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小笠原みどり著 「スノーデン・ファイル徹底検証 〜日本はアメリカの世界監視システムにどう加担してきたか〜」
評者:白石 草 (OurPlanetTV代表)
かつて高い視聴率を誇る人気ドラマを連発していたフジテレビのドラマ枠「月9」。この名門ドラマ枠で、1月6日から『絶対零度~未然犯罪潜入捜査』が放送されている。
ドラマの舞台は、警視庁刑事部捜査一課内に設置された「未然犯罪捜査班」 (通称・ミハン)。この特命班に所属するメンバーが、あらゆる個人情報や監視カメラ映像などが集約されたビッグデータを解析し、AIによって統計学的に割り出された「未来の犯罪者」を特定し、潜入・追跡捜査して「犯罪」を未然に防ぐストーリーだ。
主役の「ミハン」リーダーは、妻と娘を無残に殺された過去から、 “犯罪” を心底憎んでいる元公安のエリート刑事だ。ここでは、令状なく部屋に忍び込んで盗聴器を仕掛けたり、携帯をハッキングして通信履歴を集めたりといった、あらゆる “違法捜査” が是とされる。
シリーズは、2010年の初回放送から人気が高く、2018年7月から放送された「シーズン3」の平均視聴率10.6%。視聴率が低迷する「月9」において、優等生的な地位を確立している。今シリーズのテーマはずばり「大規模テロ」だ。
小笠原みどり著の『スノーデン・ファイル徹底検証』は、そんな人気ドラマの筋書きが決して絵空事ではないことを示した一冊である。監視研究の一人者である著者が丹念に紐解いたのは、CIA (中央情報局) やNSA (米国国家安全保障局) の職員だったエドワード・スノーデンがNSAから持ち出した機密文書、いわゆる「スノーデン・ファイル」のうち、日本政府に関する13の文書だ。2017年から18年にかけて、米国の調査報道機関「インターセプト」のウェヴサイトを通じて公表された。
暴露文書には驚くべき数々が記されている。例えば、NSAは、沖縄、横田、青森県三沢の3つの基地を拠点に、60年以上にわたって日本で諜報活動を展開し、日本政府はこれに協力してきたというのだ。そして諜報拠点の一つ、沖縄県の楚辺通信所 (通称・象のオリ) の機能をキャンプ・ハンセンに移転する際、日本政府はインターネット監視用の新設備に5億ドル (600億円) を投じ、横田基地内に通信機器工場を建設した際にも、660万ドル (8億円) もの費用を負担した。さらに、この工場で作られたアンテナは、はるか遠いアフガニスタンにおいて、アルカイダへの空爆に活用されていたというから驚きだ。「平和憲法」を掲げながら、実際には、米国の戦争の加担してきたのだ。
また2008年に暴露された文書により、日本政府が2012年9月以降、国内におけるインターネット大量監視に舵を切ったことも判明した。
日本政府は2013年4月、対テロ戦争の見返りに、電子メールなどインターネット上のあらゆる情報を検索できる監視システム「エックスキースコア (XKeyscore)」を米国から入手している。オリバー・ストーン監督の映画「スノーデン」では、敵対する人物の弱点を捜し出し、それをネタに相手を脅す道具として登場するあれだ。テロ防止とは名ばかりで、ライバルを蹴落したり、陥れたりするために活用されうるツールだ。
これだけではない。文書によると、政府は2013年、福岡県の太刀洗通信所を通じて、1時間に50万件ものデータ収集を開始した。まさに、米国に歩調を合わせた、共同サイバー作戦の本格化である。これら監視体制の構築を主導したのは、ほかでもない、内閣情報調査室(内調)だ。内調のトップの北村滋は、逮捕寸前だった元TBSワシントン支局長・山口敬之氏の準強姦事件を握りつぶしたとされる人物だ。その彼が、国民総監監視包囲網を敷いたである。
暴露文書の中身はいずれも、日本を震撼させるような内容ばかりだ。しかし日本では、これらの事実はほとんど報じられていない。確固とした文書が存在し、それらは「インターセプト」のサイトを通じて全て入手できるにも関わらずだ。
著者は、そのことも痛烈に批判する。とりわけ、「インターセプト」と同時に本文書を入手し、スクープを得たNHKの姿勢については激しく糾弾する。NHKは、重要な文書を手にしながらも論点をずらし、逆に、国家による監視を容認するような番組を放送したのである。
話を冒頭に戻そう。
日本では、保育園に貼ってある子どもの似顔絵から園児の名前を隠したり、学校の連絡網配布を取りやめたり、テレビ番組の街頭インタビューの顔にぼかしを入れたり、プライバシー保護に対してやたら過剰な面がある。一方で、情報企業が就活生のインターネット閲覧履歴を収集して企業に販売していたり、交通機関のICカードデータを本人の同意なく企業に提供したり、ポイントカード会社が令状もない捜査に協力して、捜査機関に会員情報を提供していても、多くの人はほとんど気にしていない。「月9」の「ミハン」で描かれる違法捜査についても、多くの視聴者は「正義」の道具として、「犯罪者」が捕まるならいいのでは」というくらいの感覚でいるに違いない。
だが、「犯罪」が何かを決めるのは国家だ。そう著者は警鐘を鳴らす。「秘密保護法」や「共謀罪」も「マイナンバー」も、すべて監視法制の一環であり、全体主義化を推し進める道具なのだ。しかも、これらは、人々が警戒しないよう巧妙に進められている。
今年は五輪イヤー。テロ対策を名目に史上最大の警備費用が計上され、競技会場や選手村などの全てのゲートに顔認証レーンを設置し、選手やスタッフはもちろん、ボランティアや記者まで30万人以上をチェックする。五輪費用が膨張し、テレビニュースでは、住民に安心を与える喜ばしいもののように報道されているが、五輪後、全ての住民監視に活用される恐れがある。
すでに法務省の入国管理局は、五輪に向けたテロ対策を理由に、犯罪歴があったり、DVの恐れがある外国人を予防拘禁しており、難民問題に詳しい弁護士は、「治安維持法」時代よりもひどい運用が行われていると告発している。また今年に入り、高市総務相がマイナンバーと金融機関の預貯金口座の連結を義務化する検討を公表。2021年の通常国会で、共通番号制度関連法改正を視野に入れているという。
このように今、日本政府は、五輪というタイミングを狙って、すべての個人をスキャンし、監視の網の目の中に置こうとしている。米国の軍事戦略に歩調をあわせ、貢献すると同時に、個人の自由や権利を抑圧し、民主主義を破壊するためである。
ウィキリークスやスノーデンといった新たなタイプの機密情報暴露者が登場しても、日本社会はどこか他人事で、関心が寄せられてこなかった。しかし、そう言ってはいられない。もし、SNSやスマートフォン、ポイントカードや交通系ICカードのいずれか一つでも利用しているのであれば、まずは、この本を手に取ってほしい。一人でも多くの人が、「五輪プロパガンダ」のかげで進む国家主義への足音を認識する必要がある。
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