NPJ

TWITTER

RSS

トップ  >  NPJ通信  >  馬鹿げたウォーゲーム

【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

過去の記事へ

馬鹿げたウォーゲーム

2024年4月3日

1 安保三文書に基づき、防衛省・自衛隊は長距離スタンド・オフミサイルの配備に向けた研究開発・製造配備を急いでいます。防衛力整備計画によると防衛省・自衛隊が進めているスタンド・オフミサイルの配備、研究開発は次のようなものです。ただ、その後防衛省は取得を1年前倒しすることを決定しています。
12式ミサイル能力向上型 (射程1000キロと推定 - 井上注)

  地上発射型を2025年度までに、艦艇発射型を2026年度までに、航空機発射型を2028年度までに開発完了する
潜水艦発射型スタンド・オフ防衛能力の構築を進める
   
島嶼部防衛用高速滑空弾
  早期配備型を2025年度までに開発完了 (射程300キロ程度と推定 - 井上注)
能力向上型を開発 (射程2000キロと推定 - 井上注)
   
極超音速誘導弾 (射程3000キロと推定 - 井上注)
  2031年度までに開発完了
   
島嶼防衛用新対艦誘導弾の研究
   
輸送機搭載システム

 

2 ①2023年4月11日防衛省が公表した「スタンド・オフ防衛能力に関する事業の進捗状況について」によれば、

12式ミサイル能力向上型 (地発型) の量産
2023年度より量産着手、2026年度、2027年度に防衛省へ納入
12式ミサイル能力向上型 (地発型・艦発型・空発型) の開発
2021年度から2027年度
島嶼部防衛用高速滑空弾 (早期配備型)
2023年度より量産着手、2026年度及び2027年度納入
潜水艦発射型誘導弾の開発
開発期間2023年度から2027年度

  当初は潜水艦の魚雷発射管から発射するタイプですが、将来的には米海軍戦略原潜と同じように、垂直発射管から発射するタイプを研究しています。
これ等のスタンド・オフミサイルの開発製造はすべて三菱重工業へ発注しています。

 以上から、極超音速誘導弾と島嶼部防衛用新対艦誘導弾を除けば、かなり配備の見通しを立てていると思われます。

 これで間に合わないとして、米製の最新型の海洋発射巡航ミサイル400基購入するということになります。さらにこれも1年前倒しして25年度に取得を始めます。

 これ等のスタンド・オフミサイルの配備場所として、島嶼部防衛用高速滑空弾早期配備型と射程1000キロの12式ミサイル能力向上型は南西諸島ですし、射程2000キロの島嶼部防衛用高速滑空弾能力向上型や射程3000キロの極超音速誘導弾は、日本本土の北・東富士演習場や北海道になると見込まれています。

 防衛省「進捗状況について」では言及されていませんが、防衛力整備計画で初めて登場した輸送機搭載システムはなじみがありません。「軍事研究」誌2023年3月号軍事研究家山形大介氏の論文で、どのようなものか初めて知りました。
 米空軍がすでに開発しているラピッド・ドラゴンと呼ばれているものでした。 C130や C17輸送機に搭載した空中投下用貨物パレット内に、JASSM-ERを入れ、パレットごと輸送機の後部から投下し、パラシュートでパレットの姿勢が安定したところでミサイルを発射する、1個パレット内には6発ないし9発のミサイルを搭載し、輸送機には数個のパレットを搭載するものでした。これにより輸送機も敵攻撃能力を持つうえ、1機で多数のミサイルによる攻撃が可能になります。防衛省が考えているものも同様のものだと思われます。

 安保三文書が想定している反撃能力は、多種類のスタンド・オフミサイルを大量に保有して、敵を飽和攻撃するもののようです。そのため安保三文書は継戦能力とそのための大量の弾薬を保管するための多数の弾薬庫の増設をしようとしています。

 

3 では、これらの多種類のスタンド・オフミサイルが反撃能力としてどれだけ有効に機能するのでしょうか。

 海洋発射型巡航ミサイルは亜音速であるため、敵の防空網により撃墜される可能性が高いことから、多数のミサイルを同時に発射するいわゆる飽和攻撃用と考えられます。「軍事研究誌」2023年3月号に私が信頼している軍事ジャーナリスト福好昌治の論文「『戦略三文書』を読む(前編)」で、500発の巡航ミサイルは北朝鮮や中国と本格的な戦争となった場合1週間程度で打ち尽くしてしまうと述べていました。

 これとほぼ同じことを、後で述べる2023年1月9日 CSIS (戦略国際問題研究所) が公表した、台湾を巡る米中のウォーゲームについてのシミュレーションが述べていました。米国が保有している長距離空対艦ミサイル LRAZM の全在庫数が450発で、紛争発生から1週間で使い切ったと推定しているのです。

 ですから、巡航ミサイルを「たかが400発」持っていても、どれほど有効な反撃能力になるのか疑問です。

 極超音速ミサイルについても、このCSISレポートは厳しい評価を下しています。きわめて高価であり、大量の巡航ミサイルの代替にはならない、少数の高価な標的を攻撃しても、大規模な侵攻に対抗するという中心的な問題を解決することはできない、(極超音速兵器は)ニッチな兵器であることを認識すべきと述べてい2ます。

 12式ミサイル能力向上型は巡航ミサイルの一種ですから、敵防空網で撃ち落とされる可能性が高い兵器になります。

 

4 防衛省・自衛隊はこのような反撃能力を、中国との戦争でどのように使おうとしているのでしょうか。

 私の手元にある②防衛研究所令和3年度特別研究成果報告書「将来の戦闘様相を踏まえた我が国の戦闘構想/防衛戦略に関する研究」があります。防衛省のシンクタンクである防衛研究所の研究につき定めている「防衛研究所の調査研究に関する達」によると、調査研究には4類型があり、特別研究成果報告書は、「内部部局の要請を受け、防衛政策の立案及び遂行に寄与することを目的に実施する調査研究をいう。」と位置付けられていますので、我が国の防衛政策に反映されたものと言えます。執筆者は、ウクライナ侵略戦争の解説でしばしばテレビに登場している髙橋杉雄氏です。

③2023年1月1日付および④3日付琉球新報が「防衛研 中国と長期戦想定」との見出しで髙橋杉雄氏のインタビュー記事を掲載し、この論文が提案している軍事戦略について尋ねています。髙橋氏は、「中国との戦争で半年から1年ほど時間をかければ、他地域に配備された米軍が駆け付けてきて日米が有利になる。」「長期戦のリスクはある。勝利しても地域全体が、台湾を含めウクライナのような破壊を受ける可能性が高い。」と述べています。記事は「戦況次第で民間人被害も」との中見出しを付けています。

 この論文は、シナリオプランニングによる将来戦の様相を検討して、戦闘の見通しの不確実さと、戦闘の激しさのベクトルで4パターンの戦闘を図式し、これを踏まえてネットアセスメント的分析を踏まえた日本の防衛戦略を考えています。その結果として「統合海洋縦深防衛戦略」を提案します。とは言っても私は「シナリオプランニング」も「ネットアセスメント」についても何も分かりませんが。

 この論文の内容を簡単に説明すれば、中国を台湾統一=現状変革、日本はそれを阻止する現状維持とし (なぜ阻止しなければならないのかには言及されていませんが)、現状維持であるから中国を負かすことは必要なく、ミサイル攻撃を阻止できなくても戦況を膠着状態に持ち込めば良いとしています。
具体的には、宇宙・サイバー・電磁波領域で中国の優位性を阻害して、中国側へ「戦場の霧」(戦闘の不確実性の意) を残す、海中・水上・航空・地上からの対艦ミサイル攻撃を行う、中国の航空基地を攻撃して航空優勢を中国に与えない、ハイブリッド戦・グレーゾーン対処の4本柱を立てています。スタンド・オフミサイルによる反撃能力を行使するのです。

 私はこの論文を、安保三文書閣議決定1週間後に読みました。その後安保三文書、とりわけ国家防衛戦略、防衛力整備計画を読むにつけ、この論文が書いた内容がダブってきました。

 岸田首相は安保三文書閣議決定直後の総理記者会見で、防衛力強化を検討する上で、「極めて現実的なシミュレーションを行いました。」と述べています。防衛研究所のこの論文の研究がなされた時期は、防衛省内部に作られた非公開の「防衛力強化加速会議」での検討と重なっています。
 この論文の研究結果が安保三文書へ何らかの影響を与えたことは、この論文が「防衛政策の立案及び遂行に寄与することを目的」(防衛研究所の調査研究に関する達より) である特別研究成果報告書であることからもおそらく間違いないと推測しています。

 岸田首相が述べた「極めて現実的なシミュレーション」の一つが、高橋氏の論文であったかもしれません。

 

5 この論文が提案する戦略の要諦は、長期間にわたるミサイル戦争を戦うもので、中国軍と日米による消耗戦を想定しています。琉球新報のインタビューではそれが半年、1年という期間です。この論文では、中国との長期間にわたるミサイル戦争=消耗戦により、南西諸島を含む日本列島に住む私たちにどのような戦争被害が及ぶのか何も言及していません。戦略家にとって、このようなことは考慮すべき要素ではないのかもしれません。

 ⑤2023年1月12日付朝日新聞および⑥しんぶん赤旗によると、2023年1月9日に公表されたCSIS論文「The First Battle of the Next War -Wargaming a Chinese Invasion of Taiwan」は台湾有事の際の米中戦争の衝撃的な結果をシミュレートしました。

 その概要の中で、「この防衛には高いコストがかかる。日米両国は、何十隻もの艦船、何百機もの航空機、何千人もの軍人を失う。このような損失は、何年にもわたって米国の世界的地位を損ねることになる。台湾の軍隊は壊れることはないが、著しく劣化し、電気も基本的なサービスもない島で、傷ついた経済を守るために放置されている。中国もまた大きな打撃を受けている。海軍はボロボロで、水陸両用部隊の中核は壊れており、何万人もの兵士が捕虜になっている。」と述べています。
 論文は24通りのシミュレーションを行い、日本が米国と共同で戦うことを条件として日米が勝利すると推測しています。

 しかし、このような結果の勝利とは何でしょうか、どんな意義があるというのでしょうか。現代戦は勝者も敗者もない、闘えばどちらも敗者になると言った方がぴったりすると思います。そして最大の敗者は日中両国市民です。
 安保三文書が想定している台湾有事での日米対中国の戦争は、私の目からは「馬鹿げたウォーゲーム」としか映りません。

 このような戦争準備のため、5年間43兆円という途方もない国家財政を注ぎ込み、私たちの国土と生活が大きく損なわれることわかっていながら長期間の消耗戦を遂行するというのが、安保三文書が定めている「抑止力」の正体です。

こんな記事もオススメです!

米中露三大軍事大国に囲まれた日本ー「1984年」の全体主義世界における日本の立場 ー*

防衛力抜本強化予算 = 5年間43兆円を上回る軍拡の兆し

国立大学法人法成立 : その先に見える景色と私たちの課題

輸血用血液は戦略物資だ 南西諸島で戦う自衛隊に変貌する一断面