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ヤジと放言が想起させる“あの時代”

寄稿:飯室勝彦

2015年8月24日

近現代史を全く学んでいないのではないかと考えざるを得ない。他方でナチスには学んだかのように見える。―国会の答弁席からの度重なるヤジと政治手法は首相・安倍晋三の歴史と民主主義に対する無知を示している。

新たなヤジは「そんなこといいじゃないか」。8月21日、参議院安保特別委員会で、民主党の蓮舫議員が他国軍を後方支援できる重要影響事態とはどんなケースか、細部の説明を求めている最中に安倍は自席から発言して質問を遮った。

これで3回目である。5月には衆議院の特別委で同じく民主党の辻元清美氏が質問の前提事実を説明中に「早く質問しろよ」と声を荒げた。2月の衆議院予算委では、野党議員が閣僚の献金問題を追及している最中に、「日教組はどうするの」とあたかも日教組が問題のある献金を受けているかのような事実無根のヤジを飛ばして紛糾を招いた。

安倍のヤジ連発で、1938年3月の国会であった、歴史上有名な「黙れ!」発言を思い浮かべた人は多いだろう。日中戦争の拡大、さらに世界を相手の戦争に向かって日本が突き進む大きな節目だった。

この時、審議されていたのは国家総動員法案。あらゆる人的物的資源を統制運用して戦争に根こそぎ動員するため、国民のあらゆる人権を制限できるとされた法案だ。大幅な権限を政府に与え、白紙委任状にも等しいことから後に「全権委任法」の異名も生まれた。

委員会で審議中、陸軍省軍務局の中佐、佐藤賢了は説明と称し軍としての政策論を長々と話し続けた。法案に反対する議員が「いつまで答弁させるのか」と委員長に言うと佐藤は「黙れ!」と怒鳴りつけたのである。

結局、議会は軍部に抗しきれず法案を通過させ、日本が泥沼にはまって行く道筋をつけることになる。

法案を議会に提出した側は、反対する人たちの指摘や主張を忍耐強く聞き、丁寧に説明して理解を求めるなど、誠意を持って対応するのが取るべき姿勢だ。それが民主主義であり、権力分立制におけるチェックアンドバランスのあり方だ。反対する側の発言を高圧的に封じて自分たちの推し進める法案を強引に通そうとするのではあの“暗い時代”の再現になってしまう。

佐藤発言は政府側と議会側の「あってはならない」関係として歴史の教訓になっている。安倍が日本の歴史を学ぼうとすれば必ず知ることになり、答弁席から高圧的なヤジを飛ばせるはずがないのである。

委員長の注意で佐藤は発言を取り消したが、事態は軍の望んだ方向へ動いた。安倍もヤジを撤回したものの、3回も繰り返したのだから反省などしていないことは明らかだ。言葉の使い方の問題として軽く謝罪しただけで、政府と議会のあり方について考え直したようすは全くない。安保関連法案の違憲性についてもまじめに考えようとせず、「戦争のできる国」に向かってがむしゃらに突き進もうとしている。

その安倍の姿は、国民の犠牲には目もくれず戦線を拡大していった旧日本軍の指導者と重なって見える。安倍の暴走を止めるどころか後押ししている自民党、公明党幹部、それに従う与党議員たちの存在は、軍に迎合していった往時の政治家たちを彷彿させるではないか。

2013年7月の講演における副首相・麻生太郎の放言も見逃せない。

講演は「(民主的と評価が高く、日本国憲法の原型の一つとされる)ドイツのワイマール憲法はある日気づいたらナチス憲法に変わっていた。誰も気がつかないでいつの間にか変わった」との趣旨で、「あの手口に学んだらどうかね」と公言した。

ナチスは1932年の国会議員選挙で多数党になると翌年、ヒトラーが首相に任命され、授権法(全権委任法)の成立で事実上の独裁権を握った。この法律には「法律は憲法に定める手続きのほか、政府が定めることができる」(第1条)「政府制定の法律は、憲法と背反してもよい」(第2条)とあった。

安倍政権による憲法第9条の解釈変更、それに基づく安保関連法案は、明らかに憲法と背反しているとの評価が既に定着した。自衛隊による集団的自衛権の行使、戦闘への参加などに関する安倍や防衛相・中谷元の答弁は「総合的判断」などとあいまいで最終的に政府の恣意的判断に任される。

自衛隊員はもとより国民の生命、財産に重要な影響を与える決定は国会の意思によるのが立憲主義の原則だ。それが政府の恣意に委ねられるのだから、まさに憲法を超越した政府による法律制定に等しい。

 このようにみてくると、9条の解釈改憲、海外における自衛隊の武力行使を容認する安保関連法案は既に麻生の助言を取り入れているのではないか。

「たかがヤジ」「舌足らずの放言」と軽視していると、戻ることのできないところへ引きずられて行きかねない。

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