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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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「唯一の戦争被爆国として核兵器国と非核兵器国との橋渡し役」の嘘 下

2020年11月20日


12 2009年に米連邦議会は超党派の戦略態勢委員会を設置しました。委員長はウイリアム・ペリー、副委員長はジェイムズ・シュレジンジャーです。委員会の目的は、オバマ政権による核態勢見直しへ議会が影響を与えることでした。

 委員会が議会へ提出した最終報告書には、委員会があらかじめ協議した国の外交官のリストがあります。駐米日本大使館からは政務担当公使の秋葉剛男氏 (現外務事務次官) ほか 3 名の外交官の名前が挙がっています。

 報告書は2013年までに海洋発射核巡航ミサイルを退役させることについて、アジアの国から強い懸念が示されたことを述べています。実はこのアジアの国は日本政府のことでした。

 報告書の20 . 21頁では「とりわけ重要な同盟国の一つから委員会へ個人的 (privately) に、米国の拡大抑止力の信頼性は、幅広い標的をリスクにさらし、状況が求めるならば公然とまたは隠密裏のいずれの方法でも核戦力を配備する特別な能力に依存していると主張した」と書いています。上記の「憂慮する科学者連合」は、この同盟国が日本であると断定しています。

 日本政府がこのように委員会へ「個人的に」要求した詳しい内容は後で述べますが、2018年 3 月 4, 5 日しんぶん赤旗のスクープ記事で明らかになります。

 なぜ強い懸念を示したのでしょうか。米国の拡大抑止力は主として核非核両用攻撃機 (これに搭載するB61自由落下型核爆弾) と海洋発射核巡航ミサイル (ロサンゼルス級攻撃型原潜へ搭載) により維持されていました。

 このうち前者はヨーロッパ諸国に対して、後者はアジアの同盟国 (日本と韓国) に対するものでした。海洋発射核巡航ミサイルが退役させられれば、日本に対する米国の拡大抑止力の信頼性がなくなるというのが日本政府の懸念でした。ここまでは私も最終報告書を見ていたのでわかっていました。

13 ところが、2018年 3 月 4, 5 日しんぶん赤旗が、戦略態勢委員会がヒヤリングした在米日本大使館の秋葉剛男公使とのやり取りと、日本政府が委員会へ提出した意見書の内容を報道したのでした。

 しんぶん赤旗は日本政府の意見書とヒヤリングのやり取りをまとめた文書を入手して記事にしていました。しんぶん赤旗の好意により、記事が紹介した日本政府の意見書とヒヤリングのやりとりをまとめた文書を送ってもらいました。
 ※ しんぶん赤旗記事 3/4-1しんぶん赤旗記事 3/4-2しんぶん赤旗記事 3/5
   日本政府意見書 (英文)、ヒヤリングメモ (英文)

 この内容は「唯一の戦争被爆国」を隠れ蓑にした日本政府の「核兵器中毒」ともいうべきものでした。意見書が求めた米国の核兵器の能力として、柔軟性、信頼性、迅速性、選別・選択、ステルス性と誇示する能力、十分な能力の 6 項目をあげました。それぞれの項目の意味は上記 3 月 4 日付しんぶん赤旗に意見書の要約が掲載されていますので、それをお読みください。

 この中で選別・選択について述べておきます。兵器の選別・選択性とは、攻撃した際に国際法上の軍事目標主義に反しないよう、非戦闘員の被害を最小限にとどめる要請を意味する言葉です。これは国際人道法の要請です。

 ところが意見書では、人道主義の観点からではなく、武力紛争で使いやすい核兵器にすることを求めているのです。そうしないと仮想敵国は、米国の拡大抑止力すなわち危機的な状況下で同盟国を守るため核兵器を使用するとの米国の誓約を信用しなくなり、日本への拡大抑止力が削がれるというものです。

 私から見れば倒錯した考え方と言わざるを得ません。なぜなら、核兵器はいくら小型の戦術核兵器であっても、無差別大量破壊兵器であることから、国際人道法に反するものですし、万一米国が中国へ核攻撃をすれば、日本は確実に核攻撃の報復を受けるからです。

 意見書の最後で、米国が戦略核兵器を大幅に削減すれば日本の安全は脅かされる、だから事前に日本政府と協議してくれと要求し、米国がロシアとの核軍縮協議をする場合には、中国の核軍拡、核兵器近代化に留意してくれと要求しています。この政府意見書は、核兵器の削減よりも日本の安全保障それも核兵器による安全を優先させることを求めるものでした。

 トランプ政権が昨年 2 月に IMF 条約から脱退宣言をして、同年 8 月に条約が失効しましたが、それまでの間のロシアとの INF 条約の交渉において、トランプ政権は中距離ミサイル戦力分野での米中の不均衡を是正するため、中国も INF 条約に加盟すべきだと主張し、中国はこれに加わるつもりはありませんので、そのことを脱退の理由の一つにしました。さらに来年 2 月に期限を迎える新戦略兵器削減条約の延長、改正交渉においても、中国の参加を条件にしています。

 意見書で述べられた日本政府の考え方は、トランプ政権に影響を与えたと言えるかもしれません。トランプ政権の核態勢見直しでは、新型の海洋発射核巡航ミサイルの開発をすることになりました。これも日本政府の意見が影響した可能性もあると思われます。

 トランプ政権は核軍拡、核兵器近代化を積極的に進めてきましたが、日本政府の核政策はこのトランプ政権の核政策と同じくらい、核兵器に安全を依存するものです。

14 2009年 2 月25日の委員会による秋葉剛男氏らからのヒヤリングに戦略態勢委員会側から同席した人物は、同年 2 月27日付でヒヤリング (シュレジンジャーと秋葉剛男氏との質疑応答) の内容をメモしたものを戦略態勢委員会の委員の一人であるモートン・ハルペリン宛に提出しています。

 その中で、この人物と他のヒヤリング参加者とは、秋葉剛男氏の発言について「mind-blowing」 (「びっくりしたなぁ、もう」とでも訳せる英文でしょう) なものだったと感想を述べあったことが書かれています。核兵器大国の米国の専門家ですら、秋葉剛男氏が日本政府の代表として述べた内容について、「びっくりする」ようなものだったのです。

15 さらにこのメモを作成した人物は、委員会と秋葉剛男氏との協議のポイントをいくつか指摘しています。ヒヤリング参加者が「mind-blowing」と受け止めた発言は以下のようなものでした。

・ 日本政府は中国と北朝鮮からの脅威に明確な憂慮を示した。

・ 米国の配備核弾頭の一方的な削減は日本の安全に逆行する。

・ 中国の核兵器の拡大と近代化を考慮に入れたうえで、米国が事前に日本政府と密接に協議する限り、実戦配備された米国の戦略核弾頭の大幅な削減に対しては、反対を述べなかった。

・ NATO 同盟の「核計画グループ」と同様の米国との高いレベルでの協議を日本政府は望むのかという点につき、秋葉剛男氏は、日本国憲法と国内世論の反対からこのような協議はむつかしいが、自分は賛成だと述べた。いずれにせよ秋葉剛男氏と同行した二人の外交官は、米国の核態勢と核計画に関して一層の情報を求めた。 (太字と下線は筆者)

・ (副委員長である-筆者注) シュレジンジャー博士からの、沖縄とグアムへの核兵器庫の建設を日本政府はどのように考えるかという質問に対し、秋葉剛男氏はそのような提案は説得的であると答えた。

 戦略態勢委員会報告書が「privately」と述べたやり取りはこのようなものだったのです。委員会のヒヤリングで以上のような発言をした秋葉剛男氏は現外務事務次官です。事務次官の任期は慣例で2年までとされていますが、彼は留任されて3年目です。彼は事務次官から次の国家安全保障局長に任命される、そのための留任と目されています。

 国家安全保障局長は、政府の安保防衛政策を決定する国家安全保障会議の事務方トップで、ホワイトハウスでは国家安全保障問題大統領補佐官のような地位です。

16 国民と国会の目の届かないところで、日本政府とそれを代表する外交官たちは、このようなことを発言し米国政府へ要求しているのです。日本政府がオバマ政権による核軍縮に反対していたことがよくわかると思います。

 これが核兵器に固執する日本政府の赤裸々な姿なのです。公表される日本政府の核兵器に対する態度からは想像できない方も多いと思います。「唯一の戦争被爆国」として核兵器の段階的な核軍縮措置を積み重ねて究極的な廃絶を目指す、毎年国連総会第一委員会へ「核兵器廃絶決議」を提出するなどは見掛け倒しです。

 現実に核軍縮に直面した時には、日本政府の本音が出るのです。核兵器禁止条約草案を議論した国連本部の会議には、日本政府代表は欠席して、その席に「あなたがいなくて寂しい」と書かれたメッセージとともに折り鶴が置かれていました。核兵器禁止条約に日本政府は反対を続けています。条約発効後 1 年以内に開かれ締約国会議へのオブザーバー参加にも否定的です。

17 日本政府が戦略態勢委員会へ要求した米国の核態勢と核政策についての日米協議は2010年から始まりました。「拡大抑止協議」と称されるもので、毎年 2 回東京と米国とで交互に行われます。

 「拡大抑止協議」の議題はブラックボックスで不明です。開始された当時参加者やどこで開かれているのかということすら当初外務省は開示しませんでした。その後2013年度からは外務省の HP へアップされています。以下の URL でご覧ください。
 https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press6_000094.html

 2011年東日本大震災の後の 6 月21日に開かれた、日米安保50周年の 2+2 (日米安保協議委員会、両国の外務・国務、防衛・国防の大臣、長官による会議) の共同発表文の一つ「より進化し、拡大する日米同盟に向けて ; 50年間のパートナーシップの基盤の上に」の中で、「効果的な二国間の拡大抑止協議が立ち上げられたことを歓迎する。」と書いていたので、私は初めて日米間の拡大抑止協議の存在を知り驚きました。

 日本政府が単に米国の拡大抑止力に依存するというだけではなく、自らも米国の核政策の形成に積極的にかかわっていることを示しているからです。しかも単に米国に効果的な核抑止力を求めるだけではなく、必ずその見返りに日本政府も何らかの具体的な条件を約束しているはずです。日米同盟の核心部分に触れた感じです。

18 核兵器は最悪の大量破壊兵器です。核爆発の瞬間には数百万度 (国連事務総長報告書「核兵器の包括でき研究」では 1 千万度としています) の火球となり、それにより超高温に熱せられた空気が急激に膨張して衝撃波となり火球とともに拡大します。

 それにより建造物は破壊され、人や動物は焼き殺されます。核爆発で生じた初期放射線と放射性降下物による放射線被ばくで致死量を超える放射線を浴びて死亡し、生存者も火傷と放射線被ばくによりその後死亡します。生存被爆者は生涯にわたり放射線に起因する疾病に苦しめられます。

 核爆発により破壊は、あらゆる社会構造を破壊し、被災者に対する効果的な救援や治療は期待できません。
 核兵器による被害がどのようなものであるか詳細に報告した「核兵器攻撃被害想定専門部会報告書」を是非お読みください。以下の URL でダウンロードできます。
 https://www.city.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/54623.pdf

19 私たちの国が唯一の戦争被爆国であり、私たちが核兵器の廃絶を本当に実現させようとすれば、圧倒的な世論の力で日本政府の核政策の変更を迫る運動は重要です。しかしながら日米安保条約とともに長年にわたり日本の政治外交を取り仕切ってきた保守政権は、日米同盟を日本の安全保障、防衛、外交の基軸とすることにいささかの揺らぎもなく、米国の拡大抑止力に依存する政策も同様です。

 私は日本政府が核兵器禁止条約を批准し、米国の拡大抑止力依存政策を転換させるには、これを実行できる政権を私たちが作るしかないであろうと考えます。

 2020年 9 月25日「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」が四野党へ「立憲野党の政策に対する市民連合の要望書‐命と人間の尊厳を守る『選択肢』の提示を」を提出しました。四本柱15項目の要望事項のその「Ⅳ 世界の中で生きる平和国家日本の道を再確認する。」において、核兵器禁止条約を直ちに批准、包括的で多角的な安全保障政策の構築、東アジアにおける協調的安全保障政策を進め非核化に向け尽力など、日米同盟基軸路線と国の核抑止力依存政策に代わる具体的な選択肢を提言しています。

 この要望書は自公政権に代わる新しい政権選択を求める要望書です。しかもこの要望書は、全国に広がった立憲野党の連合政権を作る市民運動によるものですから、新しい政権の基盤ともなりうるものと考えます。

 私はこの要望書の内容を政策として実行できる新しい政府を作ることが、日米同盟基軸路線、米国の拡大抑止力に依存する政策から抜け出して、核兵器禁止条約を批准する道筋であろうと考えます。

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