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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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「唯一の戦争被爆国として核兵器国と非核兵器国との橋渡し役」の嘘 中

2020年11月19日


8 我が国はこれまで何度も独自核武装の検討をしてきました。私の手元にある一番古い文書では、1981年 (昭和56年) 7 月30日付の防衛研修所第 6 室の二人の所員による「核装備について」というものがあります。この文書はプロジェクト研究「我が国防衛政策 (戦略) のあり方―中・長期的視点からの研究」の一部となるものの中間報告とされています。「 1  核装備の(日米安保体制下における)軍事的効果 (抑止、対処) と非効果の論証」「 2  核装備の技術的可能性 (実験を含む) 及び日米関係からの可能性」「 3  核装備が自衛隊の通常防衛力に与えるインパクト」という 3 部構成です。

 これは極東ソ連軍との戦域核戦争を想定した日本独自の核武装を前提にした研究です。戦域核戦争が日本に及ぼす被害想定では、20万人以上の都市に限定した被害では2500万人、京浜・中京・京阪神の工場地帯のみへの攻撃で工業被害50%破壊、北海道のみを想定しても被害人口160万人、工業力では全国比で 3 ~ 4 %が破壊としています。

 結論としてソ連の被害と比較して日本がほぼ一方的に不利としています。日本のほうが人口と産業の集積度が圧倒的に高いからです。そのことから我が国の独自核反撃力は対処 (実際に核戦争を行う) ためではなく抑止力として位置づけ、米国の核抑止力とドッキングさせるべきとまとめています。
 核装備の技術的可能性について、米国の全面的協力が不可欠でありあり得ないと結論しています。

9 前項の文書は当時の防衛庁の内部研究でしたが、1968年から1970年にかけて「日本の核政策に関する基礎的研究」 (一) 、(二) が作られていました。佐藤内閣時代に内閣調査室が極秘裏に蝋山道夫、永井陽之助など 4 名の研究者に委託して作成したものです。この報告書の作成について1994年11月13日付朝日新聞が一面トップと11面に詳しい解説記事を掲載したので私もその存在を知りました。
 ※ 朝日新聞記事

 佐藤首相もその内容を知っていたようです。この時期は、前々回アップした「将来の憲法改正を議論していた外務省」で述べたように、我が国の戦後の外交・安全保障政策の大きな転換点でした。佐藤首相が非核三原則を国会で答弁した時期とも重なります。

 報告書は、核兵器の技術的な問題、核戦略、財政、外交政治問題などから明確に日本の独自核武装を否定するものでした。ある意味では佐藤内閣以降の核政策の基礎を作ったものといえます。報告書そのものをご紹介しておきますので是非お読みください。
 ※ 日本の核政策に関する基礎的研究」 (一) (二)

 私は偶然にこの報告書を入手しました。2010年にオバマ政権の核政策として発表された「核態勢見直し (NPR) 」(2010年 4月) に先立ち、米国の研究団体である「憂慮する科学者連合」が発表したレポート「日本と米国の核態勢」 (2010年 3 月) を「憂慮する科学者連合」の HP 上で見つけたときでした。

 当時オバマ政権は、前年 4 月プラハでの演説を踏まえた新しい核政策 (核態勢見直し) にとりかかっていました。世界の目は、オバマ政権が核態勢見直しにおいて核兵器第一不使用政策 (これとほぼ同義の唯一目的論―核兵器は他国からの核攻撃を抑止することを唯一の目的とする核戦略の意味) を採用するのではないかとの期待が広がっていました。結果的には第一不使用政策は採用されませんでしたが、核兵器の基本的役割を核攻撃の抑止として、核兵器の役割を低減し続けるとしました。

 この核政策が採用されれば、核兵器の数も大幅に減らし、かつ核兵器使用のリスクも大きく減少させることができるはずでした。

 「憂慮する科学者連合」のこの論文の目的は、このことを後押しすることでした。論文は、いくつかの論拠を挙げながら日本政府は独自核武装論を明確に否定していることを論証し、米国が唯一目的論を採用しても、日本が NPT から脱退して独自核武装することはない、日米同盟に影響を与えない、オバマ政権は日本に対して海洋発射核巡航ミサイルの退役を通告すべきだなどと結論しています。論文が論拠として重視して取り上げたのが、「日本の核政策に関する基礎的研究」でした。

 この報告書の末尾に「日本の核政策に関する基礎的研究」 (一) (二) が添付されていたのです。さらに添付された「基礎的研究」には「朝穂蔵書」と読める四角い蔵書印が押されていました。早速水島朝穂教授へお尋ねしたところ、かつてある新聞記者が研究室へ取材に来た際に、この報告書のコピーを渡したとのことでした。「憂慮する科学者連合」はどのような経路で入手したのかわかりませんが、水島朝穂教授から入手した記者から出たものであったのでしょう。実に奇妙な巡りあわせでした。
 ※ 「日本と米国の核態勢」憂慮する科学者連合報告書 (英文)

10 次に1999年 8 月 4 日朝日新聞の記事に目が留まりました。「防衛庁内に封印された報告書がある。『大量破壊兵器の拡散問題について』と題した冊子は、1995年に当時の畠山事務次官の指示で制服組や若手の官僚がまとめた。」というものでした。私もこの報告書を手に入れました。
 ※ 朝日新聞記事

 この報告書は1995年 5 月29日作成となっています。当時 NPT 条約の有効期限である条約発効から25年が到来し、米国をはじめとする核兵器保有国は条約の無期限延長を目指していました。

 非核保有国は条約の不平等性 (米・英・露・中・仏だけに核兵器保有を認め、その他の国は否定されたうえ、IAEA の査察を受けるという不平等性) と核兵器国の条約第 6 条核軍縮義務への取り組みの不十分さや、冷戦終結後の米国の核政策が、核兵器の役割を拡大しているとの不信感などから、米国が目指す条約無期限延長に暗雲が垂れていました。

 この前年の94年には、北朝鮮の核開発問題から米国が北朝鮮の核施設へ武力攻撃をかけようとして、第二次朝鮮戦争の危機が高まった時期でした (第一次朝鮮半島核危機) 。そのため日本国内でも独自核武装論が主張される状況にありました。

 この報告書は防衛庁の内部研究ですが、核不拡散条約の無期限延長が決まったのちの我が国の核政策を提言しています。報告書は軍事・核戦略、国際政治、地政学などの要素を踏まえて、日米同盟が破綻、核不拡散レジームの崩壊、各国が核武装へ傾斜という最悪の想定下でも、我が国の核武装を否定します。

 そのうえで日本の選択肢として、日本が核オプションをとらず NPT 無期限延長を支持していることを、日本のミリタリーサイドの見解として表明すること、日米間で拡大抑止力の信頼性維持について議論を開始するとともに、日米安保条約の片務性を実務的に緩和することを追求する、国連安保理常任理事国のメンバーシップの拡大をする主旨で国連改革を検討するという三点を提案します。
 ※ 報告書「大量破壊兵器の拡散問題について」

 この提言が影響したのではないでしょうが、その後の日本政府は、日米同盟における日本の役割の拡大、2010年以降日米拡大抑止協議を行う (拡大抑止協議のことは後に説明します) 、国連安保理常任理事国入りを目指します。

11 一つの議論や意見として独自核武装論はあるにしても、日本政府の軍事・安全保障政策の中には独自核武装の選択肢はもはやないと断言してよいでしょう。その半面で、日本政府は米国の拡大抑止力への依存を深めてきました。日本政府の拡大抑止力依存政策は、米国による核軍縮への妨害物になるくらいです。

 例えば、2016年 8 月15日付ワシントンポスト紙は、当時オバマ大統領が核兵器の先制不使用宣言を検討していることについて、安倍首相はハリス米太平洋軍司令官に反対の意向を伝えたこと、その理由が北朝鮮への抑止力が低下して、紛争のリスクが高まる懸念があるというものだということを報道しました。

 オバマ大統領は2016年 5 月、現職の最初の大統領として広島を訪問しています。オバマ政権が取り組んだ「核態勢見直し (NPR) 」では、核兵器第一使用政策を放棄するのではないかとの期待が集まりながら、採用できなかったので、彼の大統領としての任期の最終盤で先制不使用宣言をしようとしたのでしょう。

 日本政府の核抑止力依存政策がどれほど米国の核兵器に強く固執して依存しているかという事実は、反核感情の強い日本国内世論へは隠されてきました。日本政府の核抑止力依存政策の実態を知れば、「唯一の戦争被爆国」として核兵器国と非核兵器国の橋渡しをして、核兵器の究極的廃絶を実現するという主張が全くのまやかしであり、核軍縮がすすみ、核兵器禁止条約が発効して批准国が広がることは、日本の安全にとって有害で困るという赤裸々な本音が明らかにされるのです。

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