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【NPJ通信・連載記事】色即是空・徒然草/村野謙吉

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米中露三大軍事大国に囲まれた日本
ー「1984年」の全体主義世界における日本の立場 ー*

2024年4月15日

< 私の歴史観 ー 仏教・ジョージ・オーウェル・岡倉天心 >

 私は専門が仏教学なので、私の歴史の見方は仏教の縁起論の立場が基本です。縁起論とは、すべての物事・歴史的事象には因果関係があり、色即是空のダイナミズムとして展開されているということを基本として、いろいろな見方を教えています。

 例えば一水四見といいます。人間が水と見るものを天人は瑠璃でできた大地、地獄の住人は膿みで充満した河、魚は住処としてそれぞれの立場で見る。つまり同一の客観的対象・歴史的事象が、主観の認識能力や利害関係などによって様々に認識されうることです。

 四十年ほど前にイギリスに一年弱滞在していたことがありました。その時に知人からもらったジョージ・ オーウェルの『ビルマの日々』を読んだのがきっかけで、仏教学の研究のかたわらオーウェルを研究するに至りました。

 そこで英文学は専門ではありませんが、オーウェルの作品は英文ですべて読み、さらに彼が読んだとされる重要文献にもすべて目を通しました。

 そういうわけで、 オーウェルを通してイギリス人を見る、イギリス人を通してヨーロッパ人を見る、ヨーロッパ人を通して世界政治を見る、といった姿勢がいつの間にか身についてしまっています。

 十数年前に予期せぬ大病をしました。3ヶ月間完全点滴の入院生活でしたが、病床で岡倉天 心の『The Ideals of the East (東洋の理想)』を読んでアジアに目覚めました。同時に、天心の歴史観は観念的な正邪・善悪の倫理観ではなく美意識であると了解し、日本に目覚めたといってよいかもしれません。

 この本は「Asia is one (アジアは一つ)」という有名な言葉で始まります。インドや中国の文明の本質を深く洞察していた天心は、東京美術学校の設立に関わり、日本美術院を創設しました。
東京大学で、彼は日本美術の価値の海外紹介に努めたフェノロサに学び、その後も親交を深めたことは周知の通りです。(ちなみにフェノロサはロンドンで客死しましたが、生前に仏教に帰依しており、遺骨の一部は大津の法明院に葬られています。)

 そこで、私の歴史の見方は、縁起論にもとづいてオーウェルの西欧政治の見方が適用されており、先に述べたように、アジアに目覚め、日本の歴史的存在意義に関心を持ったので、ここ十数年アジアの中の日本の立場が私の関心の中心になっています。

 

< オーウェルの生き様 >

 オーウェルですが、彼は、ある意味でヨーロッパ人、限定すればアングロサクソン特有の政治的情念の本質についての最も鋭い洞察者であると考えています。

 彼の洞察の対象は、表層の現実的政治体制としてのソ連の共産主義やナチスのファシズムではなく、それらの深層に流れる究極的全体主義の情念で、それを解剖したのが 『1984年』という小説であると認識しています。
 本書のタイトルページは「NINETEEN EIGHTY-FOUR A Novel」であり、この作品は政治理論ではなく、あくまでオーウェルも強調しているように小説 (A Novel)です。

 『1984年』という作品は読めば読むほど意味深で、作品中にはさまざまな数字とイメージを使った象徴的表現が散りばめられており、人間性への深い洞察が示され、地球的規模で世界を支配しようとするエリートたちの思考回路を暗示しているかのようです。

 オーウェルの父親は英領インド帝国の阿片局の役人で、当時のイギリスはインドにおいてアヘンの製造を国家事業としてやっていました。アヘン戦争につながる事業を公然と行なっていたわけです。

 しかしオーウェルは、イギリス人自身を偽善的だと辛辣に批判をするような人ですが、阿片のことについては私の知る限りの文献では、一言も触れていません。
自分の父親が阿片に関わる仕事をしていたということを恥じていたのでしょう。そしてヨーロッパ人の生活が豊かに保たれているのは植民地からの収奪のお陰だということも的確に指摘しています。

 オーウェルは奨学金をもらってエリートのイートン校を卒業しますが、大学へ は進まずに19歳で英領インド帝国のビルマ (現在のミャンマー) の警察官になります。親子二代にわたってイギリスの植民地政策の現場に関わっていますが、オーウェルはやがてイギリスの植民地政策の徹底した批判者となります。

 ビルマの警察を辞めて帰国しますが、1936年、33歳の時にスペイン内戦が起こります。
これは第二次世界大戦の前哨戦です。彼はスペイン内戦にジャーナリストとして参加します。

 ここで オーウェルが目の当たりにしたのが、ファシズムとソ連共産主義の双方の実態の虚偽性でした。
そしてファシスト兵の狙撃によって頸部に貫通銃創を受け、スペインを脱出しイギリスに帰国。
35歳で片肺に結核が発病、そして第二次世界大戦を経験します。

 オーウェルはイギリスの植民地政策の実態とスペイン内戦と第二次世界大戦を体験し、それが『1984年』という作品に結実するわけです。

 1950年1月、入院中の病院で大量に喀血、享年46歳の生涯でした。
短い生涯を通じて、一貫して大英帝国の植民地主義を徹底批判していましたが、オーウェルはイングランドをこよなく愛する郷土愛の人でした。

 

<『1984年』の世界 >

 オーウェルの『1984年』の世界は、世界を支配するビッグブラザーに象徴される徹底した管理社会であり、歴史が改ざんされ、シェークスピアに代表されるようなニュアンスに富んだ英語が簡略化され、自由と平等などの重要な理念 が二重の意味を与えられ、支配者の意図が絶対に知られないようになっています。

 社会は上層、中層、下層の3階層に再編され、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアという3つの大きな覇権勢力に分断統治されています。 これら3つの勢力の間で常に2国が戦わされています。

 この『1984年』の視点は、今日のウクライナとロシアの戦争の見方にも関わってくるでしょう。ゼレンスキーとプーチン、どちらが良くて悪いのか、彼ら二人は戦わされているのではないか。

 『1984年』 の世界では、すべて戦争は偽計である ( the entire war is spurious. )である、とも述べられています。常時、各国に不安定要因が育てられ、地域と世界全体が分断統治され戦わされているわけです。
 戦わされている方は被害者だけれども、各国の軍隊や軍産複合体の背後にあって金融主導で遠隔的に管理して いる勢力がある。それを最近ではグローバリストの勢力だ、ディープステイト (深層政府) だ、ネオコンだ、などと言われているでしょうが、それは陰謀論だとマスコミでは扱われているようです。

 いずれにせよ『1984年』の世界は、ユダヤ的情念を取り込んだアングロサクソンのグローバルな支配思想を継承して肥大化した支配情念に耽溺した西欧指導層の情念の世界を暗示させます。(1)

 マスコミの報道で、米中が、米露が対立している、中国が日本を占領しようとしている、というような報道が流され、それについて国際政治学者らの説明に一喜一憂している大衆を尻目に、背後に働いている勢力を我々は忘れがちです。

 しかし『1984年』 で示唆された世界が現在も展開していると固定的に決めつけること自体が罠であるかもしれません。 それくらい『1984年』は豊かな象徴性を秘めた作品です。

 オーウェルを読み、岡倉天心のアジアの中の日本を思いながら、日本の歴史とは何か、世界に誇るべき日本という価値とは何か、そんなことを私は今も考えつづけているわけです。

 このような私の問題意識が、天皇 (皇室)、憲法、自衛隊、日中関係、日米関係などを考える基準になっています。

 

< 戦争体験がない特異な日本国民 >

 人類の歴史は戦争史でもありますが、日本の歴史の特徴は日本国民に戦争体験がないということです。

 戦争体験とは、たとえば東京に外国の軍隊がやってきて、その外国の敵に対して日本の軍隊が国民を守るために闘ったという歴史的体験のことです。

 大日本帝国の軍人たちは朝鮮半島、中国、南アジアの現地の人々との戦闘体験はあるけれども、日本の国民を守るために、日本の本土に来た外国の敵の兵隊と戦ったということはありません。

 天下分け目の関ヶ原の戦いは、同じ日本人のサムライ同士のたった1日の戦いです。日本国民を守る意識をもった武士たちによる戦いではなく、もちろん当時の日本人一般に戦争体験はありません。

 さらに有史以来、漢族主導の中国とロシアが日本本土に軍隊を送ったことはありません。しかし明治維新以来、日本は日清、日露、日中、日米の戦争に関わってきました。日本の兵隊は外国で戦闘を行ったわけですが、当時の敵国はすべて第二次世界大戦の戦勝国であり、現在の国連常任理事国であり軍事大国です。

 中国とロシアは、特に中国の国民はかって日本に攻められ被害を受けたという歴史体験と、その後日本に勝ったという歴史意識を忘れていないでしょう。

 

< イギリス王室と和国の皇室 >

 日本人の歴史的国民性について、以上にのべたことは単純な歴史的事実ですが、さらに日本独自なことと言えば、皇室があります。

 私は、いずれの国家や民族についても伝統尊重派で、日本の皇室の伝統を尊重しますが、天皇はピラミッド型の権力構造の頂点に君臨しているのではなく、平面の中心にあって国民に自ずから信頼されているのが伝統的皇室のあり方です。
 京都御所は至って無防備ですが、歴代の日本の権力者は誰一人として天皇に指一本も触れません。これはイギリス王室とは完全に違いま す。 イギリス王室は軍事に関わり、大英帝国はアフリカ、オーストラリア、ニュージーランド、北アメリカなどを征服し、植民地政策、奴隷貿易、阿片の栽培と販売にも関わりまし た。

 ドイツ人の出自であるイギリス王室のドイツ語的姓が英語的姓・ウィンザーになったのは1917年ですが、いずれにせよイギリス王には姓があります。

 中国の王朝も姓がありますから、ある一族の国家統治がうまくいかなければがその一族を武力で潰して別の姓の一族が国を支配するので、中国は伝統的に易姓革命の国です。

 しかし日本の皇室には姓がありません。特定の王家が国家を支配しているのではありません。中国には易姓革命思想と、宦官、女性の纏足、科挙制度などの文化がありましたが、それらをすべて排除し、中国文明の良質の要素のみを移入して日本の土壌で育まれてきたのが伝統的日本文化です。そのような日本文化の質を根底で支えているのが日本の皇室です。

 そして皇室は何よりも万葉集の時代から続く和歌、国民の平安を祈る歌の宗家でもあります。

 憲法ですが、憲法という言葉は聖徳太子の「十七条憲法」に由来し、これは法律文ではなく普遍的な人倫の法則ですから、倫理規範や法律文のように変更があってはなりません。明治維新の当時は良かれと思ったのかもしれませんが、大日本帝国憲法は大日本帝国国法とすべきだったのではないでしょうか。

 

< 米国と中国とロシアという三大軍事国家に挟まれた日本 >

 日本は米中露の三角形の軍事勢力に囲まれて、しかも三角形の底辺の米国に圧倒的な軍事的支配を受けています。

 世界に誇る日本という価値、命をかけて守るべき価値とは何か。これを確認しないことには、米中露の三大軍事国家に囲まれた日本の基本姿勢が決まりません。自衛隊の世界的意義もありません。

 中国の政治に深く関与した米国の元国務長官のヘンリー・キッシンジャー( 2023年11月29日死亡、100歳 )はドイツに生まれ、ナチスによるユダヤ人迫害 を逃れて米国に帰化した人です。世界経済フォーラム( ダボス会議 )は、キッシンジャーに主導されCIAの資金提供されたハーヴァード・プログラムから生まれ、その主催者クラウス・シュワブはキッシンジャーの教え子である、との調査があります。(2)

そのキッシンジャーいわく、
「アメリカの敵になることは危険かもしれないが、友人になることは致命的である」(3)
底知れぬドスの効いた言葉です。

 米国の友好国である日本は、米国から逃れられない、しかも対等ではない友人なのでしょう。キッシンジャーはユダヤ系ドイツ人で、彼の上にロスチャイルド家が構えているようです。(4)

 去年のニューヨークタイムズ紙で、ロス チャイルドの妻とローマ教皇がしっかりと金融を中心に協力するという趣旨の記事がでていました。詳しくは、ニューヨークタイムズ紙 をご覧ください。(5) 
アングロサクソンの歴史を継承したアングロアメリカンの強力な分断統治の政治情念の上にユダヤ・キリスト教の宗教的情念がグローバルに支配しているかのようです。

 そして彼らの政治のもとでは、数十年以上かけた大規模な計画はこっそりやるのではなくて世界的に公表されます。その計画を実現するのは、親子二代、三代にわたる、どこで戦争が起きても困らないエリートの富裕層の存在がなければならない。今後もそのような流れが進行していくのだと思います。

 

< 地球的覇権世界の荒波が押し寄せる日本の立場 >

 『1984年』の世界状況の中で、米中露の軍事的三角形に囲まれた日本の行末を考える時、岡倉天心の文明史観から導かれることは、日本が世界に誇る価値観とは聖徳太子の十七条憲法に凝集された「和の世界観」であります。

 聖徳太子は「事実論」として歴史的人物でありますが、「意味論」においては、神々と仏たちの宗教的意義の棲み分けと共存を歴史的に象徴的に体現している理念的人格のことです。

 聖徳太子は、天皇に準ずる人格であると同時に神道家で、しかも仏教者です。そこになんの矛盾もない。これも「和の世界観」です。

 明治維新の瑕疵の一つには、神仏分離に基づく廃仏毀釈にもあります。従来の研究では知られていない、外部からの何らかの影響があったのでしょうか。江戸時代にあった9万ヶ寺が廃仏毀釈によって半分の4万5000ヶ寺になったと言われます。

 アングロサクソンの分断統治と言いますが、明治維新の神仏分離は、日本人の和の心の分断で、その影響は今日まで続いています。仏教と神道 が対立するとするのは西欧流の宗教学にもとづく誤解です。

 仏教が導入された時に、物部氏と蘇我氏が対立したと言われますが、すでに物部氏 が神道を誤解していたのかもしれません。仏教はどこに行っても民族を支えている集合的情念を破壊してはいません。

 聖徳太子の十七条憲法は、当時の国家公務員が守るべき心得ですから、国会議員はもちろんのこと、公僕としての国家公務員には是非とも十七条憲法を深く読み込んでもらいたいものです。和国・日本の指針として「和」の自覚内容が凝縮されているのが十七条憲法です。

 西欧エリート主導の政治的・社会的・経済的な国際状況は、インターネット情報の発達によって従来の西欧のエリートの倫理感覚が加速度を増して変調を来し、世界的に伝統的価値観の混乱をもたらしています。

 「和をもって貴しとなす」の自覚をもって宗教的建前と政治的利害を超えて、世界各地の人々と、対面交流にもとづく「善民外交」を繰り広げる必要が益々要請されています。

(2024年3月31日・記)

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* 本コラムは、一水会フォーラム・第245回「和をもって貴しとなすー 米中露三大軍事大国に囲まれた和国・日本の世界史的意義(令和5年7月10日)」の講演録(レコンキスタ・RECONQUISTA(令和5年8月1日掲載))のタイトルを変更し内容の一部に変更を加えたものである。


 (1) Bernard Crick: GEORGE ORWELL Nineteen Eighty-Four With a Critical introduction and
Annotations; 1984; p.154.
(2) UNLIMITED HANGOUT: INVESTIGATIVE REPORTS; Dr. Klaus Schwab or: How the CFR
Taught Me to Stop Worrying and Love the Bomb. BY JOHNNY VEDMORE ;MARCH 10, 2022.
(3) “It may be dangerous to be America’s enemy, but to be America’s friend is fatal.”
(4) The Henry Kissinger Lecture;10 June 2014: The Rothschild Foundation hosted the Henry
Kissinger Lecture at the Royal Academy on 19th May to honour the work and lifetime
achievements of Dr Henry Kissinger and to mark his 90th birthday. To reflect Kissingerʼs
extensive expertise and influence in the Far East and China, Professor Tu Weiming was invited
to give the lecture entitled ʻCultivating a Culture of Peace and Understanding: A Vison for 21st
Century Chinaʼ. Professor Tu is an eminent academic from Beijing University and Senior Fellow
of the Asia Centre at Harvard. As an eminent New Confusian he has written extensively on
cultural understanding and the value of certain elements of Confucian philosophy being applied
in a contemprary context.It was a historic occasion in which Dr Kissinger spoke movingly about
his early experiences in China, a place he has known intimately for decades and whose modern relations with the West he helped shape.
(5) The New York Times ; CORNER OFFICE:The Mogul in Search of a Kinder, Gentler
Capitalism.Lynn Forester de Rothschild, founder of the Coalition for Inclusive Capitalism,
believes change will come when hedge fund billionaires and Pope Francis work together.
By David Gelles / May 15, 2021.

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村野謙吉:仏教、日本文化、ジョージ・オーウェル研究家、翻訳家、コラムニスト(Mainichi Daily News [英文毎日] 1978 -1983) 他。訳書:ヴィンセント・スティアー著『プリンティングデザイン・アンド・レイア ウト欧文書体とレイアウトの常識』(情報・出版研究会)など。

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