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【NPJ通信・連載記事】ビーバーテール通信―カナダから考える日本と世界―

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ビーバーテール通信 第10回
 パンデミック政治と想像力

2021年1月22日

小笠原みどり (ジャーナリスト・社会学者)

 新年、といっても、私たちはまだコロナウィルスの世界的な流行のただなかにいる。日本でも、新年 8 日に政府が 2 度目の緊急事態宣言を出した。ちょうど 1 年前、C O V I D-19出現のニュースを聞いたとき、これほど変化が待ち受けていようとは思いもしなかった。社会の激動と、私生活の抑制。私たちは二つを同時に体験しながら、目まぐるしく変わる情報を理解し、場面場面で新しい判断を迫られ、自分や周りの人の生命を守りながら、なんとか日々をまっとうしようと、悩みながら進んでいる。緊急事態宣言は「人々に危機感を醸成するため」らしいが、つい先日まで人々を「GoTo トラベル」に駆り出そうとしていた政府のご都合主義は、誰の目にも明らかだ。リーダーたちをあてにできない分、どうすることが一番いいのか、不確かさの迷路に入ってしまったように感じている人も多いだろう。

太平洋を臨むカナダのブリティッシュ・コロンビア州ヴィクトリアの夕暮れ。肌寒いが、多くの人が浜辺をそぞろ歩き、新年の空気を吸っていた=2021年 1 月、撮影はすべて溝越賢

 
「経済 V S 生命」の構図
 カナダでは日本と比べれば、一貫して明確な行動の抑制が呼びかけられてきた。オンタリオ州では昨年 3 月の緊急事態宣言で、食料品店と薬局を除いて商店が軒並み閉まり、屋内では 5 人以上が集ってはならないとされた。流行がいったん下火になった夏には、屋内で10人まで集うことが許されるようになったが、人々は野外で会うことを好み、やっと再開したレストランも外にテーブルを出して、テイクアウトに力を入れた。11月から感染者数が再び増え始めると、保守系のフォード州知事は消費を減退させる再ロックダウンを渋っていたが、ついにクリスマス翌日の12月26日から商店の閉鎖を決め、人々に冬休み中も家族や友人を訪ねないように、と呼びかけた。

 国境の南側でも、やはり「経済優先」の大統領がマスクも行動抑制も嫌い、その支持者たちが銃で武装してワシントンD Cの国会議事堂を占拠するような事態にまで発展したので、北米では新型コロナをめぐって「経済 V S 生命」の構図がほぼ出来上がっている。つまり、特段の対策をせず、できる限り産業が潤うように放置しておくのが経済派で、感染を抑えるために緊急事態も辞さず、家にこもって我慢するが生命派、というふうに。そして、カナダのメディアはほとんどが生命派で、経済を優先させたい政治家たちにプレッシャーをかけ、私の周りの大学関係者たちもほとんどが行動抑制を支持している。

 資本主義、わけても新自由主義という利益至上主義が地球の隅々にまで菌糸を伸ばして来た世の中で、この生命派の声が政財界の重い腰を上げさせるまでに強かったことは、私にとって意外だった。カネに勝る優先事項はないように見える世界でも、人間は自分の肉体を無視して生きてはいけない。いのちがなければカネもない、ということを人々はまだ覚えていたのだと、ほっとする気すらした。
 
 けれど、緊急事態が生命派の答えなのかには、疑問が募った。この良識と自制心にあふれた人々は、私が「人と会えないと気持ちが落ち込む」「ロックダウンで虐待から逃げられない女性が増えている」「オンライン授業には問題がある」などと言うと、困ったような顔をして、視線を遠くに泳がせてしまう。私が経済優先を唱えていないことは明らかだが、緊急事態やロックダウンの負の作用を指摘すると、経済派と見まがわれかねない。やがて、この消極的な拒絶反応は、「経済 V S 生命」というあまりにも単純な二項対立でコロナ対策が議論されているからだと気づいた。二項に収まらない声は、消化不良でどこかへ排除されてしまうのだ。

行動抑制しか対策はないのか
 しかし、よく見てみると「経済 V S 生命」という枠組みは現実とずれている。経済優先のフォード州知事が緊急事態を宣言し、宣言を何度も延長しながら、根拠の薄い人数設定を駆使して人々の交流を規制してきた。やはり経済優先の安倍、菅政権も「新しい生活様式」なるものまでつくり出して、一人ひとりの私生活に口を出している。経済優先の政治家たちが、個人の行動の自由を最大限尊重しているわけではない。結果としてこの 1 年、経済的な利益の追求と、強権的な行動抑制が共存してきた。では、「外に出ないで下さい」「会食は控えて下さい」「接触者追跡アプリをダウンロードして下さい」と、私たちに号令をかける以外に、政府に打てる対策はないのだろうか。 

 例えば、北半球が冬に入る現在の再流行または再々流行は、パンデミックの初期にすでに警告されていた。日本でもカナダでも、20世紀のスペイン風邪 (というスペインが発生地ではない感染症) を振り返り、第 2 波では第 1 波よりも多くの死者が出たと報道された。メディアは単に人々を不安にさせるために、過去を振り返ったわけではないだろう。政府は第 2 波に備えて、医療設備や人員を拡充していたのだろうか。

 同じように、初期に危機感を持って伝えられた医療危機や医療崩壊の問題は、解消されたのか。否。第 1 波と同じように、私たちは第 3 波になっても医療制度を機能させるために自己隔離を要求されている。医療制度の脆弱さがさらけ出されて 1 年になろうとするのに、なぜ制度改革は始まらないのか。私たちは感染症が流行する度に、自分を治療してくれるかわからない医療を守ることに未来永劫、協力しなければならないのか。家に閉じこもることだけが、宇宙開発や軍事研究に何億ドルを注ぎ込む21世紀の人類の感染症対策だとは、ほとんど信じがたい。

 もちろん、誰でも無料で受けられる検査体制を確立し、ベット数を増やして医療資源を確保し、医療従事者の保護を手厚くしたとしても、病気が消えるわけではない。しかし、治療の現場が十分支えられていないのに、感染症対策がうまくいくとは到底考えられない。むしろ、削りに削った医療を拡充したくないから、政府は「感染するな ! 」とばかりに私たちに命令しているとしか思えない。

 自己隔離で感染のリスクを下げることはできる。が、それ一辺倒なのは、本当に必要な医療対策がなされていないことを覆い隠し、感染者を責める風潮をつくり出し、新たな危険を社会に醸成している。

コロナウィルス流行後、人々の「行動変容」を目的に同調を求めるポスターがあちこちに掲示されるようになった=2021年 1 月、ブリティッシュ・コロンビア州ヴィクトリア

 
「みんな一緒に我慢」というウソ
 おまけに、人々に言うことを聞かせるためには、安手の全体主義が動員される。カナダでは入場制限があるスーパーや、マスクをしなければならない場所で、“We are all in this together” (私たちはみんな一緒にこれに取り組んでいます) とか “Do your part” (あなたの役割を果たして下さい――政府は政府の役割を果たしていると暗に言っている) とかいう標語をよく見る。海外旅行を避けて下さい、という呼びかけも散々されている。が、そう言っている政府の高官たちが、実はクリスマス休暇に南のリゾート地に飛んでいたことが発覚した。まず、オンタリオ州政府のフィリップス財務大臣がカリブ海のセント・バーツに行っていたと暴露された。前撮りしたクリスマス・ビデオメッセージを流して、オンタリオにいるかのように偽装する手のこみようだった。次に、アルバータ州やサスカチュワン州でも、何人もの高官たちがメキシコやカリフォルニアで優雅な休暇を過ごしていたことが年の始めに報道された。

 つまり、不要不急の外出は控えろと他人に言いながら、命令する人たちは行動を抑制するつもりはなく、自分は別格と考えている。自分は特別扱いされるべき人間だから、または、自分は感染しても最高の医療を受けられるから。この特権意識は、日本でも年末、菅首相が 5 人以上の会食を控えるよう呼びかけながら、自民党の二階幹事長や芸能人ら 8 人で高級ステーキ店に集まっていたことで露わになった。パンデミック下で、命令する人とされる人の格差は、命令される人の制約が増えた分だけ広がっている。

 カナダが少しマシだったのは、リゾートから戻ってきた高官たちが間髪入れずに辞めたことだ。フィリップス氏は謝罪して辞任し、他の高官もほとんど集団辞職した。親しい人と集い、心温め合うクリスマスを、自分ばかりが断念させられたと知った庶民の怒りは生半可ではなかった。菅首相は辞めるべきだという声は、どうして上がらないのか。他人だけに犠牲を強い、自分は特別扱いで当然と思っている人に、権力を持たせることほど恐ろしいことはない。

 要は「経済 V S 生命」という二項対立は、コロナ対策のごく一面しかとらえることができない。誤った問題設定は、誤った議論を導く。政治がいのちを守るのは当然として、誰に向かって、何をしようとするかが問題なのだ。誰でも治療する医療体制、休業補償や生活支援はもちろん、自己隔離しようにも住居のない人、家に留まることが危険な人々を助けることも、政治の火急の課題なのだ。

 私たちは行動抑制しか対策がないかのように振る舞う政府の発想に、いつの間にか視野を狭められていないだろうか。市民には政府のような特権はないのだから、他人の行動を強権的にコントロールすることで地位を守ろうとする為政者の発想からは距離を置き、自分が、友人が、困っている人が、パンデミックを生き抜くためにどうすればいいのか、まず自由に思い描いてみる必要がある。その想像力が、いま試されている。

貧困な政治に想像力を奪われない
 そう思い始めたのは、規制だらけで鬱々とし、愚痴ばかりになってしまった 1 年の終わりに、豊かな想像力を失わない毅然とした友人たちに心を打たれたからだ。

ハートのフラッシュ・モブ ? その正体は・・・=2020年11月、オンタリオ州キングストン

 
 私は新年からブリティッシュ・コロンビア州のヴィクトリア大学で働くことになり、11年暮らしたオンタリオ州キングストンを 1 カ月前に離れた (それで東から西へ大陸横断することになったのだが、これについては改めて書く) 。パンデミックの最中の引っ越しは悲しいもので、多くの親しい友人たちに直接会って、さよならを言うことも諦めざるをえなかった。私たち家族が通っていたヒッピー風の小さな教会も、礼拝をオンラインに切り替えていたので、私はスクリーン越しに別れの挨拶をしながら「ハグもキスもなしに離れていくのは本当に妙な感じ」とぼやいた。

 引っ越し当日は、教会の友人 3 人に手伝いを頼んでいた。アパートの 3 階から家具を出し終わった頃、そのうちの 1 人の若いローラが「ちょっとベランダに来てもらえない ? 」と言う。ベランダにはつれあいと子どもがもう立っている。中庭を見下ろすと、教会で親しかった年配の友人ジェラードの姿がちらっと物影から見えた。「え、来てくれたの ? 」と思うや否や、ジェラードの後ろから、ぞろぞろと人が出てきて、あっという間に20人ほどの老若男女が芝生の上に半円形に並んだ。そして、ベランダの私たちを見上げて、歌い出したのだ。

 新しい友だちをつくりなさい 古い友だちを後にして
 銀の友だちもいれば 金の友だちもいる
 その輪は回っていく 終わりなく
 こうして私は ずっとあなたの友だちでいるのです

 スコットランド民謡だろうか。優しい調べと温かい声に、私は嬉しいのを通り越して、痛打をくらった。途中から涙でかすんだが、目の前で起きていることは、私の想像力の範囲を完全に超えていた。人と会えない、窮屈な毎日にエネルギーを奪われていた自分には決して思いつけない、他人のための大胆な行動。傲慢な命令の遥か彼方をいく、自由な想念。野外で集うことは禁じられていたわけではないが、みんな他人の行動にピリピリしているから警察に通報する人がいてもおかしくない。驚いたアパートの住人たちが窓を開けていたし、注意したそうな顔で近寄ってきた人もいた。しかし恐れと不自由さをものともせず、個人ができることの豊かさと強さを実演した人たちに、私はただただ打ちのめされた。

 合唱は「神があなたに微笑みますように」という2曲目に移り、合唱団は最後に地面に寝転んでハートをかたどった。衝撃冷めやらぬ私たちはフラフラと下に降りて、芝生の上で半年ぶりに会う仲間たちと対面した。もう寒くなっていたが、一人ひとりと話し、お礼を言うことができた。フラッシュ・モブのような合唱を呼びかけたのは、長年の友人ティムだと知った。秩父仕込みの日本語を話す、お百姓のティムは、独立独歩でときに周囲を戸惑わせるが、深い信念に行動が裏打ちされていることを私たちは知っている。「リスク・コミュニケーション」も「行動変容」もティムには効かないだろう。けれど、今度はティムの発案に共鳴した人が多かったようだ。

 別れ際に友人たちは、しかも70代の友人たちまでが、ニッと笑って迷うことなく両腕で私をしっかと抱きしめた。禁断のリアル・ハグ、ハグ、ハグ・・・。私は惜しみなく与えられた愛で、新しい土地でどんなに孤独でも生きていけると思った。

 パンデミックは人の心身を脅かす。けれど危険と不安のときにも、人間には他人のために何かを創造する力が宿っている。その源になる強靭な想像力を、貧困な政治に奪われてはならない。見せかけの「みんな一緒」を強いる全体主義ではなく、他人のために羽ばたく自由な想像力を、私はこのパンデミックの出口に見たい。それが危機を生き抜く力になることを、私は体験したのだから。

心やさしいモブたちと、最後にみんなで記念撮影=2020年11月、オンタリオ州キングストン

〈了〉

 
 

【プロフィール】
小笠原みどり (おがさわら・みどり)
ジャーナリスト、社会学者、元朝日新聞記者。
アメリカの世界監視網を内部告発したエドワード・
スノーデンに2016年 5 月、日本人ジャーナリストと
して初の単独インタビュー。
18年、カナダ・クイーンズ大学大学院で監視研究
により社会学博士号を取得。
オタワ大学特別研究員を経て、2021年からヴィクトリア大学教員。
著書に『スノーデン ・ファイル徹底検証 日本はアメリカの世界監視システムにどう加担してきたか』(毎日新聞出版) など。
 
 
 
 
 

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