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五輪をめぐる無責任と強権の危険性

寄稿:飯室勝彦

2021年8月3日


 新型コロナウイルスの猛威がとどまるところを知らない。インドで初めて確認された変異株 (デルタ株) の蔓延で感染者が急増している。そんななか「ワクチン」「コロナ対策の切り札」と呪文のように繰り返すしかない菅義偉人首相。小池百合子東京都知事も「国民の協力」を期待し」「事態の重大性の自覚」を求めるばかりで有効な感染防止策を打ち出せない。おまけに政府に強権を与える「緊急事態条項」創設を感染防止法などの改正で実現しようと唱える自民党幹部もいる。コロナ禍の不安に乗じた改憲も事実上の改憲も許してはならない。

◎まるで他人事のように
 記者たちに五輪の強行開催と感染者急増との関係を問われた小池知事の答えにはあきれた。「さあ、分析してください」とそっけなくボールを投げ返したのである。分析するのは感染防止の先頭に立つべき小池知事の重要な役目ではないか。まるで他人事を聞かれたかのような知事の言葉からは責任感のかけらも感じ取れず、ニュースで知って怒りを覚えた人は少なくないだろう。
 菅首相は感染拡大の責任などを問われるとしばしば質問を無視する。痛いところを突かれると質問をはぐらかしたり無視したりするのは、安倍晋三前首相から菅現首相に引き継がれた “伝統” のようになっている。

 IOC (国際オリンピック委員会) のバッハ会長は、高級ホテルのスイートルームに陣取り、五輪に関する限り事実上の決定権を握りながら微妙な場面になると日本側の陰に隠れる。五輪開催中に緊急事態宣言が出た場合の対応を問われて「それは日本 (政府) の問題だ」とこちらも他人事のようだったし、「競技が始まれば日本中が感動してコロナなど気にとめないだろう」と言わんばかりの発言もあった。

 1964年の東京五輪で見られた青空に象徴されるように、日本ではスポーツといえば “秋” が常識なのに猛暑の中の競技で選手たちは苦しんでいる。「アスリートファースト」というスローガンはいずこだ。IOCへ提出した文書で「 (東京の夏は) 温暖・晴天の日が多く理想的な気候。選手たちが思う存分、力を発揮できる理想的な気候を提供する」と嘘をついた責任は誰が取るのだろう。

◎危険な権限拡大論
 せめてもの収穫は日本人が五輪、そして IOCの内実を知ったことだろう。今度の東京五輪を秋ではなく夏にしたのは、秋では米テレビのネットワークが重視するスポーツの放送とかち合うからだ。収入の7割を放映権収入に頼る IOCとしては逆らえない。これは五輪に少しでも関心のある人はだれでも知っている。
 IOCはスポーツを愛する人たちの集まった公共的な団体などではなく、絶対的な権力を背景に世界中のスポーツ界に君臨する「営利優先の興業団体」であり、バッハ氏は「興行師」、という指摘はあながち的外れとは言えまい。今後、五輪招致に関心のある都市にとっては教訓となるだろう。
 それにしても日本の国民が払った (あるいは払わされる) 代償はあまりにも大きい。

◎危機に欲しがちな強い力
 コロナ対策が手詰まりの中で浮上しているのが「政府にもっと強力な権限を与えよ」との声である。全国知事会は緊急提言で、都市間封鎖 (ロックダウン) のようなより強い措置を検討するよう求めた。与党ばかりか野党の一部にも感染防止法の改正をいう声がある。緊急事態宣言以上の権限を政府に与えようというのである。中国・武漢でコロナを封じ込めたとされる成功物語だけでなく、ヨーロッパ各国を例に「民主主義国でもロックダウンをやっている」というのである。
 人は危機に直面すると大きな力に期待しがちである。緊急事態宣言が決定的な解決策とならない中で “力” にすがろうとする心情は理解できないでもない。しかし、ここは踏みとどまって冷静に考えたい。

 日本人はかつて自由をすべて政府に預けて悲惨な結果になったという苦い教訓がある。同調意識が強い市民感情なども考えると過度な規制にならないよう慎重なブレーキが必要だ。
 それに政権の体質がある。菅首相はかつて「感染が重大な事態になったら五輪中止も考える」との趣旨の発言をしていたが、最近はその種の質問には答えなくなった。そもそも五輪開催は世論を無視した強行だった。世論を無視する強権的な体質の政権に強力な “武器” を持たせると暴走しかねない。

◎許されぬ不安に乗じた改憲
 さらに警戒すべきは、コロナ禍に乗じて「緊急事態条項」創設のための改憲機運を盛り上げたり、法律による事実上の改憲を主張したりする人がいることだ。自民党の下村博文政調会長は「国会で議論すべきだ」「党として衆院選で訴えてゆくべきだ」と語っている。
 振り返れば自民党政権では安保法制など事実上の改憲の連続だった。コロナ禍の不安に乗じてまた、となる危険性を警戒すべきだ。そうならないために、コロナ感染の動向だけでなく、政治の動きにも十分な目配りをして、秋にはある総選挙で有権者の明確な意思を表明しなければならない。

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