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『スノーデン、監視社会の恐怖を語る 独占インタビュー全記録』
                       (毎日新聞出版)

2017年1月31日

                              著者:小笠原みどり(ジャーナリスト)


共謀罪でテロは防げない
オリンピックを監視強化の口実にさせないために


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 安倍政権は東京オリンピックに向けたテロ対策として、通常国会での共謀罪新設法案の成立を目指している。この法案がこれまで三度廃案になってきたのは、人々の日常のコミュニケーションそのものを犯罪化することが明らかに問題だからだ。だが、この恐るべき監視法案を「明らかに問題」と感じとる社会の識閾は、「オリンピック」と「テロ対策」の呼び声の前に未だかつてなく低下しているようにみえる。実際には、ここぞとばかりに共謀罪を達成したい政治家、官僚、警察、治安機関の意図はオリンピックともテロ対策ともまったく関係ないが(だからこそこれまで三度も提案されてきたわけだが)、この名分に対して報道機関や市民社会がなんとなく口ごもってしまうのなら、いま声を大にして言っておきたい。監視によってテロを防ぐことはできない、と。

 市民生活をいくら執拗に監視してもテロ防止には役立たない、という事実は、新刊『スノーデン、監視社会の恐怖を語る 独占インタビュー全記録』(毎日新聞出版)で、筆者が強調した点でもある。いや、正確には、米国防総省・国家安全保障局(NSA)の世界的な監視システムを内部告発したエドワード・スノーデン自身が、諜報機関の元職員としての経験を開陳しながら、熱をこめて語った点である。

 いまや世界中のメールやチャット、ソーシャルネットワーク(SNS)上のコミュニケーションを大量収集するNSAで、スノーデンたち分析官は朝から晩まで、ターゲットにした人物の送受信したメールや閲覧したサイトをひたすら追いかける。この人物がテロの被疑者かどうかはこの時点では判断はつかない。にもかかわらず、膨大な時間をかけて膨大な個人情報を盗み見る。つまりすべての人々を潜在的なテロ予備軍としてみなし、網を広げながら同時に絞り込んでいくわけだが、「必要とされる情報処理能力は個人や組織の力を大きく超え、テロ被疑者はこの膨大な情報の波間に消えてしまうのです」とスノーデンは語る。

 国家が個人の通信内容を犯罪容疑も不明なままに収集することは、もちろんそれ自体が重大な違法行為だ。だから米政府はこれをひた隠しにしてきたし、スノーデンがNSA機密文書とともに事実を白日の下にさらしても市民監視を否定し、オバマ元大統領はスノーデンを「ただの29歳のハッカー」と呼んで国家の犯罪を矮小化した。安倍首相もまた、共謀罪の捜査過程ではNSAのような大量監視を「想定していない」と否定するだろう。だがいくら政府が否定しても、このような監視はすでに行われているし、技術的に今後強化されることがあっても退化することはない。共謀罪の前提には広範な、例外のない市民監視が待ち構えていることを私たちはまず認識する必要がある。

 スノーデンの諜報現場での「テロ対策になっていない」という実感は、すでに15年以上に及ぶ「対テロ戦争」の結果、西欧がますます対抗暴力の現場となっている事実に直結する。これも拙著で詳述したことだが、仏政府は2015年1月のシャルリ・エブド襲撃事件以来、市民のインターネット動向を分析するソフトウエアのインストールをインターネット会社に義務づけ、個人所有のコンピュータのリアルタイム監視のために警察が家宅侵入することまで合法化したが、同年11月のパリ襲撃事件を防げなかった。その後の「非常事態」宣言下で、警察がさらに強大な監視権限を手にしても、16年7月のニースのトラック襲撃事件ほかいっこうに「テロ」を防げずにいる。そして日本ではほとんど報じられずにきたことだが、事件のたびに「諜報機関は実は情報をつかんでいた」「情報は足りている」という報道が後を追っている。

 一方で、スノーデンの告発を否定したい米政府ですら、無制限に拡大してきたNSA監視がテロを防げなかったことをすでに認めている。大統領と上院によって選ばれた専門家による検証委員会は2014年1月、「NSAの電話盗聴プログラムが対テロ捜査の成果に具体的に役立ったケースは一件も発見できなかった」「さらに、新たなテロ計画の発見やテロ攻撃の阻止に盗聴プログラムが直接役立ったケースもひとつも見つからなかった」と報告した。

 こうした公の事実を正面から受けとめれば、結論はもはや「監視はテロを防げない」にとどまらない。そう、監視は世界をもっと危険な場所に変えているのだ。共謀罪もまた、日本をより危険な場所に変えるだろう。9.11以降に開始した「対テロ戦争」が中東を主戦場とし、米国内に、欧州に、世界中に暴力を拡散させて、年々「テロ」を深刻化させているように、監視は戦争の伴走者となって暴力を呼びこんでいくのだ。

 日本の米空軍横田基地に勤務していたスノーデンは「特定秘密保護法は実は米国がデザインしたものです」とも明かした。日本の法制度が米国の違法監視システムを合法化する方向に動かされていることを考慮するとき、共謀罪もまた米国の戦争-監視体制の一翼を担うものであることは、もはや疑いない。

 「テロを実際に止めることができないのに、大量監視プログラムはなぜ存続するのか。答えはテロ対策以外のことに役立つから」と彼は言った。この「テロ対策以外」の内容には、ジャーナリストの妨害や市民運動の弱体化、世論操作がある。詳しくは拙著をお読み頂きたいが、スノーデンはこうまとめている。「監視はどんな時代でも最終的に、権力に抗する声を押しつぶすために使われていきます。そして反対の声を押しつぶすとき、僕たちは進歩をやめ、未来への扉を閉じるのです。」

 オリンピックやテロ対策を口実に、共謀罪の新設を許してはならない。政府の口車に乗せられてはならないし、この法案への批判に遠慮も躊躇もいらない。「監視によってテロは防げない」ことは証明されているのだから。ではなぜ共謀罪をつくるのか? それは権力者たちが聞きたくない声を押しつぶすのに便利だから。オリンピックやG8のようなメガイベントでは、「一時的」という名目で新たな監視が導入され、恒久的に居座ってきた。共謀罪はオリンピックはもちろん、その前も後も続く私たちの暮らしをもの言えぬ世界へ、暴力へと近づけていく。
小笠原みどり
                         小笠原みどり

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