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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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自衛隊基地の存在がもたらすもの - 陸自のハイブリッド戦への対処の視点から

2023年5月2日


1 私は自衛隊問題に造詣の深い同僚弁護士と先日、陸自が駐屯地を開設したばかりの石垣島と宮古島を訪問しました。陸自ミサイル部隊の配備がどのような姿であり、地元住民の方がどう受け止めているかをいくらかでも実感する旅でした。

 万一中台武力紛争が米中戦争となれば、我が国も米国と一緒になって中国軍と本格的な戦争を行うことになり、石垣、宮古島を含む先島諸島は最前線の島として、直接戦争被害を受けることは言うまでもないことです。

 私が関心を持っていたのは、このことだけではなく、30大綱以降自衛隊が重視しているハイブリッド戦が先島諸島の住民へどのような影響を及ぼすかという点もありました。
 
2 国家安全保障戦略、国家防衛戦略は新たな戦闘様相としてハイブリッド戦をとても重視しています。

 国家安全保障戦略では、「Ⅳ我が国が優先する戦略的なアプローチ」を構成する主要な要素として「ハイブリッド戦」を挙げ、サイバー・宇宙、情報分野の取組を強化すると述べています。

 国家防衛戦略では、「偽旗作戦を始めとする情報戦を含むハイブリッド戦の展開」と述べて、「ハイブリッド戦」を情報戦の分野に位置づけています。
 
3 自衛隊は将来戦闘の様相として、「ハイブリッド戦」対処を極めて重視していることにつき三つの書証を以下に挙げます。弁護士ですから証拠書類を引用する際に使う用語である甲号証をつけます。

甲1号証 : 2022年12月10日付共同通信配信記事 (石井暁記者のスクープ) で、防衛省がAI技術を使い、SNSで国内世論を誘導する工作の研究に着手したというもの。 (関連記事)

 インターネット上で影響力のある「インフルエンサー」を使って、無意識のうちに防衛省に有利な情報を発信するよう仕向け、防衛政策への支持を広げたり、有事で特定の国への敵対心を醸成する、国民の反戦・厭戦機運を払拭したりするネット空間のトレンド作りを目指す、というものです。ステルス・マーケティングの手法です。

甲2号証 : 2020年2月4日付陸上幕僚監部作成の記者勉強会資料「陸上自衛隊の今後の取組」では、グレーゾーン事態対処の対象として「報道」と「反戦デモ」を挙げています。「反戦デモ」を挙げたことで批判された陸幕は、「暴徒化したデモ」と修正しました。この資料にはこのほか、「主権 (政治・統治)」「領土 (インフラ)」「国民 (民心)」とのポンチ絵があり、この中に赤色の人物とビルが描いてあります。

 軍隊は作戦の概念図を描く際には、味方を青色、敵を赤色に描く習慣があります。これは自衛隊に限らず各国の軍隊も同様です。このポンチ絵から窺えることは、国内に敵のスパイや同調者が潜んでおり、アジトを作っていることを表しています。これらはいずれも「ハイブリッド戦」対処に含まれます。

甲3号証 : 防衛研究所が毎年開催している国際シンポジウムがあります。2018年度の国際シンポジウムのテーマが「新しい戦略環境と陸上防衛力の役割」でした。その第2部「陸上防衛力の役割と有用性」において、元陸上幕僚長岩田清文氏が「島嶼防衛における陸上防衛力の役割と有用性」と題して講演を行っています。その講演内容が防衛研究所のHPの以下のURLからダウンロードできます。
06jp.indd (mod.go.jp)

 岩田氏は、将来戦の様相の一つとして、「消耗戦から認知戦への変化」を挙げ「軍事力対軍事力の消耗戦から努めて破壊を伴わない、政治・経済・情報及び敵国住民の潜在的な抗議意識の活性化により、敵国の政治、民衆の意志・意識を転換する戦い方への変化です。具体的には、電子戦、フェイクニュー ス、敵国内親派勢力の活用による住民投票等、国家のあらゆる機能を総合的、有機的に活用して、敵の政治指導者に対し戦わずして敗戦を認識させる、認知戦の時代へ変化しています。」と述べます。

 「認知戦」とは、敵国市民の認知領域に影響を与えるハイブリッド戦の一種です。SNS等を駆使した偽情報の拡散により、敵国市民の戦争政策への疑問・不信や勝利の見込みがないなどの厭戦気分をもたらそうとするものです。自衛隊から見れば、反戦運動は「ハイブリッド戦」対処の対象なのでしょう。

 そしてこの新しい戦闘様相を島嶼部防衛に適用すると、「離島に居住する住民に対するハイブリッド戦からの防護が重要です。特にフェイクニュース等の宣伝戦、通信や電力等のインフラの遮断と併せ、旅行客を装うなど平時或いはグレーゾーンの段階から隠密裏に潜入する特殊部隊や工作員さらにジャルイズ氏 (このシンポでの報告者の一人 井上注) が指摘された国内の支援者への対応が必要となりますが、警察官、自治体職員や公共機関職員の人員に制限を受けるとともに、島外からの適時の増援に時間を要し、治安や統治力が脆弱となるため、各島々への早期かつ適時の部隊配置が重要となります。

 また、これらと相まって通信が断絶した場合、島内反対派が流すデマ等により民意が誘導され易い状態になることからも自治体、警察等との緊密な連携が重要となります。」と述べるのです。

 岩田氏の頭の中には、離島の住民は自衛隊の戦争行動に協力する存在との認識があるのでしょう。ですから「離島の住民をハイブリッド戦から防護する」という発想になるのだと思います。反戦運動や言説はハイブリッド戦に屈しているというのでしょう。

 岩田氏のこの講演は、彼が2013年から3年間陸上幕僚長であったことから新しい戦闘様相に対する陸自の対処の基本的な認識を示したものと考えて良いでしょう。

 宮古島、石垣島の陸自部隊は当然ハイブリッド戦対処の任務を持っているはずです。2019年7月6日付琉球新報は、陸自宮古・与那国駐屯地に情報保全隊が配備されていることを報道しました。記事によると奄美駐屯地にも配備されているとのことです。現時点では開設直後なので未確認ですが、石垣駐屯地へも配備されていることは間違いないでしょう。
 
4 宮古島は島全体が平地で信号もほとんどなく、車での移動がたやすい島です。宮古市街地もいわゆる都会ではありません。島全体に小規模の集落が点在しています。住民は約5万人ですが、人的関係は極めて密接で、情報はマスコミ報道よりも「口コミ」で広がる方が早いとのことです。

 石垣島は山地が島の半分近くを占め、宮古島のように島全体に集落が点在しているのではありませんが、それ以外では石垣島も宮古島と同様でしょう。

 万一有事となれば、両島の住民の間ではSNSだけではなく、口コミでも様々な憶測を含めた情報が飛び交うことは容易に想像できます。これらは陸自の作戦行動に対する制約になります。少なくとも陸自はそう考えるはずです。敵国のスパイ、協力者も潜入しているかもしれない、これらを監視し、場合によっては取り締まる、或いは情報戦により、住民の認知領域に影響を与えようとするでしょう。作戦行動に協力してもらうために。
 
5 「ハイブリッド戦」「認知戦」などと現代戦闘の用語を使うまでもなく、このことは既に沖縄戦が示していることです。敵国のスパイ、協力者を探し出し、処刑したこともあります。米軍の捕虜となった住民が、他の住民へ投降を呼びかけたことで、スパイとして処刑されています。

 沖縄方言を話す人物をスパイと見なしたとも言われています。帝国陸軍第32軍は、ほとんどが北海道を含む内地や外地から寄せ集められた部隊ですから、沖縄方言はほとんど理解できなかったでしょう。そのため沖縄の人々が方言で話をしていると、強い疑心暗鬼に襲われたことは容易に想像できます。

 ただ現代はSNSにより瞬時に大量の情報が拡散される、それも国境の制約すらないという点の違いがあります。

 しかし将来の戦闘であれ、過去の戦闘であれ戦争の本質は何も変わらないことを示していると思います。今はSNSによる言説の拡散ですが、昔流には「流言飛語」です。

 島嶼部防衛で石垣島と宮古島の住民を守るということを名目にしていますが、配備された陸自部隊は、住民の動きを疑心暗鬼で注視しているのではないでしょうか。場合によれば、部隊の戦闘力は島民に向けられる可能性すら考えておかねばならないと思います。

 反戦運動などは真っ先に狙われるでしょうし、今回の私たちのように島外から自衛隊の調査に入ってくる人物は、要注意人物として行動を監視されるでしょう。

 石垣島、宮古島の陸自駐屯地を見て回り、美しい自然環境に身を置きながら島の様子を見分し、有事の際に両島の住民がどのような立場に置かれるかを想像すると、そのあまりにも大きなギャップに暗澹たる気持ちになったのです。

 石垣島には、石垣島の自然環境にほれ込んで20年以上前にご夫婦で移住した私の同期の弁護士がおり、石垣移住後初めて再開しご夫妻と夕食をご一緒して旧交を温めることができました。私にとっても石垣島が直面している戦争の不安は他人事とは思えないのです。

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