2011.11.29

【 メ デ ィ ア 傍 見 】 18

前澤 猛
目次 プロフィール

「最高級の弁護士…」 「負けたことがない…」 の検証

【はじめに】 今回は少し手厳しいコラムになりました。率直な感想をお寄せいただければ幸いです。

  プロ野球 「巨人軍」 のGM・清武英利氏が、球団会長・渡邉恒雄氏を批判し、解任された問題で、渡邉氏は11月21日、 記者団に 「こっちが法廷に持っていくよ。10人の最高級の弁護士を用意している。法廷なら我が方の最も得意とするところだ。 俺は法廷闘争で負けたことがない」 と語っている(22日各紙)。

  この発言は、読売新聞グループ本社会長、新聞文化賞受賞者の語るべき内容として、決してふさわしいとは思えないが、品位の有無は別にして、 事実関係でも多くの問題を含んでいる。

  弁護士の使命
  まず、弁護士とは何か。そして、その任務は何か、から考えてみたい。明治時代に 「三百代言」 と中傷されたような、 もっぱら弁論技術の巧拙による 「勝ち負け」 を目的にして良いのだろうか。

  弁護士には、訴訟上、守秘や証言拒否などの義務や特権が与えられているが、同時に、その職業には、法によっても厳しい使命が課せられている。
  「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」 (弁護士法第一条)
  裁判では、弁護士は、数や訴訟技術で勝ち負けを決めるのではなく、あくまでも実体としての真実を求め、 「人権擁護」 と 「社会正義の実現」 を目指さなければならない。

  渡邉恒雄氏は、自己が代表を務める企業・読売新聞社の訴訟ではもちろん、自分個人の訴訟でも、これまで会社の顧問弁護士を雇い、 読売新聞社員(法務部など)を調査や資料収集に当たらせてきた。

  訴訟代理人には 最近は、「TMI 総合法律事務所」 の弁護士各数人を委嘱している。 清武問題関連の会見でも、読売側には同総合法律事務所所属の弁護士が同席している。 同事務所は、六本木ヒルズの上部3フロアーを占め、200余人の弁護士と数十人の弁理士を擁する日本有数の大法律事務所で、 企業財務セミナーの開催で有名だ。顧問には、元最高裁裁判官2人が就いていて、その影響力は無視できそうにない。 この事務所を相手に係争するのは容易ではない。 それに、同事務所などから10人の最高級の弁護士を用意したら、読売新聞グループの負担する訴訟費用は莫大なものになるだろう。

  「負けたことがない」 ケース研究 その1
  これまで、上記法律事務所が読売新聞社側の代理人に就いた訴訟に次のようなケースがある。 この判決結果を、読売新聞は 「勝訴」 と報じ、他紙は 「一部勝訴」 と表現したが、その実体は、客観的にどう評価したらよいだろうか。

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著作権侵害訴訟:見出しは法的保護対象 読売新聞、一部勝訴
知財高裁が初判断

  インターネット上で配信した新聞記事の見出しを無断で使用し収入を得ているのは不法行為だとして、 読売新聞東京本社が情報サービス会社 「デジタルアライアンス」 (神戸市)に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が6日(注:2005年10月)、 知的財産高裁(知財高裁)であった。塚原朋一裁判長は、読売側の請求を棄却した1審・東京地裁判決(04年3月)を一部変更し、 記事の見出しを法的保護の対象と初判断し、不法行為を認めて23万円余の支払いをデ社側に命じた。

  判決は、見出しについて 「相応の苦労・工夫により作成され、それ自体からニュースの概要について一応の理解ができ、法的保護に値する」 と判断。 デジタル社の行為は 「営利目的で、特段の労力もなくコピーしている」 と、 民法上の不法行為(営業妨害)にあたると指摘。 読売側が主張した著作権侵害については 「表現によっては創作性を肯定し得る余地もある」 と、 著作権成立の可能性を認めながら 「本件見出しが創作性を有するといえない」 と退けた。無断使用の差し止め請求は認めなかった。 【武本光政】            (毎日新聞 2005年10月7日朝刊)

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  さて、この判決によると、読売新聞側は著作権侵害など多彩な項目の請求をし、その訴訟対象額は、東京高裁で 「4億円」 と算定された。 そして、そのうちの見出しを無断で使用した行為のみを不法とし、「23万7741円」 の賠償支払いだけが命じられた。

  何よりも控訴審判決が、以下のように、原告を、あたかも 「乱訴」 ででもあるかのように 「叱っている」 のが興味深い。 この判決結果を見ると、渡邉氏を代表とする読売新聞社(原告・控訴人)は、はたして 「法廷闘争で負けたことがない」 と言い切れるだろうか。

@ 本訴の訴額が差止請求部分と損害賠償請求部分を合算すると,4億円を超えるものであるのに,認容額は損害賠償のごく一部にすぎない。
A しかも,本訴における主張立証の大半は、著作権に基づく請求について行われ、この点について控訴人は敗訴している。ほか、
B 被控訴人は遠隔地からの応訴であること、
C 控訴人が適切な事前交渉の措置を講じなかったこと、
D 和解勧試における状況によれば、被控訴人は相当額の金銭の支払いを検討する用意があるとの意向を示唆していたこと、
などを考慮すると、
  訴訟費用の負担のうち、訴えの提起及び控訴の提起の申立て手数料の 【1万分の5】 を被控訴人の負担とし, その余の訴訟費用をすべて控訴人の負担とするのが相当である。
(注:囲み数字及び括弧 【 】 は筆者の加筆)

  客観的に評価すれば、読売新聞側は23万余円の賠償を得たとはいえ、実質的には、この訴訟での勝訴率は 「1万分の5」 だった、といえないだろうか。 このような 「勝訴内容」 や 「判決理由」 を筆者は寡聞にして知らないし、恐らく当事者にとっても、決して自讃できるものではないだろう。

  「負けたことがない」 ケース研究 その2
  読者の判断を仰ぎたい二つ目の判決は、このコラムの筆者・前澤と渡邉氏(個人)が関連した訴訟だ。詳細は以下のWeb上の情報を開いていただくとして、 判決の要点を以下に述べる。

   ・渡邉恒雄氏を提訴の名誉毀損事件・報告    ・渡邉恒雄氏の社論確立を問う

  前澤は2010年11月、渡邉氏を名誉毀損で東京地裁に提訴した。 理由は、2007年10月16日付 「(日本)新聞協会報」)に掲載された 「新聞文化賞の授賞理由」としての「社論確立」 に関する談話の中で、 渡邉氏が述べた 「社論に反対の社説を執筆した論説委員」 が、実は虚偽であるとしたため。

  地裁判決(2011年7月5日)は、次のように、事実関係では原告の主張を全面的に採用した。
@ 被告・渡邉の発言中の 「論説委員」 は原告・前澤と認識される。
A 「論説委員が、新聞社の社論と反対の社説を書くことが許されないことは常識」 と判断する。
B 渡邉の発言は、前澤の名誉を棄損する可能性がある。
C 渡邉の発言内容は 「前澤が従来の社論に従って社説を執筆しようとしたところ、渡辺の意向に沿わない内容であったため、 渡邉の一存でその執筆を禁じた」 と理解される。
D その上で、「本件を知る読者は、渡邉発言の内容を C のように理解すると判断されるから、 損害賠償を認めなければならないほどの違法性があるとは評価できない」 と結んだ。

  弁論で、被告側は 「論説委員は前澤と特定されない」 「社論は変っていた」 「『執筆した』 は 『しようとした』 と同じ」 などと多様な反論をしたが、 それらの主張は、判決でことごとく退けられた。

  もともと損害賠償請求は提訴に必要な形式要件で、原告の目的ではなかった。 判決では、被告の発言の虚言性と不当性が明らかにされ、ひいては新聞文化賞の受賞理由そのものも崩壊したことになるから、 原告が提訴した目的は十二分に達成された。 ジャーナリストや法律家の多くも、実質的に原告勝利と受け止めたため、原告は控訴せず、地裁の認定事実のまま、判決は確定した。

  以上の二つの裁判の経過と判決を見ると、「10人の最高級の弁護士を用意」 し、 「俺は法廷闘争で負けたことがない」 と豪語するメディア人渡邉恒雄氏の自負と矜持は、どこに根拠があるのだろうか。
(2011年11月29日記)