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現実に目を奪われる危険

寄稿:飯室勝彦

2022年1月1日


 現実を真摯に受け止めることは必要だが、政治家、マスメディアには現実を前に萎縮したり迎合したりせず、現実を批判的に分析する冷静さも不可欠だ。

◎改憲へじわり
 2021年末、改憲問題と防衛に関するニュースが目立った。その一つ、衆院憲法審査会の開催とそこでの議論を伝える記事には「自公維国が共同歩調」の見出しがついていた。審査会での改憲に関する具体的議論はもとより審査会の開催自体にも消極的な立憲民主党に対し、自民、公明、日本維新の会、国民民主の 4 党が開催を迫り立憲が応じたことを伝える記事である。

 改憲に積極あるいは容認の 4 党が「特別の委員会を設け、論点を絞って具体的議論をすべきだ」といわゆる分科会設置に歩調を合わせたことも伝えた。分科会設置がまだ決まったわけではないが、立憲の抵抗で議論が前に進まずいらいらしていた改憲派にとって一歩前進である。この動きを『改憲へじわり。「自公維国」が前へ』と評したコラムもある。衆院選で堅調な議席獲得を果たした自民党は「憲法改正推進本部」を「実現本部」と改称し、国民に対する働きかけを強めている。

 背景にある事情は衆院選における立憲の敗北だ。大幅に議席を減らした立憲としては逆に議席を増やした維新、国民の要求に応じざるを得なかった。おまけに12月20日付け毎日新聞朝刊で報じられた世論調査によると、これからの立憲に「期待する」は27%と「期待しない」39%を下回る。対する維新は「期待する」48%、「期待しない」29%だ。

 自民の露払いを務めるような維新などの動きに批判的世論が盛り上がらないのは立憲にとって誤算だった。逆に有権者、他党からの民主党に対する批判は厳しい。批判を意識したかのように、総選挙後の立憲の代表選では国会における改憲の具体的議論を容認するかのような発言をした候補者もいた。「反対するばかりで具体的提案がない」などの厳しい世論に配慮したのだろう。

◎世論が誤った歴史も
 しかし批判に惑わされて右往左往し、かえって支持を失う危険性も知るべきだろう。世論や有権者の選択が常に正しいわけではない。結果として世論が誤った例は枚挙にいとまがない。ナチスに政権を任せたのは大衆の熱狂だったし、太平洋戦争の開戦も真実を知らされなかったとはいえ多くの国民の支持を得た。

 民主主義国家では、有権者などの声を無批判に受け入れたり単にひるんだりするのではなく、それらを批判的に検証して役立て前に進んでこそ真の支持につながる場合がある。

 誤解を恐れずにいえば、そもそも具体的対案を示すことは必ずしも野党、少数派にとって必須の使命ではない。権力を握る多数派の暴走を、批判、チェックによって防ぐことこそが第一次的使命である。そのためにはいわゆる「土俵に上がらない」あるいは「四つ相撲を取らない」といった選択肢もあり得る。

◎現実は所与ではない
 進む自衛隊の増強、自衛隊と米軍の一体化もしばしばニュースになった。岸田文雄首相は「敵基地攻撃能力」の保持に前向きの姿勢を示している。2022年度当初予算案に計上された防衛費は前年度比538億円増の 5 兆4500億円と史上最高だ。同年度以降の在日米軍駐留経費負担 (思いやり予算) も年度平均で今年度より100億円近く多い2110億円である。

 目的は「日米同盟の抑止力・対処力をいっそう強化」することであり、予算の通称も「同盟強靱化予算」に変えた。自衛隊と米軍の一体化を名称としても認めたわけだ。一体化は急速に進んでおり、安倍政権で安保法制が成立して以来、合同演習だけでなく自衛艦による米艦への補給は頻繁に行われているという。

 こうしたことに政治からもメディアからも批判の声があまり上がらない裏には中国の軍事力強化、海洋進出が著しいという現実がある。いまや事実上世界第 2 位と言われる経済力にものを言わせて国際社会への影響力を強めている中国をめぐる現実を前に、政治の側もマスメディアも「中国の脅威」というキーワードで思考停止に陥っている。

 政治もマスメディア活動も現実への正しい適応を期待される営為だが、現実とは必ずしも所与ではなく、しばしば作り出されたものである。「中国の脅威」もある意味で「然り」だ。それだけに批判を率直に受け入れる眼と、批判さえも批判的に分析する複眼で現実の裏表を吟味し、いわゆる “現実論” による批判に惑わされないようにしなければならない。

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