【NPJ通信・連載記事】読切記事
議員等に対する名誉毀損訴訟とスラップ訴訟
1 議員に対する名誉毀損訴訟
近時、国会議員・地方議員とわず多くの議員、そして候補者が(以下、議員等という。)、自らの活動を社会にアピールするために、SNSを用いている。議員等は政治的意見を述べることが奨励されるから、多くの議員等が、SNSを用いて自らの意見を発信したり、政治的スタンスの異なる者に対して批判を展開していることは、むしろ日本の民主主義にとっては有益といえるであろう。
ところが、昨今、議員等がSNS上の投稿・発信をしたことによって、他者から名誉毀損訴訟が提起される事態が増えている。議員等の中でも、とりわけ野党議員・野党候補者の場合には、政府・首長などの行政執行、与党議員の言動に対して監視しようとしていることもあって、辛辣な政治的批判を展開している議員も少なくない。批判を行う場合には、語調の鋭い語句を使って意見を述べたり、秘密にしていた事実関係を暴き立てることも珍しくないため、そのような投稿・発信がきっかけとなって、批判された相手方から名誉毀損訴訟が提起されることがあるのである。
2 裁判を受ける権利
もちろん、このような名誉毀損訴訟はそれ自体批判されるべきではない。この国に住まう国民には誰にでも「裁判を受ける権利(憲法32条)」がある。そのため、議員であっても、他者の名誉を毀損する表現を行えば、権利回復を求めようと、批判をした当人から名誉毀損訴訟が提起されるのは当然である。
そのため、これまでの判例実務でも、訴訟提起したこと自体が違法になる場合は「提訴者が当該訴訟において主張した権利または法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起した等、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合(最判昭和63年1月26日民集42巻1号1頁)」とされ、実際に違法と判断されるのは極めて稀なことであると整理されてきた。
3 議員に対して名誉毀損訴訟を提起することによって発生する弊害
(1)しかしながら、名誉毀損訴訟は、訴訟手続としての本来の目的とは離れて、手続を悪用することが容易な訴訟類型である。すなわち、議員等を相手に名誉毀損訴訟を提起すれば、下記のように議員等に大きなダメージを与えることが可能であるため、相手に対するスラップ訴訟として利用できてしまうのである。
まず、名誉毀損訴訟を提起したことによって、訴えられた議員等は弁護士を雇って対応することを余儀なくされる。日本では審理が数年に及ぶことも多いことから、金銭的にも時間的にも大きなダメージが発生する。
そして、特に現職議員の場合、敗訴する場合には、「責任を取る」ことが求められるため、訴訟提起によって、「敗訴した場合には責任を取る必要があるのではないか」との不安を覚える。議員という身分の得喪に関してプレッシャーが生ずる。
また、選挙の直前に名誉毀損訴訟を提起し、さらに、記者会見などを大々的に行えば、そのことによって、(一方当事者の言い分という形を取ったうえであっても)当該議員等の悪評を記者会見の場で発信することができ、事実上のネガティブキャンペーンを展開することが可能である。多くの人が「訴訟に起こされるぐらいなら、不適切な行為をしたのであろう」と考え、投票行動に影響が生ずるかもしれない。しかも、このような訴訟が起こされれば、多くの議員等は、「このような面倒事に巻き込まれるぐらいならば、SNSでの投稿を控えよう」と考え、SNS上での政治活動・言論活動を頻繁には行わなくなる可能性が高い。仮に舌鋒鋭い批判を行っていた議員であっても、訴訟提起されたことによって、言論活動、政治活動が抑制的になり、(訴訟において結果として勝てたとしても)議員の言論活動・政治活動は萎縮されうる。
このように、訴訟手続は、本来、名誉回復のための適法な手続であるはずにもかかわらず、議員等に対して名誉毀損訴訟を提起する場合、悪用しようと思えば、被告とされる議員等の政治活動に大きな萎縮効果・阻害効果を与えることができると解される。議員と聞くと、権力者というイメージがあるが(その面は否定しないが)、与党議員と野党議員とでも事情は違うし、地方議員の場合、秘書・事務所もなく、経済的に潤沢でない議員も少なくない。十分なバックアップがないことも多く、訴訟が提起されたことによって大きな負担・不安を抱えてしまうのである。
(2)実際に、後述する黒潮町事件(高知地判平成24年7月31日判タ1385号181頁)では、町議Yが名誉毀損訴訟を提起された事件であるが、裁判所は、選挙の約2か月前に訴訟を提起されていること、しかも訴訟提起の事実が地元のマスコミにも取り上げられるなどしたことを認定し、町議Yへの名誉毀損訴訟が違法であることを認め、Yに損害が発生したことを認めた。判文に詳細な事情が書かれていないが、選挙のわずか2か月前に訴訟が提起されれば、多くの有権者は、「訴訟を起こされるような悪いことをしたのだろう」と思ったと思われ、それが投票行動に影響した可能性が考えられる。町議Yからしてみれば、不当な名誉毀損訴訟の対応に追われ高額な費用と大幅な時間を取られるだけでなく、選挙前に自らの悪評が有権者の間で立てられてしまったということであれば、その損害・不安は計り知れない。
ほかにも、(議員ではないが)ジャーナリストである烏賀陽氏は、不当な名誉毀損訴訟を提起されたことによって「(突然提訴されて)まったく不慣れな裁判や法律の世界に放り込まれ」「時間を浪費」し、「仕事の予定や休日が吹き飛ぶ。家族と過ごすはずの時間を奪われ…いつも不安で、いらいらする。『一体なぜ自分がなぜこんな目に遭うのか』と納得がいかない。腹立たしい日々が続く」と綴っている[1]。被告として裁判手続に対応することで、常に不安な気持ちに追われ、負けた場合にはどうすればよいのかと考え仕事が手につかない。烏賀陽氏によれば、弁護士費用や収入減などを踏まえて990万円の損失を被ったという[2]。また、(これも議員ではないが)自らのブログでの発信を理由に、合計6000万円[3]の支払いを求める名誉毀損訴訟が起こされた澤藤弁護士も、(訴訟に携わることは慣れているはずであるにもかかわらず)「高額請求訴訟の被告とされたときの驚愕、胸の動悸と足の震え」があったとし、「その後に続く心理的な負担の大きさ重苦しさ」を覚え、そのうえで「被告とされた者に、萎縮するなというのが無理な話」だと警鐘を鳴らしている[4]。
実際に、名誉毀損訴訟が提起されることは、政治活動・表現活動の萎縮や、金銭的なダメージ、そして何よりも大きな心理的不安を抱えることになる。
4 現職議員における政治活動・言論活動の重要性
そもそも、議員等による政治活動・言論活動が萎縮することは、一般私人の政治活動等が萎縮するよりも、より社会にとって大きなマイナスを生む。例えば、野党議員・候補者のなかには、SNSにおいて、現政権、現首長、与党会派などに対して批判を展開しているものも多いが、これらの批判は、野党議員の行政監視としての役割に寄与する。議員は議会質問という形で行政監視を行っているが、議会の議事録を見ている人は残念ながら多いとはいえず、SNSにおける政治活動・言論活動が広く行われることは行政監視という役割をより強くするものといえる。また、議員が、社会には未だ明らかになっていない情報や資料のうち国民や住民に知らしめるほうがよいと考えるものについて、SNSに発信している例も見受けられるが、これもまた、行政監視の役割を深めることになるであろう。ほかにも、SNSを用いて有権者と双方的に政策討論を行い、その知見を自らの政策実現に活かしている議員等もおり、それもまた民主主義のために有用といえる。議員等のSNS上の発信などは、国民・住民が投票を行う場合の重要な一材料にもなる。
このように、議員等による政治活動・言論活動は広くなされるべきであり、これが萎縮することは、民主主義社会にとってもマイナスである。議員等の政治活動・言論活動の萎縮を目的とした訴訟提起が実際にどれだけあるかは定かではないものの、議員等の政治活動・言論活動に対する萎縮効果を生みうる以上、議員等を相手にする名誉毀損訴訟については慎重に検討される必要があるように思われる。
5 黒潮町事件
このような問題意識に答えるものとして、黒潮町事件(高知地判平成24年7月31日判タ1385号181頁)が参考になる。本事件は、町議会議員であるYが、日ごろから広報誌を発行しており、その広報誌にX町で行われた入札手続に不正行為があると書いたことによって、X町がY町議を訴えた事件である。それに対して、Y町議は、そもそもX町が提起した名誉毀損訴訟は違法な訴訟であるとして、X町に対して、反訴を提起したものである。
裁判所は、「Xが、町議会議員であるYらの批判によって名誉等が毀損されたという理由で安易に損害賠償請求をする場合には、それ以後、YらがXの行政執行について自由に批判することに萎縮的効果が生じ、Yらの表現の自由や政治活動の自由に対する制約となりかねない」と述べた。そのうえで、高知地判は(Y町議が行った表現が違法かつ有責な名誉毀損表現でないことを前提として)、高い必要性及び相当性なくして名誉毀損訴訟を提起したといえる場合には、当該訴訟提起は「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合」に当たるとして違法なものになると判断したのである。そして、結論として、X町は必要性・相当性なくして、Y町議を訴訟提起したとして、違法性があるとした。
必要性・相当性の中身としては、以下の要素が考えられる。
①問題とされている表現は、どのような文言・記載になっているか(問題となっている表現の不当性が低い場合には、名誉毀損訴訟は正当化されない方向に傾く)。
②問題とされる表現はどの程度の人に読まれたのか(問題となっている表現が一部の人にしか読まれていないということであれば、名誉毀損訴訟は正当化されない方向に傾く)。
③表現がなされたことによって抽象的又は具体的問わずどのような損害が生じているのか(表現がされたことによって、被表現者側に損害が発生していれば名誉毀損訴訟を提起するだけの必要性が裏付けられるため、名誉毀損訴訟は正当化される方向に傾く)。
④訴訟以外の別の方法によって効果的に名誉回復を図ることができたのか、可能であっても、それは効果的かつ容易なのか(名誉毀損訴訟を提起せずとも、他の効果的な方法によって自身の名誉を容易に回復できるのであれば、それをまずは模索することが望ましい。もしも、それをせずにいきなり訴訟提起に至っている場合、名誉毀損訴訟は正当化されない方向に傾く)。
⑤名誉毀損訴訟の相手方(議員等側)は訴訟提起されることで抽象的又は具体的問わずどのような損害が発生するか、又はしたか(名誉訴訟提起を行うことによって、議員等側に萎縮効果をはじめとして重大な損害が発生していれば、名誉毀損訴訟は正当化されない方向に傾く)。
このように、議員等への名誉毀損訴訟が重大な弊害を発生させることから、一定の要件をもって実際に違法と判断するアプローチは、訴訟手続が本来予定していない、別の目的をもった訴訟提起を一定程度抑止することを可能にすると考えられる。
ただし、議員等への名誉毀損訴訟が違法になる場合があるということによって、正当な名誉毀損訴訟の提起が抑制されることはあってはならない。実際に、近時は、社会の歓心を得るために、現職議員であっても、あえて過激な発言をしていたり、虚偽表現を垂れ流している例もまた一方で散見されるところである。ただ、そのような場合、そもそもそのような表現は保護されるに値せず、名誉毀損訴訟そのものが適法(名誉毀損表現をしたということが認められる)になるので、名誉毀損訴訟を提起したこと自体が問題になる場合は限りなく少ない[5]。そのため、必要性・相当性のような、一定の要件充足性をもってして名誉毀損訴訟の提起自体を違法と判断するアプローチをとっても、必ずしも正当な訴訟提起を抑止することにはならないと思われる。
6 最後に
上記高地地判は今から10年以上も前の裁判例であり、いまでは、議員等がSNSを用いるのはありふれた光景となった。議員等がSNSを用いていることがより一般的になっているいまだからこそ、より他者の名誉を侵害する機会も増えており、一方で、議員等のSNSの発信によって政策議論が深まっている側面もある。高知地判の要件設定や判旨の具体的な検討はここでは立ち入らないが、議員等に対する名誉毀損訴訟は重大な弊害が生ずることから、訴訟提起の違法性を丁寧に検討したアプローチは現在でも参考になる点があると思われる。
以上
____________________________________________________________
[1] 烏賀陽弘道『スラップ訴訟とは何か 裁判制度の悪用から言論の自由を守る』〔現代人分社〕195頁。
[2] 烏賀陽前掲書81頁。
[3] 当初は合計2000万円の請求であったが、その後、拡張され、合計6000万円となっている。
[4] 澤藤統一郎『DHCスラップ訴訟 スラップされた弁護士の反撃そして全面勝利』〔日本評論社〕158頁
[5] 仮に、名誉毀損表現をしたということが証拠の関係で立証できない場合であっても、名誉毀損訴訟を行うだけの必要性、相当性が存在することがほとんどである。
【加藤 慶二 弁護士 プロフィール】
略歴
• 1984年 : 愛知県生まれ
• 2013年 : 弁護士登録 都内(多摩地域)の一般法律事務所所属
• 2021年 : 都内の一般法律事務所移籍
• 2022年10月:早稲田リーガルコモンズ法律事務所参画
取扱分野
民事・家事事件や刑事事件など,幅広く対応していますが、特に下記の分野には力を入れています。
◆消費者法分野(詐欺、投資被害、訪問販売などによる消費者被害の救済)
◆不動産問題分野(不動産が絡む相続問題、不動産売買に関するトラブル、賃貸借)
◆議員サポート分野(地方自治の法務、公職選挙法対策、政治資金規正法など)
◆その他(自死に伴う法律問題の解決、セクシュアル・マイノリティー支援、薬物犯罪を行った場合の刑事弁護)
連絡先
こんな記事もオススメです!