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改憲先取りの“妄言”連発

寄稿:飯室勝彦

2015年8月5日

内閣総理大臣、安倍晋三の周辺から立憲主義、日本国憲法を軽視する発言が相次いでいる。これらの“妄言”は、無知、教養欠如ゆえでもあるが、安倍政権の暴走による高揚感を背景に生まれたとも言え、改憲の露払い役を務めている。

「これでも国会議員?」と驚くような議員がまた現れた。自民党の衆議院議員、武藤貴也が、安全保障関連法案に反対してデモなどを続ける学生団体「SEALDs」を、ツイッターで「自分中心、極端な利己的考えに基づく」と攻撃した。

「彼ら彼女らの主張は『だって戦争に行きたくないじゃん』という自分中心、極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義がここまで蔓延したのは戦後教育のせいだろう」というのである。

戦争の後押しをしながら自分は戦争に行きたくないのなら利己主義とのそしりを免れない場合もあろうが、戦争に反対し憲法を守る行動がなぜ利己的なのか。聞く人を納得させる論理的説明がない。弱冠36歳とはいえ、これでも国権の最高機関の一員である。

はっきりしているのは武藤のつぶやきが2012年に発表された自民党の「憲法改正草案」の思想に基づいていることだ。

自民党草案では「すべて国民は、個人として尊重される…」となっている日本国憲法第13条を、「全て国民は、人として尊重される…」と改めている。草案の「Q&A」には「人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要」「現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権思想に基づいて規定されていると思われるものが散見されることから改める必要がある」とある。

社会は多様な人格を持つ個人が集まり構成されていることを前提に、個人を全体に埋没させず、一人ひとりの人格が尊重されることを保障したのが現行規定であり、各種人権規定の最終目的は個人の尊厳を守ることにある、と言っても過言ではない。

「個人として」から「人として」への言い換えは、個人の尊重を利己主義やわがままの容認と曲解しているからだ。

その曲解を反映し、草案には個人より「公」を優先させる規定が随所に盛り込まれた。「国防義務」(前文)「公益及び公の秩序服従義務」(第12条)「家族尊重義務」(第24条)「緊急事態における指示服従義務」(第99条第3項)などを読むと、まるで戦前への回帰であり、武藤が3年前にブログでたたえた「滅私奉公のような徳の高い日本精神」の復活を目指していると見える。

武藤は自分の気にくわないことを何でも「戦後教育のせい」とする言い古されたフレーズも使っている。戦後教育の失敗を言うのなら、他人の人格を尊重し、自分の頭と言葉で考え、表現することのできない自らを振り返ってみる必要がありはしないか。

首相補佐官、礒崎陽輔の「法的安定性不要」発言も自民党改憲草案に沿っているといえよう。礒崎は「時代が変わったのだから政府の(憲法)解釈は必要に応じて変わる」と、憲法の文言より現実対応を優先させ、公権力は憲法に拘束されないと明言した。

草案は国民の義務規定をいろいろ新設し、現憲法では公務員にしか求めていない憲法尊重義務を全ての国民に課し、「公権力を縛る」という憲法の性格をぼかす一方で、改正の条件を「三分の二以上の賛成」から「過半数」に変えた。憲法の重みと存在感を弱め、立憲主義に反するのは礒崎発言に共通する。

自民党若手の勉強会「文化芸術懇話会」におけるマスメディア攻撃も「表現の自由」を敵視する草案の先取りだ。草案21条は現憲法と同様に表現の自由を認めているが、2項で「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動」ならびに「それを目的とした結社」を禁止している。

第12条には「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」ともあり、表現の自由が法律の範囲内でしか認められず、治安維持法が猛威を振るった明治憲法の時代に逆戻りしかねない。

究極の改憲先取りは安倍らによる9条の解釈変更と安保関連法案だ。国際社会に向かって平和主義を誓った憲法前文や軍備不保持、戦争放棄の条項を骨抜きにし、戦争のできる国にしようとしている。後方支援と称し、他国に手榴弾やミサイルまで提供できると言い出した。

「国防軍保持」を明記、「領土等の保全」「資源確保」に国民も協力するよう求めている草案の狙いは、新安保法制が成立すればかなり達成されよう。

明文改憲の難しさに気づいた安倍政権は実質改憲の道を選び、勢いづいた取り巻き政治家も改憲先取りの妄言を連発する。戦後70年、日本は最大の曲がり角に立っている。

 

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