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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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敵基地攻撃能力保有論の行方 3

2020年10月16日


7 安全保障政策の視点から
 安全保障政策としての専守防衛にはどのような意義があるのか。我が国の地理的位置を考えてみましょう。
 日本の国土は、ロシア極東から朝鮮半島、台湾、中国本土を覆うように南北約3000キロにわたり延びており、大陸までの距離は北海道で約300キロ、九州で約200キロ、沖縄本島で約700キロと短いものです。

 日本列島は東西の幅が狭く、戦場となった場合の縦深性が乏しいため、可能な限り日本列島から離れた箇所での防御が必要です。そのため攻撃の足の長い装備が必要となります。他方で、例えば戦闘行動半径が1000キロを超える航空自衛隊の戦闘機は、搭載する空対地ミサイルの射程と併せて、それ自体で相手国領土を攻撃できる能力を持っています。海上自衛隊もすでに、世界中の海域で作戦行動ができる、いわゆる「ブルーウォーターネイビー」です。

 その結果、我が国は周辺諸国との安全保障のジレンマ (一国による安全を確保するための行動が他国には攻撃を企図した行動と受け取られ、相互に対抗措置を呼び起こす結果、双方の安全が却って低下すること) に陥りやすいという地政学的な宿命を持っています。そのうえ歴史問題を抱えており、互いのナショナリズムの琴線に触れやすいのです。ナショナリズムは合理的で現実主義的な安全保障政策をゆがめることがあるため、我が国の安全保障政策上慎重な扱いが求められます。ましてや我が国自身がこれをあおるようなことになっては、周辺諸国との紛争の原因になりかねません。

 安全保障政策としての専守防衛政策は、我が国周辺諸国に対して「安心の供与」をする一種の宣言政策として機能してきました。憲法 9 条の趣旨を反映した安全保障政策です。敵基地攻撃能力保有は、専守防衛政策のこの機能を損ない、我が国と周辺諸国との間で軍拡競争という安全保障のジレンマに陥ることになりかねません。

 このことは決して大げさな不安をあおるものではありません。2020年 8 月 4 日防衛省内での河野防衛大臣の記者会見がありました。記者からの関連質問で、相手国領域でのミサイル阻止能力を検討する場合に、周辺国の理解が重要で、現状では中国や韓国から十分に理解を得られる状況にはないと思われるが、今後もし理解を得る際に必要と思われることは何か、という質問がありました。この質問は、一国の防衛政策をめぐり、周辺諸国との間で理解と信頼が不可欠であるという当然の認識を踏まえた質問でした。これに対して河野防衛大臣は気色ばんでこう答えたのでした。

 「周辺国ってどこの国のことですか。」
 「 (主に中国と韓国だとの記者の答えに対して) 主に中国がミサイルを増強しているときに、なんでその了解がいるんですか。」
 「何で韓国の了解が必要なんですか。我が国の領土を防衛するのに。」

 この記者会見での河野防衛大臣の答弁と姿勢は、およそ防衛大臣として防衛政策の重大な変更への理解を完全に欠如しているといわざるを得ません。安全保障のジレンマを煽るようなものです。彼の頭の中には既に専守防衛という思考回路が存在していないのではないでしょうか。

 武力紛争を予防するため互いの軍事的信頼醸成措置 (CBM) が必要であることは論を待たないことと思っていましたが、河野防衛大臣はそのような認識を持っていないことに驚くとともに、我が国単独主義の危険なにおいを感じるのです。

8 日米安保条約・日米同盟の視点から
( 1 ) 専守防衛の下での日米安保条約における日米の軍事的役割は、日本は防勢作戦を、米国は攻勢作戦と分担されてきたといわれてきました。別の言い方では日本が盾で米国が鉾ともいわれています。抑止力論では、日本は拒否的抑止力を持ち米国が懲罰的抑止力を行使するといわれています。この関係は現在まで維持されています。 しかしこの関係は二つの側面で既に変貌しつつあることも確かです。この二つの側面は別々のものではなく、一体となっています。

( 2 ) 一つの側面では、自衛隊の防衛力強化 (抑止力、対処力の強化) です。それに伴い、日米安保体制下での自衛隊による我が国防衛の役割が高まりました。この文脈からは、自衛隊による敵基地攻撃能力保有という、日米の役割分担の変化が見えてきます。少し歴史をたどってみます。

 まず16大綱 (2003年12月) で打ち出されたのが「多機能弾力的防衛構想」でした。この考え方は、それまでの自衛隊が「存在するだけの抑止力」であったものを、安全保障政策において自衛隊を有効に活用しようという考えに転換するものでした。「多機能弾力的防衛構想」では「新たな脅威や多様な事態」へ実効的に対処できる防衛力を目指しました。そのため「基盤的防衛力構想」から事実上離れてしまったのです。制度的には自衛隊の管理庁で内閣府の外局という位置づけあった防衛庁が政策官庁である防衛省となり、安全保障政策も防衛省の主管の範囲に入ることとなりました。

 それに対応して、自衛隊法第 3 条「自衛隊の任務」が改正され、それまでは自衛隊の本来任務ではなく、雑則任務であった海外活動が本来任務とされました。
 その後22大綱で基盤的防衛力構想を否定して、各種事態に「実効的な抑止と対処」をする「動的防衛力構想」を打ち出し、25大綱を経て2015年 4 月日米ガイドラインの下での30大綱では、我が国の防衛の第一次的責任を日本が負担することとなりました。さらに30大綱では、「我が国の・・・防衛力を強化することは、日米同盟を強化することに他ならない。」と述べるに至ったのです。

 22大綱について日弁連は2011年 7 月意見書の中で次のように述べて、専守防衛政策を変容させる恐れがあると懸念を示しています。
 「以上のように, 基盤的防衛力構想を排斥し, 動的防衛力の構築を基本方針とすることは, 従来の『憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略である専守防衛政策』を『周辺事態対処』,『アジア太平洋地域及び国際的な安全保障環境の改善』に広げ, かつ, 国土防衛から『権益保護』にまで拡大するものであり, 実質的にこれまでの『専守防衛政策』を大きく変容させるおそれがある。」

 ※基盤的防衛力構想
 55防衛大綱 (最初の防衛大綱) 以来採用されてきた防衛力構想。
 わが国に対する軍事的脅威に直接対抗するよりも、自らが力の空白となってわが国周辺地域の不安定要因にならないよう、独立国としての必要最小限度の基盤的な防衛力を保持するもの。
 この考え方は、まず、日本に対する本格的大規模な侵略事態は可能性が低いと想定し、特定の仮想敵の軍事力に対抗する防衛力を保持する所要防衛力構想(仮想敵の軍事力に対抗して我が国の軍事力を増強させるもの)を排斥し、 (どの国からでもよいが) 小規模限定的武力攻撃という武力攻撃の絶対量を前提にした軍事的対応を想定し、日本の領域に薄い防衛の網をかぶせ、侵略に対する「拒否力」の範囲で防衛力を整備するもの。抑止力論では「拒否的抑止」に分類される。専守防衛政策と親和性が強い。

 ※動的防衛力構想
 22防衛大綱で採用された防衛力構想。基盤的防衛力構想を排斥したうえで、「防衛力の存在自体による抑止効果を重視した、従来の『基盤的防衛力構想』によることなく、各種事態に対し、より実効的な抑止と対処を可能とし、アジア太平洋地域の安全保障環境の一層の安定化とグローバルな安全保障環境の改善のための活動を能動的に行い得る動的なものとしていくことが必要である。このため、即応性、機動性、柔軟性、持続性及び多目的性を備え、軍事技術水準の動向を踏まえた高度な技術力と情報能力に支えられた動的防衛力を構築する (22防衛大綱より) 。」と述べる。冷戦時代の伝統的な北方(対ソ連シフト)重視から、南方(琉球列島防衛 対中国シフトへ転換)重視の防衛政策により、有事の際に自衛隊を北方から南方へ機動展開させることを意図する。

( 3 ) もう一つの側面は、16大綱以降顕著となった日米の軍事一体化の強化です。この文脈からは、我が国の敵基地攻撃能力は、日米共同作戦の一部として位置付けられます。
 16大綱策定とほぼ同時期から始まった日米防衛政策見直し協議 (一般には米軍再編協議と称される) が大きな転機となっています。

 それまではわが国周辺地域での米軍の軍事作戦への自衛隊による後方支援 (周辺事態法) と有事法制による自衛隊を含む政府機関、地方自治体、民間企業による米軍の軍事作戦への協力 (米軍支援法と特定公共施設利用法) でした。これには個別的自衛権行使しかできないという憲法 9 条の制約があり、集団的自衛権行使との「切れ目」があったのです。

 日米防衛政策見直し協議は、この「切れ目」をなくすこと、日米安保体制を我が国防衛と周辺事態対処からグローバルな軍事同盟へと変容させることを目指したものでした。そして日米の軍事的役割において、国家戦略レベルから部隊戦術レベルまでの日米の軍事一体化を目指すものでした。日米安保体制は名実ともに日米同盟へと変貌することになったのです。

 日米防衛政策見直し協議の延長線上に、特定秘密保護法と「切れ目」のない安保法制が制定されます。

 安保法制はそれに先立ち日米で合意された新ガイドラインを実行するためのものです。新ガイドラインの中心的な内容は、平素から情勢緊迫、周辺事態、戦時を通じて日米が緊密に共同作戦をとることができる態勢を作ること (同盟調整メカニズムの立ち上げ、政府レベルから軍軍間の作戦調整まで) 、日米共同作戦計画の策定と情勢にあわせた改定を行うこと、我が国防衛・周辺事態・存立危機事態での日米の共同作戦の概要を合意するものです。

 これにより政府レベルから部隊戦術レベルまでの日米の軍事一体化を図る仕組みが作られることとなりました。過去の78年、97年ガイドラインと比べても、我が国防衛における自衛隊の役割が強化され、それに反比例するように我が国防衛での米軍の役割が縮小されていることが見てとれる内容です。

 30大綱は新ガイドラインを実行するための我が国の防衛政策の基本と自衛隊の態勢を定めるものです。多次元統合防衛力構想と称する防衛態勢のキーワードは「クロスドメイン」です。これは米国の最新装備を導入 (F35,SM6、E2D早期警戒機、新型イージス艦と自衛隊・米軍の軍事情報、作戦情報を共有する共同交戦能力 (CEC) の導入、宇宙軍事作戦での情報共有など) して、近未来の武力紛争を想定した日米共同の作戦行動をとろうとするものです。

 以上のことから、専守防衛を前提にしたはずの日米安保体制での日米の軍事的役割分担は、次第に我が国防衛における自衛隊の役割を増大させ、軍事作戦においては日米の一体化をはかり、専守防衛はすでに軍事政策レベルにおいては機能を果たさなくなっていると言っても過言ではありません。

 自民党提言が導入を求める敵基地攻撃能力は、このように既に専守防衛とは言えなくなった日米同盟の実態と30大綱が目指すものを実現させるため、長年採用されてきた 9 条憲法解釈を、7・1 閣議決定のように解釈変更させることを求めるものといえます。

 2020年 8 月 4 日自民党提言は日米の対応オプションが重層的なものとなるよう求めています。この意味は、我が国が保有する敵基地攻撃能力が、米国の攻撃力を補完することということなのでしょう。

(次回に続く)

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