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放送の自由は何のために

寄稿:飯室勝彦

2023年4月20日

 放送の自由は単に放送事業者を守るためにあるのではない。国民の知る権利のために守られなければならない。それを妨げようとする政府などを前に、放送事業者が沈黙しているのは無責任だ。

 

◎法律解釈を変更?

 放送番組の編集に政治的公平を求めた放送法第4条第1項をめぐり、ひとしきり国会で激しい論議が行われた。

 話は安倍晋三内閣だったころに遡る。当時総務大臣だった高市早苗氏は「一つの番組のみでも極端な場合は政治的に公平を確保しているとは認められない」と答弁した。それまでは特定の番組だけでなく全体として判断するものだとされてきた解釈の変更と受け取られた。

 同条項は番組編集準則と呼ばれ罰則はなく、もっぱら倫理的規定と解されてきた。ところが高市氏も安倍首相も処分の根拠規定として利用できるとしてきた。

 野党が入手し、国会で追及した文書は、首相の意を受けたとみられる当時の首相秘書官が、こうした答弁を総務省から引き出そうと折衝した課程をリアルに語っている。放送事業に圧力を加えようとする意図は明白だ。

 

◎公平を権力が判断する危険

 何が政治的に公平か、不公平かを政府・権力者が決め、それをもとに処分や規制をするのは豊富で多様な情報が視聴者、国民に届くのを妨げ言論・表現の自由を侵害するおそれがある。放送事業者にとって死活問題のはずである。ところが事業者からは厳しい対応の声が出ない。主な新聞は相応に報道しているが、放送関係者が総じて「もの申さぬ」姿勢を守り続けているのは不可解だ。

 思うに放送における表現の自由を「自分にとっての自由」、いわば「わが自由」と勘違いしているが故の沈黙ではないのか。

 しかし「自由だから放棄できる」「自分さえ我慢すればいい」という問題ではない。具体的には「放送の自由」として行使される放送関係者の表現の自由は、新聞記者のそれが読者・国民のためでもあるのと同じように視聴者・国民のためでもある。放送関係者の自由を守ることによって視聴者らに多様な情報が届くことを確保している。

 従って放送事業者には放送の自由を守り抜く責任がある。その自由を阻もうとする動きに黙っているのは無責任だ。

 

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