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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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タガが外れた我が国の安全保障防衛政策

2022年12月2日


1 11月22日「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」報告書が公表されました。
 報告書の主要な内容をメモ的に整理すると以下のようなものになります。

  中国の軍事力に対抗する  脅威対抗型の防衛政策を求める ( 4 頁)
  「 5 年以内GDP 2 %以上」は盛り込んでいないが「 5 年以内に防衛力の抜本的強化」を防衛省作成令和 5 年度防衛費概算要求の概要を引用して提言 ( 4 頁)。
  
  財源問題 (17頁以下)
   国債依存を否定し、国民が等しく負担するとして、増税を求める。但し法
人増税には及び腰。→「広く国民が負担」消費増税に。

  総合的な防衛体制の強化 ( 9 頁以下)
   国家の総力 (財政、地方公共団体を含む国家組織、経済の軍事化、武器輸
   出による軍事産業育成、最先端科学技術研究を軍事研究へ組み込む、国民
負担増) を挙げた軍事国家体制→国家総動員体制 ( 9 頁以下)

  自衛隊の強化 ( 5 頁)
   常設統合司令部と常設統合司令官創設 日米共同作戦を円滑に行うため
継戦能力の強化  中国との長期間の戦争を想定
   敵基地攻撃能力は不可欠、発動の仕組みを作る (自衛隊法、武力攻撃等事
態法の改正もあるか ? )

 既に岸田内閣は報告書が提出される前から、有識者会議で議論された内容を先取り的に実現に向けた取り組みを進めていました。
 他方で自民党と公明党による「反撃能力」について与党協議が進められており、12月 1 日の朝日新聞のスクープでは、与党協議の資料を踏まえたと思われる内容が報道されていました。
 ここでは「反撃能力」の保有と実行について私が今考えていることを述べます。

2 安保法制により立憲主義のタガが外された結果、「反撃能力」保有と実行の提言は憲法 9 条、立憲主義はもはや全く意に介されなかった。

 安保法制は、自衛隊創設以来長年にわたり集団的自衛権行使は憲法違反であることを一片の閣議決定でひっくり返して作られた防衛法制でした。これを立憲主義のタガを外したと批判されました。

今回の「反撃能力」保有と実行を可能にする有識者会議報告書は、長年にわたり専守防衛の下で敵基地攻撃能力保有は憲法上できないこととされていたものを、いともあっさり覆して、「反撃能力」は不可欠だとしました。

 安保法制でいったんタガが外された立憲主義は、今回全く問題にすらされませんでした。有識者会議の議事要旨と報告書には、専守防衛という言葉すら登場していないことがそのことを物語っています。

 そうはいってもさすがに岸田総理は、専守防衛を否定できませんでした。その代わり必要最小限度の「反撃能力」を行使するとして、専守防衛を維持するというのです。

3 必要最小限度の「反撃能力」の行使 ? 
 必要最小限度の「反撃能力」を行使するとは一体何なのでしょうか。私は理解不可能です。必要最小限という言葉の意味が曖昧、不明確である以上に、抑止力を高めるための「反撃能力」であるにもかかわらず、最初から「必要最小限度」で行使しますよと公表することは、かえって抑止力を失わせることになるからです。

 現に11月30日の与党実務者協議では、反撃能力の行使につき、攻撃対象は具体的に明示しないことを合意しています。この趣旨は、こちらの手の内を相手に晒すことになり抑止力を弱めることになるからです。

 これと同じことで、「反撃能力」の行使を「必要最小限度」にとどめることを最初から公言してしまえば、相手国は安心するでしょう。抑止は効かなくなるはずです。

 専守防衛は自衛隊が憲法違反の存在ではないとの憲法解釈の根拠ですから、政府は専守防衛の旗を降ろすことはできません。そのため岸田総理は必要最小限度の「反撃能力」行使という、支離滅裂な答弁をせざるを得ないのです。
 これではせっかく行使ができる「反撃能力」を保有しても、自衛隊の現場は混乱するでしょう。

4 必要最小限度にとどめることはできない「反撃能力」の行使
 そもそも「反撃能力」が議論されているのは、敵国のミサイルを防衛する (撃ち落とす) ことは困難になっているので、敵国のミサイルを含めた軍事基地を攻撃しなければ我が国を敵国のミサイル攻撃から防衛できないとの論理です。

 こちらから敵国領土内に攻撃を仕掛ければ、敵国はそれを上回る規模で我が国へミサイルや航空攻撃を仕掛けてくることは当然予想しなければなりません。そうすると我が国はさらに敵国領土への反撃能力を行使しなければならなくなります。世論もそれを求めるでしょう。「やられっぱなしではダメだ。もっとやり返せ。」との声が高まるでしょう。

 一旦行使した「反撃能力」は、敵国にとってはわが国を攻撃する口実になります。その結果互いに攻撃のレベルをアップさせ、際限のないミサイル戦争になるでしょう。つまり「反撃能力」の行使には「必要最小限度」はないということです。もし限度があるとすれば、ミサイルの在庫を使い切った時 = 撃ち方止めです。

 それだけではありません。「反撃能力」の行使は日米が共同して行うことになります。11月25日の与党実務者協議へ政府が示した方針では、「反撃能力」は日米共同対処を明記すると述べています。

 それはそうでしょう。自衛隊には現在でも独自に敵国領土を攻撃できる軍事能力はありません。兵器だけはありますが、敵国領土内の標的のデータはなく、またこれを行使する際の戦闘情報ネットワークもありません。米国に依存するしかないのです。

 米国には「必要最小限度」などもともとそのような考え方はありません。米国の戦争スタイルは、開戦劈頭で敵の防空施設、通信、司令・兵站施設、集結した敵の兵力に対して徹底的なミサイルと航空攻撃を行い、それにより航空優勢を確保してから地上部隊を侵攻させるものです。

 我が国が「必要最小限度」を超えるので、これ以上の「反撃能力」の行使はできませんと言えるわけはありません。そんなことをすれば米軍の作戦計画に穴が開くでしょう。

5 専守防衛を正面から否定する「反撃能力」の保有、行使
 有識者会議で専守防衛を議論しなかったことは当然のことと思われます。専守防衛に反しない「反撃能力」の保有、行使がありえないことは10名の有識者には当たり前の事であったと思います。有識者会議の事務局を担った内閣官房も同様です。

 専守防衛は、我が国が相手の国に対して脅威とならないとの政策をとることで、相手の国も我が国に対する脅威を削減させるという「安心供与」政策です。他方「反撃能力」は、我が国が相手の国に対して脅威となるほどの「反撃能力」を保有することで抑止力を働かせるというものですから、そもそも出発点から専守防衛とはベクトルが正反対方向です。

 私は安保法制により立憲主義のタガが外された結果が今回の「反撃能力」保有、行使をめぐる議論であったと思います。そうであれば、一旦タガの外れた立憲主義を取り戻さなければなりません。そのためには安保法制の廃止と共に、「反撃能力」の保有、行使を認めさせてはならないともいます。

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