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東京高裁はなぜ国に「寛大」なのか
 ~裁判長のキャリアパスから考える

寄稿:西川伸一 (明治大学政治経済学部教員)

2021年2月1日


 まず2021年 1 月22日付『毎日新聞』の見出しを引く。
 「福島第 1 原発事故 原発事故訴訟、国の責任否定 東京高裁、仙台と判断割れる」

 原発事故の避難者らが国と東電を相手取って損害賠償を求める裁判が各地で争われている。見出しの訴訟は、福島県から群馬県に避難した住民ら90人が2013年 9 月に前橋地裁に起こしたことにはじまる。その後原告数は137人にまで増えた。2017年 3 月17日に前橋地裁民事第 2 部の原道子裁判長は、原発事故で国の責任を初めて認める画期的な判決を言い渡した。国も東電も巨大津波の到来は予見できていたと判断したのである。

 住民・国・東電がいずれも控訴し、係争の場は東京高裁第 7 民事部へ移った。控訴審の原告の数は91人であった。2021年 1 月21日に同部の足立哲 (あきら) 裁判長が判決を言い渡した。そのエッセンスは上記見出しのとおりである。争点は政府の地震調査研究推進本部が2002年に公表した「長期評価」の信頼性だった。それは福島沖で巨大な地震が起き得ると予測していた。前橋地裁はその信頼性を認めた。これに対して、東京高裁は当時の土木学会の想定を参酌して信頼性を認めず、そこから東日本大震災の津波は予見できなかったと指摘した。ゆえに、「国の対応に問題があったと認めるのは難しい」「東電に規制権限を行使しなかったことは著しく合理性を欠いたものではなかった」と国の責任は認めなかった ( 1 月22日付『日本経済新聞』)。

 一方、2020年 9 月30日に仙台高裁第 3 民事部の上田哲 (さとし) 裁判長は、福島県内の住民や避難者ら約3700人が国と東電に損害賠償などを求めた訴訟の判決で、一審の福島地裁に続いて国の責任を認めた。冒頭に掲げた『毎日新聞』の見出しに「割れる」とあるのはこれを指している。この判決は国が被告となった原発事故の集団訴訟で初の二審判決となった。同種の他の訴訟への影響も予想された。しかし、東京高裁はこれに「なびく」ことはなく国側に軍配を上げた。

 仙台高裁判決の判断とは異なり、前橋地裁判決を東京高裁判決はなぜ覆したのか。もちろん、証拠の評価は裁判官の自由心証に委ねられているし、裁判官個々の心証形成の過程を知ることはできない。そこに立ち入ることは困難であるが、判断が分かれる客観条件をみてみたい。

 東京高裁には民事20か部と刑事10か部がある。すなわち30人の部総括判事がいて裁判長を務める。実はその全員が地裁ないし家裁の所長経験者である ( 西川 2020a:P. 70)。その上のポストは高裁長官しかほぼない。歴代東京高裁部総括就任者の約 4 分の 1 が高裁長官に栄進している (西川 2020a: P.71)。彼ら30人は65歳の定年までの期間を念頭におきながら、その後のキャリアパスを考えているとみても無理はないだろう。戦後の司法修習を終了した職業裁判官から最高裁入りした人で、高裁長官を経なかった人は千種秀夫のみである (西川 2020b: P.39)。

 地裁所長ないし家裁所長という枢要な司法行政ポストを経験すると、発想が秩序維持的で行政寄りになる傾向があることは否定できない (もちろん例外はあるが)。一般論であるが、キャリア人生の中で今後を展望した場合、裁判官において自分に対する人事評価を気にする環境は皆無だろうか。足立哲裁判長には定年まで 6 年もの期間が残されている。それは国の責任をめぐる法律的判断に関係がないと評価できるだろうか。

 足立哲裁判長が東京高裁部総括になる前のポストは新潟地裁所長である。歴代新潟地裁所長就任者のその後の経歴をみると、戦後の司法修習終了者に限れば27人中で高裁長官に達した者は 5 人しかいない。直近は2020年 3 月に仙台高裁長官に就いた青柳勤裁判官である。歴代新潟地裁所長就任者の半分以上は、東京高裁部総括に進んでそこで定年退官あるいは依願退官している (西川 2020b: P.320)。

 仙台高裁判決を言い渡した上田哲裁判長の経歴は足立裁判長と対照的である。まず上田裁判官には地家裁所長の経験がない。仙台高裁部総括は所長経験のない者でも就任するポストなのである (西川 2020a: P.80)。加えて、就任が2019年 3 月で定年退官は2022年12月である。仙台高裁で定年を迎えるか地家裁所長へ異動して定年となろう。歴代仙台高裁部総括就任者のうちここで定年退官した者が約 5 割、地家裁所長へ異動した者が約 4 割であり、高裁長官へ上った者はいないのである (西川 2020a: 81)。

 足立裁判官と上田裁判官のキャリアパスの相違は二つの正反対の高裁判決を吟味する上で参考材料になるのではないか。

 最後に、仙台高裁判決についてぜひ付言しておきたいことがある。それは、2019年 5 月27日に同高裁の上田裁判長をはじめ第 3 民事部の裁判官 3 人が被災地を現地検証して被害の実態にふれたことである。避難の生活実態を検分して、原告側の被害の深刻さに耳を傾けた (2019年 5 月28日付『河北新報』)。これは高く評価したい。

参考文献
西川伸一 (2020a) 「高等裁判所部総括判事の人事をめぐる一考察」『法学研究』93巻 1 号。
─── (2020b) 『増補改訂版 最高裁幹部人事の研究』五月書房新社。

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