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市民のプライバシーを侵害し、市民への監視を強める盗聴法の大幅拡大に強く反対する

寄稿:海渡雄一

2015年5月15日

政府は、3月13日盗聴法の拡大と司法取引をふくむ刑事訴訟法等一部「改正」案を閣議決定し、国会に法案を提出した。5月連休明けに戦争法案と同時期に審議入りし、同法を成立させようとしていると見なければならない。

私は、17年前に提案された盗聴法案の反対運動に必死で取り組んだ。この時は、日弁連は盗聴法は憲法31条の適正手続、35条の令状主義に反するとして、大反対運動を展開した。法律は可決されたが、反対運動の結果、対象犯罪が狭く限定され、NTT職員の立会などの手続きも定められたため、盗聴件数は、少しずつ増えているが、爆発的な件数にはなっていない。日本では、過去に共産党の緒方国際局長宅の盗聴事件が暴かれた例はあるが、今も非合法的な捜査機関による盗聴が行われているかどうかはわからない。しかし、合法的な盗聴には一定の歯止めがかかった状態で推移してきた。

それが、今回の法改正によって根本的に状況が変えられようとしている。警察が第三者の監視抜きに広範な犯罪を対象に盗聴捜査を展開できる法制度が作られようとしている。この拙い検討が、法案反対運動の発展に役立つことを心から願っている。

この原稿は現在の日弁連の見解とは異なる。わたしの個人的な見解である。しかし、全国で19の単位弁護士会からは、同様の意見表明がなされており、刑事手続きにおける人権保障に取り組んできた多くの弁護士は、この制度の拡大に強い危機感を持っている。

今日5月14日に行われた超党派国会議員の院内学習会は、山本太郎さんの民主党、維新の党、共産党、社民党の議員が参加し、この刑事訴訟法等一部「改正」案の取調の可視化を定める部分にも可視化される事件の範囲が限定的で、任意調べが除かれていること、広範な例外規定があり、逆に取調の真相が隠される危険性があること、司法取引、刑事免責には自己の刑事責任を免れるために無実の者を事件に引っ張り込む危険性があることも指摘された。そして、とりわけ盗聴法の拡大について、多くの国会議員から反対の意見が示された。

第1 国会に提出された法案の内容とその問題点

1 犯罪捜査のための通信傍受の対象事件の範囲の拡大

今回の通人傍受法の改正は、オレオレ詐欺、振り込め詐欺の被害が大変増えており、これを撲滅する為にも、盗聴に対する対象犯罪を増やす必要があると説明されてきた。もともと盗聴対象犯罪は限定されていた。現在、盗聴できる犯罪は、薬物、銃器、組織的殺人、集団密航の4つの犯罪に限定されてきた。ところが、今度は新たに、9つの犯罪が追加された。

法案では、新たに付け加えられる盗聴対象犯罪として、爆発物の使用、現住建造物等放火、殺人、傷害・傷害致死、逮捕及び監禁、逮捕等致死傷、誘拐関係、窃盗、強盗、詐欺、電子計算機使用詐欺、恐喝、児童買春、児童ポルノなどが付け加えられた。この中の窃盗と詐欺は刑務所に入っている人の数でいえば、圧倒的な多数で、犯罪件数が年間100万件を超えている。

一応、「当該罪に当たる行為が、あらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体により行われるものに限る。」とされているが、犯人が同一組織に属している必要性すらなく、共犯事件であれば、どれでも当たるほど緩い要件である。この規定の新設で盗聴ができる範囲が爆発的に拡がることは疑いない。

2 暗号技術を活用する新たな傍受の実施方法の導入

現在の制度では、盗聴するためには、NTT職員などの立会人が必要とされてきた。立会人とは、盗聴を行う際に立ち会う人のことであり、この制度が盗聴手続きの拡大の事実上の歯止めとなっていた。

これまで通信傍受にはNTT職員などの第三者が立ち会い、令状に記載された通信回線だけの傍受しか行われていないことを監視してきた。

ところが、この改正法案では、この立会人の必要のない、あらたな盗聴方法が盛り込まれている。暗号化をすることで、改ざんを防ぐことができると説明されている。この場合には、外部の人間の立会がない状態で、都道府県の警察本部や検察庁で直接盗聴できることとなっている。

18弁護士会の会長が連名で公表した声明によれば、「従来の通信傍受法の運用において,この常時立会という手続があることで,「他の方法によっては,犯人を特定し,又は犯行の状況若しくは内容を明らかにすることが著しく困難であるとき」という補充性の要件が実務的に担保されてきたものである。しかし,答申のような手続の合理化・効率化がなされれば,捜査機関は令状さえ取得すれば簡単に傍受が可能となるので,安易に傍受捜査に依存することになることは必至であり,補充性要件による規制が実質的に緩和されることとなり, 濫用の危険は増加する。」と指摘されている。このとおりである。

3 不可欠な第三者機関も設置されていない

個人のプライバシーの侵害される恐れがある捜査方法をどうしても拡大したいとすれば、人権侵害が起こらないようにするために、最低限、弁護士など警察外部の人間で構成される第三者機関などを作り、チェックする仕組みが不可欠である。

しかし、政府は、このようなシステムの導入に前向きでなく、盗聴対象者に対して、後日、直接、通知がされ、これに対して不服申立ができる制度で十分であると説明した。

山本太郎議員が内閣委員会で、何件の通知を出して、何件の不服申し立てがあったのか、質問した。答弁した警察庁刑事局長は、通知した件数は把握しておらず、不服申し立ての数は、過去に一件との答えであった。このようなシステムで十分な保護措置とは到底考えられない。客観的に正当な判断をしてくれる第三者機関がどうしても必要である。

この法案に反対していない日弁連も、3月18日付会長声明において、「通信傍受が通信の秘密を侵害し、ひいては個人のプライバシーを侵害する捜査手法であることから、人権侵害や制度の濫用について危惧の念を禁じ得ない。当連合会としては、補充性・組織性の要件が厳格に解釈運用されているかどうかを厳しく注視し、必要に応じ、第三者機関設置などの制度提案も検討する。」と意見を述べている。

第三者機関の設置は、国連人権理事会への特別報告者も強調している[1]このレポートの38paraでは、司法機関や国会の委員会だけでなく、法執行機関による監視措置に対して厳しく助言やモニターする独立機関の必要性が強調されている。

第2 盗聴法立法の違憲性をめぐる論争

ここで、通信傍受法が最初に制定された時の論争を振り返っておくことは有益であろう。1998年3月、通常国会に通信傍受法を含む「組織的犯罪対策三法案」が提出された。

我々は、まず、盗聴捜査が憲法に違反しないかどうかを論じた。憲法35条は「正当な理由に基づいて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状」を要求している。盗聴が個人の内心の秘密に対する著しい侵害性を持つにもかかわらず、すでに存在している犯罪の証拠物件を対象とするのではなく、これから話される個人の会話を対象とするため、強制処分の範囲がまったく特定されないという特質を持っているからである。

法務省の提案の理論的支柱とされた井上正仁教授の見解は、盗聴についても憲法35条により特定性が必要としながら、そもそも押収物の表示の特定は抽象的、概括的なものとならざるをえないとし、まだ存在もしていない会話の盗聴について、裁判官から見たとき既に発生した事件の存否の判断も将来発生するかもしれない事件についての予測も「蓋然性判断」としては共通であるとし、「本件犯行に関係する通信ないし会話」という表示でも特定性は満たされているとしたのである。[2]

捜査の便宜の前に令状主義による押収対象の特定の要請を事実上否定したものであり、憲法35条を有名無実化する考え方であった。

第3 1999年法の国会審議で明らかになった問題点と公明党修正案

1999年に可決された法案は公明党が提案した修正案であった。修正のポイントは罪種の限定と、立会人の立ち会い範囲の拡大、国会報告制度などである。国会報告制度などは、この制度の自己増殖を食い止めるという意味では意味のある修正であった。これを反故にし、当時の原案を更に拡大させたものが今回の政府案である。

修正案によって、傍受対象犯罪が薬物関連犯罪・銃器関連犯罪・集団密航に関する罪及び組織的な殺人の罪の4種類に制限された。修正案では、始めと終わりだけ立ち会えば良かった立会人を常時立ち会うことにしたとされる。しかし、立会人が常時立ち合うと言っても、立会人は事件の内容も知らされないし、通信の内容を聞くことは認められない。したがって、犯罪と無関係な通信を盗聴対象から除外する切断権は認められていない。したがってこの立会人制度は人権侵害に対する有効な歯止めとは言えない。しかし、盗聴件数の爆発的な増大への事実上の歯止めとなってきた。今後、実効性のある立会人制度を作るのであれば最低限内容を聞くことができ、関係のない会話を切断したり、関係のない情報の消去をその場で命ずることのできる権限を持ち、弁護士などで構成される公平な第三者機関による立会と監視のための制度が不可欠であった。この弱点が突かれ、今回の法制審では立会の否定へと逆行してしまった。この点は、法制審議会で、もうすこし深めた議論ができたはずで、誠に残念でならない。

第4 1999年盗聴法反対運動とその後の廃止運動

1 強行採決と廃止運動の提起

国会会期末の1999年8月12日、盗聴法・組織的犯罪対策法は参議院での徹夜国会の後、自民・自由・公明三党の賛成で成立した。この時、野党議員はこぞってフィリバスター演説で抵抗した。この法案が採決された時点では反対意見は5割を超えていた。法案は成立したが、私たちはあきらめなかった。盗聴法の廃止を求める署名実行委員会が集めた国会請願署名は約23万筆におよんだ。当時の野党の多くが続く選挙で公約に盗聴法廃止・凍結をかかげた。国会では盗聴法廃止法案が衆議院、参議院で民主党・社民党・共産党の議員らにより合計11も提出された[3]。

2 徐々に拡大しつつあった盗聴

盗聴法は法案可決の翌年である2000年に施行されたが、警察は2001年まで盗聴法による令状請求すらできなかった。2002年盗聴の実績をつくるために、本来は盗聴法を適用すべきでないような末端の覚醒剤の売買事件にはじめて盗聴法を適用した。盗聴法は年々適用が拡大されている。また、犯罪関連盗聴のなかった件数は当初はほとんどなかったが、2011年には16件に達し、無関係盗聴率も当初は7割程度であったにもかかわらず、2011年にははじめて91パーセントと9割を超えた。令状請求が却下された件数もずっとゼロが続いていたにもかかわらず、2011年には2件の却下事例が報告されている。犯罪に関連しない多数の通話が傍受され、徐々に警察は盗聴法を大胆に適用しようとしていた。

いま、提案されている制度ができれば、盗聴の件数は何桁も件数が増えるほど、激増するだろう。そのような社会を我々は望むのか、厳しく自問しなければならない。

第5 どのようにして盗聴法拡大に対する反対運動を盛り上げるか

1 日弁連の不可解な対応

市民のプライバシーの危機をもたらす盗聴法の大幅拡大の動きに対して、先頭に立って反対に立ち上がらなければならないのは日弁連である。しかし、日弁連は、3月18日に公表された会長声明において、「通信傍受については、通信傍受が通信の秘密を侵害し、ひいては個人のプライバシーを侵害する捜査手法であることから、人権侵害や制度の濫用について危惧の念を禁じ得ない。」としつつ、「改正法案が速やかに成立することを強く希望する。」として、この法案に反対しないことを表明している。なぜか。

2 可視化が人質に

話は、数年前にさかのぼる。そもそも、新時代の刑事司法部会は、厚生労働省局長事件、検察による証拠改ざん事件をうけて、冤罪を生み出さない刑事司法に改革することを目的として設置された。その委員には刑事法学者や裁判官・検察官・弁護士以外にも村木厚子さんや映画「それでも僕はやってない」の周防正行さんらも委員に選ばれ、取調のあり方や証拠開示のあり方について抜本的な改正が進むことが期待された。

この部会での議論は、途中で自民党への政権の交代が起きたこともあり、迷走をつづけ、取調べの録画には被疑者の供述を得ることがむずかしい場合など、あいまいな例外がたくさん設けられた。

私は、えん罪をなくし、ウソの自白をなくすためには、根本的には代用監獄制度を廃止し、被疑者に対する精神的コントロールの容易な警察内における取調べの絶対量を抜本的に減らす必要があると考える。また、すくなくとも全事件について、取調べの全過程の可視化を実現すること、取調べへの弁護士の立会いも認めるべきだ。しかし、法制審議会の結論は、このようなものにはならなかった。

裁判員制度の対象事件(今後の拡大の余地は残されているが)に絞って、多くの例外規定が付けられて全過程の録画が義務づけられたのである。そして、証拠リストの開示や国選弁護人の拡大も進歩と評価できるだろうが、このようなわずかな改革の進展と引き換えに、最終報告に盛り込まれたのが盗聴の拡大と司法取引の導入であった。

法務省が、審議項目の個別採決を認めず、一括採決をしたため、法制審の最終報告に対して日弁連推薦の委員は全員賛成した。さらに、日弁連は、この答申の一部に日弁連の望んでいた改革が含まれていることを理由に、答申案の全体について賛成し、盗聴の拡大と司法取引の導入にも反対しない方針を理事会における多数決で強行したのである。

我々が目にしている状況は、えん罪防止のための捜査機関への取調の録画制度や証拠開示のためのステップとしての証拠リストの開示などの規制強化と引き換えに、日弁連が通信傍受の拡大と司法取引制度の導入に反対の意見表明すらできないという前例のない事態である。

可視化や証拠開示などの我々が求めてきた改革課題をいわば人質に取られた状態で、弁護士会による新たな捜査手法拡大への批判の矛先を鈍らせようという高等戦術がとられたのである。

3 弁護士会の判断の基軸は人権擁護であるべき

しかし、日弁連は、人権擁護のために活動するのは当然であるが、可視化や国選弁護の拡大のために盗聴や司法取引などの人権侵害の危険性がある制度を容認するような政治的判断をするべき団体ではない。このような判断をするべき権限は市民から委ねられていないはずである。人権の擁護を尺度として答申の一部に賛成し、一部に反対するべきだったのである。

4 せめて厳格な第三者機関の設置を

他人のプライバシーを侵害しうる盗聴行為には、もっと厳格な第三者機関の目が必要である。これは無理な要求ではなく、先進国では人権侵害を防ぐために導入されている制度であり、国連でもこのような制度の導入が奨励されている。

警察に対し、これだけ広いフリーハンドの捜査権限の拡大を与えることが、市民のプライバシーにどのような影響をもたらすか、法制審議会では、ほとんど審議されていない。警察を監視する機関は公安委員会という建前となっているが、事実上は、存在しないも同然だ。

オレオレ・振り込め詐欺などの組織的特殊詐欺を、新たな犯罪として5つ目の対象犯罪に加えるというだけで、十分だったはずで、盗聴の範囲を多くの一般犯罪にまで一気に拡げようとすることは極めて危険である。たった数%の可視化の実現と引き換えに、盗聴法の大改悪と司法取引までが導入されようとしている。これがえん罪の防止どころか、いままで以上にえん罪事件を生み出す可能性がある。

5 秘密保護法廃止、共謀罪反対の声と結びつけて闘おう

盗聴という手段がもつ非倫理的な性格への嫌悪の感情は市民の間にも根強く残っている。なによりも、政府の違法行為をジャーナリストや市民活動家に内部告発する電話やメールなど、この世の中には国家権力に絶対に聞かれてはならない通信があるという想像力を多くの市民が共有しなければならない。

政府が違法な戦争行為を準備している、違法な生物化学兵器を開発している、政府が原発の事故の発生を隠しているなど、政府の違法行為を内部告発しようとする者の通信が、傍受されているかもしれないという恐怖の前に断念されてしまえば、我々が主権者として民主政のもとでの意思決定をする上で、正確な判断に失敗する危険がある。

「自分は悪いことはしていないから、盗聴されても平気」と言う人は多い。しかし、「自分の通信」ではなく、この世の中に国家権力が盗聴したら、社会の根底が崩れてしまうような通信が存在しているということを自覚すべきだ。

また、盗聴されても平気という人がいれば、その人のパスワードを聞いてみればよい。自分のパソコンやメールのパスワードを公開している人はまずいない。それが正常なプライバシーの感覚なのだ。

今日の院内集会で、ようやく盗聴法について考えようとする超党派の野党議員ネットワークでも真剣に議論がなされるようになってきた。戦争法案の陰に隠れているが、今国会の最重要法案の一つである。


 

[1] Ben Emmerson ” The right to privacy in the digital age” A/HRC/27/37  30 June 2014

[2] 井上正仁『捜査手段としての通信・会話の傍受』(有斐閣,1997年)5頁以下「第1章通信・会話傍受の合憲性」

[3] 参議院8回:第147国会、第149国会、第150国会、第151国会、第153国会、第154国会、第155国会、第156国会、衆議院3回:第149国会、第150国会、第151国会

 

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