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 猿田佐世『新しい日本外交を切り拓く』 (集英社クリエイティブ)書評

2016年12月2日

                                          米田 綱路 (ライター)

 アメリカ合衆国の次期大統領にドナルド・トランプが当選したのを受け、安倍首相は各国の首脳に先駆けて、いの一番にトランプ詣でをした。回転ドア式の政権交代で、彼の国の対日政策が変更されるのを恐れるかのように、日米同盟の不変の確かさを必死にアピールする姿勢である。ここで改めて思い出されるのは、辺野古への新基地建設反対を掲げて当選した沖縄県の翁長雄志知事が、何度も面会と話し合いを求めたにもかかわらず、首相が袖にし続けたときの姿勢だ。
ラディカル・デモクラシーの当事者からすれば、日米関係と日沖関係に大小上下の違いなどない。にもかかわらず、このあまりの落差は何だろう。これはいったい誰の、何のための政治なのか。望んでもいない首脳外交を見るにつけ、「民主主義ってなんだ?」と問わずにはいられなくなる。
 外交、なかんずく安全保障は国の“専管事項”だなどとは言わせない。いまこそ私たちが真のカウンターパートを求めるときであろう。その意味でも、本書『新しい日本外交を切り拓く』は、まさに時宜を得た出版である。著者の猿田佐世氏は、シンクタンク「新外交イニシアティブ(ND)」を設立し、政府に依拠しない外交チャンネル作りに取り組む弁護士である。同氏の取り組みは、外交を少数者による占有から解き放ち、みずからがプレーヤーとなって政策過程を透明化し、民主化する挑戦であり、私たちの多様な価値観を外交に反映させていく実践なのである。
 アメリカの首都ワシントンで語られている日本観は、一面的で多様性がなく、深い議論が欠如していると猿田氏はいう。人口が三億二〇〇〇万人近くの大国にあって、対日政策を担当するジャパンハンドラーはわずか五人から三〇人ほどで、知日派と呼ばれる彼らが政策の決定権を握る。対する日本人コミュニティも、二、三桁台の人数しかいない。つまりワシントンの日米外交の舞台は日々、数十人規模で演じられている。冷静に考えれば、私たちの生活を左右する安全保障や経済政策が、この少数で進められていることにそら恐ろしささえ覚える。
 日本政府は、ジャパンハンドラーの意見を「アメリカの声」と受けとめる。そして国内向けには、彼らの意見こそがまさしくアメリカ政府の意見だと増幅、拡大する。猿田氏はこの増幅、拡大を「ワシントンの拡声器効果」と呼んでいる。本書のキーワードだ。
 重要なのは、拡声器を作り上げている日本の政官財メディアの情報コントロール、利益誘導の構造を見ることである。ここには、対米従属という括りではとうてい捉えられない、“自主外交”の政治が動いている。日本政府や企業は、米政府にコネクションや影響力をもつシンクタンクやロビイスト、研究者などに巨額の資金を提供して働きかけ、外交を有利に進めようとする。対日影響力は、決して米側だけが一方的に作り上げるものではない。日本側がそれに加担し、協力し、適宜利用しているのである。
 拡声器はブラックボックスであり、日本にいる私たちは内部を容易にうかがい知ることができない。本書があぶり出したように、ワシントンにおける日本の政策決定過程には、市民の監視や検証や批判が届かないのである。猿田氏は、日本側から提供される資金の流れを可視化することによって、日本外交の問題点が明らかになり、民主化のための力点を絞り込めると説く。実際にNDは、この作業に取り組んでいる。
 日本からワシントンに送り込まれるエリート集団は、当然のごとく政府の利益の守護者であり、その思考は集団的で、シビリアンの感覚とはほど遠い。このことは先に引いた、一面的で多様性がなく、深い議論が欠如している日本観と表裏一体のものである。ゆえに私たちは、彼らが守ろうとし、国益の名のもとに追求される利益がはたして国民益、市民益か否かについて、センシティヴかつ批判的でなければならない。
 本書でジョージ・ワシントン大学教授のマイク・モチヅキは、日本コミュニティに入るためには三つの条件、すなわち日米安保同盟の重視、アジア太平洋地域における米軍のプレゼンス維持、自由貿易の推進があると指摘する。在沖米軍基地やTPPの推進など、日本政府が目下死守しようとする政策は、まさにこれらの条件に基づくものであることは明らかである。そしてこれらこそが、拡声器を構成する条件なのである。言い換えれば、三つの条件を守るために、拡声器効果が日本国内向けに最大限利用され、私たちは「アメリカの声」を無防備、無批判に信じ込まされている。
 メディアは、この拡声器の広報的役割を果たしている。一例が、本書にも引かれている、二〇一五年六月の翁長知事のワシントン訪問である。本土のメディアの多くは「訴え、通じず」と、新基地建設に反対する沖縄の声がアメリカに届かず、受け入れられなかったかのような伝え方をした。しかし、知事の訪米をコーディネイトした猿田氏は、地道な人間関係作りを旨とする外交の第一歩として、それは多くの意義をもつものだったと書いている。
 本土のメディアの報道姿勢には、沖縄の独自外交を認めない政府と共有する価値観、政策の優先順位に順応する“ニュースバリュー”の尺度が見られる。だが、その判断基準はあくまでも政府のそれに準ずるものであり、私たちの生活、生存に必要な価値に準ずるものではないのだ。
 こうしたメディアが伝えるワシントン発の報道が一面的な理由は、たとえば特派員の社歴を見ると納得がいく。本書で指摘されるように、日米安保関連のニュースを伝えるワシントン特派員の多くは、国内で首相官邸や外務省、防衛省などの記者クラブを経てきた生え抜きであり、その経験をもとに、カウンターパートである米政府側を取材する。要するに国政、日米政府マターの情報以外、たとえば沖縄の基地問題は、政府目線に添って低く小さく見るか、捨象するのである。そしてここにも、日本メディアの記者クラブ制度が内包する取材対象との距離の無さ、権力監視や国民の知る権利行使の弱さといった問題が伏在している。
 日本の外交関連の世論は、政府とメディアの拡声器効果による情報の増幅や拡大、縮減と捨象によって形成され続けている。沖縄の高江や辺野古での基地建設を取り巻く世論も、その影響をもろに被っている。だが、政府の政策をチェックしないまま、失政や失策の被害をこうむるのは、当の私たちである。その愚を避けるためにも、ラディカル・デモクラシーの担い手たる市民みずからが、情報の多元化を追求しなければならない。何よりまず、判断材料となる多様な情報の流通と促進が、外交に必須のテーマである。
 猿田氏は、こうして市民が外交のプレーヤーとなる道筋を実践的に拓いた。本書はそのドキュメントであり、新たな外交を創るマニフェストであるといえよう。
 
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