民主党は参院公明党と連携し、今後の選挙では民主党が公明党に協力する』 という密約が話し合われているという情報がある」 というのだ。 ところが、驚くべきことはこれだけではない。来年夏の予定されている参院選前に公職選挙法を公明党と連携して 「改正」 し、衆参ダブル選挙に打って出ることによって、 「小沢氏が悲願とする 『保守2大政党』 による政権交代可能な政治体制が出現するだろう」 と予想されているのだ。 もし、この情報が正しければ、小沢氏の 「日本改造計画」 の最終章である 「55年体制」 に代わる 「新しい政治体制」 の構築が、 国民の知らないところで進んでいることになる。水島朝穂氏も指摘されているように、これは 「いわば上からの “政党淘汰システム” である。 強引に二大政党制をつくるというのは古い発想である」 (前掲 「“総理総裁” が死語になった日」) と言えよう。

  私たちは、いまの時点で、1994年に小沢氏主導の 「政治改革」 の結果として、 衆院への小選挙区制主体の現行選挙制度の導入が決まったときのことを想起する必要があるであろう。 前年 (1993年10月) に実施されたカナダの総選挙で政権党である第1党の進歩保守党は169議席を有していたが、何とそれが与わずか2議席に激減したことを受けて、 自民党の議員が 「こんな極端な制度は日本にはなじまない」 と口々に言ったという事実である。 また、2007年の参院選の敗北を受けて、公明党の太田代表 (当時) が、衆院の選挙制度について中選挙区制を復活させるべきだとラジオ番組の中で語ったこと、 また 「公明党は99年秋に自自公連立政権に参加する際に中選挙区制の復活を求めており、 太田氏の発言はこうした党の考えを改めて強調したものだ」 との解説も含めて、あらためて注目されよう (「朝日コム」 2007年08月24日)。 そして、最近のニュースで、細川護熙元首相が、1994年の 「政治改革」 のなかで、当時の自分は 「穏健な多党制」 を理想として、当初は定数500を小選挙区250、 比例区250に分けると考えていたが、(小沢氏主導で) いつの間にか小選挙区300、 比例区200になっていたと当時の状況を打ち明けていることも見逃せない事実であろう (「朝日新聞」 2009年8月9日付)。
  ここで、もう一度、小沢一郎氏とは何者なのかを問い返してみる必要があるであろう (小沢一郎著 『日本改造計画』 講談社、1993年、 および 「改憲と小選挙区制の戦後政治小史」 カネダのニュースクリップ、を参照)。   現時点で、民主党の鳩山由紀夫代表は、今後4年間は衆議院を解散するつもりがないこと、 また衆院の比例代表区を80削減する (と同時に、参院の議員定数削減も) という民主党の公約は当面の間 「棚上げ」 にすることを明らかにしている。 今回の衆議院選挙の結果、改憲派の議員集団である 「新憲法制定議員同盟」 (会長・中曾根康弘元首相) のメンバーの6割が落選した (当選したのは、 139人中でわずか53人) と伝えられている (「大脇道場!」 NO.1351 改憲派・軍事利権議員の落選)。 そして、このような流れでできる民主党・社民党・国民新党による新しい連立政権のもとでは、 来年5月に施行されることになっている憲法改正手続法を用いて一挙に改憲に推し進めるような政治的動きは起きないだろうと見る向きが多い。 しかし、本当にそのように楽観視していていいのであろうか。

  政治の世界では 「一寸先は闇だ」 とよく言われるように、これからいつ何が起こっても不思議ではない。 (国民のあずかり知らぬ水面下で物事が決められて) ある日突然、(正当な理由もなくというよりも、真の不当な理由が隠された形で) 連立が解消されて、 いつの間にか政界再編・大連立ができて憲法改悪が強行されるという悪夢のような事態さえも、 これから先十分起こりうると肝に銘じておく必要があると思われる (社民党の参加を必要としない民主党中心の参議院過半数までに、あと残りわずかとなっており、 年内に予定されている補欠選挙の結果や参院自民党からの民主党への引き抜きなどによって、来年夏の参院選前までに実現するかもしれないという見方もある)。

  だが、これからの日本国の進路とあり方を選択するための決定権を最終的に持っているのは、一部の権力者ではなく、あくまでも私たち主権者である国民であるはずだ。 鳩山新政権の今後の動向を見ていく中で、最も重要なのは、何と言っても 「政治プロセス・政策決定過程の透明性」 の確保であり、情報公開とマスコミ対策であろう。 破壊された国民生活の再建と歪んだ日米関係の立て直しをはじめ、記者クラブ制度の見直し、核密約・沖縄基地問題の解決、 消えた年金と 「かんぽの宿」 問題の決着、取り調べの全面可視化や裁判員制度・死刑制度の見直しを含む検察 (・警察) 権力への対応など、 新政権が取り組むべき課題はあまりにも多く重い。

  これまで述べてきたように、今回の総選挙の結果は、獲得した議席数と実際の得票率の大きなギャップが隠されているだけでなく、 小選挙区制の下では最初から候補者を限定・抑制せざるを得なかった小政党とその支持者の犠牲の上にたった、きわめて不完全な 「民意の反映」 を示すものである。 民主党への投票 (実際には過半数にも満たなかった!) は、 その公約 (マニュフェスト) への全面的支持とすべての問題への白紙委任を必ずしも意味しているわけではない。 その意味で、民主党が真に 「民主政治」 を標榜するならば、「民意の反映」 を過剰に歪ませる小選挙区制度の完全撤廃へと舵を切ることからはじめなければならない。 鳩山由紀夫民主党代表には、「新憲法制定議員同盟」の「顧問」の辞職要請に応えることも求めたい (鳩山由紀夫民主党代表に新憲法制定議員同盟 「顧問」 の辞職を要請します。 「許すな!憲法改悪・市民連絡会」 を参照)。 民主党は、やはり単なる 「第2自民党」 にすぎないのか否か、がいま問われているのである。 私たちもまた、これまでの小泉改革の負の遺産の克服 (あるいは戦後政治制度の本質的欠陥の是正) を直視するとともに、 国民の意思を無視した形で政治が行われないように、これまで以上に政府・与党の動きを厳しく監視していかねばならない。 いまこそが小選挙区制を廃止し、憲法改悪の阻止につなげる最大かつ最後のチャンスである。


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☆平和への結集ブログ…「共同声明 「国会議員の定数削減に抗議する」
鳩山由紀夫民主党代表に新憲法制定議員同盟 「顧問」 の辞職を要請します。 「許すな!憲法改悪・市民連絡会」
『toxandoria の日記、アートと社会』:衆院 「小選挙区比例代表並立制」 の過剰代表(欠陥)に慢心する民主党のファスケス
八百長二大政党制をぶっこわそう!複数野党制=民主政治を守り抜こう!
「ソマリア海賊対策の欺瞞性を突く―─新法は恒久法・憲法改正への一歩」 木村 朗
「ロルフ・ユッセラー著 『戦争サービス業―民間軍事会社が民主主義を蝕む』 日本経済評論社 (2008/10) の薦め 木村 朗」 『図書新聞』 2906号/2009年2月21日
(終わり)
2009年9月12日 (9・11事件の8周年を迎えた翌日に)