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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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輸血用血液は戦略物資だ
 南西諸島で戦う自衛隊に変貌する一断面

2023年12月15日

1 安保三文書で一番ぞっとした内容
 防衛力整備計画は「戦傷医療における死亡の多くは爆傷、銃創等による失血死であり、これを防ぐためには輸血に使用する血液製剤の確保が極めて重要であることから、自衛隊において血液製剤を自律的に確保・備蓄する態勢の構築について検討する。(28頁)」と、自衛隊が独自に輸血用血液製剤の確保・備蓄が極めて重要であることを述べました。

 これを実行するために、24年度防衛費概算要求において、輸血用血液製剤の確保・備蓄 (0.4億円) を計上しました。実際の戦闘場面で多数の自衛隊員が致命的な障害を受けることを前提にした書きぶりです。

2 23.7.31付琉球新報1面トップで「輸血 米軍と相互運用へ」の見出しで衝撃的な内容を報道しています。輸血用血液製剤を自衛隊が独自に確保・備蓄すること、将来的に米軍との「相互運用性」を目指すという内容です。この記事は、自衛隊中央病院が公式サイトで公表した資料に、米軍との相互運用を目指して自衛隊員の血液を解析する研究を明らかにしたことも紹介しています。

 また記事は、米軍が戦場における輸血で、採取された血液をそのまま輸血する「全血輸血」を推奨していることも紹介しています。そのため米軍は「低力価 0 型全血 (LTOWB)」を備蓄しているとのことです。

3 自衛隊中央病院の研究だけではありません。防衛省は、省内に「自衛隊の戦傷医療における輸血に関する有識者検討会」(以下検討会) を立ち上げて、23年10月6日第1回検討会を、同月17日第2回検討会を開催して、検討を急ピッチで進めています。検討会の議論の概要と提出された資料は以下のサイトでダウンロードできます。ぜひご覧ください。
 防衛省・自衛隊:防衛省・自衛隊の戦傷医療における輸血に関する有識者検討会 (mod.go.jp)

4 第2回検討会へ提出された資料はまだアップロードされていません。第1回の資料はアップロードされていました。
 資料を読むと、軍隊が戦争をする場合、輸血用血液が重要な戦略物資であることがよく分かります。

 資料3「諸外国における輸血要領」には、「軍における輸血戦略の重要性」という表題で、ロシアによるウクライナ侵略の際のロシア軍が輸血用血液を、ウクライナ国境へ移動させていることを紹介しています。2022年2月17日オースティン国防長官の発言を引用しています。彼は、ウクライナ国境付近へ輸血用血液を備蓄していることを、ロシアが本当にウクライナ侵略を行うことの指標の一つに挙げているのです。

 このことは、輸血用血液が実際に戦争を開始する際の戦略物資であり、前線の近くに備蓄するものであることを物語っていると理解できます。
 輸血用血液がいかに重要な戦略物資であるかを強調する資料が資料1です。ここでは対テロ戦争での米兵の死因分析を行っています。負傷して死亡した4596人の内、失血死が91%、89%が医療施設入所前の前線で死し、この内24%、976人は生存できた可能性があると述べています。

 この内容は、国家防衛戦略の前記引用個所の記述を裏付けています。この指摘からは、負傷した最前線での緊急措置 (止血等) 、その後速やかに後送し、後方の野戦医療施設での治療がいかに重要であるかを示しています。

 国家防衛戦略は、輸血用血液製剤の独自確保・備蓄だけではなく、戦場での第一線救護能力の強化、負傷隊員の後送能力向上を挙げています。とりわけ南西諸島での能力を高めるため、自衛隊那覇病院の建て替えと病床の増加、診療科目の増設、地下化を挙げます。24年度防衛費概算要求には、自衛隊福岡病院と横須賀病院の建て替え予算が計上されました。

 負傷隊員の後送体制の強化では、24年度防衛予算概算要求に、1機が200億円前後する輸送ヘリの取得が挙げられています。

5 日米共同演習では、訓練項目に「衛生」が含まれるようになりました。23年7月陸自と海兵隊によるレゾリュート・ドラゴン23前段 (指揮所演習) では、参加部隊に西部方面衛生隊、実施場所に自衛隊那覇病院が含まれています。

 さらに、指揮所演習を踏まえた実動演習であるレゾリュート・ドラゴン23後段 (実動訓練) が10月に行われました。この時始めて陸自オスプレイが新石垣空港で離発着し、負傷隊員を乗せて、奄美駐屯地経由で、熊本の陸自高遊原駐屯地へ空輸する訓練を行いました。負傷隊員の後送訓練です。

 陸自と米陸軍第一軍団による指揮所演習ヤマサクラ (YS) 85が23年11月に行われ、演習項目に「衛生」が入っています。
 2023.11.10~11.20には、事実上米軍との共同演習になっている令和5年度自衛隊統合演習 (実動) が行われ、演習項目に「衛生活動」が含まれています。琉球新報記事 (23.10.28、10.29) によれば、島嶼部での負傷隊員を受け入れる衛生訓練のほか、戦死隊員の仮埋葬も演習項目に含まれています。

6 なぜ安保三文書とその後の自衛隊が戦場での医療活動を重視しているのでしょうか。日米で共同して中国と戦うことを実際に想定していることは当然です。これ以外に、主たる戦場となるのが南西諸島の島嶼部であることが大きいと私は考えています。

 自衛隊はこれまで、専守防衛で我が国への本格的武力侵攻を排除するという防衛態勢でした。陸自の編成にそのことが見て取れます。全国を5つの方面隊に分割し、それぞれの方面隊は自分の守備範囲での他国からの武力侵攻で基幹部隊の役割を果たす体制です。現在は陸自総隊が編成され、各方面隊は総隊の指揮下に入る態勢に代わりましたが。

 当然戦場と想定されたのは我が国領土内です。戦場の近くに自衛隊病院 (全国で8箇所)、そのほかに衛生組織として方面隊5箇所、師団旅団衛生隊等16箇所を設置しています。また民間の病院もたくさんあります。後送も容易です。ですから、緊急医療態勢をとることは比較的容易でした。

 しかもこの想定はほとんど現実的なものではありませんでした。起きるとすれば冷戦時代に、第三次世界大戦での極東戦域の中の一つの作戦区域として我が国への大隊規模 (数千人) による着上陸侵攻を想定したに過ぎません。そのためか、自衛隊の第一線医療体制は極めて貧弱で、他国軍隊が兵士に持たせる衛生資材や応急措置訓練と比較しても、極めて不十分なものでした。とても自衛隊員の生命を守るものではありません。このことは、南スーダンという戦闘地域へ陸自施設部隊をPKOとして派遣した際に問題になりました。

 しかし、2021年からにわかに台湾有事=日本有事論が浮上し、これが安保三文書の内容になりますが、その際自衛隊にとって最大の障害が「距離」になりました。
 南西諸島は大隅半島南端から与那国島まで約1000㌔あり、北海道からは最大約3000キロもあります。自衛隊部隊が移動するこの距離をいかに克服するか重要で、安保三文書で我が国の防衛力抜本的強化のため7分野の重点項目を挙げ、その一つに機動展開能力を挙げているのはこのためです。

 実際に戦闘となれば、離島での戦いですから、兵站物資の補給が極めて重要であることは言うまでもありませんが、負傷隊員の救護はさらに困難です。戦場近くには十分な医療施設や輸血用血液の備蓄がないからです。
 そこで輸血用血液を自衛隊が独自に確保し備蓄することは死活的に重要になります。

7 検討会第1回では諸外国の軍隊の輸血要領を検討しています。これを参考に自衛隊の輸血要領を策定する目的です。この中で低力価 0 型全血液製剤や、事前にスクリーニングを行った供血者から採取した血液を、受血者に輸血する行為 (EBB) を検討しています。EBBは、兵士を戦場へ派遣前にあらかじめ血液を検査し、派遣前に輸血用血液を採取して備蓄する仕組みのことのようです。
 低力価 0 型全血液製剤は米軍が使用しているものであることは先に述べた通りです。

 また、院内血輸血も検討しています。民間病院で日赤血液センターの血液が間に合わない場合に、病院内で輸血用血液を採取して輸血する手法です。厚労省も指針で例外的に認めているものです。南西諸島の病院での実施実績まで検討しています。これを自衛隊員間での採決、輸血の手法として検討しているのです。

 このことから、自衛隊が独自に血液製剤を確保・備蓄しても南西諸島の島嶼部での戦闘で負傷した隊員の救護措置で十分なものではない場合に、その場にいる隊員から採血して、その場で輸血することまで想定していることになります。検討会資料も、補給が途絶された島しょ部では輸血用血液製剤が枯渇する場合もあるため、予め隊員間輸血を検討すべきとしています。

8 自衛隊は、南西諸島での中国軍との戦闘で、第一線での輸血措置まで想定して検討を進めていることが分かりました。それも米軍と共通仕様の輸血用血液製剤も含みます。日米ACSAで相互融通する物品に輸血用血液製剤が含まれることになります。日米の兵士が戦場で一緒に戦闘し、互いに負傷兵への輸血をし合うのは、まさに文字通り「血の同盟」です。

 輸血用血液製剤は、実際に戦争をする場合には不可欠な戦略物資であることが検討会の資料からよく理解できます。検討内容は、実際に南西諸島の島嶼部で戦闘が発生した場合を具体的に想定していることを示しています。

 これらの検討には、戦場となった島嶼部の住民への輸血措置は、少なくとも議事要旨や配布資料からは読み取れません。

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