【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信
国家防衛戦略 (NDS) の反撃能力は台湾有事での対中国軍事作戦のためだ
はじめに
私は安保三文書閣議決定以降、日弁連憲法問題対策本部、二弁憲法問題委員会、兵庫県弁護士会憲法委員会の会内勉強会で安保三文書について説明する機会がありました。
そこでは憲法9条と平和主義、平和国家の在り方を根本的に変えてしまうことへの危機感と、安保三文書の内容を理解する上での困難さ、市民へどのように分かりやすく話せるのかとの問題意識を共有しました。
市民にどのように分かりやすく語り掛けるのかということについては、それぞれの方の経験と知恵に基づく工夫があるでしょう。その前にまず、安保三文書をどう理解するかを考えてみました。
1 国家防衛戦略(以下NDS)は、我が国の「戦後の防衛政策の大きな転換点」であると述べています。これこそが、NDS,防衛力整備計画を理解するキーワードと言えます。過去の防衛政策を定めた防衛大綱、とりわけ25大綱、30大綱とどこが大きく異なっているかを調べれば、「転換」の具体的な意味が分かるはずです。また、これにより自衛隊の在り方と日米同盟が大きく変化することになります。
2 結論から先に述べれば、反撃能力の保有です。25大綱、30大綱はいずれもこの能力について「検討の上措置をする」と述べながら、保有には踏み込めませんでした。
イージスアショア配備断念直後から自民党内で敵基地攻撃能力保有論が高まり、政府に対する圧力を強めました。それでも2020年12月18日閣議決定(菅内閣)では、反撃能力保有までは踏み込めませんでした。わずかに12式ミサイルの能力向上と、イージスアショアの海洋配備型を決定しただけでした。
NDSは単に反撃能力保有を政策決定したばかりか、これを軍事的抑止力の中心に位置づけています。それだけ大きな転換と言えます。
ではなぜ安保三文書でこれまで乗り越えられなかった反撃能力保有とそれを軍事的抑止力の中心に位置づけることになったのでしょうか。
3 これについても結論から言えば、イージスアショア配備断念により高まった敵基地攻撃能力保有論の流れと、2021年3月から高まる台湾有事への危機感が重なった結果です。
その二つの流れを年表にまとめたものを以下に示します。
4 敵基地攻撃能力保有論と政府に対する圧力の高まり
前史 ——————————————————————————————- |
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2003.7 新世紀の安全保障を考える若手議員の会緊急声明 | ||
専守防衛の考え方を再構築、敵基地攻撃能力保有、集団的自衛権憲法解釈変更 2002.10 朝鮮半島核危機を背景 | ||
2006.7 安倍官房長官、額賀防衛庁長官が敵基地攻撃能力保有を主張 | ||
2006.7北朝鮮7発の弾道ミサイル発射を背景 | ||
2009.4 安倍晋三、山本一太、前原誠司、浅尾慶一郎(民主)が主張 | ||
2009.4北朝鮮人工衛星打ち上げ 2009.5第2回核爆発実験を背景 | ||
2009.6、2010.6 次期防衛計画大綱への自民党提言で具体的な能力保有を提言 | ||
2017.3 自民党安全保障調査会緊急提言を安倍首相に提出 | ||
朝鮮半島情勢の緊迫化を背景 | ||
2018.5 自民党政務調査会提言「新たな防衛計画大綱及び中期防衛力整備計画の策定に向けた提言 「敵基地反撃能力」保有の検討の促進を求める | ||
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以上は北朝鮮の核、ミサイル脅威への対抗策として敵基地攻撃能力保有を求めるものでした。
イージスアショア断念以降 ——————————————————————————————- |
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2020.6.15 河野防衛大臣、陸上イージスシステム断念 | ||
2020.8.4 自民党政務調査会「国民を守るための抑止力向上に関する提言」 | ||
多様なミサイル脅威に対抗するため、米国のIAMD(統合防空ミサイル防衛の略語)との連携を確保して総合ミサイル防空能力を強化することと併せて、敵基地攻撃手段の保有を提言 | ||
2020.10.23 自民党国防議員連盟「新たなミサイル防衛に関する提言」 | ||
車載移動式発射台のみならず、その関連施設・機能(弾薬庫や車両基地、司令部・通信機能であろう)への攻撃、衛星コンステレーションの導入、日米間での目標探知を含む情報共有のためのデータリンクを含む指揮統制機能の整備、敵防空網制圧(SEAD)や警戒監視要領や戦闘機による援護要領という、戦闘機・爆撃機による敵領土への攻撃の方法までも検討することを求める。 | ||
2020.12.18 「新たなミサイル防衛システムの整備等及びスタンド・オフ防衛能力の強化について」を閣議決定(菅内閣) | ||
12式ミサイルの能力向上を決定するも敵基地攻撃能力保有には踏み込まず | ||
2021.12.6 第207国会での岸田総理所信表明演説で、「敵基地攻撃能力を含めあらゆる選択肢を排除せず現実的に検討」と、国会所信表明演説として初めて敵基地攻撃能力保有に言及。 | ||
2022.1.7 2+2共同発表文 | ||
ミサイルの脅威に対抗するための能力を含め、国家の防衛に必要なあらゆる選択肢を検討する決意を表明 | ||
2022.1.17 第208回国会(通常国会)での所信表明演説 | ||
「『敵基地攻撃能力』を含め、あらゆる選択肢を排除せず現実的に検討します。」 | ||
2022.4.27 自民党政務調査会、安全保障調査会連名の提言「新たな安全保障戦略等の策定に向けた提言」 | ||
敵基地攻撃能力を「反撃能力」と言い換え、その攻撃対象を相手国の指揮統制能力等まで含める | ||
2022.5.23 日米首脳共同声明 | ||
ミサイルの脅威に対抗する能力を含め、国家の防衛に 必要なあらゆる選択肢を検討する決意を表明 | ||
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5 台湾有事への危機感の高まり
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2013.12 国家安全保障戦略閣議決定 | ||
2014.7.1 自衛権行使要件解釈変更閣議決定 | ||
2015.4 新ガイドライン合意 | ||
対中国日米共同作戦計画のグランドデザインを合意 | ||
2015.9 安全保障法制制定 | ||
新ガイドラインを実行するための国内防衛法制<br>法案国会審議では中国脅威論、台湾有事論を全く議論せず | ||
2018.12 30防衛大綱、中期防閣議決定 | ||
新ガイドラインを実行する国内防衛政策 | ||
2021.3 INDPACOM司令官デビッドソンの上院軍事委員会での証言 | ||
「台湾は中国の野心の一つであり、この10年、実際には6年先にはこの脅威が現実のものとなる。」 | ||
2021.3.16 日米安全保障協議委員会(以下2+2)共同発表文 | ||
台湾海峡の平和と安定の重要性を強調 | ||
2021.4.16 日米首脳共同声明 | ||
台湾海峡の平和と安定の重要性 | ||
2021.6.1自民党政務調査会外交部会の台湾政策検討プロジェクトチーム「第一次提言」 | ||
「(台湾海峡の平和と安定は)我が国の存続に死活的な意味を持つ。」とし、「台湾の危機は我が国自身の危機である。」 台湾有事 = 日本有事論を展開 | ||
2021.7.5 麻生副総理は「台湾有事は存立危機事態に当たる可能性がある。」 | ||
2021.12.1 台湾でのシンポへオンライン参加した安倍元首相は「台湾有事は日本有事、日米同盟有事」と発言 | ||
2022.1.7 2+2共同発表文で | ||
台湾有事で日米が共同対処するところまで踏み込み(第4パラグラフ)、対中国日米共同作戦計画策定を進めることを合意(第8パラグラフ) | ||
2022.5.23 日米首脳共同声明 | ||
台湾海峡の平和と安定の重要性を再度確認 | ||
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以上の二つの流れの年表を重ねてみれば、2021年3月以降にわかに高まってきた台湾有事への軍事的備えこそが、敵基地攻撃能力保有へと大きく踏み込んだ理由であったことが読み取れると思います。
6 安保三文書策定の動き
以上二つの流れの中で、安保三文書策定の動きが具体化します。
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2021.10.8 岸田首相が就任後初の臨時国会所信表明演説 | ||
国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防の改定を表明し、同年10月14日にこれらの三文書改訂を政府内に指示 | ||
2022.1.7 2+2共同発表文 | ||
未だかつてなく統合された形で対応するため、戦略を完全に整合、日米間で、これから策定する安全保障関連文書の内容を調整 | ||
2022.4.27 自民党政務調査会、安全保障調査会連名の提言「新たな安全保障戦略等の策定に向けた提言」 | ||
中国・ロシア・北朝鮮を脅威とし、「脅威対抗型防衛戦略」を採用すること、防衛大綱を国家防衛戦略、中期防を防衛力整備計画とする、防衛予算GDP比2%以上等を求める。安保三文書は丸呑みした。 * 安保三文書は政府文書であるため、本音を隠した内容だが、自民党提言は分かりやすい。 |
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2022.5.23 日米首脳共同声明 | ||
日本の防衛力を抜本的に強化し、その裏付けとなる防衛費の相当な増額を確保する決意 | ||
2022.8. 23年度防衛予算概算要求の概要(防衛省) | ||
防衛力の抜本的強化の七分野 そのままNDSの内容 | ||
2022.1.26~7.25 有識者会議意見交換会 合計17回 | ||
2022.11.22 「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」報告書 | ||
9月30日から11月22日まで4回開催 | ||
第1回会議での浜田防衛大臣発言 | ||
中途半端なのもでは降りかかる火の粉を払うことができない、我々に残された時間は少ない、我々は直ちに行動を起こし、5年以内に防衛力の抜本的強化を実現しなければならない(議事要旨より) * 5年以内とは、2027年までのことで、デビッドソン司令官が「6年先」と述べた2027年と時期まで一致することから、浜田防衛大臣は台湾有事が5年以内に発生する危険性が高いとの認識と思われる。 |
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7 対中国軍事作戦の中に組み込まれる反撃能力
以上の経過を踏まえると、安保三文書とりわけNDSで反撃能力を抑止力の中心に位置づけたのは、中国に対する軍事的抑止を目的とするものであり、それは台湾有事を抑止するためであることが理解できます。
特に「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」第1回会合での浜田防衛大臣の発言は、台湾有事を想定した強い危機感から発せられたものであることが分かります。
対中国日米共同作戦計画の策定について、2022年1月7日2+2共同発表文において、「同盟の役割・任務・能力の深化及び緊急事態に関する共同計画作業についての確固とした進展を歓迎」と述べています。これには中国を対象としたものと述べてはいませんが、中国を想定したものであることは以下の事情から明らかなことです。
朝鮮半島での大規模武力紛争を想定した対北朝鮮日米共同作戦計画は既に作られています。作戦計画のコードナンバーはCONPLAN5055です。CONPLAN5055は2001年9月に在日米軍副司令官と自衛隊統幕会議事務局長の間で調印され、2002年12月2+2へ報告されました(共同発表文8項)(以上2007.1.4朝日新聞、2007.1.30しんぶん赤旗、2002.3.19参議院外交防衛委員会での防衛長官答弁、2003.2.27付参議院議員小泉親司質問主意書に対する政府答弁書)。ですから共同発表文が述べる共同計画とは対中国日米共同作戦計画に外ありません。
「確固とした進展」の具体的な意味ははっきりとは分かりません。日米共同作戦計画作りは、新ガイドラインで設置された共同計画策定メカニズム内で密かに進められているもので、私たちには決して明かされないものだからです。
ですが、日米間では2021年以降主要なものでも、オリエント・シールド(陸自と海兵隊の共同実動演習)、リゾリュート・ドラゴン(陸自と海兵隊の共同実動演習)、ヤマサクラ演習(陸自と米陸軍第1軍団との共同指揮所演習)、日米共同統合演習キーンソード(陸・海・空自衛隊と米軍との最大規模の共同実動演習)などが繰り返し行われています。
これらの共同演習は、米軍の対中国軍事作戦の新しい戦い方を自衛隊と共同で行い、その舞台も南西諸島を想定したものとなっています。これらの日米共同演習を通じて対中国日米共同作戦計画の策定が進んでいるはずです。このことを共同発表文が「確固とした進展」と述べたものと思われます。
もともと22防衛大綱で、動的防衛力構想が採用され、冷戦時代の北方重視から防衛力の南西シフトへと我が国の防衛政策が大きく方向転換したことから、南西諸島での防衛力の強化が進められ、それと併せて防衛省・自衛隊内では対中国作戦計画の研究が進められていました。その流れが30防衛大綱、新ガイドラインとなっています。
ですから長い年月をかけ、国民には隠されながら日米による対中国共同作戦計画作りが進んでいたのです。
このような日米間の積み重ねの中で、安保三文書が反撃能力保有に踏み切ったことは、これまでの日米間での積み重ねをさらに大きく進展させることは明らかです。
なぜなら、安全保障法制が制定されたことによっても、日本が反撃能力を行使できないため、自衛隊と米軍との共同作戦においては、自衛隊は情勢緊迫段階から重要影響事態での米軍防護と後方支援、存立危機事態において我が国への攻撃排除と米軍支援、武力攻撃事態での我が国防衛のための共同作戦までしかできませんでした。存立危機事態でも、自衛隊は米軍と共同して中国本土への攻撃はできなかったのです。
反撃能力の保有、行使に踏み切ったことで、日米が共同して中国の領域への攻撃(敵基地攻撃)が可能になりました。日米共同での反撃能力行使こそがNDSが述べる抑止力の中心です。
岸田首相が安保三文書閣議決定直後の記者会見で、「平和安全法制によって法律的、あるは理論的に整っているが、三文書によって実践面からも安全保障体制を強化することとなります。」と述べた意味はこのことを意味していると思います。
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