【NPJ通信・連載記事】色即是空・徒然草/村野謙吉
中国の夢と宗教的現実
2015年5月23日夕刻、北京・人民大会堂の「日中友好交流大会」で習近平主席の講話があった。
(当日の人民大会堂・筆者撮影)
「皆様、こんにちは。二千年前、孔子は「朋あり、遠方より来る。亦た楽しからずや」と述べた。・・・
日中は一衣帯水であり、二千年以上にわたり、平和友好が両国民の心の中の主旋律であり、両国民は相互に学びあい、・・・人類の文明のために重要な貢献を行った。一週間前、インドのモディ総理が私の故郷の陝西省を訪問した。・・・
私はモディ首相とともに西安において、中国とインドの古代の文化交流の歴史を振り返った。
隋、唐の時代、西安は日中友好往来の重要な窓口であり、当時、多くの日本からの使節や留学生、僧などがそこで学習し、・・・代表的な人物は阿倍仲麻呂であり、彼は大詩人李白や王維と深い友情を結び、感動的美談を残した。・・・
私は福建省で仕事をしていた時、17世紀の中国の名僧隠元大師が日本に渡った物語を知った。
2009年、私は日本を訪問した際、北九州などの地方を訪ね、両国国民の割くことのできない文化的な淵源、歴史的関係を直接に感じた。・・・」(1)
習近平主席は、孔子の言葉を引用し、ヒンズー教の大国インドに視線を向け、日中関係に深く関わった日本人の阿倍仲麻呂と1654年に来日した中国人の隠元禅師に言及した。
* * *
ところで『中国の夢とはどんな夢か?』(李君如原著; 中国梦什么梦; 2014年12月) という著作がある。
著者の李君如氏は、同著の著者紹介によれば、元中国共産党中央党学校副校長、長年マルクス主義の中国化の思想史研究に従事、云々とある。
そこで本書は中国政府に認可されている中華人民共和国の価値観に関わる構想を述べているのだろう。
本書の目次の一つは “「中国の夢」はマルクス主義の中国化の生きた具現である” 。
マルクスが、もし仏教やヒンズー教を研究していたとすれば、それらの教理をどのように見ていたのだろうか。
「マルクス主義の中国化」が可能であれば、現代の中国において仏教の中国化も可能なのだろう。
しかし、仏教に限って言えば、超歴史性の彼岸世界を豊かな言説を持って開示するインド大乗仏教は、中国の此岸性の叡智によって歴史的現実性を与えられた教理として見事に中国仏教として成立した。
その精華は天台教学と華厳教学と浄土教であり、それらが日本に導入されて日本仏教が成立した。
* * *
以下、現代の中国の宗教的実態について、概観してみたい。
約14億人の人口をもつ中国は、大陸中央部を中心に、様々な歴史的経験をもつ特殊な地域:香港、台湾、新疆ウイグル自治区、チベットなどを抱えているが、その現状はどうだろうか。
中国の宗教 (2016年の『中国家族パネル調査』)(2)
無神論、無宗教および中国民俗宗教 | 73.56 % | |
仏教 | 15.87 % | |
道教、中国の神秘主義信仰 | 7.6 % | |
プロテスタント | 2.19 % | |
イスラム教 | 1.45 % | |
カトリック | 0.34 % |
では「中国の核心的利益中の核心」である台湾の宗教的「現状」はどうだろうか。
台湾の人口は約2,326万人(外務省・基礎データ;2022年12月)であるが、台湾住民は、外省人、本省人、客家、原住民などの複雑な社会構成である。 現在の台湾の若い人々は、中華史観的な情報と台湾史観的な情報の両方から中国の「現状」を見るバランス感覚をもっている、という意見もあるが、台湾に居住する人々の宗教構成は意外に複雑である。
CIAのザ・ワールド・ファクトブック(2005年調査)(3)
仏教 | 35.3 % | |
道教 | 33.2 % | |
民間信仰(儒教含む) | 10.0 % | |
キリスト教 | 3.9 % | |
無宗教若しくは無回答 | 18.2 % |
台湾の宗教人口(内政統計年報2009年)・信徒数 (3)
道教 | 792,664 | イスラム教 | 5,952 | ||
プロテスタント | 384,576 | バハイ教 | 2,269 | ||
カトリック | 177,641 | 天理教 | 1,659 | ||
仏教 | 168,331 | サイエントロジー | 1,000 | ||
一貫道 | 17,634 | 儒教 | 790 |
台湾では信者数上位10の宗教を挙げているが、全信者数を合計しても1,522,516人。台湾の人口約2,326万人であるから、CIAの調査と比較してみると、台湾の宗教事情は実に複雑な内容である。
台湾の宗教事情は、中国大陸の宗教事情よりも、“無神論・無宗教・中国民族宗教” 的と見える反面、同時に道教やキリスト教の “自覚的” 信徒の存在を示しているように見える。
『世界の宗教の自由に関する報告(米国国務省:2003年)』(ウィキペディア)では、「台湾の二大宗教として仏教と道教を掲示し、仏教徒が約548万人、道教徒が454万人と推計。しかしこの報告書では民間信仰を道教に区分したり、また仏教と道教双方に算入される場合も有り、その信徒数は重複しているものと考えられる。」
25世紀にわたって、言語・文字・民族・政治的情念等において文明的同一性を維持している中国であるが、習近平政権は「宗教の中国化」を進めているという。(4)
中国仏教史をみれば、かって「三武一宗の法難」があった。
現在のチベットや新疆ウイグル地区や香港の政情には宗教が深く絡んでいる。
現在も、中国は外部からの様々な宗教勢力の影響に対処しなければならないだろう。
それぞれの国において、軍備は安全な国家の政体を守る外面的鎧であるが、宗教は安定的な国民生活としての国体を守る内面的身体である。
中華人民共和国には、国民一人一人の心の安定と道徳心を育む生活規範としての宗教を、「柔よく剛を制する」叡智をもって育てていってこそ、「中国の夢」は内面から支えられるのではないだろうか。
一部の者が富を占有する社会ではエリート層の倫理が退廃し、政治が堕落してゆく。
このような状況が地球的規模で継続している現在である。
現在、ユダヤ・キリスト・イスラムの教徒が関わっているロシア・ウクライナ戦争とイスラエル・パレスチナ(ハマス)紛争では、女性と子供たちが悲惨な状況に置かれ、世界の政情はますます不安定化している。
総人口約14億の中国国民の宗教的安定は中国国家の政情の安定につながり、中国社会の自足した国家の安定は、東アジアと世界の安定のために核心的に重要である。
そして、中国の人口を超えたインドの宗教状況 (ヒンドゥー教徒79.8%、イスラム教徒14.2%)も、今後の課題となろう。
すべての国家で宗教の扱いは難題中の難題である。
日本は「和国」であることの意義を改めて深く認識すべきである。
(2023年11月26日・記)
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* 本連載コラムの内容や記述について不明な点や誤記があれば、読者のご指示を仰ぎたい。
(1)「日中友好交流大会」の翌日、一部関係者に配布された「在中国大使館で作成したとりあえずの訳」を参考に、習近平主席の講話から抜粋。
(2) 中国の宗教:出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/03 13:39 UTC 版)
(3) 台湾の宗教:出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(4) SPF China Observer: 2018/08/11;「習近平政権が進める「宗教の中国化」とは」
江藤 名保子(日本貿易振興機構アジア経済研究所地域研究センター研究員)
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